愛する人(アメリカ、スペイン映画・2009年) |
<東映試写室>
2010年11月18日鑑賞
2010年11月24日記
生みの母親を知らない37歳の優秀な女性弁護士は今バリバリのキャリアウーマンに。14歳で娘を産んだ母親は51歳の今、孤独な生活を。そんな2人に接点は生まれるの?他方、子供を産めない身体であるため養子を迎えることを決断した黒人女性のバトルとは?女性の心情を描くスペシャリストというガルシア監督の脚本はすばらしい。男には想像もつかない女性たち、子を思うことをテーマとしたドラマの展開に圧倒されるはずだ。感動的なフィナーレにも納得。こりゃ女性のみならず、女性の心情を知りたいと願う男たちすべてが必見!
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監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア
エリザベス(娘、37歳、弁護士)/ナオミ・ワッツ
カレン(51歳、エリザベスの母親)/アネット・ベニング
ルーシー(黒人女性)/ケリー・ワシントン
ポール(弁護士・事務所のボス)/サミュエル・L・ジャクソン
パコ(カレンの結婚相手)/ジミー・スミッツ
トム(カレンの昔の恋人)/デヴィット・モース
ノラ(カレンの母)/アイリーン・ライアン
シスター・ジョアン/チェリー・ジョーンズ
ジョセフ(ルーシーの夫)/デヴィッド・ラムゼイ
ソフィア(カレンの家政婦)/エルピディア・カリーロ
クリスティ(ソフィアの娘)/シモーネ・ロペス
トレーシー(エリザベスの隣に住む夫婦/妻)/カーラ・ギャロ
スティーブン(エリザベスの隣に住む夫婦/夫)/マーク・ブルカス
アダ(ルーシーの母)/S・エパサ・マーカーソン
レイ(妊娠した黒人女性)/シャリーカ・エップス
メリッサ(パコの娘)/グロリア・ガラユア
ヴァイオレット(目の見えない少女)/ブリット・ロバートソン
2009年・アメリカ、スペイン映画・126分
配給/ファントム・フィルム
<ロドリゴ・ガルシア監督は、なぜこんなに女心に精通?>
プレスシートによると、作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの息子であるロドリゴ・ガルシアは女性の心情を描くスペシャリストとして世界に名を馳せているらしい。私の採点では、ガルシア監督の『美しい人』(05年)(『シネマルーム11』307頁参照)も、『パッセンジャーズ』(08年)も星3つだったが、『美しい人』における9人の女優たちの切り取り方を見ると、そんな評価もうなずける。
そして、本作。本作は、14歳の時の初恋で妊娠し、出産しながら育てることができないため、生まれたばかりの娘を養子に出さざるをえなかった母親とその娘の物語が基本軸。今37歳になった娘エリザベス(ナオミ・ワッツ)は、母親の愛情は知らないけれども自立した超有能な女性弁護士としてその前途は洋々。他方、今51歳になった母親カレン(アネット・ベニング)は一緒に住む母親ノラ(アイリーン・ライアン)の介護をしながら孤独な日々を送っていた。そんな2人の接点は永久に訪れないかに思えたが、ガルシア監督の脚本にかかると・・・?
さらにガルシア監督・脚本の本作では、愛する夫ジョセフ(デヴィット・ラムゼイ)との間で幸せな結婚生活を送りながら子供を産めない身体であることに悩み、結局養子を迎えることを決断する黒人女性ルーシー(ケリー・ワシントン)を登場させることによって、「子を思う女性」というテーマをより深く掘り下げていく。1959年生まれの男性であるガルシアが、なぜこんなに女心に精通しているの?女性への興味はたっぷり持ちながらも、女心の機微に疎い私には、そんなガルシア監督はまるで異星人?
<37歳の女性弁護士の生態とは?>
本作で37歳の超優秀な女性弁護士エリザベスを演じるナオミ・ワッツは『21グラム』(03年)、『イースタン・プロミス』(07年)、『ザ・バンク-堕ちた巨像-』(09年)などで有名だが、彼女は本作前半ではトコトン女の魅力を振りまき、後半ではトコトン母性を感じさせる強い女を等身大(?)に演じている。アメリカの大規模なローファームを舞台とした映画はたくさんあるが、エリザベスが今回転職してきたのはポール(サミュエル・L・ジャクソン)をボスとする中堅の法律事務所。エリザベスが求めるキャリアアップの野望とポールの考えているそれとはかなり違っているようだが、エリザベスの有能さを一目で見抜いたポールと、そのように評価されていると察知したエリザベスの利害は見事に一致。エリザベスはポールの事務所に個室を与えられ、華々しくデビューすることに。
ポールがエリザベスと面接するシーンも面白いが、ガルシア脚本によるその後の展開は予想以上にすごい。今日の「新人弁護士歓迎会」には、なぜかポールとエリザベスの2人だけ。そんな名目による2人だけの食事会のセットはボスであるポールの仕掛けだが、その後エリザベスの部屋の中で展開される、めくるめくポールの誘惑シーンはすべてエリザベスの仕掛け。なるほど、アメリカではこれが37歳の超優秀な女性弁護士の生態?
さらに驚くのは、エリザベスの隣に住む若夫婦トレーシー(カーラ・ギャロ)とスティーブン(マーク・ブルカス)に絡むエリザベスのエピソード(挑発?)だが、一人暮らしの37歳の女性弁護士がホントにここまでやるの?ガルシア脚本によるこの描き方には、当然賛否両論があるはずだ。
<51歳の女だって、アメリカでは・・・>
プレスシートのキャスト・プロフィールには、ナオミ・ワッツの写真が最初に載っているが、本作の実質的な主人公はむしろ母親のカレン。母親を介護しながら 静かに余世を送っている感のある(?)カレンだが、本人の意識はともかく、世の男たちの目に彼女はまだまだ魅力的?最初にそのことに気づいたのは、介護の職場で色目を向けてきた男パコ(ジミー・スミッツ)だが、ガルシア監督が描く中年同士のいかにも無器用な恋模様の展開は見ていて微笑ましい。もっとも、ここでも脱線気味のサービス(?)がある。それは、かつての恋人だった男トム(デヴィット・モース)との偶然の再会。いくら映画でも、そんな設定はやりすぎでは?そう思いながら観ていると、たちまち2人はベッドイン・・・。なるほど、さすがアメリカでは51歳の女だって・・・。
もっとも、本作の本来の筋はそんなカレンの男性模様を描くことではなく、いろいろな男性模様の中でもずっと頭の中から離れることのなかった、「娘探し」に踏み出すかどうかに迷い、決断すること。今はカレンの夫となっているパコはあまり発言しないが、パコの娘であるメリッサ(グロリア・ガラユア)は積極的に娘探しへの行動を勧めたが、それを聞いて、さてカレンは?
<実子がダメなら養子でも・・・>
どうしても子供を産みたいという執念を見せている女性の代表が野田聖子衆議院議員なら、「実子を産むことができないなら養子でも」という執念を見せているのが本作における黒人女性のルーシー。そこで興味深いのは、本作にみるアメリカの養子獲得事情だ。養子斡旋の「窓口」になるのはシスター・ジョアン(チェリー・ジョーンズ)だが、さてその権限は?そのシステムは?そこらあたりは、本作を鑑賞しながらしっかり勉強したい。
エリザベス自身が生まれた直後に養子に出されたわけだが、養子縁組にはさまざまなケースがある。学生の就職難の現在、企業は圧倒的な買い手市場だが、本作を観ていると、養子についても売り手市場と買い手市場があることがよくわかる。圧倒的な売り手市場の中でさまざまな注文をつけているのが、妊娠中の黒人女性レイ(シャリーカ・エップス)。大きなお腹をかかえて養親希望者と面接する姿は、まるで独裁者?
あまりに物事をはっきり答えすぎるルーシーの対応はレイを傷つけたようだったから、面接は大失敗。そう考えたルーシーは大いに落ち込んでいたが、意外にも・・・。このルーシーの養子獲得合戦をめぐるレイとの物語も、ガルシア監督脚本にかかると一筋縄ではいかず二転三転し、意外な結末を迎えるので、その展開にしっかり注目したい。
<あんなに優秀でも、こんな失敗を?そして、やっぱり女?>
ポールとの面接で、エリザベスは独身であり今後も結婚する気はないとはっきり宣言していた。しかし、それなら男関係はなしかというとそうではなく、逆に自由奔放な性生活を楽しんできたと思えるフシがいっぱい?それができたのは、子宮何とかという避妊手術を受けていたためだが、「弘法も筆の誤り」のことわざどおり、あんなに優秀でしっかりした女弁護士でも、こんな失敗があるらしい。それは、ポールとの最初の性行為とその後のあいびき(?)が続く中、あっと驚く妊娠を告げられたこと。たまたまエリザベスの大学時代を知っている女性ドクターは、当然のようにエリザベスに対して「すぐに堕ろす手配をします」と述べたが、それに対するエリザベスの反応は?
ここからのエリザベスの決断は私には何とも意外だったが、その当否はともかく、その決断力はさすがだ。それにしても野党からの辞任要求攻勢の前に、公明党の賛成を受けて補正予算を通す保証があるのかどうかもわからないまま、とりあえず柳田稔法務大臣を辞任させた菅直人首相の決断力のなさに比べると、エリザベスの潔い決断ぶりには頭が下がる。あなたの子供を妊娠したから責任をとってくれ!と迫ることによって事件になるケースをたくさん見てきた弁護士の私にとって、エリザベスの決断は実に立派だ。そして何よりも、法律事務所のボスであるポールにとって、結果的にエリザベスの決断と事務所の退所はベストの選択?いやいや、そんなセコイ利害得失的視点から本作を観てはダメ。
ここでも本筋は、はじめて妊娠し自分の子をもつという事態になって、やっとエリザベスが14歳の母親が自分を産んだ時の気持に思いを馳せていくことだ。37歳の今まで自分を産んだ母親とは何の関係もないと割り切っていたのに、エリザベスは今なぜその母親を求めるの?会いたいの?そんな思いを綴った1通の手紙がシスター・ジョアンに託されたが・・・。いくら優秀な女弁護士でも妊娠したらやっぱり女?その意味はいろいろあるが、本作では純粋に感動的な意味で・・・。
<知ることはいいこと?それとも知らない方が・・・?>
本作はラストに向けて、すばらしい結末を見せていく。重要なネタばらしはしたくないのでストーリー展開は書かないが、そこでのポイントはシスター・ジョアンに託されたカレンからの手紙とエリザベスからの手紙。エリザベスの方は37年間生みの母親のことを頭の中から消していたが、カレンはそうはいかず、37年間ずっと誰かの養子になってしまった娘のことを思い続けていた。思うことは、娘が幸せに生きているのかどうかだが、その前提として生きているのか死んでいるのかという問題がある。そもそもそれを知るすべがなかったわけだが、シスター・ジョアンへ手紙を託しておけば、娘の方からそれに反応してくることがあるらしい。カレンはパコやその娘メリッサの勧めを受け、思い切ってそんな希望を手紙に託してみたのだが、その結果は・・・。
世の中は情報公開の流れが強いが、同時に個人情報の保護という価値観も強くなっているから、その落としどころが難しくなっている。そして、情報化が進んだ今、人は何でも知りたいと思ったことは検索すれば調べることができるようになっている。したがって、決して養親のことは明かさないというルールで養子縁組をしていても、金や権力を使っていろいろと手を回せば・・・。それはもちろん邪道だが、本作のような正道を歩んでも知ることができる可能性は大いにあるわけだ。しかし、知ることはいいこと?それとも知らない方が?それが大問題なのだ。そして本作の場合のそれは?
女性の心情を描くスペシャリストとして有名なガルシア監督の手腕に脱帽。本作の感動的な結末を、じっくりと噛みしめたい。
2010(平成22)年11月24日記