罪とか罰とか(日本映画・2008年) |
<GAGA試写室>
2009年1月22日鑑賞
2009年1月23日記
まずは、世界の文豪ドストエフスキーの向こうを張った(?)ような、ふざけたタイトルにビックリ!次に、KERA監督の常連を含む多彩なキャラが織りなす、ハチャメチャで予測不可能な物語の展開にビックリ!そして、16歳の「神童」成海璃子が、こんなコメディでも魅せる神童ぶりにビックリ!そんな作品への私の評価が高いことは、星の数を見れば明らか。早速、大学のゼミの教材に使ってみれば・・・。
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監督・脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
円城寺アヤメ(崖っぷちグラビアアイドル)/成海璃子
恩田春樹(アヤメの元カレ、見越婆署強制捜査班刑事)/永山絢斗
加瀬吾郎(目撃者、サラリーマン)/段田安則
風間涼子(アヤメとモモのマネージャー)/犬山イヌコ
常住(コンビニ強盗犯)/山崎一
マリィ(コンビニ強盗犯)/奥菜恵
立本(コンビニ強盗犯)/大倉孝二
耳川モモ(グラビアアイドル、アヤメの高校の同級生)/安藤サクラ
海藤(見越婆署副署長)/串田和美
コンビニ店長/徳井優
コンビニアルバイト/市川由衣
玲奈(春樹に殺される女)/佐藤江梨子
トラック運転手/大鷹明良
助手席の女/麻生久美子
2008年・日本映画・110分
配給/東京テアトル
<KERAって誰?>
この映画の脚本・監督は、これが3本目の劇場映画になるというケラリーノ・サンドロヴィッチ監督だが、日本人俳優を使った邦画を脚本・監督しているこの人は、一体どこの人?イメージからするとロシア人?
演劇の世界に詳しくない私はそんな疑問を持っていたのだが、映画鑑賞後にプレスシートを読んではじめて、彼が1963年東京都生まれの日本人だということがわかった。さらにネットを調べてみると、本名は小林一三(かずみ)という意外に平凡な(?)名前。KERA(ケラ)と名乗ってミュージシャン活動をしたのは、本人が歌った『虫けらの歌』という歌から「ケラ」というあだ名をつけられたためらしい。なんだ、たったそれだけのこと・・・。
それにしても、ケラリーノ・サンドロヴィッチとは何と大層な名前。ちなみに、『罪と罰』のドストエフスキーの正式名はフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。
<「神童」がコメディでも神童ぶりを!>
『あしたの私のつくり方』(07年)に主演した当時14歳の女優成海璃子を観て、私は「大竹しのぶの再来・・・?」と書いた(『シネマルーム13』316頁参照)。私は彼女の初主演作『神童』(07年)を見逃しているのだが、そんな成海璃子がKERA監督の脚本・監督3作目のコメディでも「神童」ぶりを発揮!
成海璃子が演ずるのは、崖っぷちに立っているグラビアアイドルの円城寺アヤメ。物語はひょんなことからアヤメが一日警察署長を務めることを軸としたものだが、そこに至るまでにさまざまな伏線が仕掛けられ、そして一日警察署長に就任した後は何ともハチャメチャかつ予測不可能な摩訶不思議なストーリーが次々と展開していくことに・・・。
<主役を支える重要キャラ その1ー元カレの恩田春樹>
有名タレントによる一日警察署長や一日税務署長などのキャンペーンは日本ではお馴染みだが、この映画でアヤメが務める(務めることを強要される)一日警察署長の意味はそれとは全く違うもの。だって見越婆(みこしば)警察署には拷問室、自白室などブラックジョークを通り越した奇想天外な施設がいっぱい。しかも署員は副署長の海藤(串田和美)をはじめ、日本国憲法の基本的人権をまるで理解していないような奴ばかり・・・。
アヤメがこの見越婆署の一日警察署長を務めざるをえなくなったのは、彼女がコンビニで万引きしたせい。つまり万引きの罪をモミ消してもらう代償として、その役目を引き受けなければならなくなったわけだ。誰が考えても一日警察署長は立派な名誉職だから自己PRに役立つと思うはずだが、この映画ではその意味が全然違っていたから大変。
仕方なくそれを引き受けたアヤメの前に登場したのが、アヤメの元カレで今は強制捜査班刑事の恩田春樹(永山絢斗)。彼には誰にも明かせないある秘密があった。それは何と、恩田は愛が昂じるとその想いのあまり相手の女性を殺してしまう性癖の持ち主だということ。かつてアヤメが恩田とつき合っていた間にも、あの手口、この手口で殺した女が1人、2人、いやみるみるうちに数人・・・?彼はそのたびに自首すると言っていたのだが、それを止めたのがアヤメ。さて、その時のアヤメの論理とは?そして自首を止めた後、必ず訪れる2人の陶酔のセックスとは?そんなケッタイなキャラの恩田が、映画全編を通じて主役のアヤメを支えるキャラを。
<主役を支える重要キャラ その2ーマネージャーの風間涼子>
もう1人の主役を支える重要なキャラが、アヤメと耳川モモ(安藤サクラ)のマネージャー風間涼子役を演ずる犬山イヌコ。彼女はKERA組の相棒ともいえる仲らしいが、彼女がアヤメに対してかける「頑張れ。正しく頑張れ」というセリフがこの映画のキーワード。
アヤメはなぜコンビニで自分の写真の載っている雑誌『Nadeshiko』を万引きしたの?それは、アヤメのページだけが逆さまに印刷されていたから。つまり、あまりにも惨めな自分の写真を見たアヤメは怒りに震えながら対処策を考えていたのだが、「立ち読み禁止」の貼り紙を無視して読み続けているアヤメに注意したのが、コンビニの店長(徳井優)。アヤメは「買いますよ!」と言い返したのだが、バッグの中を見るとなぜか財布がない。こりゃヤバイと思って選択した短絡的な行動が、『Nadeshiko』の万引きというわけだ。
被害額は700円余りだが、その後始末のために警察に呼び出されたのがマネージャーの涼子。この映画ではなぜか、アイドルがヘマをした場合、そのもみ消しの交換条件として一日警察署長を務めるという習慣があるらしい。そんな話を聞かされた涼子がそれに乗ったのは当然。だって、それはほんの少しだけ一日警察署長のたすきをかけて、あいさつ(訓示)をし笑顔を振りまけばいいだけだから。少なくとも涼子の理解はそうだった。そして、万引きの罪をもみ消してもらうためやむなくそれに従ったアヤメだったが、見越婆署における一日警察署長の仕事は私たちの想像を絶するものだったから大変・・・。
<多彩なキャラ その1ーコンビニの店長とアルバイト>
この映画の登場人物はメチャ多い。また時系列を無視してあのシーン、このシーンが交錯していくから、途中で居眠りすることは厳禁。
最初のシークエンスで登場するのは、通勤電車でソフトな痴漢行為を楽しむ46歳のサラリーマン加瀬吾郎(段田安則)。しかし、芸達者な段田安則のセリフは封印され、彼が内心考えていることはすべてナレーションで語られるところがミソ。彼の経歴はあなた自身が映画で観ていただこう。彼が出勤前に毎朝コンビニに通っているのは弁当を買うためだが、本当はアルバイトの若い女の子(市川由衣)に興味と好意を持っているため・・・?胸につけている彼女の名札が昨日までAだったのに、今日はBに変わっているのはナゼ?そりゃ誰が考えても結婚したためだが、加瀬がそれを質問するのはいかにも不自然。そんな中で展開される、コンビニ内での客と店員との不思議な光景とは?
<多彩なキャラ その2ーヤクザ風の男>
加瀬が出勤途中歩いていて身体をぶつけるのが、いかにもヤクザ風の男(緋田康人)。平凡なサラリーマンの加瀬にしてみれば、これはかなりドキリとする出来事だが、意外にもこの男はやさしそう。身体がぶつかった時に加瀬のカバンから落ちたケータイを拾ったヤクザ風の男は、足早に去っていく加瀬に対して「おーい」と声をかけたのだが、その声を聞いた加瀬はそこからいち早く走って逃げたからそのケータイの運命は?また、このやくざ風の男がこのケータイでかけた相手とは?
<多彩なキャラ その3ートラック運転手と助手席の女>
ヤクザ風の男から無事逃げ出し、会社に向かっていた加瀬の目の前にドサッという音をたてて落ちてきたのが、血だらけの女玲奈(佐藤江梨子)。ビックリして上空を見上げると、マンションのベランダには血まみれの男が。こりゃえらいこと。すぐに警察に電話しなくっちゃ。そう考えて加瀬はカバンのポケットを探ったが、そこにあるはずのケータイがない。そんなバカな。そう思いつつ加瀬はすぐ目の前にあった公衆電話ボックスに向かうべく道路に飛び出したが、そこに運悪く大型トラックが通りかかったから、これにて加瀬はジ・エンド、つまり即死・・・?
被害者、加害者のどちらに過失があるかは別として、日本の法律では交通事故が起きれば直ちに警察に通報しなければならないのが常識だが、KERA監督のこの映画は非常識の連続で、そんな常識がまるで通用しない。急ブレーキをかけて停止したトラックから降りてきた運転手(大鷹明良)は、加瀬がコンビニの女店員から買わされた(?)玉子や雑誌が散乱する中、死体を無視し、モモがタイトルを飾っている『Nadeshiko』だけ拾って再びトラックの中へ。こりゃひょっとして、昨年大阪で多発し大問題となったひき逃げ・・・?
さらにビックリするのが、トラックの助手席には女(麻生久美子)が乗っていたのに、彼女はこんな大変な人身事故に全く関心を示さず、ラジオから流れる雅楽に陶酔していること。このトラックの男と女は一体ナニ?
<多彩なキャラ その4ーコンビニ強盗3人組>
映画の冒頭の加瀬を主人公としたシークエンスの次には、何とも奇妙な3人組が登場する。それがコンビニ強盗を企む常住、マリィ、立本だが、この3人組を演ずる山崎一、奥菜恵、大倉孝二はKERA監督映画の常連らしい。
マリィのスタンガンの修理を立本がイライラしながらやっているシーンから始まるこの3人の強盗実行までのドタバタ劇は、まさにKERA監督の狙いをストレートに映像表現したもの。そんな3人組が遂に強盗実行に及んだのが、加瀬が毎朝通っているあのコンビニ。ちなみに、そのレジの中に入っていた現金はHow much?さらに、たまたまそんな現場を目撃した警察官の行動は?
コンビニ強盗発生の報告を受けて見越婆署の署員は現場に急行したが、それを振り切って3人組はたまたまコンビニに居合わせていたモモと、モモを探しにきたマネージャーの涼子を人質にとってある工場に逃げ込んだが、そこで展開されるドタバタ劇もかなり傑作。
もっとも、世の中がこんなブチ切れた連中ばかりだったら、かなりヤバイが・・・。
<ハチャメチャな物語はいかに収束?>
スクリーン上では多彩なキャラが何の脈絡もなく縦横無尽に活躍しながら、いくつかの物語を展開していくが、実はこれらがすべて関連しているところがミソ。そしてもちろん、そのキーマン、いやキーウーマンになるのが一日警察署長の円城寺アヤメだ。グラビアアイドルとしての出世競争では完全に友人のモモに遅れをとったが、まちがって男便所に入った中で2人の署員の連れション話を聞いて、がぜん自信をつけてくるところが面白い。そして、涼子から「頑張れ。正しく頑張れ」と言われたとおり、以降頑張るわけだが、さて正しい頑張り方とは?
他方、人気に溺れてわがままとなり、涼子をはじめとするスタッフから総スカンをくらっているのが耳川モモ。そこで、凶暴な3人組が人質を抱えて籠城する工場に乗り込んだ一日警察署長アヤメの指揮ぶりに注目。とりわけ、立本から銃を突きつけられているモモからの「助けて」の叫びに対して、アヤメが立本に対して言い放つ「殺したら射殺します」とはけだし名言・・・?さて、その言葉の意味は?さらに、「助けて、と私に頼んでるの?」とモモに確認したうえ、「うーん、どうしようかナ」とニッコリする成海璃子の演技の冴えはお見事。
さて、こんなハチャメチャで収拾不可能と思われる物語は、いかに収束を?
<重いテーマをこんなに軽く・・・>
『罪と罰』は『カラマーゾフの兄弟』と並ぶドストエフスキーの最高傑作だが、そのテーマは重く、読み通すのはかなりしんどい。もっとも、コンビニ小説が大人気となっている昨今、マンガ化された『罪と罰』がコンビニに並んでいるらしい。そんな重いテーマも、『罪とか罰とか』とほんのちょっとだけ表現を変えれば、こんなに軽いコメディになろうとは?
もっとも、ホントにこの映画が軽いコメディかというと、それはかなり疑問。人殺しを重ねる恩田が自首しようとするたびにそれを止めるアヤメだが、その理屈はかなりヘン。また、見越婆警察署の拷問室や自白室の存在も、考え方によってはコメディの枠を超えた恐ろしい世界。さらに、「署長は何でもできるのです!」の言葉に乗って一日警察署長のアヤメが最初に命じたのは、『Nadeshiko』に逆さの写真を掲載しながらそれを回収しないばかりか、謝罪もしない「Nadeshiko」編集部の奴らの逮捕。その面々が、アヤメに抗議されて逆ギレした南(入江雅人)や掲載ページを逆さまに刷られたアヤメを笑いものにした目白(赤堀雅秋)たちだが、こんな一日警察署長の権力的な姿は、まるで独裁者スターリンや毛沢東のよう・・・。
そう考えると、ドストエフスキーの『罪と罰』が大学のゼミで使われているのと同じように、この『罪とか罰とか』もゼミのテーマで取りあげてみれば、結構面白いかも・・・。
2009(平成21)年1月23日記