この自由な世界で(イギリス、イタリア、ドイツ、スペイン合作映画・2007年) |
<GAGA試写室>
2008年10月6日鑑賞
2008年10月7日記
イギリスの巨匠ケン・ローチ監督が描く、移民(=外国人労働者)とその仕事のあり方というテーマに注目!「留学生受入れ10万人計画」や「移民1000万人受入れ計画」の議論の是非は?また、EPA(経済連携協定)による外国人労働者受入れに伴うホントの論点は?「島国ニッポン」の価値観では解決できない世界に入りつつあることを、この映画からしっかり学ばなければ・・・。それにしても、「自由」とはナニ・・・?「競争」とはナニ・・・?
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監督:ケン・ローチ
アンジー(シングル・マザー、ジェイミーの母親)/キルストン・ウェアリング
ローズ(アンジーのルームメイト)/ジュリエット・エリス
カロル(ポーランド移民の青年)/レズワフ・ジュリック
ジェフ(アンジーの父親)/コリン・コフリン
キャシー(アンジーの母親)/マギー・ハッセー
ジェイミー(アンジーの一人息子)/ジョー・シフリート
アンディ(パブのバーマン)/レイモンド・マーンズ
2007年・イギリス、イタリア、ドイツ、スペイン合作映画・96分
配給/シネカノン
<あれは見逃したが、これは!>
『この自由な世界で』(07年)でベネチア国際映画祭金のオッゼラ賞(脚本賞)を受賞したイギリス人監督ケン・ローチは1936年生まれの巨匠で、直近では『麦の穂をゆらす風』(06年)がカンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞している。残念ながら私は、『麦の穂をゆらす風』を見逃していたので、『この自由な世界で』は絶対に観なければならないと思っていた作品。したがって、あれは見逃したが、これは!
<「観光立国ニッポン」を目指すなら>
去る2008年10月1日、国土交通省の外局として観光庁が発足した。これは、2003年の観光立国宣言や07年1月1日から施行された観光立国推進基本法にもとづく政策だが、わが国が従来から閉鎖的な「島国ニッポン」であったことは、積極的に移民の受け入れを認めたヨーロッパ諸国と比べると明らか。もっとも近時は「留学生受入れ10万人計画」や「移民1000万人受入れ計画」などの議論が盛んだが、理想や理念はともかく、それを現実化するためには、言葉の問題、宗教の問題、職場の問題等大きな壁がたくさんある。
ちなみに、日本で働く外国人を外国人労働者と呼び、移民と呼ばないことに疑問を投げかけた大野博人氏の、2008年4月13日付朝日新聞“「移民」と呼ばない日本”という記事に注目!また近時は、2006年9月に日本とフィリピンとの間で締結された経済連携協定(EPA)で、はじめてわが国への労働者の受け入れが決定された。また、2007年8月に日本とインドネシアが経済連携協定(EPA)に署名したことによって決定した、看護師など1000人受け入れのうち、半数の看護師200人、介護福祉士300人が2008年7月に日本に入国したが、これがEPAを活用した外国人労働者受け入れのはじめての事例。さて、これら「開かれた政策」の今後の進捗状況は・・・?
<原題と邦題のニュアンスをどう理解?>
安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と1年毎に総理大臣が交代する中、アッと驚いたのが2008年9月25日の小泉純一郎元総理の引退宣言。2001年4月から2006年9月まで5年半も続いた小泉政権による構造改革路線が、現在逆風下にあることは明らかだが、私は小泉構造改革の支持者であり、自由競争を前提とした小さな政府の支持者。もっとも、「飢える自由」や「競争からの落ちこぼれ」を認めたくない人たちは、小泉=竹中路線を「市場原理主義」とレッテルを貼って批判するから、「自由」や「競争」という言葉の理解は難しい。
ケン・ローチ監督が描く、移民をテーマとしたこの問題提起作は、「自由とは何か」「自由な世界とは何か」を考えさせるすばらしい素材を提供している。そこで面白いのは、『この自由な世界で』という邦題と『It’s A Free World...』という原題の比較。
私の理解では原題の『It’s A Free World...』は、良くも悪くもこれが「自由」という断固とした主張が含まれているのに対し、邦題はボンヤリした感じで何の明確な主張もなし・・・?そんなニュアンスの違いを考えながら、イギリスにおける移民労働者のあり方をテーマとしたこの映画で、ケン・ローチ監督が提示する「主張」をしっかりと受け止めたい。
<今の日本で起業家は・・・?>
日本でもIT産業勃興の中、ホリエモンこと堀江貴文という稀代の起業家が登場したが、「出る杭は打たれる」という社会構造が強い日本ではそのトレンドは続かず、今や日本経済は閉塞状態。2008年9月末以降アメリカ発の世界的金融不安が広がり、日本の日経平均株価も1万円を切るかどうかという局面となり、貸し渋りや貸しはがしが顕在化している今、アンジー(キルストン・ウェアリング)のような起業家が日本に登場する可能性は・・・?
<すごい女性起業家を発見!>
アンジーは11歳の一人息子ジェイミー(ジョー・シフリート)を持つシングルマザー。彼女が移民をターゲットとした職業紹介会社で移民達と面接し、テキパキと仕事の斡旋、配置をしている姿を見ると、その働きぶりは惚れ惚れするもの。もっとも、イギリスは能力主義が徹底し、女性差別がない国かというとそうでもないようで、上司や同僚達との夜のバーでの会話や、上司によるセクハラまがいの行動を見ていると、アンジーがキレたのは当然。
アンジーがクビを宣告されたのが、そんなセクハラ上司に水をぶっかけたせいかどうかはわからないが、いくらそれに抗議してもムダなことは明らか。しかし、そんなハプニングが従来からアンジーが温めていた職業紹介所を立ち上げるきっかけとなったから、何が幸運で何が不幸かは分からないもの。ルームメートのローズ(ジュリエット・エリス)を説得し、また馴染みのパブのアンディ(レイモンド・マーンズ)からパブの裏庭の土地を借りて共同で起業したアンジー&ローズ職業紹介所の行方は?
<キレイごとだけでは・・・ その1>
既得権益を享受している大規模な既得権益集団の中に、ちっちゃな新規起業者が殴り込みをかけるのは大変!そんな当たり前のことが、アンジーの奮闘ぶりを見ているとよくわかる。法律や税務に詳しいローズは、免許は?税金は?と当然の心配をしたが、イケイケどんどんのアンジーは、すべては事業を軌道に乗せた上での話とあくまで前向き。しかし、これは別の見方では、ホリエモンこと堀江貴文がやっていたのと同じように、いやそれ以上に違法行為の連続・・・?しかし、カネも組織も人脈も何もないアンジーが起業して社会に進出するためには、法律や税務面においてもキレイごとだけでは・・・。
<キレイごとだけでは・・・ その2>
アンジーの息子ジェイミーは11歳と難しい年頃。したがって、ジェイミーを預かり育てているアンジーの父親ジェフ(コリン・コフリン)や母親キャシー(マギー・ハッセー)は、仕事はほどほどにして息子のそばにいてやるべきだとアンジーに対してきつく説教。もちろんアンジーだってそうしたいのは山々だが、女一人朝早くからから夜遅くまで働いて会社を起こし、数カ月後には事務所を持てるかもしれないという時期だからこそ、大切な息子を両親に預かってもらっているわけだ。したがって、アンジーにしてみれば、両親から「よく頑張っているな。息子は俺達がしっかり守るからな」と声をかけてもらいたいくらいだが、現実はその逆。さて「母親は息子の側で」というキレイごとだけでは生きていけない現実を、あなたはどう評価・・・?
<ビジネスで大切なのは、アンジーのような信念と迫力>
昔は、日本でも信念と迫力を持った政治家がゴロゴロいたが、今の日本では・・・?それは事業家や起業家も同じ。諸外国からの移民(=外国人労働者)を相手に、「私はあなた達に仕事を紹介して手数料を稼いでいるのだ」という信念を持ち、「できることはできる。できないことはできない」と指示を明確に実行しているアンジーのようなビジネスウーマンが今の日本にいる・・・?
もちろんこれは弁護士の仕事も同じで、自分の仕事に信念を持ち、依頼者に対して明確な方向性を自信を持って示す弁護士は日本に今どれくらい・・・?この映画でのアンジーの働きぶりを見ていると、ビジネスに大切なのはアンジーのような信念と迫力だということを痛感!
<公私混同は避けた方が・・・>
この映画にはポーランド移民、イラン移民、ウクライナ移民等が登場し、「移民受け入れ先進国」イギリスにおける、理念だけではない移民労働の実態が明示される。また、不法移民であることを知りつつ、安い労働力として使う建築現場の責任者デレク(フランク・ギルフーリー)や、アンジーの紹介所を使うかわりにキックバックを要求するシャツ工場の責任者トニー(デヴィッド・ドイル)など、「持ちつ持たれつ」の関係となる人種の実態も明示される。さらに映画後半では、アンジーの職業紹介を受けながらまともな仕事をもらえなかった移民達の報復という恐ろしい事態も登場するが、その反面、移民達にはイケメンの男達も・・・。
共同経営者であるアンジーとローズも生身の女だから、たまにはストレス発散が必要。そこで、パブで男をひっかけようとしたが、なかなかうまくいかなかった。そこでアンジーが思いついたアイディアは、仕事を紹介している移民達の中から適当にイケメンを選出すること。その程度の「つまみ食い」なら問題ないだろうが、会社をクビになった時にアンジーが気に入り話し込んでいたのがポーランド移民の青年カロル(レズワフ・ジュリック)。その日のセクハラ上司とのイライラもあり、アンジーはルームキーをカロルに預け、一夜を共にしたが、さてその後のカロルとの展開は・・・?
この映画は、イギリス人女性とポーランド移民男性とのラブストーリーを描くものではないからそこには重点はないが、私のアンジーに対する忠告は公私混同は避けること。つまり「商品」には絶対に手をつけるな、ということだが・・・。
<会社の結末は?ライブドアと同じ・・・?>
私はホリエモンとライブドアが徹底的に叩かれたのは国策捜査だと考えているが、アンジーとローズが共同で立ち上げた職業紹介所の結末は?それは、再三再四登場するアンジーとローズとの論争等の激しさを見れば想像がつくはず。それにしても、ウクライナから集める不法移民を宿泊させるためのトレーラーハウスがすでに移民達で満杯になっていることを知ったアンジーが彼らを追い出すために入管(入国管理局)にタレ込み電話をするというやり方は、大阪でいえば竹内力主演の『ナニワ金融伝・ミナミの帝王』の萬田銀次郎以上のどぎつさ・・?
そんなアンジーのホリエモンと同様のどこまでもイケイケどんどんのやり方に反発し、たもとをわかったのがローズ。そして悪いことは重なるもので、久しぶりにジェイミーと一緒に過ごすことになったアンジーを襲ったある事件とは?そんなこんなのアンジー&ローズ職業紹介所の結末とアンジーを襲う不幸を見ていると、その結末はライブドアと全く同じ・・・?
<このラストに感激!>
証券取引法違反の罪で有罪(懲役2年半の実刑判決)となったホリエモンこと堀江貴文は、東京高裁で控訴が棄却され、現在上告中。またライブドアは平松庚三氏が社長職を引き継いだものの、もはや完全に社会から忘れられた存在となっている。それと同じように、アンジー&ローズ職業紹介所はつぶれてしまったし、アンジーはもはや再起不可能。ストーリー展開の流れを読む限り、私にはそう思えたのだが・・・。
しかし、ケン・ローチ監督が描くラストはあくまで前向きで、アンジーの生命力・エネルギーに対する期待がいっぱい。すなわち、映画のラストシーンは、ウクライナに飛び、ウクライナからイギリスへの移民を目指す労働者達に対してアンジーが説明するシーン。彼女は、あくまで自分の得意技である移民への職業紹介で生きていく決意を固めているわけだ。そこでのアンジーの説明は、「まず英国に行くにはビザが必要。大人は観光ビザ、青年は学生ビザ。大事なのは余計なことをしゃべらず、大人しくしていること。当局に一言でも漏らしたら国外追放になる」というもの。
法的にこれを正確に理解するのは難しいが、大切なことはその理解ではなく、アンジーの生きザマを学ぶこと。ロクな起業もできない今の日本の若者達はもとより、大きな挫折を味わったホリエモンも、この映画を見て再度狭い日本ではなく、広い世界でアンジーのような再起を狙ってみては・・・?
2008(平成20)年10月7日記