彼女が消えた浜辺(イラン映画・2009年) |
<テアトル梅田>
2010年9月20日鑑賞
2010年9月22日記
この邦題はグッド!リゾート地で楽しく過ごすはずだったバカンスも、突然「彼女が消えた」ことによって一変。エリはどこへ消えたの?ひょっとして海の中?ストーリーの本筋をきっちりと押さえ、次々と提供される情報をしっかり整理しながら、『キサラギ』(07年)と同じように怒濤の推理を楽しみたい。それにしても、イラン映画にこんな秀作があったとは・・・。
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監督・脚本・プロデューサー:アスガー・ファルハディ
セピデー(アミールの妻)/ゴルシフテェ・ファラハニー
エリ(保育園の先生)/タラネ・アリシュスティ
アーマド(ナジーの兄)/シャハブ・ホセイニ
ショーレ(セピデーの友人)/メリッラ・ザレイ
ペイマン(ショーレの夫)/
アミール(セピデーの夫)/
ナジー(アーマドの妹)/
マヌチュール(ナジーの夫)/
アリレザ(エリの婚約者)/
2009年・イラン映画・116分
配給/ロングライド
<別荘地に向かう計11名の男女たちは?>
映画冒頭、アミールとセピデー(ゴルシフテェ・ファラハニー)夫妻、マヌチュールとナジー夫妻、そしてペイマンとショーレ(メリッラ・ザレイ)夫妻という3組の家族とドバイから一時帰国のアーマド(シャハブ・ホセイニ)、1人の女性・エリ(タラネ・アリシュスティ)が3台の車で別荘地にやって来る風景が描かれる。しかし、この段階ではその人物相関図は私にはサッパリわからない。ただわかるのは、日本人には馴染みの薄い国イランにおいても、ロースクール仲間とその家族という中産階級(?)においては、夏の週末を避暑地で過ごす習慣があるらしいということだけだ。
それにしても、ナジーの兄・アーマド、アミールとセピデーの子供・モルワリド、ペイマンとショーレの子供・アラーシュとアニタを含む大人7名、子供3名の3家族にエリを加えた計11名の車での移動は騒々しい。解放的なのはいいが、あまり暴走しなければいいが・・・。そう思っていると・・・。
<イラン発、極上の密室型推理劇を堪能しよう!>
『キサラギ』(07年)は日本発、極上の密室型推理劇だった(『シネマルーム13』61頁参照)が、本作は日本では珍しいイラン発、極上の密室型推理劇!もっとも「密室」とは言っても、本作のそれは『キサラギ』のような文字どおりの密室ではなく別荘地。ここはイランの首都テヘランの北にある、カスピ海の海辺の別荘地らしい。
別荘地に着いた直後、コテージがきちんと予約されていなかったというトラブルがあったらしいが、それでも海辺にある朽ちかけた別荘を借りることができたのはラッキー。瀬戸内海の穏やかな波に慣れた愛媛県生まれの私には、カスピ海の波は太平洋の波と同じように結構高く荒々しく感じられる。その波の高い海で起きたのが、子供のアラーシュが溺れかけるという大事件。男たちの働きによって何とかアラーシュを助けることができたのは幸いだったが、あれっ、ここでエリがいないことに気がついたから大変。ひょっとして、エリはアラーシュを助けるために入った海の中で溺れてしまったの?それとも、一行と別れて1人で帰ってしまったの?エリがいなくなった後、そこから子供も含めた3つの家族の男女10人による推理が始まるわけだが、その舞台になるのがほぼ密室状態のこの別荘と目の前の海。
波の音は普通は聞いていて心地良いものだが、ずっと同じ位置でイライラしながらエリのことばかりを考えさせられていると、波の音を聞くのもイヤになってくるかも?さあ、そんな密室状態での怒濤の推理とは?
<なぜセピデーは、強引にエリを引き止めるの?>
馴染みの薄い顔と名前の男女8名がこれから3日間の週末を過ごす朽ちかけた別荘を片づけ、夕食の支度をしていく過程の中で、日本人の私にも少しずつその人間関係が見えてくる。それによると、3家族のバカンス旅行は前から決まっていたらしいが、エリの参加はセピデーの提案によってなされたものであるうえ、それはアーマドにエリを紹介して、あわよくば婚約・結婚へのゴールインを狙っているらしい。
日本人の顔はのっぺらぼうだが、イラン人の顔は彫りが深いから、どの男女も美しく見える。とりわけ、3家族の全員から注目されるエリの美しさは際立っているから、はじめてエリを見たアーマドも結構気に入っているようだ。それにしても、イラン人はみんな陽気。男たちはすぐに歌い始め、踊り始めるし、女たちもすぐに拍手を添えて一緒にその輪の中に。
そんな雰囲気の中でアーマドは次第にエリに惹かれていったようだが、エリは1泊だけの予定なので帰らなければならないとセピデーにアピール。ナジーやショーレは「エリの都合もあるのだから」というスタンスだが、なぜかセピデーだけは強引にエリのさらなる滞在を勧めている。その強引さにはエリもかなり困っている様子だが、単なる保育園の先生と親の関係にすぎないエリに対して、セピデーはなぜここまで・・・?
<エリはどこへ消えたの?>
いくら砂浜でもあれだけ波が荒ければ、ちょっと海の中に入ると子供が波にさらわれても不思議ではない。したがって、さかんに海の中に入って遊びたがる3人の子供の見張りが大変だが、ナジーがエリに見張りを頼んだのが大まちがい?
本作前半のハイライトは、エリが凧上げに夢中になるシーン。いくら解放的になったとはいえ、イランでは女性は年がら年中ベールをかぶっていなければならないことに端的に表れるように、女性は抑圧された存在。したがって、この凧上げシーンではすべてから解放されて凧上げに熱中するエリの姿が見モノだが、あることに熱中すると、ついあることを忘れしまうもの。エリが凧上げに夢中になっている間に、アラーシュが海の中で溺れかけたらしい。アニタとモルワリドからの急報を聞いた男たちが次々と海の中に飛び込み、何とかアラーシュを救助できたまではよかったが、その後エリがいないことに気づいたから大変。
ひょっとして、エリはアラーシュを救助するため海の中に入り、溺れて死んでしまったの?それとも、自分の都合を聞いてくれない3組の家族たちに黙って1人で帰ってしまったの?「彼女が消えた浜辺」に残った3家族にとっては、「エリの死亡」という恐ろしい結果よりも、「1泊だけで帰らなければ」と言っていたエリが誰にも告げずに帰っていてくれた方がありがたいのは当然。幸いなことに(?)、エリが持ってきていたボストンバッグもなくなっていたから、きっとエリは1人で帰ったのだろう。しかし、もしそうなら、エリは何と非常識な女・・・。誰もがそう思っていると・・・?
<エリって誰?なぜ彼女はここに?>
エリが海で溺れた可能性が高い以上、まず知らせなければならないのは警察。それは当然だが、警察官から、エリのフルネームは?住所は?身内は?と質問されて戸惑ったのは、「彼女が消えた浜辺」に残った大人たち。唯一エリを知っているセピデーも例外ではなかったらしい。なぜなら、セピデーがエリについて知っているのは、エリという名前と、エリが自分の子供・モルワリドの保育園の先生だということだけだったらしい(?)からだ。これには、セピデー以外のすべての男女はあきれ顔。
そもそも、3家族だけのバカンス旅行にエリを誘ったのはセピデー。セピデーはアーマドにエリを紹介していい関係になるように仕向けたかったらしいが、エリの失踪という大変な事態になった今、セピデーがエリのボストンバッグを隠していたことが明らかになったから大変。これは、エリが勝手に帰らないようにするためだったらしいが、セピデーはなぜそんなことまで?しかも、そのボストンバッグの中にはエリのケータイ電話まで。
昨日アーマドはエリのケータイにかかってきたのは兄だと聞いていたが、セピデーの話ではエリに兄はいないらしい。すると、エリはなぜアーマドにそんなウソを?こうなりゃそのケータイで「兄らしい男」に連絡をとるしか方法はないが、もし連絡がとれたとしてもこの事態を一体どう説明すればいいの?それとも、いっそのことエリの死体があがってくるまで待った方がいいの?それにしても、エリって誰?なぜ彼女はここに?
<キーウーマンはセピデー。なぜこんな展開に?>
結局エリのケータイに最後にかかってきた男に電話をするしか方法がないということに議論が落ち着いたのはきわめて妥当。しかし、「彼女が消えた浜辺」ではケータイが通じないため、アーマドとセピデーが車で出かけてかけることにしたが、アーマドはそこでセピデーから何とも意外な事実を告げられることに。それは、エリには兄はいないこと。そして、その電話の相手はアリレザという婚約者だろうということ。すると、セピデーはエリに婚約者がいることを知っていながら、エリをアーマドに紹介したの?そりゃ一体なぜ?それは、自由恋愛の国日本ならともかく、イランではとんでもないことだ。
エリが浜辺で消えてしまった後、スクリーン上からも完全に姿を消してしまうため、後半のキーウーマンはセピデーになる。自分が1番悪い、すべての責任は自分にあると言いながら、セピデーの説明にはまだまだ怪しげな部分が多い。弁護士の私としては、これだけ事態がこじれてくれば、エリの婚約者のアリレザが別荘にやって来るとしても、すべてを正直に打ち明けて説明した方がいいというナジーやショーレと同じ意見だ。しかし他方では、「アリレザの心を傷つけたくない」「そのためには、ここはこんな口裏合わせを・・・」というアーマドの意見もごもっとも。さあ、みんなはエリの婚約者だというアリレザにどう説明するの?ヘタなウソを並べていくとどこかでボロが出てしまうものだが、これだけあちこちで話の辻褄が合わなくなってくると、そのうち・・・。なぜこんな展開に?そしてエリはどこへ消えたの?
その点についてこれ以上書くわけにはいかないので、その怒濤の推理はあなた自身の目と直感で・・・。
2010(平成22)年9月22日記