私は貝になりたい(日本映画・2008年) |
<東宝試写室>
2008年10月10日鑑賞
2008年10月11日記
フランキー堺主演の50年前のあの名作が、今「リメイク」ではなく「完全版」として復活!しかも、主役は2006年の「紅白コンビ」、中居正広と仲間由紀恵だ。とはいっても、今ドキの若者はB級、C級戦犯って知ってる・・・?二等兵がなぜ戦犯に?そんな疑問を持てば、この映画の理解は深まるはずだ。『明日への遺言』(08年)の大ヒットは中高年層の支持によるもの。さあ、若者向けのわかりやすい構成とスピーディーな展開を売りにしたこの「完全版」への、若者たちの支持は如何に・・・?
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監督:福澤克雄
脚本:橋本忍
遺書・原作・題名:加藤哲太郎『狂える戦犯死刑囚』
清水理髪店の人々
清水豊松(理髪店の主人)/中居正広
清水房江(豊松の妻)/仲間由紀恵
清水健一(豊松の長男)/加藤翼
土佐の人々
敏子(房江の妹)/柴本幸
根本(薬屋の店主)/西村雅彦
三宅(郵便局長)/平田満
酒井正吉(豊松の友人)/マギー
竹内(町役場吏員)/武田鉄矢
中部軍・第三方面・尾上部隊の人々
尾上(中佐、尾上部隊大隊長)/伊武雅刀
日高(大尉、尾上部隊第一中隊中隊長)/片岡愛之助
足立(少尉、尾上部隊第一中隊第二小隊小隊長)/名高達男
木村(軍曹、第二小隊第三班の下士官)/武野功雄
立石(上等兵)/六平直政
滝田(二等兵)/荒川良々
巣鴨プリズンの人々
西沢卓次(死刑囚)/笑福亭鶴瓶
大西三郎(死刑囚)/草彅剛
小宮(教誨師)/上川隆也
矢野(中将、中部軍司令官)/石坂浩二
2008年・日本映画・139分
配給/東宝
<89~90歳の挑戦に拍手!>
橋本忍といえば、『砂の器』(74年)をはじめとする脚本家として日本を代表するビッグネーム。今回「リメイク」、おっとそうではない、「完全版」が誕生したが、その昔フランキー堺の主演で大評判となった『私は貝になりたい』(58年)は橋本忍の初監督作品。当時9歳の私はもちろんそれを観ていないが、観てきた母親から何度も何度も涙ながらにストーリーを聞かさせた記憶が鮮明に残っている。
他方、彼は黒澤明監督の『羅生門』(50年)の脚本家としてデビューし、その後『生きる』(52年)、『七人の侍』(54年)などの黒澤作品の脚本に参加していた人。すると、彼は今何歳?そう思ってプレスシートを読むと、彼は1918年生まれだから何と89~90歳!1912年生まれの新藤兼人監督が今なお『石内尋常高等小学校 花は散れども』(08年)を監督し、さらに次回の脚本も準備するなど現役バリバリで頑張っているが、脚本家橋本忍の今回のチャレンジもそれに比肩すべきすごいもの。
ちなみに、プレスシートの冒頭には「職人仕事」というタイトルの彼自身の解説があるが、そのラストには「『私は貝になりたい』は、50年かかって、やっと世評と実態との乖離を埋める、改定決定稿になったことになる。職人仕事とはそんなものかもしれない」と書いてある。何とも奥の深い言葉だ。そんな思いが込められた渾身の脚本をしっかり味わわなければ・・・。
<「完全版」の脚本に補足された2つの要素は?>
橋本忍がより完全な脚本を求めて推敲に推敲を重ねた結果補足した第1の要素は、『私は貝になりたい』というタイトルにふさわしい「海」の展開。そこで、スタッフたちが日本一の海を探し歩いた結果見つけたのが、山陰の島根半島の沖合約65km、日本海に浮ぶ隠岐諸島のうちのひとつ、島根県隠岐郡西ノ島町とのことだ。スクリーン上にはそこで撮影した広大な海が、主人公たちの運命の分かれ目となる節目、節目に登場する。そして、それはもちろんラストの悲しいシーンにも・・・。貝には海、そんな当たり前のことにこれほどこだわった「職人仕事」をタップリと満喫したい。
もう1つ補足した要素は、夫婦愛。前作でフランキー堺が演じた主人公清水豊松を演ずるのは、体重を落とし坊主頭で撮影に臨んだSMAPの中居正広だが、仲間由紀恵演ずる妻房江のウエイトが飛躍的に大きくなっている。さて、そんな仲間由紀恵の見せどころは、いつどこで・・・?
<わかりやすい構成とスピーディーな展開に注目!>
完全版『私は貝になりたい』は、現在最も視聴率が取れるディレクターとして、テレビ界を代表する演出家である福澤克雄の長編映画初監督作品。彼自身が1964年生まれと若いし、彼が演出してきたテレビドラマも若者をターゲットにしたものだけに、完全版『私は貝になりたい』を若者に観てもらうための演出が多い。だって、いくらフランキー堺主演の名作といっても、それは50年以上前の話だし、そもそもB級、C級戦犯という言葉自体を全然知らない若者たちに、清水二等兵が背負い込んだこんな悲劇を理解してもらうのは大変。そんな配慮もあってか、この映画はわかりやすい構成とスピーディーな展開が大きな特徴。
ちなみに、私流にこの映画の目次を構成すれば次のとおりだ。
第1章、高知の漁港町で理髪店を営む清水に赤紙が舞い込むまで
第2章、清水の中部軍第三方面尾上部隊への入隊と、命令による捕虜の殺害
第3章、終戦後故郷へ戻って働く清水の戦犯容疑による逮捕と、裁判での絞首刑の宣
告
第4章、清水の巣鴨プリズンでの苦悩と出会う人々との対話
第5章、再審署名に向けての房江の奮闘と夫婦愛
第6章、天国から地獄へ、そして私は貝になりたい・・・。
まあ、こんなもの。登場人物は多いが、それぞれのキャラクターは明確だから、こんな目次構成を頭に入れておけば、今ドキの若者でもあの当時のこんな理不尽な物語も十分理解できるはず。
<なぜ清水がC級戦犯に?>
藤田まことが主演した小泉堯史監督の『明日への遺言』(08年)は、「日本映画の良心ここにあり!」という名作だったが、そんな映画が興行的にも大成功したのは珍しい。これはB級戦犯とされた岡田資(たすく)中将を主人公とした映画だが、この映画の大ヒットによって、A級戦犯は「平和に対する罪」の被告人、B級戦犯は「通例の戦争犯罪」の被告人、C級戦犯は「人道に対する罪」の被告人という程度の理解は若者たちにも広まったはず。
A級戦犯の逮捕者は約200名だったが、BC級戦犯の逮捕者は約5600名。そのうち約1000名が死刑宣告を受けている。なお、B級は指揮・監督にあたった士官、部隊長、C級は直接捕虜の取り扱いにあたった下士官、兵士、軍属が多い。二等兵の清水と滝田(荒川良々)に対して、捕虜となって木に縛りつけられ、ほとんど息絶えているような2人のアメリカ兵を、「銃剣で殺せ」と命令した直属の上司は木村軍曹(武野功雄)。しかしその上には、足立少尉(名高達男)、日高大尉(片岡愛之助)、尾上中佐(伊武雅刀)がおり、最終的には軍司令官たる矢野中将(石坂浩二)がいたはずだ。軍隊では上官の命令は絶対、なぜなら上官の命令は天皇陛下の命令だと教え込まれていた清水たちが、命令を拒否できないのは当然。なのになぜ、清水のような二等兵がC級戦犯になるの・・・?
<こんなおざなり、かつバカげた裁判で・・・>
『明日への遺言』は法廷における検察官VS弁護側の迫力ある攻防戦と、ラストが近づくにつれて魅力が増していく岡田中将の人間性と岡田供述の説得力が大きな魅力だった。それに対して、『私は貝になりたい』における清水二等兵を裁く法廷シーンは、いかにもおざなりかつバカげたもの。
そもそも、裁判官は予断を排し、当時の日本陸軍の実態とその指揮命令系統の実態を客観的に理解したうえで審理しなければならないはず。ところが、裁判官自らの被告人への質問において、「なぜあなたは命令を拒否しなかったのか?」とはいかにもバカげた質問。さらに「捕虜を殺せと命令された時、その命令がいいことだと思ったか?あなたの気持は?」との質問もバカげたもの。
「命令を断ったりしたら銃殺です」との答えに失笑が起こると、清水が「心は?とは一体どこの国の話をしているのですか?日本の軍隊では二等兵は牛や馬と同じなんです」とムキになって反論したくなったのは当然だ。しかし残念ながら、そんな態度はこんなおざなりでバカげた裁判ではきっと不利。そう思っていると、案の定・・・。
<2007年の紅白コンビがいい味を>
絞首刑の宣告を受けた清水が最初に同室になったのは、SMAPの草彅剛演ずる大西三郎。たった一晩限りの彼との交流で清水が得たものは?巣鴨プリズンでの清水の人間的交流はこの他、教誨師の小宮(上川隆也)や矢野中将そして看守のジェラーなどたくさんいる。罪はあいまいな命令を下した自分1人にあるから、部下たちは全員無罪にせよと訴える矢野中将の姿はある意味感動的だが、私にはそんな立派な司令官なら、なぜ最初から明確な命令を出さなかったのかと腹立たしい限り。そんな矢野中将に対して、清水は・・・?
ここでいい味を出しているのが、2007年の『紅白歌合戦』で中居正広と共に白組と紅組に分かれて司会を担当した笑福亭鶴瓶演ずる西沢卓次。あの時代、ホントにこんなケッタイなC級戦犯がいたかは微妙だが、カタコトの英語(?)を駆使してアメリカのプレジデントに対して自ら上申書を書いて出すという発想と行動力は立派なもの。笑福亭鶴瓶は『母べえ』(07年)でもいい味を出していたが、シリアスな中にもちょっと皮肉な笑いを呼ぶ彼のキャラクターは貴重。もっとも、映画のラストでは彼の英語力不足が大きな誤解を生むことになるのだが・・・。
<再審上申とは?嘆願署名とは?>
ネットのウィキペディアでBC級戦犯を調べると、再審について「軍事法廷は一審制で、被告人に控訴(上告)の権利はなかった。ただし、たとえば米軍による裁判では、死刑判決が出た場合は、必ず連合国軍最高司令官(マッカーサー)の書類審査を受けることになっていた。他国でも、イギリスなどでは同様の書類審査が行われた。このように、死刑判決の後、書類審査で減刑され死刑を免れたケースも多い。これらを、便宜上再審による減刑とも呼ぶ」と書いてある。もっとも、「裁判自体をやり直したケースはほとんど無く、加藤哲太郎が死刑判決を破棄され改めて終身刑に、さらに禁固30年に減刑されたのがある程度である」とも。
この映画をみていると、そんな情報が巣鴨プリズン内の全死刑囚に伝わっており、清水も再審上申は出している様子。そこで興味深いのは、それにプラスして嘆願署名を100~200名集めるとすごく有利になるという西沢の情報。その情報にどれだけの真実味があるのか、清水たちにわかるはずもないが、そう言われるとそれを信じたくなるのが人間というものだ。小宮の手紙によって夫が死刑囚として巣鴨プリズンに入っていると知り、長男の健一(加藤翼)と生まれたばかりの直子を連れて面会にやって来た房江は、当初「なぜ私に何も教えてくれなかったの!」と必死に訴えていたが、清水からそんな嘆願署名の話を聞くと・・・。
<房江の姿には思わず涙が・・・>
さあここからが、あの暗く貧しい時代に、夫を支え、子どもを守り、そして夫の留守中は店をしっかり守ってきた、前向きで強い女性房江の出番。2006年の『紅白歌合戦』では白組と紅組に分かれて中居正広と対決し、無念の敗北を喫した仲間由紀恵だが、ここではそんな因縁を忘れ、ただ清水のために尽くす一人の女を熱演!夫を早く高知に取り戻すため、そして再び家族4人で暮らすために今自分ができること、それは200名の嘆願署名を集めること。そう悟った房江の行動は素早かった。
もちろん、妹の敏子(柴本幸)や薬屋の店主根本(西村雅彦)など、近所の人たちは協力的だったが、通常C級戦犯の嘆願書は100名も集まらないらしい。そりゃ、あの当時の国民感情では、C級戦犯など悪い奴に決まっており、国の面汚しだと思われていたのだから、その助命嘆願に署名する変わり者などいないのは当然。よほど事情を知っている人でなければ署名は到底ムリ。近所だけでは集まらないため、雪の中を遠い村まで署名集めに出かけていく房江にはそれがよくわかったはずだ。
しかし、やっぱり芯が強いのは女。そして強いのも女。断られても断られても、夫を巣鴨プリズンから取り戻すための懸命のお願いをする房江の努力は次第に身を結び、遂に今日は雪の中で感動的な200人目の署名が。こんな房江の姿にきっとあなたも涙するはずだ・・・。
そんな努力の結晶である嘆願書を受け取った清水は、涙ながらに①矢野中将の死刑執行を最後として、死刑執行は全然ないこと、②近々講和条約が締結されれば、全員釈放されるらしいことを説明した。そしてそのうえに③この200名の嘆願署名があれば鬼に金棒だ、と自信満々に話していたが・・・。
<天国から地獄へ、そして「私は貝になりたい」・・・>
今日は桜の開花も近い3月の木曜日。清水が巣鴨プリズンに入った当初は、木曜日に死刑執行の呼び出しが来るため、木曜日はお経の声だらけだった。しかし、今は巣鴨プリズンの中も、もはや死刑執行はないという安心感が満ちあふれていた。そんな状況下の木曜日、清水と西沢の部屋の前で足を止めた看守は、「Change・・・」と言いながら清水を呼び出したから、西沢は「刑が変更になり、清水は釈放だ」と理解し、その喜びを全身で発散させた。これによって、清水はもちろん囚人たちはみんな大喜び。しかし、実は・・・?
その後の、天国から地獄への様子はじっくりとあなた自身の目で観ていただこう。死刑執行までに残された時間は2時間。そこで、妻に宛てて書く清水の手紙がこの映画のハイライトだ。軽妙なしゃべりの司会業が持ち味の中居正広だが、ここではそんな雰囲気とは正反対の「もう人間はイヤだ」という思いをいかに演技とセリフで表現・・・?それを援護するのが、西ノ島町で撮影したあの広大で美しい海だ。
さあ、完全版『私は貝になりたい』のこんな静かなラストシーンで、今ドキの若者たちにどんな感動を・・・?
2008(平成20)年10月11日記