モンゴル(ドイツ、ロシア、カザフスタン、モンゴル映画・2007年) |
<東映試写室>
2008年3月25日鑑賞
2008年3月29日記
さすが本物!さすがインターナショナル!そして、浅野ハーンは、さすが第80回アカデミー賞外国語映画賞ノミネートにふさわしい存在感!『元朝秘史』にもとづく新解釈にも注目だが、これぞモンゴル、という風景に圧倒!さらに新疆ウイグル自治区をロケ地とした大合戦シーンは圧巻!興行的に大失敗した『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(07年)の失点を補う大ヒットを期待しよう。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督・脚本・製作:セルゲイ・ボドロフ
テムジン=チンギス・ハーン/浅野忠信
ジャムカ(テムジンの盟友・宿敵)/孫紅雷(スン・ホンレイ)
ボルテ(チンギス・ハーンの妻)/クーラン・チュラン
2007年・ドイツ、ロシア、カザフスタン、モンゴル映画・125分
配給/ティ・ジョイ、東映
<チンギス・ハーンあれこれ>
チンギス・ハーンの生涯を2時間の映画にまとめるのは至難のワザ。そこで大切なことは、どのエピソードを入れて、どのエピソードを削るかと共に、監督が描きたいと思う視点をしっかり確立すること。
チンギス・ハーンの生涯を描いた主な小説は、井上靖の『蒼き狼』と森村誠一の『地果て海尽きるまで 小説チンギス汗(上下)』。また、近時2006年2月1日から2007年8月5日まで日本経済新聞に連載された堺屋太一の『世界を創った男 チンギス・ハン』も興味深い。私がはじめて当時の歴史を記した『元朝秘史』という資料の存在を知ったのは、この連載小説を読んでいた時。
<あの英雄を、新たな解釈で!>
プレスシートによれば、「『元朝秘史』によれば、チンギス・ハーンの人生には、空白の期間があるという。ボドロフは、『おそらく捕らえられ、牢に繋がれていたのだ』と考えるロシアの歴史学者レフ・グミリョーフの説を大胆に取り入れ、架空都市・タングート王国で長い間監禁されるテムジンを描いた」とあるが、これは私が今回はじめて知った、チンギス・ハーンについての新解釈。
ちなみに、日本語字幕ではタングート王国を西夏と表示していたが、たしかに西夏はタングート族の首長李元昊が1038年に中国西北部に建国した国で、西田敏行主演の『敦煌』(88年)では渡瀬恒彦が李元昊役をカッコよく演じていた。『モンゴル』では、ジャムカとの戦いに敗れたテムジンが奴隷としてタングート王国に売りとばされ、艱難辛苦の時期を過ごすことになるのだが、そんなストーリーはこれまでのどの本でも読んだことのないセルゲイ・ボドロフ監督の新解釈。そんなところにも是非注目!
<もう1つのチンギス・ハーンものは・・・?>
「構想27年、総製作費30億円、4カ月にわたるオール・モンゴルロケ」を売りモノにした角川春樹製作の『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(07年)は、ネット情報によると、興行収入13億円と興行的には大失敗に終わったらしい。そのうえ、何と日本の最低映画を決める文春きいちご賞で第1位を、またスポーツ報知主催の蛇いちご賞でも作品賞の他、菊川怜が女優賞、Araが新人賞を受賞したらしいから、不名誉極まりない。私はこの映画を大いに期待していたが、始まった途端に大きな違和感を覚えたことをよく覚えている。反町隆史や菊川怜らの演技にケチをつけるつもりはないが、やはり日本人が日本語でチンギス・ハーンを演ずるのは土台ムリだったということだ。
<やはり本物の方が>
その点、ドイツ、ロシア、カザフスタン、モンゴル合作の『モンゴル』は、本物の迫力でいっぱい。セルゲイ・ボドロフ監督はアジア各国を探し回った挙げ句、テムジン=チンギス・ハーン役として浅野忠信に白羽の矢を立てたのだから、浅野忠信は立派なもの。
激しいアクションの体得も大変だが、モンゴル語をきちんとしゃべるのはそれ以上に大変。それをやり切り、「アジア圏に浅野忠信あり!」と世界に知らしめた浅野忠信に大拍手。第80回アカデミー賞最優秀外国語映画賞にドイツ映画の名作『ヒトラーの贋札(にせさつ)』(06年)が選出されたのは、彼にとっては大いに残念だろうが、『バベル』(06年)で助演女優賞にノミネートされた菊地凛子と同様、ノミネートされただけで立派なものだ。
本来比べること自体が無意味なのだが、つい『蒼き狼 地果て海尽きるまで』と『モンゴル』を比べると、やはり、本物の方が・・・。
<これぞインターナショナル!その1─キャストは?>
『モンゴル』はドイツ、ロシア、カザフスタン、モンゴル合作映画だが、主な俳優陣もインターナショナル。まずテムジン=チンギス・ハーンが日本人の浅野忠信なら、テムジンの盟友(アンダ)であり、同時に宿敵となるジャムカには、『初恋のきた道』(00年)、『たまゆらの女(ひと)』(03年)、『SEVEN SWORDS セブンソード(七剣)』(05年)でお馴染み(『シネマルーム5』194頁、『シネマルーム5』245頁、『シネマルーム9』38頁参照)の中国人俳優孫紅雷(スン・ホンレイ)を起用。
また、「俺は良い妻をもった」と話すテムジンに対して、「私があなたを選んだのよ」と見事に切り返す愛妻ボルテには、モンゴル人の新人女優クーラン・チュランを抜擢した。
<これぞインターナショナル!その2─スタッフは?>
製作スタッフをみても、まず監督・脚本・製作のセルゲイ・ボドロフは1948年生まれのロシア人で、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートは『モンゴル』で3度目というから、すごい実績の監督。次に、05年9月から11月まで内モンゴル自治区で行われた第1期撮影クルーのアクション監督を務めたチョン・ドフォンは韓国人だし、撮影監督のロジェ・ストファーズはオランダ出身。
他方、06年7月から11月まで新疆ウイグル自治区の5カ所で行われたクライマックスの壮大な合戦シーンを含む第2期撮影クルーのアクション監督を務めたジャイドッグ・クグシノフはカザフスタンで、撮影監督のセルゲイ・トロフィモフはロシア、また、この映画の雰囲気づくりに大きく寄与する音楽を担当したトゥオマス・カンテリネンはフィンランド、そして編集のザック・ステーンバーグはアメリカの出身と、実にインターナショナルだ。
<「両雄並び立たず」の視点が全編に!>
チンギス・ハーンの少年時代については、①テムジンの嫁(ボルテ)とりの物語、②父イェスゲイの毒殺とその後の苦難の日々、③テムジンと盟友ジャムカとの出会い、などの物語はよく知られている。しかし、チンギス・ハーンの生涯を通じた物語となると、メルキト族、タタール族、ケレイト族などの聞きなれない多くの諸部族やイェスゲイを裏切った配下のタルグタイ、テムジンを支援したトオリル・ハーン、ボルテがメルキト族にさらわれた後に産んだ長男ジュチなど、さまざまな人物が登場するから、その理解は大変。
『蒼き狼 地果て海尽きるまで』は、長男ジュチと父親との確執を大きなポイントにしていた(『シネマルーム14』294頁参照)が、『モンゴル』はその焦点をテムジンと盟友ジャムカとの人間像の違いとその対立に当てた。堺屋太一の『世界を創った男 チンギス・ハン』では「地に境なく人に差別なし」を根幹的な思想としたテムジン=チンギス・ハーンの人間像が描かれ、兵力に劣るテムジンのもとになぜ多くの人間が集まってきたのかを描いていたが、それはこの『モンゴル』も同じ。そのため、全編を通じて「両雄並び立たず」の視点が鮮明に!
<あんな武器使い、あんな戦法あり・・・?>
この映画の合戦シーンは3度ある。第1は、テムジンが妻ボルテを奪い返すべく、ジャムカの協力を得てメルキト族を襲うシーン。第2は、ジャムカの攻撃を受けたテムジンが、圧倒的兵力差にもかかわらず、女子供を逃がしながら最後まで戦うシーン。そして第3が、この映画のハイライトとなる、ジャムカの大軍とテムジンの大軍との激突シーン。
ここでも兵力数は圧倒的にジャムカの方が上だが、そこで面白いのは、テムジンがとったある武器使いによるある戦法。数で劣る方は知恵を使わなければならないのは当然だが、あの時代にテムジンがあんな武器使いとあんな戦法をあみ出したのは天才的。しかしそこで私が抱いた疑問は、あんな武器使いがホントにできるのかということ。もしそれが人間の技として不可能に近いとすれば、あの戦法は成り立たないことになるが・・・?
もっとも、これは私のちょっとした疑問に過ぎず、全体としては迫力あるこの大合戦シーンは、映画史に残る名場面となることまちがいなし。その迫力をタップリと味わうとともに、なぜテムジン少年がここまで諸部族を統一し、チンギス・ハーンとなり得たのかを、彼の人間像に迫りながらじっくりを考えたいものだ。
2008(平成20)年3月29日記