戦場でワルツを(イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ合作、イスラエル映画・2008年) |
<東宝試写室>
2009年10月5日鑑賞
2009年10月7日記
第81回アカデミー賞外国語映画賞で『おくりびと』(08年)の対抗馬、というより本命だった本作が遂に日本で公開!「アニメーションとドキュメンタリーの融合」とは?そして原題『WALTZ WITH BASHIR』のバシールとは?イスラエル人監督アリ・フォルマンが19歳の時に兵士として体験したのが1982年のレバノン侵攻だが、当時の記憶が全くないのはナゼ?64年間平和を享受していた日本は、常時戦時体制のイスラエルとは対極の立場。そんな日本の若者こそ本作を観て、イスラエルの若き兵士たちの苦悩を少しでも理解する必要があるのでは?
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監督・脚本・製作:アリ・フォルマン
アリ・フォルマン(映画監督)
ボアズ・レイン=バスキーラ(アリの30年来の友人で会計士)
オーリ・シヴァン(アリの親友、私設臨床精神科医)
カルミ・クナアン(アリの学友)
ロニー・ダヤグ(国内の酪農産業を独占する大企業のマネージャー)
シュムエル・フレンケル(イスラエル軍兵士、“デス・サバイバル”のチャンピオン)
ロン・ベン=イシャイ(イスラエルで最も重要なTV特派員)
ドロール・ハラジ(イスラエル軍兵士)
2008年・イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ合作、イスラエル映画・90分
配給/ツイン、博報堂DYメディアパートナーズ
<『おくりびと』のライバルが、やっと公開>
アカデミー賞の作品賞や監督賞など、ノミネートされるのは5作品。そして、第81回アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされた作品の1つが滝田洋二郎監督の『おくりびと』(08年)であり、見事栄冠を獲得したのも『おくりびと』。それまで約38億円の興行収入だった『おくりびと』は、2009年2月以降のアカデミー賞受賞凱旋再公開のお陰で60億円以上となり、松竹の黒字化に大きく寄与したらしい。
そんな『おくりびと』の強力なライバルであり、外国語映画賞が最有力視されていたのが『戦場でワルツを』だ。そんな『おくりびと』のライバルの日本公開がやっと実現。さて、こりゃどんな映画?
<原題は?バシールとは?>
本作の原題は『WALTZ WITH BASHIR』だが、バシールとは一体何?あるいは誰?それを知っている日本人はよほどパレスチナ情勢に詳しい人だけだろう。
プレスシートによると、バシール・ジュマイエルは親イスラエルのキリスト教マロン派民兵勢力“ファランヘ党(ファランジスト)”の若手指導者の名前。イスラエルはこのバシールをレバノンの大統領に据えて、レバノンにキリスト教マロン派政権を樹立しようとしていたが、1982年9月14日ファランヘ党の本部ビルが爆破されバシールは死亡。これが、後の「サブラ・シャティーラの虐殺」の引き金となったらしい。
そんな解説を読むと、『WALTZ WITH BASHIR』という原題には一体どんな意味が?『戦場でワルツを』もイマイチ内容がわからない邦題だが、原題の『WALTZ WITH BASHIR』もイスラエルとパレスチナ抗争の歴史について少し真面目に勉強しないとなかなかその意味がつかめない。真面目にそう考える人は、本作をきっかけにその学習を。
<アニメとドキュメンタリーの融合とは?>
ドキュメンタリー映画にもさまざまなタイプがあるが、劇映画に比べると社会派、問題提起型の作品が多い。1985年からパレスチナ・イスラエル問題にかかわり、17年間にわたって映像による取材を続けてきたジャーナリストの土井敏邦が映画監督として完成させた『沈黙を破る』(09年)もその1つ。これは、2002年春のイスラエル軍によるヨルダン川西岸への侵攻の中で起こったバラータ難民キャンプ包囲とジェニン難民キャンプ侵攻によって、破壊と殺戮にさらされたパレスチナの人々の生活を記録したものだった。それに対して本作は、アリ・フォルマン監督自身が19歳の時に体験した1982年のイスラエルによるレバノン侵攻と「サブラ・シャティーラの虐殺」を描くもの。
本作がユニークな点は、普通のドキュメンタリー映画ではなくアニメで描かれていること。かつて、ホリエモンこと堀江貴文は「放送と通信の融合」を唱えたが、本作は「アニメーションとドキュメンタリーの融合」を目指したものだ。さて、そんな斬新な手法をあなたはどう評価?
<主人公は?テーマは?>
映画の冒頭、宮崎駿監督の『もののけ姫』(97年)とは全く雰囲気が違う、ものすごい形相をした犬たちが登場するから、私はまずこれにビックリ。こりゃ一体ナニ?これは、本作の主人公アリ・フォルマン監督の旧友であるボアズ・レイン=バスキーラが毎晩みる悪夢らしい。つまり、2006年の今、映画監督となったアリは30年来の友人で会計士のボアズから、毎夜26匹の犬に襲われる夢に悩まされているという相談を聞いているわけだ。この夢は一体何を意味するの?それはひょっとして、自分たちが19歳で兵役に就いた1982年のレバノン戦争の後遺症?
そこでアリが気付いたのが、「俺には当時の記憶が全くない」こと。こりゃ一体ナゼ?そこからアリの24年前の記憶をたぐり寄せる旅が始まることになる。それが本作のテーマだ。それを助けるのが、アリの親友で私設臨床精神科医のオーリ・シヴァンやアリの学友カルミ・クナアンたち。また「サブラ・シャティーラの虐殺」などについてのインタビューに答えるのが、元サブラ・シャティーラ地区担当の戦車隊員ドロール・ハラジやTVジャーナリストのロン・ベン=イシャイたち。アリの記憶の断片はベイルート西部の海を全裸で漂うという奇妙なものだったが、彼らの証言からアリは一体何を思い出し、どんな記憶を紡いでいくのだろうか?そして、その結果アリがたどり着く結末とは?
<平和ニッポンの若者こそ、こんな映画を!>
イスラエルとパレスチナの抗争については難しくてわからない点が多い。そのうえ、政治ネタを敬遠し海外の政治や戦争に関するニュースなどに全く興味を持たない日本の若者は、本作が描くさまざまな「事実」についてさっぱりわからないかもしれない。しかし本作を観れば「学問的に」ではなく、「感覚的に」イスラエルの若き兵士たちがどんな極限状況に置かれていたのかが少し理解できるはずだ。
戦後64年間日米安保条約の下で平和を享受し、民主党新政権下では海上自衛隊によるインド洋での給油活動すら中止しようとしている日本は、常時戦時体制にあるイスラエルとは対極の立場にある。そんな平和ニッポンの若者こそ、こんな映画から若きイスラエルの兵士たちの苦悩を少しでも感じとる必要があるのでは?
2009(平成21)年10月7日記