フィクサー(アメリカ映画・2007年) |
<東宝試写室>
2008年2月28日鑑賞
2008年3月2日記
法曹人口の多いアメリカでは弁護士は多種多様な活動を展開中。フィクサー=もみ消し屋もその1つ。巨大農薬会社を被告とした巨額の集団訴訟が、今なぜ和解に・・・?そこにはどんな密約が・・・?どんな陰謀が・・・?スリルとサスペンスに富んだ一級品の法科大学院生必見の映画がまたここに!
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監督・脚本:トニー・ギルロイ
マイケル・クレイトン(大手法律事務所のフィクサー)/ジョージ・クルーニー
アーサー・イーデンス(チーフ弁護士)/トム・ウィルキンソン
マーティ・バック(事務所経営者)/シドニー・ポラック
カレン・クラウダー(被告U・ノース社の法務部本部長)/ティルダ・スウィントン
アンナ・キサーセン(秘密を暴露するきっかけとなった原告の娘)/メリット・ウェヴァー
ジーン・クレイトン(マイケルの弟)/ショーン・カレン
ティミー・クレイトン(マイケルの従兄弟)/デヴィッド・ランズベリー
ヘンリー・クレイトン(マイケルの息子)/オースティン・ウィリアムズ
2007年・アメリカ映画・120分
配給/ムービーアイ
<ここにまた、法科大学院生必見の名作が!>
08年2月8日の日弁連会長選挙では、従来の日弁連執行部路線の推進を唱えた宮﨑誠氏に対して、弁護士大量増員反対路線を主張し、過去4度会長選挙に立候補した高山俊吉氏が42%の支持を得て善戦した。そのため(?)当選した宮﨑会長も3000人増員については政府に増員計画の見直しを求めるとの姿勢を示しているが、マスコミ論調はこれに対してかなり批判的・・・?
このように日本の法曹界を取り巻く情勢は厳しいが、この映画の主人公マイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は法科大学院を卒業した後、数年間検察官として勤めた後、今はニューヨークで最も大きいケナー・バック&レディーン法律事務所に弁護士として入所し、15年間もフィクサーの役割を担っている人物。さて、このフィクサーとは・・・?
他方、弁護士資格を持ちながら、世界60カ国以上に支社を持つ巨大農薬会社U・ノース社の社内弁護士として今は法務部本部長の要職にあるのが、第80回アカデミー賞助演女優賞を受賞したティルダ・スウィントン演ずる女性弁護士カレン・クラウダー。U・ノース社は、農薬被害を訴えてアンナ・キサーセン(メリット・ウェヴァー)の親らが提起した集団訴訟をケナー・バック&レディーン法律事務所に依頼していたが、この事件は今、判決か和解かの大きな分岐点らしい。
こんなダイナミックな社会派法廷サスペンスドラマは、日本ではそうそう見られないアメリカ特有のもの。『ペリカン文書』(93年)、『レインメーカー』(97年)、『エリン・ブロコビッチ』(00年)などと共に、『フィクサー』は法科大学院生必見の映画として是非推薦したい。
<フィクサーとは・・・?>
この映画の原題は『MICHAEL CLAYTON』、すなわち主人公の名前マイケル・クレイトンそのものだが、邦題は『フィクサー』。日本でもかつての「ロッキード事件」の時、右翼の大物児玉誉士夫が政財界のフィクサーだと言われていたが、フィクサー(Fixer)とは正直言ってわかったようなわからないような言葉で、日本語では「黒幕」というような意味・・・?ところが、アメリカの法律世界では「もみ消し屋」の隠語として実際に使われているらしい。
イギリスでもアメリカでも法廷弁護士は一流弁護士というイメージがあるから、弁護士資格をもちながらマイケルが法廷弁護士ではなくフィクサーとして15年間も勤めていたのは、彼が二流弁護士だったからかというと、どうもそうでもないらしい。なぜなら、マイケルに対するケナー・バック&レディーン法律事務所の経営者マーティ・バック(シドニー・ポラック)や、U・ノース社の農薬集団訴訟を担当するチーフ弁護士のアーサー・イーデンス(トム・ウィルキンソン)のマイケルに対する信頼が厚いことは、映画を観ているとよくわかるから。つまり、これは弁護士としての出来の良し悪しの問題ではなく、能力に応じた役割分担の問題・・・。
<マイケルは今が人生の転換期・・・?>
ジョージ・クルーニーは1961年5月生まれだから今46歳。ところで、検事を数年経験したうえフィクサーを15年間やっているというマイケルは45歳という設定だから、ほぼ実年齢と同じ。この年齢は本来働きざかりのはずだが、今マイケルは私生活では三重苦。
その第1は、10歳の一人息子ヘンリー(オースティン・ウィリアムズ)の親権をめぐって彼は今、別れた妻と係争中。第2は、アル中の従兄弟ティミー(デヴィッド・ランズベリー)に金銭的支援をしたおかげで、8万ドルの借金を背負わされてしまったこと。今さらその恨みつらみをわめきたてても無意味なことはわかっているものの・・・。
第3は、仕事に追われているため息子のヘンリーと会う時間すらなかなかとれないうえ、病気療養中の父親の誕生日パーティーに出席してもすぐに帰らなければならず、昔から折り合いの悪い警察官をしている弟のジーン(ショーン・カレン)と今なお仲良くなれないこと。弁護士資格を持ってフィクサーの仕事を15年間もやってきたものの、さて俺のこれからは、と考えるとマイケルの気持が不安になっていたのは当然。
<なぜアーサー弁護士は・・・?>
そんな中、マイケルはもちろんマーティも信頼していたチーフ弁護士のアーサーが少しヘン。すなわち彼は全米を騒然とさせた農薬会社U・ノース社に対する3000億円の集団訴訟について完全勝訴か和解の道かを迫られている今、突然依頼人のU・ノース社のやり方に疑問をもち、異議を唱え始めたのだ。
この映画最大のテーマは、U・ノース社の悪辣なやり方とは何かということだが、もちろんそれはこの時点では不明。いくら金で雇われているとはいえ、弁護士だってそれ相応の良心はもっているもの。しかし、あまりにも重大な責任をもたされた彼は任務の遂行と良心の呵責のはざまで精神に異常をきたしたらしく、ある日、公衆の面前で服を脱ぎ留置所へ送られるという失態を演じたから大変。
U・ノース社のカレンがこの騒ぎを裁判で有利に使おうとするのは明白だが、なぜアーサーはそんな行動を・・・?ここから、マイケルのフィクサーとしての活動が始まることになったが・・・。
<『王国と征服』は日本人には理解不可能・・・?>
この映画に登場する大人たちはみんな社会の荒波の中でもがいているが、マイケルの10歳の一人息子ヘンリーだけは別格で、無垢な存在。そんなヘンリーの愛読書が創作ファンタジー小説『王国と征服』らしいが、実は私を含めて日本人にこの本の意味はほとんどわからないはず・・・?
『フィクサー』を監督・脚本したトニー・ギルロイが『王国と征服』の要素を映画に取り入れようと思ったのは、自分の息子が「子供時代の大半をファンタジー小説にはまっていたため」とのことだが、そんな体験はアメリカ人には理解できても、日本人には理解できないのは仕方なし。マイケルが弟のジーンに無理矢理頼んで封印許可証をもらってアーサーが殺害された部屋の中に入り、発見したのがアーサーが愛読していたらしい『王国と征服』。そこには蛍光ペンでマークされた文章がいくつかあったが、さてその意味は・・・?
<助演女優賞のみにとどまったのは・・・?>
『フィクサー』は、最多8部門にノミネートされた『ノーカントリー』(07年)と『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07年)に次いで、『つぐない』(07年)と共に、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など7部門にノミネートされていたが、結果的にはティルダ・スウィントンの助演女優賞のみの受賞に終わった。これは、主演とともに製作総指揮をしたジョージ・クルーニーや、監督・脚本したトニー・ギルロイ、そして製作総指揮に加わったスティーヴン・ソダーバーグらにとって大いに残念だったはず。
この映画がなぜ作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞を受賞できなかったのかを私なりに考えてみれば、テーマ(題材)と登場人物のキャラクターは面白いのだが、物語が少し難しすぎたのでは・・・?そもそも、巨額の損害賠償請求訴訟の代理人として活躍しているアーサー弁護士が、なぜ突然良心の呵責に目覚めて奇妙な行動をとったのかを理解することが難しい。そのうえ、この映画では判決か和解かをめぐって取り交わされた1通の確認書が大きなポイントになるのだが、その位置づけの理解が難しい。アメリカではそれほど難しくないのかもしれないが、少なくとも私の目にはそう映ったが・・・。
<巨大訴訟にはヤミ勢力が・・・>
日本でも「ロッキード事件」クラスになると、政治家やヤミ勢力が絡んでくるが、私が弁護士登録と同時に頑張っていた大阪国際空港公害訴訟や大阪西淀川公害訴訟などの大規模公害訴訟では、そんな問題はあり得なかった。ところが訴訟大国アメリカでは、「裁判を勝つためには何でもあり」であることは、『ニューオーリンズ・トライアル』(03年)を観ればよくわかる。さらに恐ろしいのは、ヤミ勢力による殺人の危険性まであるということだ。
この映画が、ジュリア・ロバーツが大活躍した『エリン・ブロコビッチ』のような人間ドラマとは大きく異なるサスペンス映画となっているのは、U・ノース社が裏でそんなヤミ勢力と結びついているため・・・?すると、映画全般にわたって登場する不気味な2人組の男の働きは、カレン本部長の指示によるもの・・・?もちろん奇妙な行動を取っていたアーサー弁護士の死亡は、外見上は大量の薬物を飲んでの自殺とされているが、さてその真相は・・・?
もしこれが殺しだとすると、マイケルがU・ノース社にとってヤバイ証拠を握れば、マイケルも消される可能性が・・・?日本では法律事務所がそこまで巻き込まれることはあり得ないが、アメリカでは・・・?
<マイケルはどんな手段で証拠集めを・・・?>
マイケルがアーサー弁護士殺しに関するある重要な証拠を握ったのは、殺人現場として立入禁止とされていたアーサーの部屋の中に1人立入り、現場検証と証拠品を探すことができたため。なぜそれができたのかは、弟のジーンがインチキな封印許可証を偽造したため。したがって、そんな事実がバレたらヤバイのは当然だが、1人現場に入っていたマイケルは、ほどなくそこに突入してきた現地警察官によって逮捕されることに。つまり、マイケルの行動はあの不気味な2人組の男たちによって見張られていたということだ。
そして今、マイケルの車には2人組によってある仕掛けがセットされていたが、これはきっとアメリカ映画によく登場する「あんな仕掛け」・・・?
<助かったのは、こんな偶然から・・・>
日本では乗馬はよほど高級な趣味だが、国土の広いアメリカでは日本以上に人間と馬が接するチャンスは多い。しかしてこの映画では、偶然とはいえ馬が重要な役割を果たすことに。
車を走らせていたマイケルがふと見つけたのは、丘の上にいる3頭の馬。そこで車を降りたマイケルはゆっくりと3頭の馬に近づいていき、そのやさしそうな目を見つめ、手をさしのべようとした。その途端にマイケルが乗っていた車が大爆発!映画の冒頭そんなシーンが登場するが、それが現実となるのはマイケルの車を追う2人組との対決(?)シーン。つまり、予定どおりに進めば、ある時刻にセットされた爆弾によって車の中にいたマイケルはお陀仏だったわけだ。
とっさにそんな状況を理解したマイケルは、燃えあがっている車の中に自分の身につけていた時計や財布など、その死亡を確認できる品物を次々と投げ入れたから、アーサー弁護士に続くマイケルの訃報が伝えられたケナー・バック&レディーン法律事務所は大騒ぎに。
<クライマックス対決は・・・?>
アメリカで有能な弁護士として評価してもらうためには、しっかりした弁論術を身につけていることが不可欠。今U・ノース社のカレン本部長は、原告団に向かって身ぶり手ぶりを含めた最高の弁論術をもって和解の説得をしていた。前日からの予行演習の成果よろしく、その大仕事を終えたカレンは十分満足し、別室にて原告らの返答を待つことに。その答えは確実に和解。これによって一件落着することになるはずだ。
ところが、そこに登場したのは、何と死んだはず(殺したはず?)のマイケル。これを見てカレンが腰を抜かさんばかりに驚いたのは当然。そして、ここから展開される2人のプロ同士による数分間の会話(取引?)がこの映画のハイライト。ここでマイケルが要求したのは一体ナニ・・・?
それは、俺が握った秘密を隠してやるかわりに、フィクサーを引退して一生安楽に過ごせるだけの金を払えという裏取引!なるほど、やはり15年間もフィクサーをやっていたマイケルが考えるのはその程度・・・?それがわかると、それに対するカレンの回答もビジネスライク的にすることができるから、ある意味楽。マイケルの要求はテン。そこですかさず、その単位は・・・?
このように展開されていく会話はゾクゾクするほど面白いから、是非このシーンはあなた自身の目で。しかして、合意できた金額はHow Much・・・?ティルダ・スウィントンが助演女優賞を受賞した最大のポイントは、このシーンにありそうだ。
<さらなるどんでん返しは、あり・・・?なし・・・?>
こういう異色法廷サスペンスもののラストのつくり方は難しい。またその出来が作品の出来の90%以上を決めることが多い。しかして、この映画のラストはどんな風に・・・?
マイケルとカレンの合意は意外とスピード展開で成立したが、現実にカネをもらうまでにはその後どんな展開が・・・?あるいは、ひょっとしてこの映画はさらなるどんでん返しの展開が用意されているの・・・?それをここで書くわけにいかないのは当然だから、クライマックスシーンの後、映画のラストに至る展開についても是非あなたの目で。
その評価は人によってさまざまだろうが、私にはこのラストも『フィクサー』が作品賞を受賞できなかった1つの理由のように思えたが・・・。
2008(平成20)年3月2日記