南極物語(アメリカ映画・2006年) |
<東宝試写室>
2006年3月3日鑑賞
2006年3月4日記
日本版『南極物語』(83年)は、昭和基地に取り残された2匹のカラフト犬を描いた感動作だったが、ディズニー版のこれは、鎖でつながれたまま基地に残された8匹の犬ぞり犬の物語。
人間と犬との愛情もテーマだが、何よりも犬たちの人間以上の(?)団結力と利口さにビックリ・・・。やはり映画はこういう単純な感動作が1番・・・。
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監督・製作総指揮:フランク・マーシャル
ジェリー・シェパード/ポール・ウォーカー
デイビス・マクラーレン博士/ブルース・グリーンウッド
ケイティ/ムーン・ブラッドグッド
チャーリー・クーパー/ジェイソン・ビッグス
ブエナ ビスタ インターナショナル(ジャパン)配給・2006年・アメリカ映画・約120分
<2匹VS8匹>
日本版『南極物語』(83年)は、日本の昭和基地に取り残された2匹のカラフト犬を主人公とした感動作だったが、2006年のディズニー版『南極物語』は、全米科学財団の南極基地で働く探検ガイドのジェリー・シェパード(ポール・ウォーカー)が頼りにする8匹の犬ぞり犬の物語。基地に取り残された犬たちが南極の過酷な条件下で、生き抜くという根本スタイルは同じだが、犬の数が日本版は2匹であったのに対して、ディズニー版は8匹。さて、この差があなたの感動にどのような影響を与えるのだろうか・・・?
<『南極日誌』VS『南極物語』>
私が昨年8月29日に観た韓国映画『南極日誌』(05年)は、「到達不能点」に向かう6名の南極探検隊員の姿を描いた骨太映画だった(『シネマルーム8』259頁参照)。そこに登場した①犬ぞり犬による氷上の旅の様子、②雪の下に隠されているクレバス(氷河が流動する際に速度の差でできた割れ目)の危険、そして③天候の悪化=嵐の恐ろしさなどは、この『南極日誌』によって十分学習ずみ・・・。
この3つはこの『南極物語』でも完全に共通する要素だが、『南極日誌』は観る前のイメージとはかなり異なるホラー的要素を含んだ、かなりわかりにくい映画だったのに対し、この『南極物語』のテーマは、誰でもすぐに理解できる心の感動。すなわちそれは、第1に人間と犬との絆の強さによる感動であり、第2に8匹の犬が人間以上の団結力と利口さを示すことによって生まれる感動。やはり映画はこんなわかりやすい感動作が1番。
<面白いプロローグ>
私は昔からサウナが大好き。難波にあるスイスホテル(昔の南海サウスタワーホテル)のフィットネスクラブでの日曜・祝日毎の20km走の運動後はサウナに入るのが何よりの楽しみ。また日曜日以外でも、運動の時間は取れないにしても、全日空ホテルのサウナや新東洋のサウナに時々行っている。さらに事務所の4Fにある備え付けの家庭用サウナにも時々は。スイスホテルのフィットネスクラブに入会する以前は、もっぱらニュージャパンのサウナだったが、ここはもう何年もご無沙汰。
そんな私だからこそ面白かったのは、この映画の冒頭シーン。そこは全米科学財団の南極基地に設置されているサウナ室の中。42度、43度と温度が上がっていくサウナ室の中で頑張っているのはジェリーとこの南極基地で地図作成の任務に専念しているチャーリー・クーパー(ジェイソン・ビッグス)の2人だが、ギリギリまで頑張った後、裸で外に飛び出ると、そこはマイナス30数度という南極の氷の世界。この2人のおバカさんが目指していたのは、どうも最高温度と最低温度を同時に体験した人間としてギネスブックに載せてもらうことのよう・・・。しかし、きっとこれは医学的には大問題・・・?私がこんなまねをしたら、たちまち心臓麻痺に・・・?
<第1の感動は?>
観客の誰もが第1に感動するのは、ジェリーと8匹の犬たちとの絆の強さ。1年のうち半分以上は探検に出かけているから、嫁に来る女などいるはずがないと言うジェリーの恋人は、8匹の犬と言ってもいいほど。デイビス・マクラーレン博士(ブルース・グリーンウッド)を運ぶために、自ら小型機を操縦して基地を訪れてきた女性操縦士ケイティ(ムーン・ブラッドグッド)とジェリーとの仲は、つかず離れずの何とも中途半端な様子・・・。
そんなジェリーが8匹の犬たちを鎖につないで残したまま、基地から全面撤退しなければならない事態となった時、どんな思いだっただろうか・・・?また自らも重い凍傷にかかり、撤退後は意識を失ってしまったジェリーにとって、25年ぶりの悪天候の連続という状況の中、「必ず戻る」という犬たちとの間で交わした約束を果たせない自分が、どれだけ苛立たしかったことだろうか・・・?さらに、彼があらゆる自費をはたいても基地を訪れようと決意をするまでに、どれだけの悩みと葛藤があったことだろうか・・・?そんな半年近くの葛藤を経て、最悪の事態も想定しながら、再び基地を訪れたジェリーが目の当たりにしたものは・・・?
<8匹の犬たちのキャラと第2の感動は?>
8匹の犬たちのリーダーはマヤだが、鎖につながれたまま取り残されたことを知った犬たちはそれぞれ鎖を切ったり、首輪を抜いたりして自由の身に。しかし最長老のジャックはそれができなかったため・・・。さらに8匹の中で最も若いマックスは、南極という過酷な自然条件下で野生犬として生きる中、ハラハラドキドキの行動を示しながらも次第にチームのリーダー格に・・・。その他この映画では、8匹の犬たちの名前とそのキャラを理解することが大切。いわばジェリーはそのための案内役といったところか・・・?
それを前提としてこの映画の第2の感動は、この個性ある8匹の犬たちが、基地に取り残された状況下で示す団結力と頭の良さ。第1の問題は食料だが、果たしてそれをどのようにして・・・?第2の問題は外敵との闘いだが、ヒョウアザラシという大敵への対応は・・・?第3の問題は寒さ対策だが、この映画を観ている限りそれは人間の私が心配するほど大問題ではなさそう。さすがに童謡『雪』の歌詞にあるように、「降っても降っても降りやまない雪」の中で、「ネコはこたつで丸くなる」のに対し、「犬は喜び庭駆け回る」と歌われただけのことはある、と大いに感心。
この8匹の犬(といってもジャックは1匹だけ鎖から離れることができなかったため当初から脱落したが・・・)たちの団結力は大したもの。もっとも人間に近い動物であるサルの社会においてはボスの存在がよく知られているが、そり犬の世界でも「リーダー」の存在が大きな意味を持っていることがよくわかる。
この映画を観ていると、こんなにすばらしい団結力と知恵を示す犬たちを、人間はもっと見習わなければ、と思ってしまうが・・・?
<メルボルン山への旅は何のため・・・?>
ジェリーが8匹の犬ぞりを率いて南極の難所メルボルン山へ探検の旅に出かけることになったのは、デイビス博士がある星から南極へ落下したと確信している隕石を採取するため。これを発見すれば大手柄になることを知っているデイビス博士は、冒険の危険を熟知しているジェリーに対して、功名心にはやるためか少し無理強い気味・・・。ジェリーの友人のチャーリーと、ジェリーの恋人(?)のケイティは、何の不安もなくジェリーとデイビス博士のメルボルン山への旅立ちを見送ったが・・・。
<悪天候情報の中で目立つ博士の功名心・・・?>
基地を出発してからメルボルン山到着までは、多少のトラブルはあったが順調そのもの。しかしメルボルン山に到着し、明日の朝から隕石調査の作業に入ろうとした途端に、無線から入ってきたのは、嵐の到来という悪天候情報のため、すぐに基地に引き返せとの命令。博士の身の安全を守るべき立場にあるジェリーが、明日の朝1番で引き返すと告げたのは当然だったが、そこで見えたのが博士の功名心。つまり、地球を半周してやっとここまで到達したのに、何も調べないまま引き返すわけにはいかないという主張だ。そして学者らしくそれを裏づけたのは、「冒険しなければならない時もある」という理論・・・。さてこれを聞いたジェリーはどう行動するのだろうか・・・?
<事態はベストからワーストへ・・・>
「山高ければ底深し」というのは株式相場の鉄則だが、人間が生きている上でも幸せと不幸の両者が一瞬に訪れることは時々あるもの・・・?午前中だけの猶予をもらったデイビス博士はジェリーとともに必死で隕石を捜し求めたが、容易に見つからなかった。しかし時間切れ寸前にそれを発見。大喜びするデイビス博士だったが・・・。これはもちろん映画の脚本がそうなっているため・・・?あとは喜び勇んだデイビス博士を連れて一路基地を目指すだけだが、そうは問屋が下ろさないのが南極の自然の厳しさ。転落事故による足の骨折と割れた氷の中への転落という大事故に巻き込まれたデイビス博士は、ジェリーの冷静沈着な判断とリーダー犬マヤの勇気ある行動によって救出されたものの、瀕死の状態でソリに収容されることに。大嵐の中、このまま無事に基地までたどり着くことができるのだろうか・・・?
<やっぱり友情が大切・・・>
犬たちを残して一足早い南極基地撤退を余儀なくされたジェリーは、凍傷の痛手から意識が回復した途端に、「恋人」である8匹の犬のことに思いが至り、心は既に南極基地に戻っていた。しかし、25年ぶりという悪天候の連続の中、南極基地からの引き揚げ作業に邁進している上層部にとってはそれだけで手一杯。とても犬の撤収まで手が回るはずがなかった。したがって、撤退の小型機を操縦したケイティも、メルボルン山からの帰り途で足を骨折しながらも何とか無事に帰還し基地から撤退することができたデイビス博士も、ジェリーから1日も早く基地に戻り、8匹の恋人たちを救出したいと訴えられても、それは所詮ムリな相談・・・。
もちろんジェリー自身も、理屈の上ではそれは十分わかっていること。そんな悶々とした気持を誰にも打ち明けることができないジェリーは、現実から逃避するしかなかった。しかしその気持を翻意させ、再び有り金のすべてを投入してでも8匹の犬たちに会いに行こうと決断させたのは、さて誰のどんなアドバイス・・・?そして、それをホントに実現させたのは誰のどんな協力・・・?やはり人間は友情が大切。持つべきものは友だということを痛感・・・。
<満席の試写室内からはすすり泣きの声が・・・>
今日の東宝試写室は、あるホールでの試写会から流れてきた関係者が多いため満席となり、急遽折りたたみイスが通路に並べられたほど。男女半々、老若半々という顔ぶれだが、ある犬の死亡のシーンでは、一部の席から鼻をすする音が・・・。そして、ある意味ではミエミエの感動的なラストシーンが近づくにつれて、次第にあちこちの席からすすり泣きの声が・・・。やっぱり多くの映画ファンは、こういう単純な(?)感動作が好きなのだと痛感・・・。
<おまけに2人の恋もハッピーエンド・・・?>
この映画の主人公は8匹の犬たち(?)だが、面白いのはジェリーと犬たちとの絆とは別に、ジェリーとケイティとの恋愛模様もホドホドに追及していること。ジェリーは半年以上家を留守にする勝手気ままな探検家だし、ケイティも自分で飛行機の操縦桿を握る活動的な女性だから、仕事上の接点はあっても、基本的には別々の活動をしていた。そのため、ジェリーとケイティはお互い魅かれあってはいるものの、つかず離れずの関係が続き、ケイティは露骨に新恋人の話なども・・・。もっとも、女があえてこういう話をするのは、自分に気を引かせるための1つのテクニック・・・?そんな2人の恋愛模様も、1つの目標に向かって共に行動し、その中で大きな感動を共有することになれば、その行方はミエミエ・・・?何でもハッピーエンドにしてしまえば、観客は大満足・・・。
2006(平成18)年3月4日記