ビースト・ストーカー/証人(香港映画・2008年) |
<角川映画試写室>
2012年3月22日鑑賞
2012年3月27日記
交通事故は恐い!それは当然だが、二重三重の交通事故に犯人追跡事件が絡み、さらにその後の少女誘拐事件にまで発展すると・・・。身体にも心にも大きな傷を負った男たちの追跡劇は、まさに英題の『The Beast Stalker』!他方、ポスト章子怡(チャン・ツィイー)の一番手たる張静初(チャン・ジンチュー)が検察官として臨む法廷では、わが子の誘拐を乗り越えられるの?邦画ではまず見られない、迫力ある男臭い追跡劇を心ゆくまで堪能したい。
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監督・脚本:林超賢(ダンテ・ラム)
唐飛(トン)(刑事)/謝霆鋒(ニコラス・ツェー)
洪荊(ホン)(元ボクシング選手)/張家輝(ニック・チョン)
高敏(アン・コウ)(女性検事)/張静初 (チャン・ジンチュー)
新爺(ベテラン刑事)/廖啟智(リウ・カイチー)
ホンの妻/苗圃(ミャオ・プー)
張日東(凶悪犯)/姜皓文(フィリップ・キョン)
2008年・香港映画・109分
配給/ブロードメディア・スタジオ
<人生の転機は、この交通事故!>
塩屋俊監督の『0(ゼロ)からの風』(07年)は、飲酒・暴走運転の車によって愛する息子を失った母親が業務上過失致死被告事件の被告人はせいぜい懲役数年程度の刑とされることに異議を唱え、全国的な署名運動等の結果、「危険運転致死傷罪」の創設を実現させた姿を描いた問題提起作だった(『シネマルーム15』214頁参照)。これを観ても、あるいは弁護士として37年間交通事故事件を取り扱ってきた私の経験からも、1つの交通事故から人間の人生が大きく変わることがよくわかる。
しかして本作では、主人公である刑事の唐飛(トン)(謝霆鋒/ニコラス・ツェー)が部下であるベテラン刑事の新爺(廖啟智/リウ・カイチー)と共に、車で逃走する凶悪犯の張日東(姜皓文/フィリップ・キョン)とのカーチェイスをくり広げる中で起きた交通事故によって、それぞれの人生が一変することに。
<交通事故の影響は、この男にも、この女にも!>
事態がより複雑になったのは、第1に並走するこの2台の車の横っ腹に真正面から衝突してきたのが、急に陣痛を訴え始めた妻(苗圃/ミャオ・プー)を助手席に乗せた元ボクシング選手の洪荊(ホン)(張家輝/ニック・チョン)の車であったこと。第2に激しく回転してやっと停まった張日東がメチャクチャに壊れた自分の車を捨て傍に停まっていた車を奪ったところ、その運転席にいた女性高敏(アン・コウ)(張静初/チャン・ジンチュー)は車外に放り出したものの、女の子が1人車の中に乗っていたこと。しかして、更なるトンの追走とトンの発砲によって、やっと張日東の身柄は確保できたものの、トンと新爺は大ケガを負ったうえ、何と張日東の車のトランクからは、トンの銃弾によって死亡した女の子の死体が・・・。
ここまでの事態になれば、最初の交通事故とその後の逮捕劇によって関係者たちの人生が大きく変わったのは当然。もっとも、本作では最初からその手の内を全部見せないところが林超賢(ダンテ・ラム)監督のにくい演出。したがって、多くの日本人観客は映画冒頭に見る交通事故と逮捕劇の迫力に思わず生ツバを飲み込んだまま、その後の少し静かな展開を見守ることに・・・。
<2人の男臭さに注目!>
日本人はよく知らないだろうがトンを演ずるニコラス・ツェーは香港のアイドル歌手として有名となり、映画でも大人気。私が彼を知ったのは陳凱歌(チェン・カイコー)監督の大作『PROMISE(無極)』(05年)だったが、ここでのニコラス・ツェーは「腕は立つし、策略をめぐらす頭脳もすばらしいものだが、何となくナヨナヨしていてちょっとオカマ風・・・?」だった(『シネマルーム17』102頁参照)。しかし、本作にみるニコラス・ツェーはワイルドな感じで、交通事故後は端整な顔にわざわざ傷をつけて、獄中にいる張日東が起こした次の策動にも果敢に挑戦!
他方、映画中盤から俄然存在感を増すのが、あの交通事故によって目に傷を負い近い将来視力を失うだろうと言われながら、寝たきり状態となっている妻のために次々とヤバイ仕事に手を出していくホンを演ずるニック・チョン。カネ欲しさのためにホンが受けた仕事は「女の子を誘拐せよ!」ということだが、ホントにカネのためならそんなことまでするの?本作でニック・チョンは第15回香港電影評論学会大賞の最優秀男優賞を受賞したが、この受賞はホンの男臭さがポイントになったはず。さらに、『ビースト・ストーカー』というタイトルからわかるとおり、追う者も追われる者も双方傷つきながら獣のように追跡を続ける男臭さが本作の見どころだ。本作では、そんな2人の男臭さに注目!
<すると、張静初は・・・?>
ホンが誘拐の指令を受けたのは、あの交通事故後トンがいつも傍から眺めている女の子。この女の子はあの交通事故において、トランクに入れられた女の子をトンによって射殺された母親アンのもう1人の子供だが、アンの仕事は現役の検察官。つまり、張日東は裏の組織を通じてアンのもう1人の娘を誘拐し張日東有罪の決め手となる重要な物証をアンに廃棄しろと迫ったわけだ。
アンを演ずるチャン・ジンチューは『SEVEN SWORDS セブンソード(七剣)』(05年)(『シネマルーム17』114頁参照)で私が注目した中国人女優で、『孔雀 我が家の風景(孔雀/PEACOCK)』(05年)(『シネマルーム17』176頁参照)の演技で見事第55回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞を受賞した中国人女優。本作では「ポスト章子怡(チャン・ツィイー)」と言われている張静初の魅力がイマイチ発揮されていないのが少し残念だ。もっとも、すでに政治・経済的に中国(本土)が香港を呑み込んでしまっている状況下において、たまには中国(大陸)の女優として香港の男優2人の引き立て役になるのもいいのでは・・・。
<ラストに向けて、迫力ある追跡、追跡、また追跡!>
来たる3月30日には大阪地検特捜部の前田恒彦元検事(実刑確定)による証拠品改ざんを隠蔽したとして犯人隠避罪に問われた元部長・大坪弘道、元副部長・佐賀元明両被告の判決が、大阪地裁(岩倉広修裁判長)で言い渡される。その結果が日本の検察のあり方に大きな影響を与えることは明らかだが、張日東の刑事事件の審理について、もしアンが誘拐された子供の命を救うため重要な物証を自らの手で廃棄してしまえば・・・。
アンの娘が死亡したことについて、本来トンには何の法的責任もないのだが、事実としてトンの放った拳銃の弾丸によって娘が死亡したことは明らかだから、トンが責任を感じると共に、アンがトンを許せなかったのは仕方がない。「あの事件」後、トンは捜査の責任者を降ろされていたがなお張日東を有罪にすることに執念を燃やしていた。そこでトンは新たな少女誘拐事件が発生すると新たな誘拐事件で職場を代えられた新爺と共に、誘拐犯の追跡に執念を。その結果、まさに獣のようなトンとホンの追跡劇が後半からクライマックスにかけてこれでもか、これでもかと続いていく。
ちなみに本作の原題は『証人』で、英題が『The Beast Stalker』。邦題はこの両者を並べただけだから何とも能がないが、本作については原題よりも英題の方が実態にフィットしているのでは?香港の法廷はイギリス式だから今カツラをつけて法廷に立っているアンは、検察官としてしっかり張日東の有罪の論告と求刑ができるの?そこらあたりの緊張感をしっかり持ったうえ、「劇終」と思った途端に解き明かされるあの交通事故の真相を再度しっかり確認したい。
2012(平成24)年3月27日記