歓喜の歌(日本映画・2007年) |
<角川映画試写室>
2007年11月27日鑑賞
2007年11月27日記
近時の邦画のレベル低下に危機感を抱いていたが、この映画でひと安心!面白い構想とよく練られた脚本にもとづく心温まる物語は感動的で、あの名作『フラガール』(06年)とも共通点が・・・。すると、ひょっとして『歓喜の歌』は今年度の日本アカデミー賞で大暴れ・・・?
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監督・脚本:松岡錠司
企画・エグゼクティブプロデューサー:李鳳宇
原作:立川志の輔
飯塚正(みたま文化会館主任)/小林薫
五十嵐純子(みたま町コーラスガールズのリーダー兼指揮者)/安田成美
加藤俊輔(飯塚の部下)/伊藤淳史
松尾みすず(みたまレディースコーラスのリーダー)/由紀さおり
飯塚さえ子(飯塚の妻)/浅田美代子
大田登紀子(「リフォーム大田」経営兼「北京飯店」の女将)/藤田弓子
2007年・日本映画・112分
配給/シネカノン 宣伝/ソフトシューズ
<やはり企画と脚本が勝負!>
最近の邦画はコミックや原作本にもとづく安易なテレビドラマの延長みたいな作品が多く、イヤになっていたが、「やればできるじゃないか!」と見直したのがこの映画。といっても、『歓喜の歌』にも原作があるのだが、それは何と落語家立川志の輔の同名の新作落語。もちろん、私は1度もそれを聴いたことはないが、プレスシートによると、志の輔師匠が「描きたかったのは、日本中どこにでもある“官と民の対立”」とのこと。
えっ、この映画はそんな難しいテーマ・・・?一瞬そう思うかもしれないが、それはあくまで根源的なテーマで、スクリーン上に登場するのはみんな普通の人間ばかり。また、落語が取りあげる人間にはとことん悪い奴はいないはず。したがって、「官と民の対立」といっても、そこにはほのぼのとした温かさに溢れているうえ、喜劇であるにもかかわらず思わず感動の涙を誘ったり・・・?
こりゃ『フラガール』(06年)のように、かなり水準の高い出来のいい映画。ひょっとして、シネカノンの李鳳宇氏が企画・エグゼクティブプロデューサーをつとめたこの『歓喜の歌』が、再び日本アカデミー賞の各賞を総取りするかも・・・?
<コトの発端は・・・?>
舞台はとある地方都市。主人公は、まちの文化会館の主任として働く飯塚正(小林薫)。ストーリー展開の中、少しずつ明らかになるのは
①彼は外国人ホステスに入れあげてトラブルを起こしたため左遷され、現職にあること
②妻のさえ子(浅田美代子)とは離婚寸前であること
③外国人ホステスの情夫らしき男(でんでん)から脅迫まがいの要求を受けていること
したがって、私生活において既に飯塚は破綻状態だが、暮れも押し迫った12月30日に鳴った1本の電話によって、文化会館主任としても大変な窮地に追い込まれることに・・・。
それは、大晦日の12月31日午後7時からのホール使用を、みたま町コーラスガールズとみたまレディースコーラスの2つのママさんコーラスをダブルブッキングしていたことが判明したため。青い顔をしている部下の加藤俊輔クン(伊藤淳史)を尻目に、飯塚は「まあ何とかなるだろう、ママさんコーラスなら。どうせオバサンたちが暇つぶしでやってんだから」といつもの調子で、どうにかなるだろうとタカをくくっていたが・・・。
<論点の整理と判決予想は・・・?>
弁護士らしく、本件について主任の言い分(弁解?)と両チームの主張を整理すると次のとおり。①まず、ダブルブッキングした会館側のミスであることは、全当事者間に争いのない事実。②みたま町コーラスガールズは初のコンサート、みたまレディースコーラスは20周年の記念コンサートだから、双方が主張する重要性は甲乙つけ難くイーブン。③双方とも約半年前の予約申込みだが、実はみたま町コーラスガールズの方が少し先。
このように論点を整理したうえで、開催権をもつのはみたま町コーラスガールズかそれともみたまレディースコーラスかの判決を下すとなれば、早い者勝ちの法則(?)により、みたま町コーラスガールズの勝ち・・・?
<和解の可能性とその方向性は・・・?>
他方、何でも白黒をつけるのがベストではなく、和解できればその方がベター。そこで問題は和解の方向性だが、それには、
(A案)両チームが開催時間を少しずつずらす
(B案)両チームが合同でコンサートを開く
の2つしかないが、両案とも大きな弱点がある。A案の弱点は、既に前売り券を完売しているため、直前の一方的な時間変更はきわめて難しいこと。B案の弱点は、会場の収容人数が絶対的に不足するうえ、歌う曲数が減ってしまうこと。
誰が考えても和解にはこの2つの方向性しかないわけだから、ミスをしでかした飯塚主任が率先してその説得にあたるべきは当然。ところが、所詮それまでいい加減なお役所仕事しかしてこなかった飯塚主任のこと。あちらにいい顔、こちらにいい顔をしながら右往左往するばかり。そして挙げ句の果ては、みたまレディースコーラスに市長の奥さんがいたため、市長から直接電話を受けると態度が急変する始末。
みたま町コーラスガールズのリーダー五十嵐純子(安田成美)は、「何とかいい知恵を見つけましょうよ」と前向きの姿勢だし、みたまレディースコーラスの面々も「これでみたま町コーラスガールズのコンサートがキャンセルになると後味が悪いわね」という話も出ているのだが、責任者である飯塚主任がこんないい加減では・・・?
<金魚の活用術は・・・?>
映画の冒頭、大きな水槽に入った一尾の金魚(らんちゅう)がクローズアップで登場したのでビックリ。アレアレ、これは11月25日に観た『さくらん』(07年)の冒頭と全く同じシーンでは・・・?
『さくらん』におけるビードロの中の金魚は、「ビードロ(遊廓)の中でしか生きていけない金魚(遊女)」という深刻な意味があるから、スクリーン上に再三登場してきた。しかしこちらは、単に市長が自慢したいために飯塚にその世話を命じているだけで、飯塚には迷惑千万なだけ。そう思っていたのだが、実は映画の後半、この金魚はドン底状態にある飯塚を助けるための純子のある計略(?)によって、違法行為スレスレの線で大きな役割を果たすから、それにも注目を!
<人間って変わるもの・・・>
志の輔師匠のいう「官と民の対立」の中、事態収拾のメドは全くたたず、混迷を深めていくだけ。そんな中、飯塚には①外国人ホステスの情夫らしき男からの金銭要求、②妻からの離婚要求が重なったため、今や彼は職務放棄、敵前逃亡寸前に・・・。
しかし、人間って変わるもの。そのきっかけとなったのは、いつものようにラーメンの注文だったのにまちがってタンメンを配達してしまった北京飯店の女将、大田登紀子(藤田弓子)のちょっとした心遣い。つまり、お詫びの印として届けられたぎょうざによって、「ああ、俺に欠けていたのはこのぎょうざだったのだ」と気づいた飯塚は、そこから突然人間が変わったように・・・。
それは、彼が53歳にしてはじめて、人の役に立つとはどういうことか、また人の役に立つことの喜びを学んだため。飯塚のような公僕精神ゼロのヘッポコ役人でも、何かのきっかけさえあればこんなに変わることができるわけだ。
この映画が教えてくれるそんなテーマは、さりげない人たちのさりげない動きの輪が広がる中で少しずつ明らかになっていくから、よけい感動的。さすが『フラガール』を製作し、2007年日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞したシネカノンの李鳳宇氏がエグゼクティブプロデューサーをつとめた作品だと大いに感心。
<後半からラストの感動はあなた自身で・・・>
映画後半は、みたま町コーラスガールズとみたまレディースコーラスの合同コンサートという、前述のB案による和解の実現に向けて官と民が共同して努力していく姿が描かれていく。
障害その1の収容人員については、飯塚が自分のクビをかけてある大胆な改造計画を提案。もっとも、1日(1夜)でそんな作業ができるのかと心配したが、それについてはあるウルトラCが・・・。障害その2のチケット購入者に対する連絡も、官が率先して任務分担を。障害その3の歌う曲数が少なくなる件については、4曲ずつと譲り合えばそれでオーケー。そのうえ、『歓喜の歌』は両チーム合同の方が迫力あるのは当然。もっとも、たった1日で両チームの息を合わせるのは大変な作業。しかし、そこは映画は所詮つくりもの・・・?
そんな官民一体となった懸命の努力によって、合同コンサートの開催がいよいよ迫ってきた。そんな感動的な物語の展開は、あなた自身の目でじっくりと。さらに面白いのは、人間が変わることによって1つの局面が好転すれば、他の局面にもいい影響を与えるということ。つまり、プライベートの面であれほど苦境に陥っていた飯塚の悩みは、さて・・・?
現実がすべてこの映画のようにうまくいくと思ってもらうと困るが、映画だからこそ許されるこんな感動的なフィナーレに私は十分納得するとともに大満足。久しぶりに自信をもって邦画に星5つをつけておこう。
<星3つが8店だが・・・>
11月22日以降、「ミシュラン狂騒曲」が日本国中を駆けめぐっているが、ミシュランが世界で60店しかつけていなかった星3つをつけた店が、東京で8店と大盤振る舞い・・・。
これに対して、『SHOW-HEYシネマルーム』の最高点である星5つをつけた邦画は、今年は『ゆれる』(06年)(2月5日鑑賞)、『俺は、君のためにこそ死ににいく』(06年)(3月27日鑑賞)、『キサラギ』(07年)(4月9日鑑賞)、『二十四の瞳 デジタルリマスター版』(54年)(4月14日鑑賞)、『転校生ーさよなら あなたー』(07年)(5月18日鑑賞)、『寝ずの番』(06年)(6月10日鑑賞)、『ひめゆり』(06年)(6月19日鑑賞)、『夕凪の街 桜の国』(07年)(7月29日鑑賞)、『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(07年)(8月28日鑑賞)、『犯人に告ぐ』(07年)(9月20日鑑賞)の10本だけ。やはり甘い点の大盤振る舞いはまずいのでは・・・?
こんな整理をしながらハタと気づいたのは、『寝ずの番』も『歓喜の歌』も落語家が絡んでいること。やはり落語家が絡んだ映画は日本独特のものだし、話術のプロである落語家が絡むとストーリーに面白味が出るのかも。すると、『さくらん』に続いて時期遅れで観ようと思っている『しゃべれども しゃべれども』(07年)も落語家が絡む映画だから、ひょっとして星5つ・・・?
2007(平成19)年11月27日記