ブレス(息/BREATH)(韓国映画・2007年) |
<松竹試写室>
2008年2月26日鑑賞
2008年2月27日記
キム・ギドク監督の第14作目は、台湾の名優チャン・チェン(張震)扮する死刑囚と不幸な主婦との「面会」が物語の軸。面会室でプレゼントされるのは「四季」だが、さてそれはどんな手段で・・・?死刑囚のブレス、不幸な女のブレス、そして面会室で重なり合う2人のブレス、それをあなたはどう感じるかがこの映画のテーマ・・・?するとまたしても、あなたの「感性」が問われること確実だが・・・。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督・脚本:キム・ギドク
チャン・ジン(死刑囚)/チャン・チェン(張震)
ヨン(主婦)/パク・チア
ヨンの夫/ハ・ジョンウ
若い囚人/カン・イニョン
2007年・韓国映画・84分
配給/エスピーオー
<キム・ギドク×チャン・チェンの顔合わせが!>
韓国の鬼才キム・ギドクの『絶対の愛』(06年)に続く第14作目は、何と台湾の大スターチャン・チェン(張震)を起用した野心作!中国のティエン・チュアンチュアン(田壮壮)監督の『呉清源 極みの棋譜』(06年)では日本語をしゃべっていたから、チャン・チェンは韓国語もしゃべるの、と思ったら、大まちがい・・・?
チャン・チェン演ずるチャン・ジンはハンソン刑務所に収容されている死刑囚。そして、死刑執行までの残りわずかな時間に、ある道具を使って自らノドを突き刺して自殺をはかったため、一命はとりとめたものの、声を失ったという設定。なるほど、そういう手があったか・・・?
『呉清源 極みの棋譜』での凛とした美しさが光っていたチャン・チェンが、『ブレス』ではセリフなしという難しい演技を要求されたわけだが、彼の才能をもってすれば、表情と動作だけの演技だってへっちゃら!低予算、短期間製作主義のキム・ギドク監督は、チャン・チェンのシーンを10日間の韓国滞在中、4回の撮影ですべてこなしたとのことだ。
天才同士の顔合わせだと、こんな風に何でもできてしまうもんだと大いに感心!
<なぜ1人の主婦が・・・?>
キム・ギドク監督の天才たる由縁は、その独自の感性でオリジナルなストーリー(脚本)を次々と創り出すこと。この映画で熱演する主婦のヨン(パク・チア)が死刑囚チャン・ジンと結びつく接点は本来何もない。なぜならヨンはモダンな家に住み、リッチな生活を夫と幼い一人娘と共に送っている、一見幸せそうな主婦なのだから。
ところが、リビングルームの壁にかけられた大型テレビで報道される死刑囚チャン・ジンの自殺未遂報道にヨンが興味を示したのは一体ナゼ・・・?それは、夫の浮気を知った彼女の心の中に大きなすきま風が吹き始めたためだ。そんな彼女の興味の対象は多分何でもよかったのだろうが、偶然テレビで観たそんな死刑囚の不幸に不思議な同情と共感を覚えたヨンは、その後、あっと驚く行動をとることに。
<何をしてあげられるの・・・?>
死刑執行を待つ死刑囚への一般面会がどの程度容易なのか、困難なのかについての韓国の法制度を私は全然知らないが、この映画を観ていると「え、こんなことまでできるの?」と思うことがいっぱい。
それはともかく、面会受付所でチャンとの関係を聞かれたヨンは「昔の恋人」という名乗り方だったが、「それではダメ」と言われたのはむしろ当然。ところが、後述のようなある事情によって面会することができたヨンは、チャンに対して9歳の時に体験した不思議な5分間の臨死体験を告白。これによってそれまで全く面識のなかった2人の心が通うようになっていったから、人間って不思議なものだ。
この最初の面会を終えたヨンは、その後チャンに対して何をしてあげられるのかということをいろいろ考えたようだが、そこで思いついたのは、彼に四季をプレゼントすること。さて、そんな突拍子もない思いつきを、ヨンは一体どんな手段で、またどんな表現方法で・・・?
<妙に気になる、保安課長の視線>
『春夏秋冬そして春』(03年)ではキム・ギドク監督自身が主演し、その精悍な肉体を披露したが、この映画では、ヨンが最初に面会にやってきた時から、その姿を執拗に映し出す監視カメラが妙に気になる・・・。前述のように、「昔の恋人でした」というだけの説明では面会はムリだと言われ、戸惑っているヨンを映し出す映像を観ながら、「まあいいだろう」という判断を下した(?)のは保安課長。彼から受付係への電話によって、ヨンはチャンと面会できるようになったわけだ。
その1回目の小さな穴のあいたガラス窓を隔てた2人の面会も、係員が同席しているばかりではなく、すべて監視カメラがその様子をとらえていた。さらに2回目、3回目と続く、手錠をかけられた状態ながら、2人を分け隔てるものがない部屋の中での面会の様子をすべて監視カメラによるモニターで見ていたのがこの保安課長のようだ。もっとも、この保安課長はスクリーン上には一切登場せず、モニターをチェックしている人間が何となくガラスに映っているような雰囲気がするだけ。もちろん登場人物として名前が表示されているわけでもないが、この監視カメラで常に映像をチェックしている保安課長はひょっとして・・・?
<面会でここまで可能なの・・・?>
死刑囚の男と、毎週その面会にやってくる自殺志願の女という奇妙な主人公による感動作が、ソン・ヘソン監督の『私たちの幸せな時間』(06年)だった。ラストに「この映画は現実の韓国の法制度に正確にマッチするものではありません」という字幕が表示されていたが、死刑囚との面会が、手錠がつけられておりまた係員立会いの下ではあるものの、かなり自由であることに、弁護士の私はかなり大きな違和感を覚えたものだった(『シネマルーム13』99頁参照)。
そんな面会における「自由度」は、チャンとヨンとの面会シーンをストーリー構成のメインに据えた『ブレス』も、『私たちの幸せな時間』と全く同じ。そして、キム・ギドク監督はそれを前提としてその自由度をさらにエスカレートさせ、四季のプレゼントの仕方を工夫している。最初のテーマは「春」だが、面会室に入ってきたチャンがビックリしたのは当然。だって、そこには壁一面が春の花に飾られた美しい風景の中に、春らしいワンピースを着たヨンが立っており、しかもラジカセから流れてくる春らしい曲に合わせて彼女が歌い踊っていたのだから。韓国ではホントにこんなことが可能なの・・・?
そう思っていると、「夏」には2人はキスを交わすようになり、「秋」にはそれが一層エスカレート。そして「冬」になると、何と2人は服をはがし合い、互いの肉体をむさぼり合うまでに・・・。いくら何でもこれはありえないはずだが、ひょっとしてキム・ギドク監督扮する保安課長の許可があればオーケー・・・?
<あなたの感じ方は・・・?>
はじめて『ブレス』というタイトルを見た時は一体何の映画かサッパリわからなかったが、映画を観ていると、原題、邦題、英題とも何とピッタリのタイトルだろうと、感心するはず。
映画の冒頭、4人部屋の中にいるチャンが吐くブレスは何とも重々しいもの。そのうえ若い囚人(カン・イニョン)との濃密な関係が示唆されるから、その展開も楽しみ・・・?他方、浮気がバレても全く反省の色のない夫に対して絶望的な気持になっているヨンの吐くブレスもかなり切ないもの。そんな縁もゆかりもない2人がはじめて面会した時、声を通すためにガラスに数カ所開けられている細かい穴を通して2人のブレスがどのように交わっていくのだろうか・・・?
そんなところに目をつけるから、キム・ギドク監督の才能はすごい。ギリギリまでガラスに顔を近づけることを要請したチャンが抜きとったヨンの1本の髪の毛の価値は・・・?また別れ際、チャンがガラスに押しつけた唇に込めた想いは・・・?さあ、そんなこんなのブレスをあなたはどのように感じる・・・?
<星5つがまた追加>
私がキム・ギドク作品をはじめて観たのは『春夏秋冬そして春』だが、その感激を受けて当然のように星5つをつけた(『シネマルーム6』68頁参照)。その後観たキム・ギドク作品は、『サマリア』(04年)(『シネマルーム7』396頁参照)、『受取人不明(Address Unknown)』(01年)(『シネマルーム8』77頁参照)、『うつせみ(空き家/Bin-Jip)』(04年)(『シネマルーム10』318頁参照)、『弓』(05年)(『シネマルーム12』325頁参照)、『絶対の愛』(06年)(『シネマルーム13』86頁参照)の順だが、これらはすべて当然のように星5つの連続。そして、この『ブレス』で星5つ作品がまた追加されることに。
私はそれが当然と思っているが、もし異論のある方は是非どうぞ・・・。
2008(平成20)年2月27日記