春との旅(日本映画・2010年) |
<アスミック・エース社内DVD試写>
2010年5月11日鑑賞
2010年5月19日記
頑固でわがままな祖父との2人旅が始まったのは、孫娘のある発言がきっかけ。心の重い、つらい旅を2人はどのように乗り切り、いかなる成長を?過疎問題、老人問題は深刻が、本作にみる家族たちの心の営みをみれば、きっと明日に希望が。ハリウッドに名優クリント・イーストウッドあれば、日本にも名優・仲代達矢あり!心温まる人間模様をこの名作でじっくりと味わいたい。
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原作・脚本・監督:小林政広
原作:小林政広『春との旅』(毎日新聞社刊)
中井忠男(老漁師)/仲代達矢
中井春(忠男の孫)/徳永えり
金本重男(忠男の兄)/大滝秀治
金本恵子(重男の妻)/菅井きん
木下(愛子の隣人、中年漁師)/小林薫
清水愛子(行男の内縁の妻)/田中裕子
市山茂子(忠男の姉)/淡島千景
中井道男(忠男の弟)/柄本明
中井明子(道男の妻)/美保純
津田伸子(真一の後妻)/戸田菜穂
津田真一(春の父)/香川照之
2010年・日本映画・134分
配給/ティ・ジョイ、アスミック・エース
<あらためて、俳優・仲代達矢の偉大さを>
私が仲代達矢という俳優を明確に記憶したのは、多分小学6年生の頃に観た『人間の條件』だから、今から50年近く前のこと。1959年の第1部から1961年の完結編まで全6部約10時間の大作は素晴らしかったが、この時の仲代達矢は若いけれども凄みがあった。彼は黒澤明監督の『七人の侍』(54年)でもチョイ役で出ていたらしいが、その後『用心棒』(61年)、『椿三十郎』(62年)、『天国と地獄』(63年)で黒澤明作品の常連となった。とはいっても、これらはいずれも三船敏郎がメインで、仲代達矢はサブという役割だった。しかし『影武者』(80年)における勝新太郎の降板劇によって、主役が仲代達矢にもたらされたのは超ラッキー。さらに、「無名塾」を主催し、役所広司をはじめとする多くの名優を育てたことでも彼の貢献は大きい。
そんな仲代達矢が、本作では久しぶりに主役として登場!まず最初にその存在感の大きさを感じとりたい。
<あのベテラン俳優に対抗できる、日本のベテラン俳優は?>
そんな仲代達矢は1932年生まれだから、日本を代表するベテラン俳優。他方ハリウッドには、1930年生まれだからほぼ仲代達矢と同世代のクリント・イーストウッドというすごい俳優兼監督がいる。仲代達矢の最近の映画は『引き出しの中のラブレター』(09年)程度だが、クリント・イーストウッドはすごい。監督としては最近だけでも『ミスティック・リバー』(03年)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)、『父親たちの星条旗』(06年)、『硫黄島からの手紙』(06年)、『チェンジリング』(08年)を演出し、俳優としては『スペース・カウボーイ』(00年)、『ブラッド・ワーク』(02年)、『ミリオンダラー・ベイビー』などに出演している。
そんなクリント・イーストウッドが俳優としてのラストだと宣言して主演したのが、『グラン・トリノ』(08年)で、これも素晴らしい映画だった。そんなハリウッドのベテラン俳優に対抗できる日本のベテラン俳優は、仲代達矢のみ!
<同じ頑固老人でも?『グラン・トリノ』と比べると?>
『グラン・トリノ』でクリント・イーストウッドが演じた「自分の正義」に忠実なウォルト老人は、頑固で偏屈だったが、本作冒頭にあばら屋から杖をつきながら怒りの表情で飛び出してくる老人・忠男(仲代達矢)も頑固で偏屈。ウォルト老人は「どうにもならない身内より、ここの連中の方が身近に思える」と独り言を呟きながら隣家に住むモン族との絆を優先した。他方、なぜケンカしている(忠男が勝手にふてくされているだけ?)のかはわからないが、忠男のうしろにはリュックを背負い手荷物を持って心配そうに忠男に付き添ってくる孫娘の春(徳永えり)の姿があった。
『グラン・トリノ』のストーリー展開は、モン族のタオとの絆を深めていくウォルト老人の活躍(?)が焦点だったが、本作のストーリー展開は、春とケンカして家を飛び出した忠男が、今は疎遠となっている姉兄弟たちに自分の世話をしてくれと頼み回るもの。左足を引きずっている姿をみると、忠男には肉体的欠陥があることは明らか。また、忠男と春が2人で住んでいた漁場はかつてニシン漁で栄えたらしいが、今は寂れてしまっていた。春が東京に働きに出たいと言い始めたのは、春が小学校の給食係として働いていた地元の小学校が廃校になり失職したため。さらに足の不自由な忠男を見捨てるわけにはいかないから、姉兄弟に世話してもらえば、と提案したのも春だったが、それがいたく忠男の心を傷つけたらしい。
クリント・イーストウッドの頑固老人ぶりはある意味カッコ良かったが、仲代達矢の頑固老人ぶりはどこか子供じみており、かなりカッコ悪い。同じ頑固老人でも日米こんな風に違うわけだが、演技の秀逸さは両者とも同じ。ベテラン俳優の研ぎ澄まされた演技の日米比較に注目!
<姉兄弟を頼れる忠男の世代はまだマシ?>
名優・仲代達矢が「約150本の出演作中、5本の指に入る脚本」と名言した本作は、舞台を石狩市の漁師町から①気仙沼市、②大崎市・鳴子温泉、③仙台と移しながら、①最もソリの合わない、養子に行った長兄・金本重男(大滝秀治)、②律儀に毎年葉書を送ってくる、一番気の合う弟・中井行男、③旅館を経営している、しっかり者の姉・市山茂子(淡島千景)、④かつて不動産屋として大儲けしていた、弟の中井道男(柄本明)を訪ねて歩くロードムービー。ロードムービーというといかにも楽しそうだが、本作における忠男の旅は自分の世話をしてくれと頼み回るものだから、いかにも頭の痛いもの。
忠男と春は4人の姉兄弟たちを訪ね歩き、頼み回るものの結局受け入れ先はゼロ。それはなぜ?その中で示されるそれぞれの家族模様とは?それが本作中盤のメインテーマだ。重男の妻・恵子(菅井きん)、行男の内縁の妻・清水愛子(田中裕子)、道男の妻・明子(美保純)を含む名優たちの演技を楽しみながら、何とも説得力ある人間模様をしっかり確認したい。
他方、姉兄弟を頼って自分の世話を頼める忠男の世代はまだマシ?昨今多発している親子、兄弟の絆など全く感じられない血なまぐさい事件を見聞していると、ついそう思ってしまう。現に、春には両親はいないし兄弟姉妹もいないのだから、今から60年後、春が忠男のようになっても、春は一人寂しく死んでいくばかり・・・?
<家族の絆とは?父親の役割とは?>
仲代達矢が本作の脚本に惚れ込んだのは、きっとそこに家族の絆が描かれるとともに、父親の役割とは?という視点がしっかり織り込まれていたため。4人の姉兄弟を訪ね歩く旅は所定の目的を達することができなかったから、結局忠男と春は石狩市の漁師町に戻り、春は新しい仕事を探すだけ。そんな結論が予想され、現に物語はその方向に進んでいくが、そこで大きく変化するのが春の父親・津田真一(香川照之)の登場だ。あれ、春の父親って生きていたの?そして、彼はなぜ今、北海道新ひだか町の静内で牧場を経営しているの?
現在NHK大河ドラマ『龍馬伝』の岩崎弥太郎役で主役を食うような存在感をみせつけている香川照之が、本作でも出番は少ないが、かなりおいしい役(?)を演じている。春の母親つまり忠男の一人娘は、春が幼い時に真一と離婚し、自殺してしまったらしいが、それはなぜ?そのため春は幼い時から祖父・忠男と2人で過ごしてきたわけだが、真一の再婚は?真一の春に対するアプローチは?
弁護士として離婚や相続問題をたくさん処理していると必然的にさまざまな人間模様を観察することになるが、本作のラストに訪れる春と真一とのご対面、忠男と真一との再会そして真一の再婚相手・伸子(戸田菜穂)の優しい対応をみていると、なぜ春はもっと早くここを訪れなかったの?と思えてくる。しかし、ここで大切なことは、「なぜ、春は今父親に会いたいと思うようになったの?」ということ。つまり、春は忠男と一緒に4人の姉兄弟を訪ね歩く旅をした結果として、自分も父親に会いたいという思いに駆られたわけだ。そんな春の思いをしっかりと理解したい。そしてまた、映画冒頭から中盤にかけて何と頑固でわがままな老人だろうと思っていた忠男が、後半からラストにかけて少しずついい老人(?)に変化していくサマも十分に感じとりたい。
そうすることができれば、家族の絆とは?父親の役割とは?の答えも容易に導かれるはずだ。
<明日への希望が持てるラストに拍手!>
本作は仲代達矢が主役?それとも、多くのベテラン名優たちの中にたった1人だけ入った若手女優・徳永えりが主役?『愛の予感』(07年)で第60回ロカルノ国際映画祭金豹賞(グランプリ)などを受賞した小林政広監督が脚本を書き、監督した本作のストーリー展開上の主役は、もちろん仲代達矢。しかし、小林監督の暖かい目線は、4人の姉兄弟を訪ねる旅の中で忠男との心の交流を深め、さらに父親・真一ともしっかり父娘の絆を確認し合った春の今後に注がれている。漁師町を出発した時に乗った列車内では2人はかなり険悪な雰囲気だったが、今そこへ戻ってくる列車の中では互いにすべてを許し合った祖父と孫娘の姿だ。春の肩に頭を寄りかけて眠る忠男の表情も柔らかい。そんな中で起きる、次の展開とは?
それはきっとあなたも予想できる筋書きだが、それが「出来すぎ」ではなくピッタリハマっているところが本作のすばらしさ。列車の中で、春は今後の就職先に頭をめぐらせているかもしれない。こんなご時世だから、きっとそれは容易ではないだろう。しかし、漁師町を出た時とそこに戻ってきている今とでは、春の心の持ちようは全然違っており、明日への希望でいっぱいのはずだ。少子高齢化が進み、デフレ経済が止まらない日本は今後ますます衰退の方向に進むことだろうが、それだって今を生きる若者たちの心の持ちようによって大きく変わるはず。
明日への希望が持てる本作のラストに拍手するとともに、日本の若者たちすべてが春のように、希望をもって自分の持ち場持ち場で生きてもらいたいものだ。
2010(平成22)年5月19日記