ペーパーバード 幸せは翼にのって(スペイン映画・2010年) |
<テアトル梅田>
2011年9月14日鑑賞
2011年9月15日記
スペイン内戦を舞台とした大傑作は『誰が為に鐘は鳴る』(43年)だが、内戦終了後のスペインに生きた反体制派の芸人たちの生きザマは?日本にはなじみの薄い世界だが、父子の情(?)は万国共通。誠実な喜劇役者の生きザマに涙を誘われるはずだ。また、音楽が大いなる力を持つことは『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)で実証ずみ。さて、本作における『フランコとは暮らせない』が持つ歌の力とは・・・?
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監督・脚本:エミリオ・アラゴン
ホルヘ・デル・ピノ(喜劇役者)/イマノル・アリアス
エンリケ・コルゴ(腹話術師)/ルイス・オマール
ミゲル・プエルタス・マルドナド(孤児)/ロジェール・プリンセプ
ロシオ・モリネール(女性歌手)/カルメン・マチ
メルセデス(16歳の女性ダンサー)/アナ・クエスタ
パストール(軍の内偵者)/オリオール・ビラ
ペドロ・オステンセ(大道具)/ハビ・コール
モンテロ大尉/フェルディナンド・カヨ
ミゲル(老年)/エミリオ・アラゴン・ベルムデス“ミリキ”
2010年・スペイン映画・123分
配給/アルシネテラン
<「スペイン内戦」や「フランコ政権」を知ってる?>
「キスをするとき鼻はどうするの?邪魔にならないの?」というセリフで有名な、アーネスト・ヘミングウェイの小説が『誰がために鐘は鳴る』。そして、ゲイリー・クーパーとイングリッド・バーグマンが共演した同名の映画が、1943年に製作され1952年に日本で公開された名作『誰が為に鐘は鳴る』。私はこれを中学生の時に、故郷の松山にある3本立て55円で古い映画を上映する映画館(少し昔の言葉でいえば名画館)に1人で行って鑑賞し、大感動したことを今でもよく覚えている。ゲイリー・クーパーのカッコ良さはもちろんだが、若き日のイングリッド・バーグマンを見て、「世の中にはこんな美しい女性がいるのか!」と思春期特有のときめきを覚えたものだ。
『誰が為に鐘は鳴る』は1936年から1939年まで続いたスペイン内戦時代を舞台とし、フランコ将軍率いる「右派」=ファシスト軍と戦う「左派」を応援するため、アメリカから「義勇軍」としてスペインにやってきたアメリカ人青年ロバートが、左派のゲリラ部隊に合流してファシスト軍の進撃路となる鉄橋を爆破するという困難な任務に従事するというのがメインストーリーだが、その中で生まれたイングリッド・バーグマン扮する髪の毛を短く切られてしまった美しい娘マリアとの情熱的な愛が、この映画を永遠のものにしたわけだ。マリアたちは無事脱出させたものの自らは足に銃弾を受けたためもはや逃げられないと悟ったロバートが、少しでも敵の追撃を防ぐため意識が朦朧とする中で語るセリフとは?そして、その後高らかに鳴り響く鐘の音と共に流れるエンドロールとは?こりゃ、最高。とりわけ、私がこれを観たのは思春期だったから、このシーンは死ぬまで忘れないだろう。以上が、私が「スペイン内戦」や「フランコ政権」を知っている理由だが、なぜ本作の評論の最初にそんな長ったらしい前書きを・・・?
本作の原題は『紙の鳥たち』という意味だし、邦題も『ペーパーバード 幸せは翼にのって』とえらく軽そう(?)だが、その内容は重い。ちなみに、日本の千羽鶴と同じようなペーパーバード(紙の鳥)は映画の中に数回登場するが、さてその意味することは?
<内戦に勝利したのは?反体制派の人たちは?>
2011年2月に始まったリビアの内戦は、フランスとイギリスを中心とする西欧諸国の支援のおかげで「反体制派」が勝利し、カダフィ大佐を首都トリポリから追っ払ったが、1936年から39年まで続いたスペイン内戦に勝利したのは、ドイツのナチス党、イタリアのファシスト党の支援を受けたフランコ将軍率いる右派だった。1939年9月1日のナチス・ドイツによるポーランド侵攻によって、ヨーロッパを舞台とする第2次世界大戦の幕が切っておとされたが、スペインでは1939年3月の首都マドリードの陥落によって内戦は終了し以降フランコ軍事独裁体制下に入った。すると、今スペインで生活している、かつて左派として活動していた人たちやその新派たちは?
本作の主人公は喜劇役者のホルヘ・デル・ピノ(イマノル・アリアス)。そして映画冒頭に描かれるのは、内戦下のマドリードで苦しみながらも妻マリア、息子ラファと共に必死に暮らしているホルヘの姿だ。彼は今日も長年の相方である腹話術師のエンリケ・コルゴ(ルイス・オマール)との舞台を終えて家に向かっていたが、そこで遭遇した爆撃に耐えて家に帰ってみると、愛する妻と子は・・・?それから1年後。この間ホルヘはどこで何をしていたの?それは全く語られないまま、今再び劇団に戻り、エンリケやベテラン歌手のロシオ・モリネール(カルメン・マチ)、16歳の女性ダンサーのメルセデス(アナ・クエスタ)らとの再会を果たしたが、フランコ政権は、反体制派の要注意人物だったホルヘを厳しくマークすることに。
1945年から戦後66年経った今に日本は、あまりに平和で豊かな国になっているからその有り難みがわからないかもしれないが、フランコ軍事政権下で暮らす反体制派の人たちは・・・?
<この子役に注目!やっぱり子役は得?>
本作のラストには、本編のストーリーから何十年も経て平和が戻ったスペインで、年老いた喜劇役者ミゲルが表彰式の舞台に立つシークエンスが描かれる。この老人があの少年ミゲル・プエルタス・マルドナド(ロジェール・プリンセプ)だとわかるには、少し時間がかかるかもしれない。パンフレットによれば、この年老いたミゲルに扮したのは本作のエミリオ・アラゴン監督の父親で、スペインの国民的サーカス芸人エミリオ・アラゴン・ベルムデス“ミリキ”とのこと。エミリオ・アラゴン監督のインタビューによれば、父親は1945年に内戦を逃れてキューバに移民したため監督はキューバで生まれたが、内戦下のスペインに踏みとどまって芸に対する情熱を失わなかった芸人たちへのオマージュが、父親の体験にもとづくエピソードも交えて本作で結実したらしい。
本作の主人公はホルヘとエンリケの2人だが、この2人にしきりに「芸を教えてくれ」とせがむ少年ミゲルの魅力と存在感も際立っている。幼い少年と少女の存在感が全編を通じて圧倒的だった名作が、ルネ・クレマン監督のフランス映画『禁じられた遊び』(52年)。その哀愁に満ちたギター曲は、世界中の誰もが知っているはずだ。本作のストーリー展開を見ていると、エンリケはミゲルに対してやさしく接しているが、ホルヘは意外と冷たい。そのうえ、芸を教えて本格的に舞台に立たせると子供に人気を奪われてしまうからダメだ、などとえらく偏狭な発言まで。こりゃ、一体なぜ?ここらあたりが普通の父子の泣かせるドラマとは異なるつくりとなっているが、ラストのクライマックスシーンでは、ついにパパという叫び声が・・・。本作で見せるホルヘとエンリケの演技は実に味があるが、子役は天真爛漫なだけでOK?そう考えると、『禁じられた遊び』をみても本作をみても、やはり子役は得?
<この曲に注目!>
高校時代に7回も映画館で観た私のベストワン映画がロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンドリュース主演の『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)。このラストは家族と共にオーストリアを離れアメリカに脱出するトラップファミリーを描いていたが、ナチス・ドイツの圧力にもかかわらず、可能な限りオーストリアに留まろうとしたのは、当然祖国への愛のため。強い祖国愛があるからこそ、『エーデルワイス』の歌が感動を呼んだし、強い家族愛があるからこそラストの『クライム エブリ マウンテン』の歌が共感を呼んだわけだ。
本作中盤はファシスト政権側のモンテロ大尉(フェルディナンド・カヨ)が何やかやと監視の目を強め、反体制派の集会への参加者をしょっ引いていくシーンなどが登場する。こんな暗い状況下ではオリジナルな喜劇を売り物にした舞台などきっとお呼びではないから、いっそのこと「フランコ万歳!」の喜劇に代えたら・・・?1931年9月18日の満州事変以降急速に、軍国主義体制を強めた日本では、演劇も映画も次第に軍国化の方向性を強めていったのは当然だろう。恐怖に怯えるエンリケはさかんにブエノスアイレスへの脱出を主張したが、ホルヘは頑なにこれを拒否。あくまでマドリードで頑張ろうとしたが、それは一体なぜ?そればかりか、ある舞台でホルヘはフランコ政権を猛烈に批判する『フランコとは暮らせない』の歌を歌ったからビックリ!こんなことをすれば、ますます監視と圧力が強まるはずだ。ちなみに、この歌は本作のラストで年老いたミゲルによって歌われるから、『サウンド・オブ・ミュージック』の『ドレミの歌』と同じように、本作の『フランコとは暮らせない』の歌に注目!
<なるほどこんな陰謀も?誰が敵で誰が味方?>
本作はフランコ軍事政権下での芸人たちの生きザマやホルヘとミゲルの父子愛(?)を心温か描いているが、時代が時代なだけに物騒なストーリーも登場する。ブラッド・ピットが主演したクエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09年)のハイライトは、大劇場に招いたヒットラー総統を缶詰状態にして焼き払おうという大陰謀の決行だった(『シネマルーム23』17頁参照)が、さてその結果は?
ヒットラーが大の演劇好きならフランコは大の大衆演劇好き?かどうかは知らないが、本作後半にはホルヘたちの楽団がフランコの前で公演を行うことが決定。これに向けてある陰謀が企てられ、楽団員たちのさまざまな思惑と駆け引きが錯綜していくから、そのスリルとサスペンスに注目したい。『イングロリアス・バスターズ』ではドイツ人の美人女優ダイアン・クルーガーが二重スパイだったことにあっと驚かされたが、さて本作ではフランコ総統暗殺の陰謀をめぐって、どんなあっと驚く真相が?もっとも、ホルヘはフランコ政権には反対だったが政治的な活動は封印し、あくまで芸人として生きる途を選んでいたから、この陰謀には何の関わりもなかったはず。したがって、事態が急展開する中、ホルへはエンリケとミゲルそしてメルセデスを伴って劇場を脱出したが、その後後方で響いた銃弾の音は?さあ、誰が敵で誰が味方?そして、ホルヘたちの脱出は無事に?
2011(平成23)年9月15日記