スーパー・チューズデー 正義を売った日(アメリカ映画・2011年) |
<大阪ステーションシティシネマ>
2012年4月1日鑑賞
2012年4月5日記
日本の「何も決められない民主主義」も大問題だが、「数さえ勝てば」で貫かれ権謀術策が渦巻くアメリカの大統領選挙も大問題!それを前提としても、なお「民主主義はいいものだ」と感じることができれば大したものだが、「下半身ネタ」でストーリー展開をわかりやすくしたことの功罪は・・・?若き選挙広報官の栄光と挫折、そして奇跡の逆襲を通して見る人間ドラマをタップリと楽しみたい。なお、本作を観て「選挙なんて嫌になった」などと言わず、来たるべき衆議院議員総選挙では必ず投票を!
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監督・共同脚本・製作:ジョージ・クルーニー
スティーヴン・マイヤーズ(モリスの選挙広報官)/ライアン・ゴズリング
マイク・モリス(ペンシルヴェニア州知事、民主党大統領候補)/ジョージ・クルーニー
ポール・ザラ(モリスの選挙参謀)/フィリップ・シーモア・ホフマン
トム・ダフィ(プルマン上院議員の選挙参謀)/ポール・ジアマッティ
モリー・スターンズ(モリスの選挙スタッフのインターンの女性)
/エヴァン・レイチェル・ウッド
ベン・ハーペン(モリスの選挙スタッフ)/マックス・ミンゲラ
トンプソン(上院議員)/ジェフリー・ライト
アイダ・ホロウィッチ(新聞記者)/マリサ・トメイ
2011年・アメリカ映画・101分
配給/松竹
<ジョージ・クルーニーの多才ぶりに感服!>
本作はジョージ・クルーニーが監督・共同脚本・製作・出演した映画だが、彼は既に①『コンフェッション』(02年)で監督・製作・出演を、②『グッドナイト&グッドラック』(05年)で監督・脚本・出演を、③『かけひきは、恋のはじまり』(08年)で監督・出演をしている。『コンフェッション』(『シネマルーム3』199頁参照)と、『かけひきは、恋のはじまり』(『シネマルーム21』106頁参照)はまずまずの出来で私の採点では星3つだったが、『グッドナイト&グッドラック』(『シネマルーム11』175頁参照)はすばらしい出来で星5つだった。
主演男優賞にノミネートされた他、第84回アカデミー賞の作品賞、監督賞等5部門にノミネートされたアレクサンダー・ペイン監督の『ファミリー・ツリー』(11年)でも、ジョージ・クルーニーはすばらしい存在感を示していたが、残念ながら『ファミリー・ツリー』の受賞は脚色賞だけに終わった。ただ、脚色賞には『ファミリー・ツリー』の他、彼が共同脚本した本作もノミネートされていたから、本作ではなく『ファミリー・ツリー』が受賞したのは少し皮肉・・・?
<原題は?その深い意味は?邦題との対比は?>
本作の邦題となっている『スーパー・チューズデー 』は、4年に1度行われるアメリカの大統領選挙におけるキーワードの1つとして日本でも浸透しているから、本作がアメリカの大統領選挙をテーマにした映画であることはすぐわかる。他方、本作の原題は『The Ides of March』だが、これってどういう意味?Idesとは古代ローマ歴で月の中日を意味する言葉らしいから、原題は「3月15日」となるが、これってどういう意味?アメリカでは9・11、日本では3・11が有名だが、さて3・15とは?
シーザーが暗殺された時、シーザーが「ブルータス、お前もか!」と叫んだのは有名な話だが、シーザーが暗殺されたのは紀元前44年(シーザーが死んだと暗記)の3月15日。それをイメージしながら、ジョージ・クルーニーは本作にそのようなタイトルをつけたわけだが、それってなぜ?それは本作のパンフレットに詳しく書かれているから、興味のある方はそれを勉強してもらいたい。アメリカ大統領選挙のスーパー・チューズデーをテーマにした本作は、シーザーが暗殺された紀元前44年3月15日と同じように、民主党の大統領候補であるペンシルヴェニア州知事マイク・モリス(ジョージ・クルーニー)や、本作の主人公となる若き選挙広報官スティーヴン・マイヤーズ(ライアン・ゴズリング)が「正義を売った日」を描く映画なのだ。本作の原題にそんな深い意味が含まれていることを知ると、それだけで本作に対して興味津々・・・。
<民主主義は難しい!やっぱり、首相は公選制に!>
アメリカの民主主義が日本と大きく異なるのは、アメリカは合衆国であるため州の権限が強いこと。したがって、大統領選挙も全国民による直接投票ではなく、州ごとの代議員による(間接)選挙とされている。そのうえ、「スーパー代議員」の制度や「丸取り」制度などがあるため、アメリカ大統領選出のプロセスはきわめてわかりにくい。現在の日本人の多くは戦後憲法によって与えられた民主主義が唯一絶対の制度のように錯覚しているが、実はそうではなく民主主義の形態はいろいろあるし、一国の代表者選びの形態もいろいろあることをしっかり認識する必要がある。そのように考えると、わが国の議院内閣制と二院制、国会議員による首相選びと総理総裁同一人物制というシステムは考え直すべき時期に来ているのでは?すると、やはり日本国の代表者(総理大臣)は国民の直接選挙で選ばなきゃ!
他方、アメリカの大統領選挙は民主主義の試金石であると同時に、お祭り騒ぎ、人気取りキャンペーンの面を持っていることは当然。選挙とは所詮そういうものだ。ナチス党のヒットラーが第1次世界大戦後の混乱の中でドイツの代表者に選ばれたのだって、民主主義的プロセスを経たことはまちがいない歴史上の事実なのだ。しかして、1年以上にわたる、資金的にも人数的にも巨大な規模のアメリカの大統領選挙において、さまざまな権謀術策がまかりとおるのは当たり前。中国流の権力闘争とは異質ながら、そのドロドロぶりや奥深さでは全く同質の、アメリカ流の権力闘争=選挙闘争のサマをじっくりと。
<この若き野心家はたしかに魅力的!しかし・・・>
本作の主人公はジョージ・クルーニー扮するモリスではなく、モリス陣営の若き選挙広報官スティーヴン・マイヤーズ 。私はライアン・ゴズリングという俳優は全然知らなかったが、そのカッコ良さにホレボレ。私も学生時代には自治会選挙に没頭したし、弁護士登録後もいろいろな選挙を応援してきたが、選挙はやってみればたしかに面白い。ましてや、モリスのようなタマとして極上の政治家を大統領に押し上げるための選挙なら、いくらでも力を発揮できるはずだ。原稿の下書き・チェックはもちろん、討論会での発言、身振りのアドバイスから、マイクのチェックまで広報官の仕事は山ほどあるが、目下の快進撃のまま来たるべきスーパー・チューズデー、すなわち3月15日のオハイオ州予備選挙に臨めば、勝利はわが手に!そして、モリスがホワイトハウスに入ることになれば、少なくとも4年間、再選すれば8年間はオレにも輝かしいポストが!スティーヴンがそう考えたのは当然だ。
スティーヴンはモリスの選挙参謀ポール・ザラ(フィリップ・シーモア・ホフマン)から絶大な信頼を得て忙しく動き回っていたが、そんな中父親からの電話と偽って「会って話をしたい」と言ってきたのが対立候補であるプルマン選挙陣営の選挙参謀であるトム・ダフィ(ポール・ジアマッティ)。敵陣営の選挙参謀と密かに会うなんて!そんなバカな!スティーヴンがそう考えたのは当然だが、ダフィの電話はどことなく思わせぶりで魅惑的・・・。ならば、1度くらいはこっそり話を聞いてみてもいいのでは?そんな悪魔の声がスティーヴンの頭の中に広がっていったが、さてスティーヴンは?
<この下半身ネタは単純!けど、最もわかりやすい!>
1950年代の東西冷戦時代のスパイ合戦を描いた『裏切りのサーカス』(11年)は面白かったが、同時にきわめて難しかった。すると、アメリカ大統領選挙の内幕を描いた本作は、さぞかし難解?そんな心配のためか、公開2日目の日曜日にもかかわらず映画館の中はガラガラだったが、それは大きな誤解!本作は大統領選挙をめぐる政治家や選挙参謀たちの欲望渦巻く内幕を描くものだが、わかりやすさとエンタメ性は抜群。それは、誰でもわかりやすい「下半身ネタ」をストーリーの軸に設定しているためだが、逆に私にはあまりにも単純に見えた面も・・・。
選挙戦中における下半身スキャンダルといえば、大阪では1999年の大阪府知事選挙における横山ノックの強制わいせつ事件が、アメリカでは2008年の大統領選挙でオバマと民主党候補の座をかけて争ったジョン・エドワーズと女性カメラマンとの不倫騒動が有名。しかして、スティーヴンが若く美しい選挙スタッフのインターンであるモリー・スターンズ(エヴァン・レイチェル・ウッド)とどちらからともなく誘い合いホテルに入っていく姿を見ると、こんなにガードが甘くていいの、と心配に・・・。かつてビル・クリントン大統領が美しきモニカ・ルインスキー研修生と「不適切な関係」になったのは、共和党多数の議会に予算案通過を阻止された極限状態のためだった(?)のと同じように、スティーヴンがモリーとホテルにしけこんだのは、密かにダフィと会う中でダフィから「我々の仲間に入らないか」と勧誘された動揺のため?そうかもしれないが、そうだとしてもスーパー・チューズデーを控えてのこの行動はあまりに軽率では?しかし、こんな単純なところから物語がスタートし、それが意外な方向に展開していくから、本作は映画としてはきわめてわかりやすい・・・。
<意外にも「売り」は忠誠心!2人の選挙参謀に注目!>
スティーヴンとモリーとの一晩の情事の単純さと裏腹に、本作が描く両陣営の選挙参謀のキャラは興味深い。それまでモリス陣営の選挙広報官として抜群の能力を発揮していながら、モリーとの一晩の情事にスティーヴンの若さと甘さが出たのはある意味で仕方がない。問題はスティーヴンが密かにダフィと会ったこと以上に、それをポールに秘密にしていたという事実。ここにスティーヴンの若さと甘さが凝縮されていると言わざるをえない。一晩の情事の翌日、スティーヴンは素直にダフィと密会したことを打ち明け謝罪したが、それを聞いたポールによるスティーヴンの心理分析がすごいし、断固とした対処もすごい。すなわち、ダフィとの密会に赴いたスティーヴンの行動の中にスティーヴンの野心と忠誠心の欠如を見抜いたポールは、スティーヴンの謝罪や弁明を一切聞き入れず、即クビにしたわけだ。
ここからのスティーヴンはそれまでに見せたカッコ良さとは180度違うジゴロ然とした行動になっていく。これを見ていると、スティーヴンって所詮その程度の男だったのかと思ってしまうが、さてあなたは?ここですごいのは、ちゃっかり「裏切り」を決め込んでダフィの陣営に自分を売り込みに行ったスティーヴンに対するダフィの対応だ。その断固とした対応と彼がスティーヴンを自分の陣営に引き入れようとした計算をあらためて聞くと、そのしたたかさにビックリ!ポールのスティーヴンに対するお説教が「忠誠心」オンリーというのは少し欺瞞的だが、それでもやはり本作にみる2人の選挙プロ分析力と判断力は興味深い。本作ではそんな2人の選挙プロに注目!
<全国委員長の娘はたしかに魅力的だが・・・>
モリーを演じたエヴァン・レイチェル・ウッドはパンフレットの中で「モリーはこの映画でもっとも正直な人だと思うの」と述べている。スティーヴンはモリーのことをかわいい選挙スタッフのインターン生と思って一緒に飲んでいたはずだが、実はモリーは民主党の全国委員長という大物政治家の娘だと聞いてビックリ。その後のベッドインには、そんな立場の女の子だという安心感があったのかもしれない。たしかに、パンフレットの中でエヴァンが言うように、モリーは「大人たちに囲まれて育ったから、政界の大物たちの中でも、臆せず自分らしく振る舞うことができる。」「自信満々な男たちをはぐらかし、人生を謳歌している」わけだが、後にそんな彼女の性格が災いとなって大事件が発生してしまうからそこに注目!それ以上に驚かされるのは、20歳だという彼女が実は妊娠していたこと。コトを済まし、その後も何度かモリーとの「逢瀬」を楽しもうとしていたスティーヴンはその告白を聞いてビックリだが、さらにその父親が誰かを聞くとスティーヴンは愕然!そんなことが外部に漏れたら、アメリカ大統領選挙史上最大のスキャンダルになってしまうのでは・・・?
妊娠していることをスティーヴンに打ち明けたモリーがその後どんな結末を迎えるのかは、あなた自身の目で確認してもらいたいが、大統領の選挙運動に身を投じたこのモリーという女性の生き方を、あなたはどう評価?
<失意の中、さらにあっと驚く大事件が!>
スティーヴンが敵陣営の選挙参謀であるダフィと密会したのは、スティーヴンのちょっとした気の迷いからだが、その問題が大きくなっていったのは女性記者アイダ・ホロウィッチ(マリサ・トメイ)がスティーヴンとダフィの密会をつきとめたため。何の証拠もないからアイダからの追及にスティーヴンはシラを切り通したものの、そのことをスティーヴンがポールに報告すると・・・。前述のとおり、これによってスティーヴンは選挙広報官のクビを宣言され、その地位はスティーヴンより更に若い選挙スタッフであるベン・ハーペン(マックス・ミンゲラ)に取って代わられることに。
その後スティーヴンがダフィの陣営に「自分を雇ってくれ」と出向く姿はいかにも惨めったらしいが、ダフィのきわめて論理的な説明によって敵陣営への寝返りをハッキリと断られたから、まさにスティーヴンは今弱り目にタタリ目状態に。そんな失意の中で男が訪れるのは、女のところと相場が決まっている。案の定スティーヴンが訪れたのはモリーが泊まっているホテルの部屋だが、なぜかドアが開いている部屋の中にスティーヴンが入ってみると・・・?
<スティーヴンの逆襲は?そのためのネタは?>
本作には当初選挙スタッフ全員に新しいケータイが配布されるシーンが登場する。そして当然ながらスティーヴンもポールもそのケータイをフル動員。ところが、スティーヴンとモリーがベッドインしている夜中の2時半になぜかケータイが鳴ったため、スティーヴンがそのケータイを取ってみると・・・。これ以上書けないのが残念だが、モリーの部屋の中で起きた大事件によって、スティーヴンはある重大な秘密を脅迫ネタとして握ることができたから超ラッキー・・・?中国では近時重慶市の共産党委員会書記である薄熙来の「失脚」をめぐる政治ドラマが全世界の注目を定めてきたが、もし誰かがその真相を知る脅迫ネタを握っているとしたら・・・?
しかして、その後のストーリー展開の軸はスティーヴンがこの脅迫ネタをいかに使って逆襲していくのかに移るが、これこそまさに権力をめぐる人間ドラマの神髄だ。清廉潔白さと明確な政治信条が「売り」で多くの国民の支持を獲得してきたモリスは、今ノースカロライナ州を基盤とする上院議員トンプソン(ジェフリー・ライト)を副大統領にするという密約を結ぶことによって、トンプソンが持つ356名の代議員票を獲得できる見込みになっていたが、その根回しをしたのは一体ダレ?モリス陣営の選挙広報官をクビになったスティーヴンは、今某所であの脅迫ネタを使って、モリスとサシの話し合いを。この静かな腹の探り合いが本作ラストのハイライトだが、その結果スティーヴンは世紀の大逆襲ができるのだろうか?
本作の結末はたしかにあっと驚く意外なものだが、実は本作をエンタメ作品としてずっと観ていれば、途中からこの結末は予測できるはず。そんな「わかりやすさ」には功罪両面があるから、私の採点はあえて星5つではなく、星4つに。
2012(平成24)年4月5日記