チェイサー(韓国映画・2008年) |
<角川映画試写室>
2009年3月30日鑑賞
2009年3月31日記
2008年に韓国アカデミー賞(大鐘賞)6部門を受賞した大ヒット作はRー18指定だが、それはなぜ?「チェイサー」とは追跡者の意味だが、連続殺人鬼を追う元刑事のお仕事は?また追跡の動機は?かなり恐ろしい映像が続くが、刺激的で手に汗を!そして、緊迫感がありスタイリッシュ。韓国映画の「復活」を予感させる、こんな名作をじっくりと・・・。
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監督・脚本:ナ・ホンジン
ジュンホ(デリヘル経営の元刑事)/キム・ユンソク
ヨンミン(連続殺人鬼)/ハ・ジョンウ
ミジン(デリヘル嬢)/ソ・ヨンヒ
ウンジ(ミジンの7歳の娘)/キム・ユジョン
イ刑事/チョン・インギ
機動捜査隊長/チェ・ジョンウ
班長/ミン・ギョンジン
オ刑事/パク・ヒョジュ
マヌケ/ク・ボヌン
2008年・韓国映画・125分
配給/クロックワークス、アスミック・エース
<チェイサーとは?>
あなたの英語力で原題の『THE CHASER』の意味がわかる?これは、追っ手、追跡者という意味だ。チェイサーになる主人公は、元刑事だが今はデリバリーヘルスを経営しているジュンホ(キム・ユンソク)。そして、ジュンホに追跡される連続殺人鬼がヨンミン(ハ・ジョンウ)だ。もっとも、ジュンホがヨンミンの追跡をはじめたのは、最近姿を消した自分の店の女の子を売り飛ばし、今また派遣したデリヘル嬢のミジン(ソ・ヨンヒ)を売り飛ばそうとしているのがヨンミンだと確信したため。ところが、2人の車が路地で衝突したことをきっかけとして警察署へ連行されたヨンミンが、「女は売っていません、殺しました。」と供述したところから事態は急展開していくことに。すなわち、それを聞いたソウル機動捜査隊のイ刑事(チョン・インギ)はマポ区マンウォン町で起きている連続殺人事件との関係性を確信し、ヨンミンの取り調べを続けたが、ヨンミンの供述はのらりくらりと要領を得ないから大変。さあ、自分の店のデリヘル嬢を売り飛ばしたとの疑いでヨンミンを追うジュンホのチェイサーぶりと、殺人事件としてヨンミンを追いつめていくイ刑事のチェイサーぶりは?
<丸顔の演技派による苦渋、疾走、格闘ぶりに注目!>
日本にはかつての勝新太郎や現在の西田敏行などは例外として、丸顔の大スターは少なく面長でダンディな男性スターが多いが、韓国にはソン・ガンホなど丸顔の大スターがいる。本作で第45回韓国アカデミー賞(大鐘賞)主演男優賞などを受賞したキム・ユンソクはそんな1人。
丸顔はどちらかというとそれだけで動きのシャープさに欠ける印象があるが、映画冒頭に登場する丸顔のジュンホのアップの表情を見ると苦渋に満ちている。そりゃそうだろう。元刑事でありながら今は違法スレスレのデリヘルを経営しているジュンホだが、最近店の女の子が2人も行方がわからなくなったのだから。女の子に渡した多額の手付金を取り戻すためにいろいろと手を尽くしているが、今のところ何のメドもたたない状態。そんな中、今日派遣した女の子も変なことを要求してきた客との間でトラブルが。結果的に客から示談金をふんだくったが、ジュンホのイライラは全然解消されないようだ。
そんな時客からの電話が入ったが、あいにく女の子の手配がつかないらしい。そこで「ミジンは?」と聞くと、風邪で寝込んでいるらしい。商売第一のジュンホはミジンに電話をかけ、脅しつけながら「出張」をオーケーさせたが、それがとんでもない事態になろうとは・・・。全編を通じて丸顔の演技派キム・ユンソクが苦渋し、疾走し、格闘するチェイサーたるジュンホ役を熱演しているから、そんな彼の演技に注目!
<こりゃ恐ろしい!しかし刺激的!手に汗を!>
ミジンの客となった男がヨンミンだが、ミジンが運転する車を停めてヨンミンがミジンを連れて入ったのは大きなお屋敷。行方不明となった女の子の携帯から末尾が4885という番号をみつけたジュンホは、たった今かかってきた客の電話番号が4885だったことに気付いたから大変。ひょっとして、この客が俺の店の女を売り飛ばしているのでは・・・?そう気付いたジュンホはすぐにミジンの携帯に電話し、必ず男と一緒に入った家の住所を電話するよう伝え、自分も2人が向かったマンウォン町へ急ぐことに。
ここからの展開が恐ろしい。2世俳優だというハ・ジョンウは1978年生まれだが、07年のサンダンス映画祭でスポットライトを浴び、マーティン・スコセッシ監督に「ハ・ジョンウはディカプリオやマット・デイモンを凌駕する可能性を持った俳優だ」と言わしめたらしいが、それにふさわしい不気味なキャラを見事に演じている。
本作は「殺人機械」と言われたユ・ヨンチョル(逮捕当時33歳)によって引き起こされた03年9月から04年7月にかけての21名(後に31名を殺したと供述)の連続殺人事件をモチーフとしたもの。彼は05年6月に死刑判決を言い渡されたが、彼を検挙したのは警察ではなく出張マッサージ店で働く店長と店員であると言われているらしい。ラストにはスクリーン上にバラバラに切断されて山中に埋められた死体がたくさん登場するが、そんな大それた事件を引き起こした男がまともな神経であるはずがない。したがって、そんな男に導かれるまま不気味なお屋敷の中に入ったミジンは、「シャワーを浴びてきます」と言って携帯でジュンホに連絡しようとしたが、何とそこは・・・?
とうとうミジンは手足を縛られてうつ伏せに寝かされたが、彼女の頭にはヨンミンの持つノミと金槌が・・・。こりゃ恐ろしい!しかし刺激的!手に汗を!こりゃR-18指定も当然だが、そんな映画が韓国アカデミー賞(大鐘賞)6部門を受賞し、大ヒットするところが韓国のすごいところ。
<監督、脚本の他、撮影、照明、音楽にも注目!>
本作が2008年に韓国で大ヒットし、第45回韓国アカデミー賞最優秀作品賞等を受賞したのは、本作が長編デビュー作となったナ・ホンジン監督の脚本と演出のすばらしさにあることは疑いない。本作は現実の事件をモチーフにしたものだが、金槌で脳天を叩き割るシーンや血しぶきを浴びながらそれをくり返すシーンの恐ろしさは、まるで『ソウ』シリーズや『テキサス・チェーンソー』シリーズのよう。また、ハリウッド映画に多い善玉VS悪玉の二分法ではなく、ジュンホをかなりいかがわしい人物に設定し、ジュンホがチェイサーと化す動機も社会的なものではく個人的な欲と設定したリアルさが大きな特徴。
さらに、せっかく美人女優ソ・ヨンヒをミジン役で起用しながらその美しさに固執せず、逆に縛られた中で恐怖に震える姿や血みどろになって縄を切ろうと必死の努力を続ける姿をリアルに撮影しているから、観客は思わず固唾を呑みながらミジンと一体化することに。そんな映像が迫力を増すのは、白黒を基調とした陰影のある映像を実現した撮影のイ・ソンジェと照明のイ・チョロの協力が大きい。とりわけ、再三登場するマンウォン町の狭い路地を舞台とした疾走劇とミジンが閉じ込められた屋敷の不気味さは、イ・ソンジェの撮影技術によるところが大きいはずだ。印象的な音楽を含め、ナ・ホンジン監督の脚本と演出を支えた、これらのスタッフにも注目!
<7歳のウンジがいい味を>
デリヘル嬢などとカッコいい名前で呼んでも、所詮ミジンのやっている仕事は売春婦。7歳の一人娘ウンジ(キム・ユジョン)と暮らしているミジンがなぜそんな仕事を?それは映画の中では語られないが、風邪をひいて寝込んでいるミジンが「社長命令」によってウンジを1人家に残して「出張」に出かける姿をあなたはどう理解?
この時点ではかわいい顔をした女の子だなと思う程度だが、ジュンホがミジンの家の中に乗り込んでくる後半のシーンからはがぜんこのウンジが存在感を増しているから面白い。7歳といえば小学校に入る年頃だが、その年代は男の子より女の子の方が成長が早いもの。ところがジュンホに対して質問するウンジの姿、とりわけDNA鑑定について質問する姿を見ていると、何とまあ気の強い、そして何とマセた女の子だろうと感心。
母親の命の危険を感じとったウンジは以降ジュンホと共にチェイサーとなる(?)が、ウンジにはこの先どんな運命が・・・?
<日本の逮捕手続は?>
日本の刑事訴訟法では、逮捕には①通常逮捕(199条)、②緊急逮捕、③現行犯逮捕がある。「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」(213条)が、それには「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする」(212条1項)等の厳重な要件がある。また、逮捕令状を発することができるのは裁判官のみ。そして、緊急逮捕とは「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる」との規定(210条1項前段)によるものだが、「この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければ」ならず、また「逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない」(210条1項後段)とされている。そんな刑訴法に慣れている私には、本作が描くヨンミンの逮捕手続に関する論点にはかなり違和感が・・・。
<本作に見る、逮捕手続の論点は?>
ミジンから電話がかかってこないことに焦ったジュンホは路地の中を車で走っていたが、間の悪いことにヨンミンの車と出会い頭で衝突。「こりゃ弱り目に祟り目」とジュンホは思わず舌打ちしたが、実はこの衝突によって4885の電話の主がこの男だとわかったから、ジュンホにはラッキー。息を切らしての追跡劇の末にやっとヨンミンを捕まえたが、もちろんジュンホに逮捕権限はない。ところが、かなりトンチンカンな警察署でのジュンホとヨンミンの「取り調べ」の中、ヨンミンが突如「女は売っていません。殺しました。そして、最後の女はまだ生きている。」と言い始めたからジュンホも警察官もびっくり。
デリヘル嬢を売り飛ばしたことを誤魔化すために出鱈目な供述をしていると考えたジュンホは、古巣のソウル機動捜査隊のイ刑事に連絡をしたが、その報告を聞いたイ刑事はマンウォン町で起きている連続殺人事件との関連性を確信し、ヨンミンをソウル機動捜査隊本部へ連行し殺人事件容疑で取り調べに入ったが、ヤバいのはヨンミンの拘束は逮捕状なしだということ。つまり、本作で描く韓国の刑事訴訟法では、逮捕状なしに連行した容疑者を拘束し続けるためには、12時間以内に検事に申請をしなければならないらしい。しかし、物証もないまま申請しても検事が相手にしないことは目に見えているから、遺体を発見しない限り12時間後にはヨンミンを釈放しなければならないというわけだ。
日本の刑事訴訟法では、緊急逮捕のためには罪を犯したことを疑うに足りる「充分な理由」が必要だが、通常逮捕のためには罪を犯したことを疑うに足りる「相当な理由」があれば足りる(199条)。したがって、私の目には本作で描かれる状況証拠だけで通常逮捕の要件は十分満たしていると思うのだが、韓国ではそうはいかないらしい。そこで出されたのが、機動捜査隊長(チェ・ジョンウ)からの「何が何でも証拠を見つけてこい」というちょっとアブない命令。こんな無茶な命令を下せば、かえって捜査は混乱するのでは・・・?
<野に放たれた野獣は?>
逮捕された民主党代表小沢一郎の公設秘書大久保隆規は3月24日起訴されたが、東京地検特捜部によるこの強制捜査には賛否両論がある。それと同じように(?)、遺体はもちろん何の物証もないまま、逮捕状なしのヨンミンの拘束は、やはりまずかったらしい。しかも、ジュンホが再三働いた暴力行為によって、ヨンミンの顔はボコボコ。それを見た検事が逮捕状申請を許可しなかったのは当然で、せっかくジュンホが捕まえた野獣は再び野に放たれることに。2人の刑事がヨンミンを尾行したが、さてどこまでその役割を果たせるのやら?
他方、「最後の女はまだ生きている」と言っていたように、金槌で頭を殴打されたミジンは意識を回復すると、血だらけの身体で、手を縛っている縄を切るために何やらモゾモゾ。こりゃ、何とか助かりそう。そして縄さえ切ることができれば、ヨンミンは屋敷の中にいないから、きっとミジンは逃げ出せそう。そう思っていると、案の定フラフラしながら何とかミジンは屋敷を逃げ出すことに成功したが、ここまでは想定の範囲内。しかし、ナ・ホンジン監督の脚本はここからが異色だから、それに注目。
また、ヨンミンの車の中から大量の鍵の束を発見したジュンホは、バカな警察に頼るわけにはいかないとばかりに、従業員に命じて一軒一軒しらみ潰しに、鍵が合う家を探していたが、そんな地道な作業はいつ実を結ぶの?そして、ジュンホはチェイサーとしての役割をホントに果たすことがができるの?私にはせっかく屋敷を逃げ出すことができたミジンの安否が気がかりだが・・・。
<圧巻のアクションシーンとストーリー展開の意外性に注目!>
弁護士にもカンが大切だが、それは刑事も元刑事も同じ。しらみ潰しに鍵の合う屋敷を探していたジュンホが最終的にあの屋敷にたどり着くことができたのは、やはりカン。車の衝突事故に続く殴り合いでは圧倒的にジュンホが強かったが、ジュンホは元刑事だからそりゃ当然。したがって、何の因果か再びあの屋敷の入口でめぐり会った2人の屋敷の中での殴り合いでも、ジュンホがヨンミンを圧倒したのは当然。しかし、水槽の中に入っている「あるもの」を見たジュンホが呆然としている時、ゴルフクラブを持ったヨンミンの痛烈な反撃がきたから、こりゃ大変。以降展開される、2人の命を賭けたアクションは迫力満点だ。
そこに飛び込んできたのがイ刑事たちだが、さてその顛末は?ヨンミン逮捕のために、ジュンホもイ刑事もその他大勢の人たちも懸命に働いているのに、なぜこんな結末に?激しいアクションにも注目だが、そんなストーリー展開の意外性に注目しながら、08年韓国アカデミー賞(大鐘賞)最優秀作品賞受賞作をじっくりと味わいたい。
2009(平成21)年3月31日記