迷走地図(日本映画・1983年) |
<シネ・ヌーヴォ>
2006年1月9日鑑賞
2006年1月13日記
次期総理確実と目されている第二派閥領袖夫人の秘書へのラブレターという設定には多少無理があるものの、1970年代から1980年代にかけての自民党派閥政治の生態をこれほど興味深く国民に示す名作は他にないだろう。今、松本清張が生きていたら2001年4月以降の小泉改革の展開と2005・9・11総選挙、そして「自民党とりわけその派閥の変貌」をどのように描くだろうか?安易な企画が多い昨今、あらためてこんな骨太映画の登場を期待したいものだが・・・。
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監督:野村芳太郎
原作:松本清張
寺西正毅(与党第二派閥の領袖)/勝新太郎
寺西文子(妻)/岩下志麻
桂重信(総理大臣)/芦田伸介
板倉退介(与党第三派閥の領袖)/伊丹十三
和久宏(財界の世話役)/内田朝雄
織部里子(銀座のクラブ「オリベ」のママ)/松坂慶子
川村正明(与党の若手政治家)/津川雅彦
鍋屋健三(川村の秘書)/加藤武
外浦卓郎(寺西の私設秘書)/渡瀬恒彦
外浦節子(妻)/いしだあゆみ
土井伸行(政治家の代筆業者)/寺尾聰
佐伯昌子(土井の秘書)/片桐夕子
望月稲右衛門(関西財界の有力者)/宇野重吉
波子(「オリベ」のチーママ)/早乙女愛
松竹配給・1983年・日本映画・136分
<2人とも今は故人・・・>
この映画の政治ドラマを構成する2人の主人公は、政権を握る改憲党内の第二派閥の領袖である寺西正毅(勝新太郎)と第三派閥の領袖である板倉退介(伊丹十三)だが、今は2人とも故人・・・。寺西は時の総理大臣桂重信(芦田伸介)から政権の禅譲を受ける約束になっていたらしいが、コトここに至って桂は引き続き政権を担当する意欲を示したからコトは面倒に・・・。果たして寺西はあと2年待つのか、それとも第二、第三派閥連合の結成に向けて動くのか、それが政治ドラマとしてのこの映画最大の見どころ・・・。
そんな「政局」になれば、動くのが金。寺西が和久宏(内田朝雄)を通じて京都に住む怪物(?)望月稲右衛門(宇野重吉)から用意した軍資金は20億円だが、それはどのように使われるのか・・・?さらに脂ぎったオッサン政治家たちの気持を動かすのは金とともに女。知恵が必要なことはもちろんだが、派閥にとって最大の政治闘争である総裁レースは、そんなきれいごとだけですまないのが常識。そんな、「あの時代」の「あの争い」を、今は故人となった2人の名演技を楽しみながら、じっくり学びたいものだ。
<キーパーソンは秘書の外浦>
この映画に骨太感を与え、重厚な政治ドラマに仕立てるキーパーソンとなるのが寺西の私設秘書である外浦卓郎(渡瀬恒彦)。外浦は財界の世話役である和久から寺西派とのパイプ役として送り込まれた人物だが、今や寺西にとってはなくてはならない貴重な存在となり、寺西やその妻文子(岩下志麻)の背後には必ず外浦の姿があった。そんな外浦がいよいよ総裁レースがスタートした時になって、突然秘書を辞めると言い始めたからさあ大変!寺西は「いずれはお前を立候補させ、俺の後継者にしようと考えていた」とまで心情を吐露して引き止めたが、外浦はそれでも「辞める」と宣言し、寺西家を後にした。そして外浦は妻の節子(いしだあゆみ)ではなく、以前からかわいがっていた東大の後輩であり政治家の代筆業をしている土井伸行(寺尾聰)に貸金庫のキーを預けて一人東南アジアの会社へ赴いていった。そこに何らかの秘密やカラクリがあることは明らかだったが、外浦の口からは何も語られることはなく、貸金庫の中のものをどのように処理するかはすべて土井に委ねるということだけが伝えられた。そして、かの国における突然の自動車事故による外浦の死亡。さてこれは偶然かそれとも・・・?
そして貸金庫の中に入っていたものはナニ・・・?総裁レースの行方を左右する裏資金の動きが記されたメモではないかとも考えられたが、さてその内容は・・・?
<若手代表があの津川雅彦>
今やあらゆる領域で円熟した芸を見せている津川雅彦が、この映画では小派閥ながら「革新クラブ」を率いて総裁レースのキャスティングボードを握る新進気鋭の若手政治家代表としての川村正明を演じている。しかし実は、この二世議員の川村は若くてハンサムながら政治家としてはもう1つ、というよくある二流政治家の1つの典型という設定だから面白い・・・。
パーティーの席における大層な演説は、ゴーストライターである土井の下書き原稿を基にしたのものだが、それなりに聞かせるのは立派なもの。しかし女の誘惑やポストの誘惑に関しては、やはり二世のボンボンらしく、からっきしだらしない・・・?先代からの忠実な秘書である鍋屋健三(加藤武)の忠告に従わなかった川村の行方は・・・?
<全共闘あがりの土井の生き方は?>
小さなマンションの一室を土井事務所として借りて、政治家の代筆稼業をしているのが土井だが、彼が東大全共闘あがりという設定が面白い。また父親の宇野重吉と息子の寺尾聰の共演(?)というのもちょっと気が利いている・・・?なお彼の秘書佐伯を演ずるのが、日活ロマンポルノで有名となった片桐夕子だが、この2人の仲もちょっと怪しそう・・・?
外浦の土井への信頼は抜群だが、外浦の死後、外浦から預かったキーを使って開けた貸金庫の中にあったものは、何と文子から外浦に宛てたラブレターの束。外浦が土井に宛てた手紙(遺書)にあったように、そもそも外浦がこれを燃やしていなかったことが最大の問題。外浦が文子に宛てた手紙については、文子はその都度ライターで燃やし処分していたのだから、外浦が文子に命じられたとおり手紙を燃やさなかったのは、ある意味文子への重大な背信行為・・・?
外浦はなぜそのラブレターを残したのか、それが第1の難しい問題点。そして、土井は外浦の妻節子に対して、貸し金庫の中身をどのように説明したのか、それが第2の問題点。そして第3の問題点は、文子からラブレターの束を買い取りたいという申し出を受けた時の土井の対応。彼が「それじゃあ1億円を」と言ったのは本心なのか、それとも・・・?
その後、この土井の身の上には、意外な結末が・・・?それは私のような団塊の世代の人間には想定の範囲内だが、今ドキの若い人は、ビックリするはず・・・?
<ラブレター騒動という設定の是非は?>
この映画のストーリーの要となる設定は、寺西の妻である文子が外浦にあてたラブレターの束。総理総裁候補の最右翼と目されている寺西の妻として甲斐甲斐しく働く文子の姿は冒頭から際立っているうえ、川村正明議員のパーティーで夫の代役として披露するスピーチは超一級。まさに彼女は、夫の寺西が「お前は総理大臣の妻となるために俺のところにきたんだ!」と言うとおりの計算高いしたたかな女・・・?ところがそんな文子もやはり女。密かに秘書の外浦と情を通じており、ラブレターを交わしていたというから驚き・・・。
最初から少し怪しげな雰囲気をチラホラ見せていたこの2人の仲は、外浦の死亡後、貸金庫の中におさまっていた文子のラブレターの束が土井の手に渡ったところから、意外な展開を・・・。そのストーリー展開も映画を観てのお楽しみだが、映画では寺西代議士夫人である文子と寺西代議士秘書である外浦との密会と情を重ね合う様子がかなり詳しく描かれているからそれもお見逃しなく・・・。映画のストーリーとして、それはすごく面白いのだが、分刻みで動いている寺西夫人や外浦にとって、秘密の時間を共有できるチャンスがこんなにたびたびあるとは到底考えられないのでは・・・?コトがばれた時、寺西から「外浦と何回やったんだ!」と問いつめられていたが、私も第三者として同じ質問をしたいと思ったほど・・・。さて、ラブレター騒動と総理大臣のイスという設定の是非について、あなたはどう思う・・・?
<銀座のママが大活躍!>
銀座の高級クラブ「オリベ」のママが織部里子(松坂慶子)。「オリベ」はもちろん接待用の社交場として頻繁に利用されていたが、それにとどまらず里子は、なぜか寺西から和久への政治献金をバックペイするための使者としての役割も・・・。ところが現金を入れた高級バッグがかっぱらい(ひったくり)に盗まれてしまったからさあ大変・・・。その被害額は何と2000万円だが、なぜか警察への被害届は提出されないまま。そしてある日、とあるゴミ捨て場からこれが発見されたから世間は大騒動に・・・。
この里子は松坂慶子らしく(?)やり手中のやり手・・・。里子のバックには△△が控えているにもかかわらず、ちょっとした小遣いかせぎ(?)に川村代議士とともねんごろに・・・。さらに何やら怪しげな女同士の雰囲気をかもし出しているのがチーママらしき波子(早乙女愛)との仲。寺西も川村代議士も、そして和久もそれぞれ男の闘いの中で、それぞれキズつくことになるのだが、なぜかこの里子だけはいつも勝ち組に・・・。やっぱり女はしたたか・・・?
<女のしたたかさは文子も同じ・・・>
里子もしたたかだが、文子はもっとしたたか・・・?外浦へのラブレターの束が発見されたため、夫の総裁レースの目が消えたことを夫からボロクソに叱責された文子だったが、そんな修羅場でも文子の主張は堂々としたもの・・・?
第1にラブレターを文子の自筆と認めた「アンタがバカなのよ」ときたから、そりゃたいしたもの・・・。第2に「この家を出ていけ」と叫ぶ寺西に対してあくまで冷静に「長い間お世話になりました」と答えたものの、「そんなことをすればマスコミの格好の餌食になりますわヨ」と逆襲された寺西はやむなく前言を撤回・・・。
しかして寺西はやむなく今回は総裁選への出馬をとりやめ2年後を期することに・・・。そんな寺西を今日も甲斐甲斐しく世話をしている文子は、まるで女性の鑑のような、たくましくそしてしたたかなオンナ・・・?
<小泉改革の成果その1ー派閥の弱体化>
「自民党をぶっ壊す」と叫んで2001年4月に成立した小泉純一郎政権は以降着々と2006年1月まで小泉改革を進めてきた。自民党のみならず、日本の勢力地図を激変させたのが、2005年の9.11総選挙だったが、ここで、この映画と対比しての小泉改革の成果を3つだけ掲げておこう。
その第1は小泉改革による派閥の弱体化。かつての中選挙区制を前提とした自民党の派閥の実態と、総裁の座を目指す派閥抗争のすさまじさは、まさにこの映画が描くとおりのもの。それに比べれば、凋落した橋本派に象徴されるように、旧態然とした派閥の弱体化は明らか。今ポスト小泉をめぐって、さかんに言われている、「麻垣康三」による、総理・総裁レースについても、派閥の力が無力化していることは明らか。
<小泉改革の成果その2ー資金の透明化>
その2は、この映画では、何と20億円という実弾が準備・消化されたり、「オリベ」のママを通じてポンと2000万円の札束が行き来していたが、小泉改革の進展の中、そんな状況は一変してしまった。小泉改革の背景には、かつての「角福戦争」の怨念があるとよく言われているが、あの当時の「田中派」の実弾攻勢がすごかったことは、今でも語り草になっているほど・・・。しかし今ドキそんなバカな話は夢のまた夢となってしまったよう・・・。
<小泉改革の成果その3ー正月風景の激変>
2006年1月の新聞各紙は、政治家の正月風景が大きく様変わりしたことを報じている。すなわち昔の新聞記者は、政党や政治家個人の新年会に出席したり、年始まわりをする中で、その力関係を感じることができたらしい。なぜなら、政党や政治家にとって新年会の盛大さやそこに集まる顔ぶれの豪華さは、その力をはかる1つのバロメーターだったから。ところが、パーティー嫌いの小泉総理になってからは、新年会自体がほとんどなくなったため、そういう形での情報収集ができなくなったと報じられている。今でも個人で新年会を大々的に開いているのは、民主党の小沢一郎氏だけらしいが、それって本当・・・?
2006(平成18)年1月13日記