トータル・リコール(アメリカ映画・2012年) |
<GAGA試写室>
2012年8月6日鑑賞
2012年8月7日記
『トータル・リコール』とはガラガラポンのことかと思ったが、それは誤解。本作のポイントは「なりたい自分になれる記憶を売買する」というアイデアだが、そんなバカな・・・。本作に見る21世紀末の地球の近未来の姿は興味深い。そこでも『スパルタカス』(60年)と同じような階級対立があるのがストーリー展開のミソだが、人間の記憶はどれがホントでどれがウソ?頭が多少混乱するのは覚悟の上で、しっかり私たちの近未来のあり方を考察したい。
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監督・製作総指揮:レン・ワイズマン
ダグラス・クエイド(工場労働者)/コリン・ファレル
カール・ハウザー(ブリテン連邦の諜報員)/コリン・ファレル
ローリー・クエイド(ダグラスの妻)/ケイト・ベッキンセール
メリーナ(かつてダグラスと活動していた女性)/ジェシカ・ビール
コーヘイゲン(ブリテン連邦の支配者)/ブライアン・クランストン
マサイアス(レジスタンスのリーダー)/ビル・ナイ
マクレーン(リコール社の男)/ジョン・チョウ
2012年・アメリカ映画・118分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
<『トータル・リコール』というタイトルは意味シン!>
「決められない政治」がまかり通り、「政策」よりも「政局」を優先させるのが常態となった昨今のニッポン国では、政治の空転、政治の空白が顕著。しかし私に言わせれば、これは民主主義が本来的に持つ負の一面にすぎない。つまり、民主主義は本来大衆に迎合するポピュリズムに陥りやすい制度なのだ。民主主義には直接選挙、多数決などさまざまな基本的原理があるが、面白いのが「リコール」という制度。これは、いったん選挙で選ばれた人を再度民主的に引きずり降ろすために考えられた制度だが、一体何のために?
本作の『トータル・リコール』というタイトルを見れば、日本人なら誰だってそんな「総入れ替え」の姿をイメージするが、それは私を含めて若かりし頃のアーノルド・シュワルツェネッガーが主演した映画『トータル・リコール』(90年)を知らないからだ。フィリップ・K・ディックが1966年に発表した短編小説『追憶売ります』を映画化した同作は、火星を舞台にしたSFアクション。偶然「旅行の記憶を売る」というリコール社の広告を見たシュワルツェネッガー扮する主人公は、実際に火星に行くかわりにリコール社で火星旅行の記憶を得ようと思いつき、「秘密諜報員として火星を旅する」というコースを選ぶわけだが、そこから展開していく波瀾万丈のストーリーとは・・・。同作はアカデミー賞の視覚効果賞、特別業績賞(視覚効果)を受賞し、シュワルツェネッガーの代表作の1つとされているらしい。
ご承知のとおり、俳優からカリフォルニア州知事へと華麗なる転身を遂げたシュワルツェネッガーが2003年に知事選挙への立候補を決めたのは、当時の州知事であったグレイ・デイヴィスが「リコール」されたためだったことを考えると、本作のタイトル『トータル・リコール』は、何とも意味シン・・・。
<人間の記憶を自由に売買!そんなバカな・・・>
プレスシートによれば、『ダイ・ハード4.0』(07年)(『シネマルーム15』60頁参照)のレン・ワイズマン監督が『追憶売ります』を再度映画化しようと考えたのは、「なりたい自分になれる記憶を売買する」というアイデアは今でも十分面白いと考えたため。しかし、自由に記憶を売買できるようになれば、その人間は一体ナニモノ?また、そんなことが自由にできるようになれば、人間とは?を最も根源的なテーマとする哲学は吹っ飛んでしまうのでは・・・?もっとも、なりたい自分になれる人工記憶を売っているリコール社を訪れれば、なりたい自分になれるとすれば、あなたは何の記憶を買う?○○の記憶なら○○円、△△の記憶なら△△円という値段の表示がないのが玉にキズ(?)だが、毎夜ヘンな夢に悩まされている本作の主人公ダグラス・クエイド(コリン・ファレル)が買おうとしたのは、自分が秘密諜報員になるという記憶だ。シュワルツェネッガーが主演した前作ではホントに火星に行ったのかどうかが微妙だったが、本作でもダグラスがリコール社の怪しげな装置に座ることによってホントに彼の記憶に諜報員の記憶が上書きされたのか否かが最大のポイントになる。
本作はダグラスが見る悪夢のシーンから始まる。それは決まって、見知らぬ黒髪の女性メリーナ(ジェシカ・ビール)と自分が何者かに追われ、必死の逃亡もむなしく2人が引き離されたところで終わるものだが、これは夢?それとも現実?夢から覚めるとベッドの隣には美しい妻ローリー・クエイド(ケイト・ベッキンセール)が優しく見守ってくれているから現実は安泰なのだろうが、毎日の単調な生活に飽き飽きしているダグラスには次第にリコール社を訪れ、なりたい自分になれる記憶を買ってみたいとの願望が・・・。
<本作に見る近未来は、なるほど、なるほど>
地球や人類の近未来を描く小説や映画は数多い。去る7月12日に観たリドリー・スコット監督の『プロメテウス』(12年)が描く近未来の姿にはぶったまげたが、私の記憶に今なお鮮明に残っているのは、リュック・ベッソン監督の『フィフス・エレメント』(97年)が描いた近未来。言うまでもなく、これはミラ・ジョヴォヴィッチの出世作だが、そこに描かれた独創的な都市の姿は都市計画・都市問題をライフワークとしている弁護士の私には実に興味深かった。しかして、本作が描く近未来も独創的だ。
まず本作の前提は、21世紀末の科学戦争の結果、地球の大部分が居住不可能となり、富裕層が暮らす「ブリテン連邦(UFB)」とその支配下にある「コロニー」の2つの区域だけが残ったこと。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の『ブエノスアイレス』(97年)は地球上、ちょうど香港の反対側にあるアルゼンチンのブエノスアイレスを舞台として、張國榮(レスリー・チャン)と梁朝偉(トニー・レオン)の同性愛を描いた異色の映画だった(『シネマルーム5』234頁参照)が、「ブリテン連邦」のあるイギリスと「コロニー」のあるオーストラリアはちょうど地球の反対側にあるらしい。そして、科学技術が進んだ21世紀末においては、ブリテン連邦とコロニーを結ぶ唯一の交通手段は地球のコアを貫くエレベーター「フォール」らしい。つまり、コロニーに暮らす労働者は毎朝このフォールに乗ってブリテン連邦まで出勤し、労働力を提供しているわけだ。なるほど、なるほど・・・。
また本作は、「SFアクション超大作」と銘打たれているだけに、舞台狭しと走りまくるダグラスとローリー、メリーナ3人の主役たちのアクションがすごいが、その舞台となるブリテン連邦とコロニーのセットが興味深い。横に伸びる余地がなくなれば上に伸びるしかないのは香港を見れば明らかだが、さてブリテン連邦とコロニーという2つの近未来都市の広がり方は・・・?また、今やアクション映画にはカーアクションが不可欠だが、21世紀末には磁力で浮いて走る車が実用化されているから、このホーバーカー同士のカーアクションも楽しむことができる。さらに、この時代ケータイは手の平に埋め込まれているらしいが、さてその利便性や当否は?その他、本作が描く近未来は、なるほど、なるほど・・・。
<メリーナの美人度に、イマイチ不満が・・・>
やさしい妻の姿はインチキで実はブリテン連邦の支配者であるコーヘイゲン(ブライアン・クランストン)の部下であり、ダグラスの監視役だったという鬼嫁ローリー・クエイド役で登場するのが、レン・ワイズマン監督の奥さんであるケイト・ベッキンセール。ケイト・ベッキンセールは『アンダーワールド』(03年)や『ヴァン・ヘルシング』(04年)(『シネマルーム6』22頁参照)等で、アクション女優としての地位を固めたそれなりの(?)美人女優だ。
それに対して、映画冒頭のダグラスの夢の中に登場した後はしばらく出番がなく、中盤から手の平に共通の傷を持ったダグラスのパートナー(?)メリーナ役としてキレのいいアクションを見せるのがジェシカ・ビール。私は日本の志穂美悦子、中国の楊紫瓊(ミシェル・ヨー)、タイの“ジージャー”ヤーニン・ウィサミタナン等々のアクション女優は大好きだが、そのためには技のキレとともに美人であることが必要。しかして、ジェシカ・ビールは1982年生まれだからケイト・ベッキンセールよりは約10歳若く、『幻影師 アイゼンハイム』(06年)での演技は結構魅力的だった(『シネマルーム20』96頁参照)が、本作に見るジェシカ・ビールは美人度においてイマイチ・・・。エレベーター内におけるケイト・ベッキンセールとジェシカ・ビールの殴り合いは結構迫力があるし、本作に見るジェシカ・ビールのアクションのキレは十分だが、美人度がイマイチで、魅力的なのが長い黒髪だけというのでは、ちょっと・・・。
<クライマックスでは、『スパルタカス』との共通点も>
ブルジョアジーとプロレタリアートの「階級対立」を「発見」し、そこから社会の発展法則を説き起こしたのがマルクスやエンゲルス。しかし、かつての名作『スパルタカス』(60年)を観れば、実はローマ帝国の時代から階級対立があったことは明白だ。本作は「なりたい自分になれる記憶を売買する」というアイデアがポイントだが、ストーリー構成の軸は階級対立。したがって後半からクライマックスにかけて本作は、ブリテン連邦の支配者であるコーヘイゲンに対する、コロニーのリーダーたるマサイアス(ビル・ナイ)たちのレジスタンス抗争の様相が次第に強くなってくる。ダグラスはもともとブリテン連邦の諜報員だったが、メリーナと出会う中でコーヘイゲンのコロニー征服の陰謀を知って次第にレジスタンス側に転向していった人物だったわけだ。なるほどそうだから、しがないコロニーの労働者にすぎないダグラスにあんな隠された格闘能力や作戦遂行能力が・・・。
このように、本作は後半からクライマックスにかけてダグラスの本性(?)が明らかになってくる中、次第に壮大な階級闘争の色彩が強くなり、『スパルタカス』との共通点が見えてくる。「スパルタクスの反乱」は強大なローマ軍によって鎮圧されてしまったが、さてダグラスたちの反乱は?また、『スパルタカス』では「I am Spartacus」と奴隷たちが次々と名乗り出るラストシーンが印象的だったが、栄華を誇るブリテン連邦の中心部で次々と起きる大爆発の中で見えてくる、本作の印象的なラストシーンとは・・・?
2012(平成24)年8月7日記