のぼうの城(日本映画・2011年) |
<東宝試写室>
2012年9月21日鑑賞
2012年10月1日記
備中高松城への「水攻め」も小田原征伐も秀吉の名を挙げた戦いとして有名だが、そんな「天下様」に対してケンカを売った男が、「のぼう様」こと野村萬斎扮する成田長親!石田三成軍2万に対して500人の城兵はよく戦ったが、「水攻め」には降伏の他なし。誰もがそう思ったが、のぼう様は「水攻めを破る」と宣言し、それを実行したからビックリ!その力の源動力は一体どこに?農民の力を結集する力、外交交渉を有利にまとめる力。日本の総理や外務省のお偉方は、本作からそれをしっかり学ばなければ・・・。
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監督:犬童一心、樋口真嗣
脚本・原作:和田竜『のぼうの城』(小学館刊)
成田長親(成田氏長の従弟)/野村萬斎
甲斐姫(城主の娘)/榮倉奈々
酒巻靭負(火攻めの大将)/成宮寛貴
柴崎和泉守(丹波をライバル視する豪腕・豪傑)/山口智充
石田三成(秀吉の寵愛の家臣)/上地雄輔
大谷吉継(三成の友人)/山田孝之
長束正家(傲慢な武将)/平岳大
成田氏長(城主)/西村雅彦
成田泰季(長親の父親)/平泉成
和尚/夏八木勲
北条氏政/中原丈雄
珠(甲斐姫の継母)/鈴木保奈美
たへえ(かぞうの父親)/前田吟
かぞう(農民)/中尾明慶
ちよ(かぞうの妻)/尾野真千子
ちどり(かぞうの娘)/芦田愛菜
豊臣秀吉(関白)/市村正親
正木丹波守利英(長親の幼馴染)/佐藤浩市
2011年・日本映画・145分
配給/東宝、アスミック・エース
<まずは冒頭の、水攻め大スペクタクルを堪能!>
私が小学生の時に観た『十戒』(56年)では、海が割れる大スペクタクルシーンに目がテンになった。そんな記憶が鮮明に残っていたため、天童よしみが歌った『珍島物語』の「海が割れるのよ~道ができるのよ~」の歌詞は、私の頭の中できっちりと絵に!樋口真嗣監督の『ローレライ』(05年)はCGが多用されていたが、私は「戦闘シーンや潜水艦モノにはCGもOK!」と書き、星5つの採点をした(『シネマルーム7』51頁参照)。本作は犬童一心と樋口真嗣の共同監督という異例の体制だが、それは犬童監督が樋口監督のCG技術や特撮技術を高く評価したためらしい。
織田信長の命を受けた豊臣秀吉による「毛利攻め」の中でも、城主・清水宗治が立て籠もる備中高松城への「水攻め」は、そのユニークな戦法からも、「本能寺の変」を聞いた秀吉の「中国大返し」の実現からも、歴史に残る有名な戦いとされている。本作では、まずは冒頭に登場するそんな水攻め大スペクタクルに注目!豊臣秀吉(市村正親)の堤防決壊命令によって、急激に流れ始めた濁流はたちまち高松城を飲み込んでいったが、その威容に秀吉配下の石田三成(上地雄輔)、大谷吉継(山田孝之)、長束正家(平岳大)らの武将は唖然。「俺もいつかはこんな戦いの指揮を!」、石田三成がそう勢い込んだのは当然だが、それが、2万の大軍で小田原城の支城である忍城を攻めこんだ今、実現しようとは・・・。
<のぼう様とは?野村萬斎の「怪演」に注目!>
本作は和田竜が03年に書いた映画脚本『忍ぶの城』を07年に小説化した『のぼうの城』を映画化したものだが、そもそも「のぼう」とは一体ナニ?これは「でくのぼう」の一部だけをとったもので完全な日本語ではないから、いくら国語力のある日本人でもわからないはずだ。本来小説のタイトルに中途半端な日本語を使うべきではないが、本作についてはまさに忍城の城主・成田氏長(西村雅彦)の従弟である成田長親には農民たちがつけた「のぼう様」の称号がピッタリ!
「天才」かただの「でくのぼう」かよくわからず、また強くもなく統治能力もないのに農民たちの人気だけはあり、なぜか人の心を一つにまとめていく力を持つ男「のぼう様」を演ずるのは、狂言師の野村萬斎。彼は『陰陽師Ⅱ』(03年)では端正でカッコいい安倍晴明役を演じた(『シネマルーム3』318頁参照)が、本作では姿かたちからしゃべり方までのぼう様に徹する「怪演」をみせている。本作のハイライトは忍城の水攻め大スペクタクルだが、その「水攻めを破る」と宣言したのぼう様がみせる舟上での田楽踊りは圧巻。これはまさに当代随一の狂言師・野村萬斎でなければできない芸だけに、成田勢のみならず、忍城を囲む石田三成方の将兵も夢中になって見ホレたが、さてここにおける「のぼう様」の胸に秘めた策略とは?
<マンガっぽいのは、今ドキ仕方なし・・・?>
本作は良くも悪くも野村萬斎演ずる「のぼう様」こと成田長親のキャラが最大のポイントだから、時代劇とは言いつつマンガ的なおかしさが随所にあふれている。その対極としてあくまで真面目型の武将・正木丹波守利英を演ずる佐藤浩市の存在によって本作はある程度引き締まっているが、秀吉方の武将・石田三成、大谷吉継、長束正家が少しマンガ的なら、成田家の武将・柴崎和泉守(山口智充)も、甲斐姫(榮倉奈々)に一目惚れしたらしい酒巻靭負(成宮寛貴)もかなりマンガ的・・・。
それは、セリフが真正時代劇とは大きく異なるところや、明らかにギャグを狙ったセリフ回しなどで顕著だが、それくらいは今ドキの時代劇としては仕方なし・・・?今や真正時代劇は『たそがれ清兵衛』(02年)(『シネマルーム2』68頁参照)、『隠し剣 鬼の爪』(04年)(『シネマルーム6』188頁参照)、『蝉しぐれ』(05年)(『シネマルーム8』200頁参照)、『武士の一分(いちぶん)』(06年)(『シネマルーム14』318頁参照)、『山桜』(08年)(『シネマルーム19』394頁参照)、『花のあと』(09年)(『シネマルーム24』126頁参照)、『必死剣鳥刺し』(10年)(『シネマルーム25』196頁参照)、『小川の辺』(11年)等々、藤沢周平の小説を映画化したものだけに・・・。
<2度の外交交渉シーンから何を学ぶ?>
本作には2度の外交交渉シーンが登場する。石田三成は1度目の秀吉方の「全権大使」に大谷吉継の反対を押し切って長束正家を任命。成田方の降伏、忍城の開城まちがいなしと双方とも踏んでいたにもかかわらず、ここでのぼう様が「戦いまする」と宣言することになったのは、天下軍の威を借り、なめきった態度を取った長束正家が原因。したがって、和平交渉を決裂させた彼の全権大使としての責任は大きい。そこで2度目の全権大使は大谷吉継、長束正家を従えて石田三成自身が忍城へ赴いたが、そこでの外交交渉シーンは見応えがある。「水攻め」を打ち破る奇跡を実現させたのはのぼう様の功績だが、既に北条家率いる小田原城が落ちてしまった以上、のぼう様が忍城を守る意味がなくなったことは明らかだ。しかし、城を明渡すのぼう様としても、せめてこれだけは石田方に呑ませたい条件があったのは当然。そんな条件をのぼう様は外交交渉の席でどのように出していくの?
去る9月10日の野田総理による尖閣諸島の国有化宣言以降、日中関係は最悪の状態となり、日中国交正常化40周年事業も次々とキャンセルされる異例の事態となっている。そんな今こそ必要不可欠なのが、外交交渉能力だ。外務省のお偉方は多少マンガ的とはいえ、本作でのぼう様が見せてくれる外交交渉術をしっかり学ぶ必要がある。
<なぜ、成田長親は農民の力を引き出せたのか?>
黒澤明監督の『七人の侍』(54年)では「勝ったのは百姓たちであり自分たちではない」という島田勘兵衛の最後のセリフが印象的だったが、本作のポイントも「のぼう様」がなぜ農民に慕われているのか?そして、のぼう様がなぜ「農民パワー」を引出し、一つの力に結集できたのかという点にある。水攻めの計略を練るのは武将だが、そのための堤をつくるのは現地の農民の仕事。しかし、城を水攻めすると周りの田んぼが全滅してしまうのは当然だから、農民にとって水攻めに協力するかどうかは死活問題だ。ところが、武士が支配する社会では、武将から水攻めの命令が出ればそれに従わなければならないのは当然。もっとも今、忍城を攻めているのは石田三成方。他方、たった500名で忍城に立てこもり、意外な抵抗を見せているのが成田方だが、その周辺の田んぼを耕しているのは、前から成田家の世話になっている農民たち。したがって、彼らには誰が敵で誰が見方という区別はもともとないわけだ。
本作には尾野真千子がキーマンとなる農民・かぞう(中尾明慶)の妻・ちよ役で出演しているが、2012年NHK朝ドラ『カーネーション』で大ブレークする以前の撮影だったため、その出番は少ない。むしろ、前田吟演ずるかぞうの父親・たへえの方が活躍の場が大きいが、いずれにしてもこの3人が「農民パワー」を代表しているわけだ。日本では先日民主党代表選、自民党総裁選が終わり、二大政党の各リーダーが決定した。彼らが日本を治めていくためには、のぼう様のように国民の力を引き出し一つの力に結集していく必要がある。しかし、現状ではかなり心もとないというのが正直なところだろう。なぜ、成田長親は農民の力を引き出せたのか?彼らにはそれを本作からしっかり学んでもらう必要がある。
2012(平成24)年10月1日記