休暇(日本映画・2008年) |
<東映試写室>
2008年4月30日鑑賞
2008年5月2日記
死刑囚を主人公とした名作は多いが、現場刑務官の心に焦点を当てた映画は珍しい。『休暇』というタイトルの意味は?それには、「支え役」という刑務官特有の役割を理解する必要が・・・。また、死刑執行をめぐる法務大臣の役割とその手続の実態は?裁判員制度の実施を控えた今、そんなこんなの勉強が不可欠だが・・・。
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監督:門井肇
原作:吉村昭「休暇」(中公文庫版『蛍』所載より)
平井透(刑務官、看守部長)/小林薫
金田真一(死刑囚)/西島秀俊
美香(平井の妻)/大塚寧々
三島達郎(刑務官、副看守長(幹部))/大杉漣
達哉(美香の息子)/宇都秀星
大塚敬太(新人刑務官、看守)/柏原収史
坂本富美男(刑務官、副看守長(非幹部))/菅田俊
池内大介(処遇部長、執行指揮者)/利重剛
古木泰三(刑務官、副看守長(幹部))/谷本一
久美(金田の妹)/今宿麻美
南雅子(ブライダル・アドバイザー)/滝沢涼子
教誨師/榊英雄
美佐子(平井の姉)/りりィ
2008年・日本映画・115分
配給/リトルバード
<原作は?テーマは?>
4月末から5月はじめにかけての休暇は「ゴールデン・ウィーク」と呼ばれ、多くの日本人が楽しみにしているが、かえってその長期休暇によって疲れてしまう人たちも多い・・・?
この映画のタイトルである『休暇』というのはかなりボンヤリした概念。しかし、死刑執行の「支え役を志願すれば、1週間の休暇を与える」という池内大介処遇部長(利重剛)の言葉に応じたことによって得られた、主人公平井透(小林薫)の1週間の『休暇』の重みは・・・?吉村昭原作のこの映画のテーマは、その軽いタイトル(?)とは裏腹に、そんなきわめて重いもの・・・。
<前提その1─死刑執行に関する法の規定は?>
この映画を観て考えるについての第1の前提は、抽象的な死刑の是非論や死刑違憲論の是非ではなく、現行の刑事訴訟法の規定をきちんと理解すること。
まず刑事訴訟法475条1項は「死刑の執行は、法務大臣の命令による」と定め、2項は「前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない」と定めたうえ、但書で「但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない」と定めている。また、同法476条は「法務大臣が死刑の執行を命じたときは、五日以内にその執行をしなければならない」と規定している。
ところが現実には、死刑が確定してから5~8年ほど経過した後に死刑が執行されているのが実情とのことだ。それは一体なぜ・・・?
ちなみに、大阪池田小学校児童殺傷事件の元死刑囚宅間守は、死刑確定からわずか1年で死刑執行がなされたが、これはきわめて異例。
<前提その2─死刑執行に関する、杉浦発言VS鳩山発言>
この映画を観て考えるについての第2の前提は、最低限次の2つの法務大臣の発言を頭に入れておくべきこと。第1は、05年10月31日の法務大臣就任記者会見で杉浦正健法相が述べた「私は死刑執行命令書にはサインしない」との発言。もっとも、これについては翌日「私の個人としての心情を吐露したもので、法の番人としての法務大臣の職務の執行について述べたものではなく、その点について誤解を与えたとすれば遺憾ですので訂正いたします」と訂正されたが・・・。
第2は、現在の鳩山邦夫法相が07年10月29日の外国特派員協会の記者会見の席で行った「署名なし死刑」発言。すなわち彼は、「法相が絡まなくても進むような方法を考えてはどうか」「判決確定後6カ月以内に法相が執行を命令しなくてはならないという法律は守られるべきだ。しかし誰も死刑執行の署名をしたいとは思わず、法相に責任をおっかぶせる形ではない方法がないかと思う」「自動的にそうした(執行ができるような)方法で進んでいけば、次は誰かという議論にはならない」と発言したわけだ。
さて、こんな2つの法相発言をどのように受けとめればいいのだろうか?あなたには是非そんな現実の問題点をきっちり把握しながら、この映画を観てもらいたいものだ。
<前提その3─死刑執行を告知するのはいつ?>
法科大学院が司法試験の受験テクニックを学ぶのではなく、真に社会の役に立つ法律を学ぶところなら、その院生がこの映画を観るについては、日本では具体的にどのような手続によって死刑が執行されているのかという実務的な観点の他、死刑囚に対していつ、どのようにして死刑執行が告知されるのかという人間的な部分を、きっちりと学ぶ必要がある。
アメリカは50の州から成る合衆国らしく、死刑のある州(37州)と廃止している州(13州)に分かれているうえ、その執行方法も電気イス刑14州、ガス殺刑7州、絞首刑4州、銃殺刑2州と分かれている。しかし、日本は絞首刑。しかして、その執行の具体的な手続は・・・?
他方、私がこの映画を観てはじめて知ったのは、死刑執行は当日の朝はじめて死刑囚に伝えられ、その日の午前9~10時頃に執行が終了するということ。これは、1975年10月3日に、ある死刑囚に死刑執行を事前告知したところ、その死刑囚が隠し持った安全カミソリで左手首を切って自殺してしまったという事件が起きたため、以降このような運用になったとのこと。つまり、それまでは拘置所によっては死刑執行の事前告知がなされていたわけだ。しかして、この映画の死刑囚金田真一(西島秀俊)に対して死刑執行が告知されたのは、いつ、どんな形で・・・?
<刑務官の心に焦点を!>
「死刑囚」を主人公とした名作は多い。①ハリウッドでは『チョコレート』(01年)や『ライフ・オブ・デビット・ゲイル』(03年)、②韓国では『私たちの幸せな時間』(06年)や『ブレス』(07年)、③邦画では『13階段』(03年)などだ。しかし、その多くは死刑囚と恋人との絡みを描くもので、刑務官の心の葛藤や刑務官と死刑囚との心の交流に焦点を当てた映画は『13階段』など少ない。その意味で、『休暇』は希少価値が・・・?
他方、公務員改革については、渡辺喜美行政改革担当大臣による「内閣人事庁」の新設を含む国家公務員制度改革基本法案の行方が大いに注目されたが、残念ながら目下の福田政権下ではその動きはポシャリ気味。そんな中、従来から続いている刑務官のシステムと実態は?
刑務官も公務員である以上、幹部職員と一般職員に分かれているが、この映画の主人公平井透は刑務官・看守部長だから一般職員。他方、刑務官・副看守長の三島達郎(大杉漣)は幹部職員。しかし、処遇部長の池内大介がえらく幅を効かせている(?)姿をきちんと分析すれば、そこには壮大なキャリアシステムがあることがわかるはず。刑務官を目指す人は、それぞれ囚人とどう向かい合うのか、仮に死刑執行に立ち合わなければならなくなった場合、それにどのように対応するのかを考えているはずだが、そんな問題意識をもった人にはこの映画は必見!死刑執行と向き合わなければならなくなった刑務官たちの心の動きを真摯に学びたいものだ。
<『歓喜の歌』と正反対の役を熱演!>
この映画で死刑囚金田真一を演じた西島秀俊は、キム・ギドク監督の『ブレス』で死刑囚を演じた台湾の名優チャン・チェン(張震)と同じように、抑えた演技ながら見事に金田の不安定な心情を表現している。また、新米のためいろいろとヘマをしでかす新人刑務官・看守の大塚敬太(柏原収史)や定年退職間近の刑務官・副看守長の坂本富美男(菅田俊)そして幹部職員ながら死刑囚に対して「少しくらいは・・・」という人間味をみせる三島達郎など、個性豊かな俳優がそれぞれのキャラを際立たせてくれる。
特筆すべきは、『歓喜の歌』でノー天気な公務員像を演じた小林薫が、『休暇』ではそれとは正反対のシリアスな演技を見せていること。また構成上面白いのは、金田の死刑執行を軸としたオフィシャルな人間面と、子連れの美香(大塚寧々)との結婚を決めた平井のプライベートな人間面をうまく交差させながら描いていること。それによってより深く平井の心のヒダの動きや動揺ぶりが見えてくるはずだ。
そんな個性派俳優を結集した人間ドラマをたっぷりと堪能したい。
2008(平成20)年5月2日記