夢売るふたり(日本映画・2012年) |
<角川映画試写室>
2012年7月4日鑑賞
2012年7月14日記
火事によってお店を失った若夫婦が選んだ道は、結婚詐欺。そのプロデューサー役を松たか子が、その実行役を阿部サダヲが小気味よく演じている。その鮮やかなテクニックには恐れいるが、転々と移動した『クヒオ大佐』(09年)に比べ、ふたりの夢は新しくお店を構えることだから、ちょっと調べられればすぐにアウト?そんな予想どおりの結末は西川美和監督オリジナル脚本の弱点だが、本作に見る人間模様は面白い。不景気な世の中、不安定な人間関係の中でなお結婚願望を持つ女性たちは、くれぐれもご用心を・・・。
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監督・原案・脚本:西川美和
市澤里子(結婚詐欺を企てる妻)/松たか子
市澤貫也(女たちを騙す夫)/阿部サダヲ
棚橋咲月(結婚したい独身OL)/田中麗奈
睦島玲子(不倫で大金を手にした女)/鈴木砂羽
太田紀代(男運の悪い風俗嬢)/安藤玉恵
皆川ひとみ(孤独なウエイトリフティング選手)/江原由夏
木下滝子(幼い息子を抱えたシングルマザー)/木村多江
岡山晃一郎(オカヤン)/やべきょうすけ
中野健一(ラーメン屋の亭主)/大堀こういち
佐伯綾芽(咲月の妹)/倉科カナ
太田治郎(紀代の夫、妻を追う暴力夫)/伊勢谷友介
東山義徳(刑事)/古舘寛治
金山寿夫(木下滝子の父)/小林勝也
外ノ池俊作(玲子の不倫相手、女性部下と不倫する兄)/香川照之
外ノ池明浩(俊作の弟、兄の不倫事情を知る顔そっくりな弟)/香川照之
堂島哲治(市澤夫婦を追う私立探偵)/笑福亭鶴瓶
2012年・日本映画・137分
配給/アスミック・エース
<西川美和監督に注目!今回のオリジナル脚本は?>
『ゆれる』(06年)は本作と同じように西川美和が監督・脚本・原案をした最高に面白い2人兄弟の人間ドラマだった(『シネマルーム14』88頁参照)が、本作は男と女の人間ドラマ。したがって、まずはそんな西川美和監督と今度のオリジナル脚本に注目!
映画冒頭、東京の片隅にある小料理屋「いちざわ」を経営する料理人の夫・市澤貫也(阿部サダヲ)と、店を切り盛りする愛想の良い妻・市澤里子(松たか子)の姿が映し出される。ところが、大勢の客で賑わっている中、突然調理場から火が。慌ててこれを消し止めようとした貫也が誤って天ぷら油をひっくり返したため、たちまち店は火の海に。最近私の事務所の近隣でも若い夫婦が2人で切り盛りする店が増えているが、10年以上頑張ってやっと店を手に入れ、経営が軌道に乗ってきた時に火事によってすべてを失った2人が途方に暮れたのは当然だ。しかし、こんな時女は立ち直りが早い。ところが、貫也の方は容易に立ち直ることができず、缶ビール片手のパチンコ通いと妻がアルバイトを始めたラーメン屋に立ち寄ってのイヤミ三昧。導入部はこんな設定だが、この後この2人はどんな方向に?さて今回の西川美和オリジナル脚本の冴えは?
<結婚詐欺とお店の再興は両立?そこに少し違和感が>
NHK大河ドラマ『平清盛』で阿部サダヲは当時最高の知識人=僧侶であった信西役を演じていたが、どちらかというとあの丸っこい顔は、『舞妓Haaaan!!!』(07年)(『シネマルーム13』179頁参照)のようなコミカルな役のほうがよく似合う!また『クヒオ大佐』(09年)で堺雅人が演じた天才詐欺師は、天性の詐欺師だった(『シネマルーム23』202頁参照)が、本作で阿部サダヲが演ずる結婚詐欺師ぶりをみると、これも天性で騙しているだけに、クヒオ大佐に勝るとも劣らない。
他方、失意の中でもしっかり睦島玲子(鈴木砂羽)と一夜の浮気を実行したうえ、彼女が不倫相手の外ノ池俊作(香川照之)から手切れ金として貰った100万円を彼女から貰い、これを嬉々として自分に手渡してくる貫也の姿を見て、貫也の新たな可能性=能力を見出したのが里子。『告白』(10年)(『シネマルーム25』51頁参照)で心の奥底に潜む女の恐さを見事に表現した松たか子が、本作でも結婚詐欺師の名プロデューサー役としての恐さを見せつけてくれる。新たに2人でお店を再興するために里子が思いついたのは、結婚詐欺。貫也は一方では真面目な板前でありながら、他方では子供のように女に甘えることによってその信頼を獲得し自然にお金を引っ張ることができる能力を持っているのだから、これを活用しない手はない。そんな決心をした里子の最初のターゲットは、両親と同居したまま未婚であることを同席した妹の佐伯綾芽(倉科カナ)から嫌味っぽく責め立てられる棚橋咲月(田中麗奈)。さてここで貫也がみせる結婚詐欺のテクニックとは?
まずはこの鮮やかなお手並みに感服させられることまちがいなしだが、お金を受け取った途端に勤めていた料理店をドロンしたのでは、いつか2人でお店を再興しても被害届が出てたちまち捕まってしまうのでは?『クヒオ大佐』はあちこちを移動して詐欺を働いていたから長く生き延びたが、結婚詐欺で貯めたお金で立派な料理屋を構えるというのは少し無理があるのでは?弁護士の私にはそんな問題点が見えてくるため、西川美和監督のオリジナル脚本で本作の基本軸とした、結婚詐欺による料理屋の再興というストーリーには少し違和感が・・・。
<多様なターゲットたちは、なぜカネを?>
本作は137分と少し長尺になったが、それは中盤における里子と貫也の結婚詐欺のターゲットが①結婚したい独身OL・咲月に続いて、②男運の悪い風俗嬢・太田紀代(安藤玉恵)③孤独なウエイトリフティング選手・皆川ひとみ(江原由夏)④幼い息子を抱えたシングルマザー・木下滝子(木村多江)と次々登場してくるため。その結婚詐欺ぶりが本作中盤の見どころだから、貫也とこれらのターゲットとの「絡み」をじっくり楽しんでもらいたいが、興味深いのはこれらの女たちがそれぞれ何らかの悩みや悲しみを抱えていること。
女の里子にはそれがすぐにわかるらしい。そして、その悩みや悲しみがわかりさえすれば、その弱みにつけ込んで貫也の優しさを売り込み金を吐き出させることなど、里子にはへのカッパらしい。その結果、風俗嬢の紀代はなけなしの貯金をすべて提供するわ、足のケガでオリンピックへの夢を断たれたひとみは、手術代として300万円を提供するわ、すべて里子の計算どおり・・・。自分たちは兄妹と偽ってお芝居をしたり、妹のガンの手術代が必要とエグイ嘘をついてみたり、里子のシナリオは自由自在だが、それを演じる貫也の方はさすがにそれが続くとイライラ。新しいお店のために。それが2人の共通の目標だったし、今はその目標どおりの立派なお店の開店準備が着々と進んでいるものの、次第に夫婦の気持のスレ違いは大きなものに・・・。
<板前の命「包丁」が思わぬ事件を・・・>
本作のラストの女として登場する滝子はハローワークの窓口で貫也・里子夫婦に新しい仕事を斡旋してくれた女性だが、その幼い一人息子が貫也に懐くとともに、里子との間で夫婦の語らいを失った貫也も滝子の中に懐かしい家族の味を感じ始めたらしい。今日もいそいそと容器におかずを詰め込んで滝子の家に向かい、お店の方は里子に任せきりにしている貫也の姿に里子はおかんむりだが、板前の命である包丁を持ち込んで滝子の家の台所で料理をつくっている貫也にその後こんな「大事件」が訪れようとは・・・。
そのきっかけは、貫也の最初の結婚詐欺の犠牲となった咲月が依頼した私立探偵・堂島哲治(笑福亭鶴瓶)の登場。『母べえ』(07年)(『シネマルーム18』236頁参照)や『ディア・ドクター』(09年)等で演技者としての存在感を見せつけた鶴瓶が本作でも独特のキャラクターでその持ち味を発揮している。「大事件」とは、貫也の姿を見て殴りかかった咲月に対して「もういい加減にしとき。手を出したらアカン言うたやろ」と止めに入った堂島の背中を、滝子の幼い息子が包丁でグサリと刺したこと。なぜ貫也の包丁が子供の手に・・・?
その顛末はあなた自身の目で確認してもらいたいが、結婚詐欺を続けてお金を貯め、その金で立派なお店を構えるという里子の構想はここでたちまち挫折することに。血にまみれた包丁を持った貫也の姿は近所の人たちに目撃されているから、今や貫也は立派な「塀の中」の人に。そうなると、開店準備が進んでいたあのお店の契約も当然パー。西川美和監督のオリジナル脚本はラストにかけてそんな大波乱を持ち込んで2人の結婚詐欺のバカバカしさを描いていくが、さてこの男と女のなれの果ては・・・?
2012(平成24)年7月14日記