ふたたび─swing me again─(日本映画・2010年) |
<GAGA試写室>
2010年5月14日鑑賞
2010年5月17日記
長年療養所にいたハンセン病の父親を息子が受け入れ。そう聞いた妻や孫たちの反応は?そんな問題提起をしながらも、映画はあくまで娯楽。そう割り切れば、ジャズとトランペットを通じた祖父と孫の心の交流は、心温まる感動作に。2人のロードムービーの行き着く先は、さて?イヤな事件が多発する昨今、50年の時空を超えたライブ演奏のクライマックスを楽しみながら、温かい心を取り戻したい。
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監督:塩屋俊
貴島大翔(大学生)/鈴木亮平
貴島健三郎(大翔の祖父、「COOL JAZZ QUINTETTE」のトランペッター)/財津一郎
貴島健三郎(若い時の健三郎)/青柳翔
野田百合子(ユリッペ、「COOL JAZZ QUINTETTE」のピアニスト、
健三郎の恋人)/MINJI
ハヨン(健三郎担当の看護師)/MINJI
村瀬由起夫(ユキオ、「COOL JAZZ QUINTETTE」のトロンボーン担当)/藤村俊二
古川辰夫(タツ、「COOL JAZZ QUINTETTE」のウッドベース担当)/犬塚弘
渋沢勝(マサル、「COOL JAZZ QUINTETTE」のドラム担当)/佐川満男
曽根田(ジャズクラブ「SONE」のオーナー)/渡辺貞夫
貴島律子(大翔の母親)/古手川祐子
貴島良雄(大翔の父親)/陣内孝則
2010年・日本映画・111分
配給/ギャガ
<重いテーマを、いかに娯楽作に?>
松本清張の原作を野村芳太郎監督が映画化した『砂の器』(74年)は日本映画の最高峰の一つだが、今でも目に焼きついているのがハンセン病の父とその子の巡礼の旅。映画は殺人事件の犯人捜しというスリルとサスペンスに富んだ面白いものだったが、その犯罪の動機には、ハンセン病の父親の登場によって自分の出生の秘密がバレるかもしれないと恐れる人間の悲しい性があった。
『0(ゼロ)からの風』(07年)で飲酒運転撲滅運動に大きく寄与した塩屋俊監督は、本作でハンセン病という大問題に挑んだが、所詮映画は娯楽。もちろん、重いテーマをとことん重く追及するという手法もあるが、塩屋監督は両親と共に神戸のまちで過ごすお気楽な大学生・貴島大翔(鈴木亮平)と、そこに突如登場した死んだはずのおじいちゃん・貴島健三郎(財津一郎)との間のジャズとトランペットを通した交流の中で、さりげなくハンセン病をめぐる問題点を指摘するという手法をとった。大翔がはじめて聞くハンセン病について図書館で調べたところ、昔はかなり大変な病気だったらしいことがわかったが、そんな話を気楽に恋人に話したところ、さてその反応は?
今なおそんな厳しい現実があるものの、そんな重いテーマをいかに娯楽作に?
<頑固じいさんを、どう受け入れる?>
親による子殺し、子による親殺しの事件が多発する昨今の日本国を考えれば、ハンセン病の療養所にいたという健三郎を50年ぶりにわが家に引き取るというのは大変な決断。大翔の父親・良雄(陣内孝則)は自分の父親だから仕方ないだろうが、母親の律子(古手川祐子)の本音を言えば反対したかったはず・・・。だって、大翔の姉の結婚話が進んでいる今、もし貴島家がハンセン病に関係しているなんてことが世間にバレたら・・・。そんな葛藤を克服して健三郎を迎え入れたのはいいものの、やはり曲がった指を目にしたり、一緒のお風呂に入ったりするのは・・・。
他方、いくら健三郎が世間慣れしてないとしても、これから自分の息子の家で世話になるのだから、少しくらい愛想良くしてもよさそうなものだが、これがなかなかの頑固者。これでは先が思いやられる。そう思っていると、案の定。受入れ数日後、おじいちゃんがプチ家出・・・?
もっとも、健三郎が大翔の大好きな幻のバンド「COOL JAZZ QUINTETTE」のトランペッターだったことを知った大翔はがぜん健三郎のファンになっていたから、元来の性格の良さも相まってすぐに車で健三郎を捜しに行くことに。そして、警察に保護されていた健三郎と再会できたところから、大翔と健三郎の奇妙なロードムービーが始まることに。
しかし、この頑固ジジイ、大翔に運転させて一体どこへ行こうとしているの?
<健三郎が向かう先は?>
ハンセン病がいつ、どんな状態で発症するのか私は全然知らないが、本作の回想シーンで描かれるストーリーはかなり残酷だ。本作のクライマックスは、神戸のジャズクラブ「SONE」で開催される「COOL JAZZ QUINTETTE」のライブ。そのライブはトランペットの健三郎の他、ウッドベースのタツ(犬塚弘)、トロンボーンのユキオ(藤村俊二)、ドラムのマサル(佐川満男)で構成されたが、ホントはこのシーンは50年前の、彼らもピアノのユリッペも若かった時に実現できるはずのものだった。
クラブ「SONE」での出演が決まって喜ぶ若き日の健三郎(青柳翔)や恋人のユリッペこと野田百合子(MINJI)だったが、そこで突然明らかにされたのが、健三郎のハンセン病罹患という苛酷な現実。これによって健三郎は療養所に送られることになったうえ、ユリッペはハンセン病患者の子を産んだという理由で子供からも家族からも引き離されるという苛酷な運命を受入れざるをえなくなったわけだ。
療養所から息子・良雄の家に引き取られた健三郎が、残り少ない命の中、何が何でもやらなければならなかったこと。それはユリッペの墓参りであり、あの時の仲間たち1人1人との再会だった。
<MINJIがいい味を>
本作はジャズとトランペット、そして祖父と孫の心の交流を通して、さりげなくハンセン病の問題点を指摘する映画。したがって、大翔の恋愛問題までストーリーを膨らませると散漫になってしまう。きっと、塩屋監督はそう考えたのだろう。そのため、健三郎が担当看護師のハヨン(MINJI)だけにやさしい(?)のは、ハヨンがユリッペにそっくりだから、という限度にとどめ、大翔とハヨンが恋愛関係に入っていくというストーリー展開をあえて避けている。
そんなハヨンを演ずるのは、ソウル出身の韓国人女優MINJI。なぜ、塩屋監督はあえて韓国人女優を起用したの?『252 生存者あり』(08年)では韓国人女性役で立派にヒロインをつとめたMINJIだが、さて本作では?根が単純で、何でもイケイケドンドンのお坊っちゃん気質の大翔には、貴島家がハンセン病の家系だと知って別れを告げたかつての恋人よりも、看護師の鑑のようなハヨンの方が嫁さんとして最適だと私はにらんだが・・・。
すべての出番において控えめながらも、MINJIがハヨン役でいい味を出しているので、それにも注目!
<映画は何とも便利な芸術!>
本作のクライマックスとなるラストの「SONE」でのライブシーンには、私もエキストラの一人として「出演」し、白髪頭が少し映っているので、もしそれがわかる人がいたらご一報を・・・。それはともかく、ほぼ丸一日その撮影風景を見学したうえで完成版を観た私は、つくづく映画は便利な芸術だと痛感!だって、映画では回想シーンを当たり前のように使えるから、現実と過去をゴチャまぜにしながらストーリーを組み立てることが可能なのだから。ユリッペの姿は、今「SONE」の舞台には見えないが、若かりし頃の「COOL JAZZ QUINTETTE」のピアノはユリッペ。したがって、50年ぶりに「SONE」でのライブを実現した健三郎たちの目には、きっとピアノを弾くユリッペの姿が映っているはずだ。そして、そんな思いでスクリーンを見つめていると・・・。
「SONE」のオーナー役としての渡辺貞夫の登場にもビックリ。渡辺貞夫や犬塚弘は「さすがプロ!」という「演奏」を見せるが、本来トランペットにはド素人である財津一郎や藤村俊二、佐川満男の演奏「演技」も大したもの。このクライマックスシーンにおけるライブ演奏は、ハンセン病の問題点など何も知らない人でも十分楽しめるはずだ。そして、トランペットは祖父の健三郎から孫の大翔へ。それを拍手で見守るのは、良雄と律子そしてハヨンたちだ。
そんなのありえねー!もちろんそうだが、ありえねーことをスクリーン上で表現できる便利な芸術が映画。そんな映画の特性を最大限活用した、50年の時空を超えたライブを堪能したい。
2010(平成22)年5月17日記