裏切りの戦場 葬られた誓い(フランス映画・2011年) |
<宣伝用DVD鑑賞>
2012年11月8日鑑賞
2012年11月13日記
1988年4月22日、フランス領ニューカレドニアで「ウベア島事件」が発生!もっとも、1988年のベルリンの壁崩壊や天安門事件は誰でも知っているが、そんな小さな島の小さな事件(?)は知らないのが当然。そこで映画が!主人公は「交渉役」を任じられた国家憲兵隊治安部隊(GIGN)の憲兵大尉。自分の体験談をまとめた原作の映画化には10年を要したそうだが、そのつくりはすばらしい。映画によってこんな歴史が!こんな事件が!まさに、映画は生きた歴史の教材だ。
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監督・製作・脚本・編集:マチュー・カソヴィッツ
原作:フィリップ・ルゴルジュ
フィリップ・ルゴルジュ大尉(国家憲兵隊治安部隊(GIGN))/マチュー・カソヴィッツ
アルフォンス・ディアヌ(カナック族のリーダー)/イアベ・ラパカ
JP/マリク・ジディ
ジャン・ビアンコーニ検事代理/アレクサンドル・ステイガー
ベルナード・ポンス海外大臣/ダニエル・マルタン
ジェローム将軍/ジャン=フィリップ・ピュイマルタン
クリスチャン・ポウトー/フィリップ・トレトン
ルゴルジュの妻/シルヴィー・テステュー
サミー(現地住民の憲兵)/スティーブ・ウネ
ブリガード・ヴィダル将軍(陸軍)/フィリップ・ド・ジャクリン・デュルフィー
ラメ・デビュー大佐/パトリック・フィエリー
ベンソン大佐/ステファン・ゴディン
ニヌ・ウェア/フランソワ・コートュルピ・ヌージョン
2011年・フランス映画・134分
配給/彩プロ
<映画によってこんな歴史が!こんな事件が!>
私は小学生の頃から映画をよく観ていたし、中学生の時は1人で3本立て55円の映画館によく行っていた。そのお陰で、ローマ帝国から始皇帝、三国志そして近代戦争に至るあらゆる戦争を中心とした世界の歴史を勉強することができた。また、吉永小百合、浜田光夫のゴールデンコンビの青春映画からは恋愛のテクニックも・・・?映画は便利な芸術だから『史上最大の作戦』(62年)のような巨大な戦争パノラマから、私たちがほとんど知らなかった歴史上の恥部と思われていたあの事件まで、監督の問題意識のありようによっていくらでも世界の人々に問題提起をすることができる。最近の「こんな映画によってこんな事件を知った」と強く印象に残っている名作は次のとおりだ。
① 『セントアンナの奇跡』(08年)(『シネマルーム23』88頁参照)によって知った、1944年8月12日イタリアのトスカーナのサンタンナ・ディ・スタッツェーマ市で起きた、市民560名をドイツ軍が皆殺しにしたというセントアンナの大虐殺
② 巨匠アンジェイ・ワイダ監督の『カティンの森』(07年)(『シネマルーム24』44頁参照)によって知った、1939年9月のソ連軍によるポーランド侵攻の中で引き起こされた「カティンの森事件」
③ 『黄色い星の子供たち』(10年)(『シネマルーム27』118頁参照)によって知った、ナチス・ドイツに占領されたフランスのヴィジー政権の同意の下に行われた「ヴェル・ディブ事件」
④ 『ソハの地下水道』(11年)(『シネマルーム29』141頁参照)によって知った、ナチス・ドイツが支配していた1943年のポーランドの地下水道の中で、ポーランド人のソハによって、ユダヤ人たちが14カ月も匿われていたという奇跡的な事件
しかして、マチュー・カソヴィッツが監督・製作・脚本・編集・主演した本作は、1988年の「ウベア島事件」を描いた問題提起作だが、そもそもウベア島事件とはナニ?さあ、本作によって新たにこんな歴史を、こんな事件を学ぶことに!
<フランスはホントに自由と人権の国?>
私は『黄色い星の子供たち』の評論で「やっぱり、フランスは『自由と人権の国』と感心!」と書いた。それは、こんな迫害にもかかわらずパリ在住の2万4000人のユダヤ人のうち1万人が生き残ったことを、日本のキリシタン迫害の歴史と対比しながら考えたためだが、さて私のそんな評価は正当だったの?1960年代後半には日本中に「アメリカ帝国主義によるベトナム戦争反対」の声が上がったが、フランスだって『名誉と栄光のためでなく』(66年)で見たようにインドシナでの戦いがあったし、『アルジェの戦い』(66年)で見たようにフランス領アルジェリアのカスバを中心とする戦いがあった。
本作に見るフランス領ニューカレドニアは「天国に一番近い島」と言われているそうだが、多くの日本人にはそもそもそれがどこにあるのかもわからないはず。ましてや、ニューカレドニアの小さな島ウベア島のことなど全然知らないのは当然だ。フランス政府が隠匿し続けたウベア島事件の発端は、1988年4月22日にカナック族の独立派によってフランス憲兵隊宿舎が襲われ、警官が4名死亡し、1名の検事代理を含む30名が誘拐される事件が起きたこと。このような場合、常に武力鎮圧か話し合い解決かの二者択一が迫られるが、最終的なフランス政府の決断とは?本作の展開を見ていると、フランスはホントに自由と人権の国?との疑問が・・・。
<主人公は実在の人物!「交渉人」とは?>
本作の原作は、ウベア島事件を現実に現場で指揮したフィリップ・ルゴルジュが、1990年にウベア島事件のことを書いた『モラルと行動』という手記。フランス政府が隠匿している事件の真相を暴露するような手記を、現場責任者であった彼が書いた(書けた)のは、1989年にフランス国家憲兵隊治安部隊(GIGN)を除隊し、自由な立場になったからだ。
本作を監督・製作・脚本・編集・主演したマチュー・カソヴィッツが演ずるフィリップ・ルゴルジュ大尉は、まさしくこのルゴルジュその人だが、そもそもGIGNとはどんな組織?私たちにはそれすらサッパリわからないが、ルゴルジュ大尉が襲撃事件直後に現地に派遣されたのは話し合い解決のため。つまり、ルゴルジュ大尉は話し合い解決のための「交渉人」に任命されたわけだ。ルゴルジュ大尉はそれまでにも交渉人としての実力を発揮してきたらしい。ルゴルジュ大尉は、犯人側も同じフランス国民であるとの前提で慎重にコトを運ぼうと考えて50名の部下と共にウベア島に降り立ったが、何とそこには既にブリガード・ヴィダル将軍(フィリップ・ド・ジャクリン・デュルフィー)率いる300名の陸軍部隊が先着し、司令部を設置していたからビックリ。そして、ヴィダル将軍の指揮下に入るか、それとも本島に戻るかの選択を迫られる中、結局ルゴルジュ大尉たちはヴィダル将軍の指揮下に入ることに。そんな姿を見ていると、太平洋戦争の際に日本でも顕著だった、陸軍VS海軍の縄張り争いがフランスにもあることを実感。
弁護士は依頼者の代理人として「交渉人」になることも多いが、その際大切なことは、どこまで権限の委任を受けているかということ。依頼者の意向を無視して弁護士が勝手に交渉してよいわけではないが、依頼者から一定の権限を与えられていなければ、それは子供の使いであり、交渉人といえないことは明らか。さらに、依頼者の他にも、あっちこっちから、ああしろ、こうしろ、あれはダメ、これはダメ、と「介入」されたのでは、弁護士が交渉人としての役割を果たすことができないことは明らかだ。さて、犬猿の仲である陸軍の指揮下に入らざるをえなかったGIGNのルゴルジュ大尉は、そんな不自由な状況下、カナック族独立派の若きリーダーであるアルフォンス・ディアヌ(イアベ・ラパカ)とどのように接触し、いかなる交渉を?
<接触に失敗!交渉に失敗!そう思ったが・・・>
本作はストーリーが展開していく毎に、「総攻撃まであと10日」「総攻撃まであと9日」という字幕が表示されるから、ルゴルジュ大尉たちの交渉が失敗に終わることが予測されるが、弁護士業務として交渉人を日々やっている私には、とてもこんな危険な交渉はできない。はじめての経験にリスクがあるのは当然だからそれ自体を嫌がるわけではないし、本作に見るルゴルジュ大尉の行動力には敬意を表するが、何の予測もたてられないまま、とにかくやってみなければ仕方ないからやってみる、というルゴルジュ大尉のやり方は私にはとてもできない。
他方、ルゴルジュ大尉と対比される面白いキャラが、検事代理のジャン・ビアンコーニ(アレクサンドル・ステイガー)。彼はウベア島の南で人質になっていながら無事釈放された、現地住人で憲兵になっているサミー(スティーブ・ウネ)と共にルゴルジュ大尉の応援にやってきた人物だが、彼はルゴルジュ大尉以上に「人間は話せばわかる」と信じこんでいるタイプらしい。しかし、2人のそんなやり方で非常に気が立っているに違いないディアヌたちと、うまく接触できるの?そして、平和的に交渉できるの?
2012年11月5日のアジア欧州会議(ASEM)の首脳会議の開会式終了後においてみせた、野田総理と中国の温家宝首相が互いに目を合わせない険悪な雰囲気を見ていると、本作のような状況下ではまともな交渉はとてもムリ。そう思っていると案の定・・・。しかし、本作の「交渉」が面白いのはそれからだ。残された期限がわずかしかない中、ビアンコーニ検事代理と共にディアヌたちの捕虜になってしまったルゴルジュ大尉は、その後いかなる獅子奮迅の交渉を?その働きぶりは、しっかりあなた自身の目で。
<交渉のバックには誰が?この行動力にビックリ!>
軍隊の組織体制は国によって多少違っても、基本枠は同じ。しかし、憲兵という日本語の響きにはかなりマイナスのイメージがあるから、本作の主人公であるルゴルジュ大尉を評価するについてはその言葉の壁を超える必要がある。軍隊は戦争のために備えるものだから、いざとなれば本作で見るように陸軍が主導権を握るのが普通で、「説得による交渉」という余地はわずかしかないのはやむを得ない。しかも、近代国家では軍隊を最終的に指揮するのは軍人のトップではなく政治家のトップだから、ルゴルジュ大尉たちの動きを最終的に決定するのも政治(家)ということになる。したがって、現地で指揮をとる陸軍のヴィダル将軍と話してもムダだとわかっているルゴルジュ大尉は、自分の人脈を最大限活用して本国のベルナード・ポンス海外大臣(ダニエル・マルタン)に直接接触し意見具申をすることによって、一時は陸軍を島の後方まで撤退させることに成功!これはすごい交渉力だ。
他方、思いがけず自分自身がビアンコーニ検事代理と共にディアヌたちの捕虜になったことによってディアヌたちの要求を直接聞き出すことができたのは、交渉人としての大きな成果。ディアヌたちの要求が、島の開発を促す法律の廃止と地方選挙の中止であり、自分達の風習や伝統を守ろうとすることにあると知ったルゴルジュ大尉は、陸軍の撤退を実現させたうえで、ディアヌたちの要求をいかに政府に受け入れさせようかと策を練っていた。さらに、今回ルゴルジュ大尉自身がディアヌたちの捕虜になったことによってわかったのは、ディアヌたちのバックにいるのはニューカレドニアの独立を目指す「解放戦線」という組織だということ。ディアヌたちがその「政治局」の指示に従ってウベア島の詰所を占拠しようとしたところ、突発的に襲撃事件にまで拡大してしまったわけだ。したがって、ディアヌたちの要求とフランス政府の意向をすりあわせるためには、直接解放戦線政治局と接触する必要があると判断したルゴルジュ大尉は、何とその会談まで実現!その行動力には驚く他ない。
しかし、このようなルゴルジュ大尉の懸命な努力にもかかわらず、時間は刻一刻と経っていく。残された総攻撃まであと〇日。その中でルゴルジュ大尉の交渉はどこまで進展するの?そして総攻撃の決断が下された時、ディアヌたちの洞窟内に今なお残されている仲間たちのために、ルゴルジュ大尉はいかなる決断を?
<この日のDVD鑑賞はグッドタイミング!>
アメリカの大統領選挙は11月7日オバマ大統領の再選が確定したが、ここに至るまでには民主党VS共和党の長い選挙戦があった。それに対して、中国では11月8日から始まった中国共産党第18回大会で習近平が主席として選出されることが100%決まっている。
「自由と人権の国」フランスの統治制度は大統領と首相の二重構造だが、ウベア島事件が起きた1988年4月には投票日を間近に控えた大統領選挙と地方選挙に向けて、再選を目指すミッテラン大統領とシラク首相との間で激しい選挙戦が戦われていた。マスコミで流されているのは、ウベア島で国家憲兵治安部隊(GIGN)の隊員が過激派の現地住民によって襲撃され虐殺されたこと。ウベア島では過激派が独立を叫んで暴動を起こしたうえ、GIGNの隊員たちを人質として、今なお洞窟内に立てこもっているらしい。フランス政府はこんな危機に対してどう対応するの?アメリカ大統領選挙投票日を間近に控えた2012年10月末にアメリカ東海岸で発生したハリケーン「サンディ」への対応をめぐっては、結果的に現職のオバマ大統領有利に働いたようだが、さてウベア島事件に対して、両陣営はそれぞれどんな対応策を打ち出すの?
橋下徹大阪市長がいつも言っているように、民主主義国家では「民意を示す選挙がすべて」だから、両陣営があらゆる出来事を自派に有利に活用しようとしたのは当然。しかして、4月22日に起きた襲撃事件への対応については、社会党のミッテラン大統領は穏健な話し合いによる解決を、保守派のシラク首相は武力行使を含む断固とした対処を、と訴えた。しかし、そんな選挙対策の違いによってルゴルジュ大尉たちの現地での行動が左右されていいの?ちょうどアメリカ大統領選挙の長期にわたる戦いの結論が出た直後に、タイミングよくそんな本作のDVDを鑑賞できたことに感謝。
2012(平成24)年11月13日記