疑惑(日本映画・1982年) |
<シネ・ヌーヴォ>
2006年1月4日鑑賞
2006年1月19日記
埠頭から海の中へ車が突っ込み、妻は救助されたが夫は死亡。後妻の球磨子はその名前どおりの(?)毒婦。そして夫には、3億円の保険金が。捜査陣は色めき立ったが、球磨子はあくまで堂々としたもの・・・。実在の事件をヒントに野村芳太郎監督・松本清張コンビが見事に映画化したものだが、今日まで語り継がれている見モノは、桃井かおりVS岩下志麻の「対決」。女の業と欲の深さをまっすぐに掘り下げた人間ドラマの面白さは絶品。さらに「鑑定」「現場検証」を含めた本格的法廷ドラマとしても十分楽しめるため、法科大学院の教材としてもピッタリ・・・。
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監督:野村芳太郎
原作・脚本:松本清張
白河(鬼塚)球磨子(くまこ)/桃井かおり
佐原律子(弁護士)/岩下志麻
豊崎(球磨子の元彼)/鹿賀丈史
秋谷(新聞記者)/柄本明
白河福太郎(球磨子の夫)/仲谷昇
藤原(事故の目撃者)/森田健作
松竹配給・1982年・日本映画・127分
<『事件』に続く本格的法廷ドラマは、実際の事件・・・?>
この映画の原作・脚本を書いたのは松本清張だが、その題材となったのは九州で実際に発生した車による海中への転落事故とそれに伴って発生した殺人事件および保険金請求事件・・・。
富山県新港湾埠頭における車の転落事故によって、妻の白河球磨子(桃井かおり)はかろうじて救助されたが、夫の福太郎(仲谷昇)は翌日車が引き揚げられた際、車の中で無惨な姿に・・・。福太郎は地元財閥の白河酒造の御曹司だが、気が弱い男。これに対して、後妻の球磨子は元クラブホステスで、どうにもこうにも鼻持ちならない女。そんな事件発生後明らかになったのは、福太郎には3億円という巨額の保険金がかけられていたうえ、福太郎は泳げないという事実。これはひょっとして殺人事件、そして保険金詐欺事件・・・?
<鬼塚球磨子の毒婦性その1ーまずは名前>
鬼塚球磨子という名前は原作者の松本清張がひねり出したものだろうが、鬼塚球磨子というネーミングは絶品。鬼塚という姓は私も何度か現実に聞いたことはあるが、球磨子という名ははじめて。これが、「さゆり」さんや「かおり」さんだったら、全くそのイメージがちがうのは当たり前。球磨子の両親は一体どんな思いでわが子に「熊の子」を連想させるこんな名前を授けたのだろうか・・・?ひょっとして九州熊本の球磨川辺りの出身かも?
<鬼塚球磨子の毒婦性その2ー前科前歴>
球磨子が誇れるものといえば、せいぜいその前科前歴ぐらい・・・?球磨子は前科4犯だが、その罪名は、暴行・傷害・恐喝・詐欺。罪名だけではその内容はわからないが、詳しく調べればきっとすごいのだろう。それにしても、白河酒造の御曹司は結婚して籍を入れるとき、それをきちんと調べなかったのだろうか・・・?
<鬼塚球磨子の毒婦性その3ー職歴>
こんな球磨子がまともに学校を卒業してOLになっているはずはないから、その職業は誰もが予想するとおり、ホステスが中心。とはいっても、ホステスは立派な女性の仕事でこれをバカにしてはいけない。2006年の新春ドラマとして『夜王』がスタートしたが、これはホストの世界で一番手を目指す男たちの闘いを描くドラマ。男の闘いでもそうなのだから高級クラブのナンバーワンを目指す銀座のホステスたちの女の闘いはそりゃすごいはず。そんなホステス時代に球磨子が傷害罪となった犯罪事実がスクリーン上で再現されるが、そりゃエグいもの・・・?
<鬼塚球磨子の毒婦性その4ー男性遍歴>
こんな球磨子だから、付き合ってきた男は数多いだろうが、たぶん球磨子が一番気が合い、肌が合った男性が「類は類を呼ぶ」という言葉どおり、豊崎(鹿賀丈史)だろう。『事件』(78年)で、渡瀬恒彦が演じたヤクザの宮内辰造と同じように、球磨子の裁判においては、この豊崎の証言が重要な役割を果たすことになる。しかし、そのスッとぼけたような証言は一体どこまで真実なのか、その見極めは難しいもの・・・。
そんな球磨子が白河酒造の御曹司に見初められたというのは、奇蹟としかいいようがない。したがって、100人が100人その結婚をミスマッチというのは当然・・・。
<難航する弁護人の選任は?>
オウム事件の麻原彰晃被告や和歌山カレー事件の林真須美被告の裁判は、弁護人がつかなければ開廷することができないものだが、こんな特殊事件で難航するのが、弁護人の選任。弁護人だって「客商売」だから、弁護士報酬を払ってくれる依頼者がいなければ困るのは当然。しかし、こんな刑事裁判を担当しても麻原彰晃や林真須美本人が弁護士報酬を払ってくれる(払える)はずがないことは明らか。もっとも、他方で、こういう「著名事件」を担当することによって、世間に名前が売れるというメリット(?)があると考える弁護士もいるから面白い。
林真須美の弁護団は私もよく知っている大阪の優秀な弁護士が担当していたが、それは弁護士としての社会的使命を自覚していたため、そんなスタンスに私は常々感心していたが、そんな弁護士が世の中にゴロゴロしているわけではない。したがって、どうしても国選弁護人の選任を、となるのだが、そうなるとピンキリ・・・?
<次々と弁護人が辞退・・・?>
富山県の片田舎で起きたこの大事件で、当初球磨子の弁護人となったのは、原山正雄弁護士(松村達雄)だが、これは白河酒造の顧問弁護士であったため。通常、会社の顧問弁護士は会社関係や一般民事事件を中心に処理しているため、とりわけベテランの域に達すると刑事事件にはごぶさたしているのがほとんど。まれに、会社の従業員の交通事故や、突発事件に絡んだ刑事事件を処理することはあっても、これはあくまで片手間仕事・・・?
もともと刑事弁護に自信のない原山は、東京で有名な刑事弁護士である岡村謙孝(丹波哲郎)に応援を求め、記者会見に臨んだ岡村弁護士も、受任に向けて意欲満々の姿勢を示していた。ところが、なぜか岡村弁護士は受任を拒否。そのうえ原山弁護士まで、何と第1回公判期日に至って、突然弁護人を辞任させてくれと裁判所に訴えることに・・・。こりゃ一体ナニ・・・?
<やっと佐原弁護士が登場・・・?>
弁護人不在では法廷が開けないため、地元の弁護士会を中心に弁護人選任作業が進められ、やっと登場したのが女性弁護士の佐原律子(岩下志麻)。さて彼女はどんな思いでこの事件を受任する気になったのだろうか?そして刑事弁護人としての彼女の能力のほどは・・・?
興味深いのは、脚本家としての松本清張がこの映画ではあえて女性弁護士を登場させて、女同士の確執を強調したこと。
佐原弁護士は夫と離婚し、子供は夫が引き取って養育しているが、月1回の「面接交渉」を楽しみにしているというちょっと変わった女性。岩下志麻がその役を演じるのだから、キリリとしたカッコいい弁護士役に設定されているのは当然。そのうえ、彼女は優秀だし、球磨子の弁護人としての職務はきっちり果たしている。しかし、同時に、個性豊かな2人の女性の感情的な対立軸をお互いはっきりと示しているところが面白い。あれだけの毒婦である球磨子が、こんなエリート街道を歩み、しかも美人で生意気そうな女弁護士を好きになるはずがないのは当然・・・?男の弁護士ではなかなかこうはいかないだろうから、彼女を弁護人に選任したのは大正解・・・?
<新聞記者のスタンスは?>
刑事事件では「無罪の推定」が大原則だが、こういう理屈は法律を勉強した人には理解できても、一般人にはなかなか理解できない考え方。その典型的人物が新聞記者の秋谷(柄本明)で、彼は頭から球磨子=性ワル女=殺人者と決めつけている様子。したがって、その質問もどこかトゲトゲしいうえ、職域を超えて事件に深入りしすぎでは・・・?そのため思わぬ墓穴を掘ることに・・・?
世の新聞記者諸君はこの映画を参考に、凶悪犯罪の刑事事件についてその報道のあり方を改めて勉強する必要があるのでは・・・?
<間接証拠・状況証拠とは?>
起訴事実は殺人罪だが、直接証拠のないこの手の事件で「殺意」を立証するのは難しいのが通則。球磨子が言うように「自分だって死んでしまうかもしれないようなことを一体誰がするの!」ということだ・・・。そこで大切なのが間接証拠と状況証拠。これは、さまざまな間接的事実や状況を示す証拠を積み上げることによって、その総体として「殺意」を立証するものだが、その間接証拠、状況証拠を寄せ集めること自体が難しい。したがってこんな事件では、公判の立会い検事はできればやりたくないというのが本音では・・・?
<鑑定とは?>
鑑定とは、一般に「第三者に行わせる特別の知識経験に属する法則またはこれにもとづく具体的事実の判断の報告」(刑事訴訟法165条参照)と定義されている。この事件においては①車を誰が運転していたのか、②なぜ、フロントガラスが割れたのか、③なぜ、足元にハンマーがあったのかが主要な争点。そして、それを科学的に明らかにするのが専門家による鑑定。鑑定人の安西教授(小沢栄太郎)の解説はそれなりの合理性はあるものの、やはり不十分な点も多く、その点についてはさすが佐原弁護士は反対尋問でポイントを・・・。それにしても、せっかく鑑定したのに、裁判所で弁護士からボロクソに攻撃される鑑定人も大変・・・。
<現場検証とは?>
裁判所のいう「現場検証」とは、一般に「物的証拠に対する証拠調べであって、物の存在および状態を五官の作用で実験・認識することによって行われる。ある場所に臨んで行う検証は臨検と呼ばれる」と定義されている(刑事訴訟法128条参照)が、この事件では車の転落実験を実施することに。実験をやれば真相を明らかにできる可能性のある交通事故事件はたくさんあるが、実際にそれをやるのは異例中の異例・・・。それも、スピードをかえて3回も(3台も)やったのだからすごい。その結果はここでは述べないが、運転席に備えつけられたカメラが写す転落の瞬間の生々しさは迫力満点。この映画も法科大学院の教材として是非活用しなければ・・・。
<車の運転も弁護士稼業に不可欠・・・?>
佐原弁護士は球磨子の弁護人として活動を続けているが、これは弁護士の職務としてやっていることで、必ずしも自分自身が球磨子の無罪を信じているわけではない。しかし、車はなぜ減速することなく、海の中へ突っ込んで行ったのか?そんな疑問をずっと持っていた佐原自身が、ある時車を運転していたところ、急にブレーキが効かなくなり、あやうく大事故になりかけることに。さて、それはなぜ?これが真相解明の1つのヒントになったのだが、こういうケースを見ていると、車を運転するのも弁護士稼業をやっていくうえで不可欠だということになる。その他、弁護士は何でも経験してみなければ・・・?
<球磨子の判決は・・・?>
鑑定、現場検証、そしてたくさんの証人尋問が終わり、いよいよ今日は判決言渡しの日。有罪の結論が最初からわかっている事件は量刑のみが焦点だが、有罪、無罪の可能性が半々の場合、その緊張感はすごいもの。私は弁護士生活10年目までに、刑事事件(少年事件を含む)の無罪が5件あり、これはかなり自慢できる(?)数字。主文「被告人は無罪」という言葉を聞く時の「快感」は、まさに弁護士冥利に尽きるもの。さて、佐原弁護士と球磨子が聞く判決は、有罪それとも無罪・・・?
2006(平成18)年1月19日記