イースタン・プロミス(イギリス、カナダ映画・2007年) |
<GAGA試写室>
2008年4月24日鑑賞
2008年4月26日記
舞台はロンドン。主人公はアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたヴィゴ・モーテンセン演ずるロシアン・マフィアの運転手ニコライ。身元不明のロシア人少女が産み落とした赤ん坊を軸として展開されるシリアスな人間ドラマは見どころいっぱい!中盤から終盤にかけての意外なストーリー展開をしっかりと。そして、ロンドンで今現実に起きている「イースタン・プロミス」の実態を直視し、何らかの手を打たなければ・・・。
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監督:デヴィッド・クローネンバーグ
ニコライ(ロシアン・マフィアの運転手)/ヴィゴ・モーテンセン
アンナ(助産師)/ナオミ・ワッツ
キリル(セミオンの一人息子)/ヴァンサン・カッセル
セミオン(レストランのオーナー、ロシアン・マフィアのボス)
/アーミン・ミューラー=スタール
ステパン(アンナの伯父)/イエジー・スコリモフスキー
ヘレン(アンナの母)/シニード・キューザック
2007年・イギリス、カナダ映画・100分
配給/日活
<イースタン・プロミスとは?>
「イースタン・プロミス」とは直訳すれば「東の約束」だが、それでは何のことかサッパリ・・・?プレスシートによれば、「イースタン・プロミス」とは、「英国における東欧組織による人身売買契約のことを指す」とのこと。今、英国のサウナやマッサージ・パーラーで体を売る約7000人の娼婦のうち、8割は東欧、バルト海沿岸のリトアニア、エストニア、ラトビアなどから連れてこられた女性とのことだ。
要するに、東欧のヤクザ組織がそんな人身売買を一手に引き受けているわけだが、程度の差はあっても同様のことは日本でも・・・。もっとも、「ここ2、3年のうちに英国では、マッサージ・パーラーやサウナで売春する女性のほとんどが彼女たちのような経歴の持ち主で占められている」とのことだから、問題は深刻。したがってこの映画では、ロンドンを舞台とした、ロシアン・マフィア「法の泥棒(ヴォリ・ヴ・ザコネ)」の動きが焦点。
<導入部は衝撃的!>
映画の冒頭は、コンビニのレジの前に立つ少女が突然下半身から出血して倒れ込んでしまうという衝撃的なシーンから。ロンドンの病院に担ぎ込まれたこのロシア人の少女は臨月を迎えていたようだ。しかし、かわいそうなことに、産み落とした女の子の命は何とか助かったものの、母体は手遅れのため助からなかった。
その手術を手伝った助産師のアンナ(ナオミ・ワッツ)が少女の残したロシア語で書かれた日記を持ち帰ったのは、「いかがなものか」と思う行為。しかし、アンナがこの日記を手がかりに、赤ちゃんのために少女の身元を割り出そうと考えて動き始めたため、がぜんこの映画はサスペンス色を帯びていくことに・・・。
少女の名はタチアナ。そして日記には、“トランスシベリアン”というロシアン・レストランのカードがはさまれていた。さて、タチアナはなぜこんな形で命を落とすことに・・・?
<イギリス人とロシア人のハーフは珍しい・・・?>
アンナはイギリス人とロシア人のハーフだが、こりゃ何とも珍しい設定・・・?今一緒に住んでいる母親のヘレン(シニード・キューザック)はイギリス人だから、父親がロシア人ということだ。そのことは、次に紹介するアンナとトランスシベリアンのオーナーであるセミオン(アーミン・ミューラー=スタール)との会話の中で、父親の名前を聞かれたアンナが「イワン」と答えるシーンをみれば明らかだが、日本人の私たちにはどうもそこらあたりがわかりにくい。そもそも、ロンドンにイギリス人とロシア人のハーフなんてたくさんいるの?
また、アンナの家によく出入りしているステパンは、アンナの伯父でロシア人というから、彼はきっとアンナの父親の兄・・・?このステパンを演ずるイエジー・スコリモフスキーは、クローネンバーグ監督が長年崇拝してきたポーランド生まれの監督だが、クローネンバーグ監督の頼みで今回は役者として出演してくれたらしい。そんな重厚な配役にふさわしく、このステパンは自分が元KGB(ソ連国家保安委員会)だと言い張る、かなりクセのある人物と設定されている。したがって、アンナに対しても歯に衣着せぬモノ言いだし、ロシアン・マフィアの運転手ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)に対してツバをはきかけたりと平気で悪態を・・・。
もっとも、そんな彼でも、タチアナが残した日記を翻訳していく中でロシアン・マフィアの恐ろしさを実感させられていったため、アンナに対して深入りをやめるよう忠告したのだが、いつしかステパン自身の姿が見えなくなることに・・・。こりゃ、きっとロシアン・マフィアの仕業。アンナはそうにらんだが、さてそれに対して何か打つ手はあるの・・・?
<一見やさしそうなオーナーだが・・・?>
カードを頼りに訪れたアンナを迎えたのは、セミオン。彼はタチアナという少女は知らないらしい。しかし、アンナが日記のことを話すとがぜん興味を示し、「自分が翻訳してあげるから日記を持っておいで」とやさしく提案してきたから、こりゃ何かウラがありそう・・・?そして、翌日アンナが日記(のコピー)を届けると、直ちに「原本は?」と質問。アンナが「赤ちゃんが大きくなった時に手渡してあげたい」と言ったことに対して彼はあえて反論しなかったが、何か腹にイチモツあることは明らかだ。
さて、一見やさしそうだが、どこかすごみを感じさせる、このセミオンという初老の男は一体何者・・・?
<ニコライは?キリルは?ニコライの忠告は?>
アンナがセミオンのレストランを訪れるたびに出会うのが、運転手だと名乗る不気味な男ニコライ。また、そんなニコライにいつも命令口調で話しかけている男がキリル(ヴァンサン・カッセル)。あくまでクールで、到底女好きとは思えないニコライが、なぜエンジンのかからないバイクに悪戦苦闘しているアンナに興味を示したのかはわからないが、雨の中そんなアンナを車に乗せて自宅まで送り届けたことによって、2人の間に何らかの心の交流が始まったようだ。
そんな中、日記のコピーを読んだセミオンがいきなりアンナの病院を訪れてきたからアンナはビックリ。セミオンの言葉によると、日記の中には自分の息子キリルの残忍な行為の数々が記されていたらしい。そこでセミオンは「日記を返せば、そのかわりにタチアナの家族の住所を教える」という取引を持ちかけてきたわけだが、これは事実上の脅迫・・・?
しかして、ステパンが忠告したのと同じように、ニコライもアンナに対して「そちらの世界」から「こちらの世界」に立ち入らないよう忠告したが・・・。
<中盤の見どころをしっかりと!>
この映画のプレスシートは珍しく「ネタバレご免」とばかりに詳しくストーリーを紹介しているが、私が調子に乗って同じように詳しくストーリーを書くことは避けなければダメ。しかし、あの一見やさしそうなレストランのオーナーが実はロシアン・マフィアのボスだということは、誰でもすぐに察しがつくはずだから、そのタネ明かしはご容赦願いたい。
イギリスを舞台として生きている「法の泥棒」というマフィアはロシア人たちのための秘密結社だから、組織維持のためボスの権力を絶大なものにしているのは当然。したがって、息子のキリルがボスに無断でチェチェン人マフィアの一員を殺害したことを知ったセミオンはご立腹。ちなみに、理髪店のイスに座った客のノドを営業用カミソリで一気にかっ切るシーンを観た人は、以降怖くて理髪店に行けなくなるのでは・・・?
それはともかく、この映画ではそんな2代目キリルのダメぶりと、2代目が信頼する運転手ニコライの能力の高さのアンバランスが面白い。また、ニコライの能力の高さを認めたセミオンはニコライを「法の泥棒」の一員として正式に迎え入れるのだが、この入会審査(?)の模様や入会決定後、幹部となったことを証明するために入れる刺青のシーンが興味深い。
ところが、ニコライが正式に「法の泥棒」の一員となった直後、彼はサウナ室に1人で座っているところをなぜかナイフを持った2人の男から襲われることに・・・。これは一体誰のどんな指図にもとづくもの・・・?ここらあたりの中盤のストーリー展開は結構複雑でわかりにくいが、中盤の勝負どころだから、居眠りなどしないでしっかり注目を!
<主演男優賞ノミネートは、素っ裸での熱演も寄与・・・?>
デヴィッド・クローネンバーグ監督とヴィゴ・モーテンセンとのコンビは、高い評価を受けた『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05年)以来2度目とのことだが、残念ながら私は前作を観ていない。
『イースタン・プロミス』の主人公ニコライは、ロシアン・マフィア「法の泥棒」の運転手。黒い服、黒いサングラス、ぶっきらぼうなしゃべり方はマフィアそのものだが、ナオミ・ワッツ扮する助産師アンナとの心の交流が芽ばえ始めると、意外な素顔も・・・?さらに映画の終盤には、正式に「法の泥棒」の幹部となったニコライが実は意外な人物であったことが明らかにされるから、ニコライはかなり複雑で演じるのが難しい役。しかして、『イースタン・プロミス』でヴィゴ・モーテンセンが第80回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのは、そんな複雑な人物像を見事に演じたから・・・。
しかし、サウナ室の中でナイフをもつ2人の男から襲われ、これに素っ裸で立ち向かった彼の熱演もかなり寄与したのでは・・・?私には、この素っ裸での演技はそれほどすばらしいと思えたが・・・。
<意外な展開のあれこれをしっかりと!>
この映画の評論はこれくらいにしておこう。セミオンとニコライとの間の重みのある男同士の会話がこの映画の基本ストーリーを構成していくと誰もが思うはずだが、意外とそうでもない面も・・・?また、2代目キリルの多分に情緒不安定な演技は特筆モノだが、キリルとニコライとの友情(?)はホンモノ、それとも利害絡み・・・?さらに、ロンドンの一市民にすぎないアンナが、なぜ生まれてきた赤ん坊のためにここまで勇気をもってロシアン・マフィアの中に入り込み、対決していくの・・・?この映画は、中盤から終盤にかけてそんなあれこれの展開がいっぱいだ。
日本のヤクザの世界は、1960~70年代の鶴田浩二や高倉健などの映画で、また1980~90年代は菅原文太や梅宮辰夫などの映画で私たちはよく知っている。また、香港マフィアは『インファナル・アフェア』(02年)3部作等で、またイタリア・マフィアは『ゴッド・ファーザー』(72年)3部作等で少しはおなじみ。しかし多くの観客は、ロンドンを舞台として生きるロシアン・マフィアの実態は、今回のこの映画ではじめて知ったはず。
そんなロシアン・マフィア「法の泥棒」の幹部となったニコライのサウナ室での襲撃事件を契機として、一気に終盤になだれ込んでいく、この映画の意外な展開のあれこれをしっかりと!
2008(平成20)年4月26日記