ヒルデンブルグ 第三帝国の陰謀(ドイツ映画・2011年) |
<梅田ブルク7>
2013年2月16日鑑賞
2013年2月18日記
豪華客船タイタニック号の沈没事故が映画として大ヒットするのなら、巨大飛行船ヒンデンブルグ号の爆発炎上事故だって!核実験にはウランやプルトニウムが不可欠だが、飛行船にはヘリウムが不可欠。水素で飛行していたヒンデンブルグ号は、なぜ爆発炎上事故を?それは事故ではなく、ひょっとして「第三帝国の陰謀」では?そんな自由な発想で、この巨大な「物体」から「あの時代」を見つめ直してみると・・・?
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監督:フィリップ・カーデルバッハ
脚本:ヨハネス・W・ベッツ、マーティン・プリスル、フィリップ・ラズプニック
マーテン・クルーガー(ヒンデンブルグ号設計技師、ドイツ人)/マクシミリアン・ジモニシェック
ジェニファー・ヴァンザント(エドワードの娘、アメリカ人)/ローレン・リー・スミス
フーゴ・エッケナー(ツェッペリン飛行船会社会長、ドイツ人)/ハイナー・ラウターバッハ
ヘレン・ヴァンザント(エドワードの妻、ジェニファーの母、アメリカ人)/グレタ・スカッキ
エドワード・ヴァンザント(アメリカの石油会社社長、アメリカ人)/ステイシー・キーチ
レーマン社長(ツェッペリン飛行船会社社長、ドイツ人)/ウルリッヒ・ネーテン
アルフレート(ヒンデンブルグ号乗員、マーテンの親友、ドイツ人)/ヒンネルク・シェーネマン
ブローカ(皮肉屋の芸人、ドイツ人)/ハンネス・イェーニッケ
ゴットフリート・ケルナー(ユダヤ人、一家で亡命を画策)/ピエール・ベッソン
アンナ・ケルナー(ゴットフリートの妻)/クリスティアーネ・パウル
ギゼラ・ケルナー(ゴットフリートの娘)/アリツィア・フォン・リットベルク
エリック・ケルナー(ゴットフリートの息子)/マーヴィン・ボッカース
プルス船長(ヒンデンブルグ号船長、ドイツ人)/ユルゲン・ショルナーゲル
バスチャン(ヒンデンブルグ号乗員、ゲシュタボ、ドイツ人)/ミヒャエル・シェンク
シュミット(ヒンデンブルグ号通信係、ドイツ人)/アントワン・モノー・Jr
フリッツ・リッテンベルク(ジェニファーの許婚、ドイツ人)/アンドレアス・ピーチュマン
シンガー(駐米ドイツ総領事館員、ヒトラーの命を受け陰謀を画策、ドイツ人)/ロベルト・ゼーリガー
ユルゲンス(親衛隊少佐、爆破計画を知っている、ドイツ人)/シュテファン・ヴァイナート
エリカ(アルフレートの妻、ドイツ人)/ジーナ・ゲルハルト
フランツィ(アルフレートの妹、ドイツ人)/エフィ・ケアシュテファン
2011年・ドイツ映画・110分
配給/東映
<「あの時代」を、この「物体」からしっかりと!>
多分、今ドキの子供は「飛行船」なるものを知らないのでは?もしそうだとすると、1936年8月1日のベルリン・オリンピック大会開会式でオリンピック競技場の上空に全長245メートルのツェッペリン飛行船LZ129<ヒンデンブルグ号>が登場した姿を見れば、「宇宙船の襲来」を錯覚してしまうだろう。パンフレットには「ヒンデンブルグ号とともに終わった飛行船の時代」という柘植久慶氏のコラムがあるが、そこに収録されている同氏提供の「ベルリンのブランデンブルク門の上を飛ぶヒンデンブルグ号」の絵葉書を見ても、きっと同じように思うだろう。「飛行船」やヒンデンブルグ号について何の知識も持っていなければ、この空に浮かぶ巨大な物体に驚くのは当然だ。しかして、ヒンデンブルグ号とは?
それはヒトラー率いるナチス・ドイツが国家の威信をかけて取り組んだ国家的プロジェクトによる産物。したがって、もし1937年5月6日にアメリカのニュージャージー州レークハーストへの着陸寸前に起きた爆発炎上事故がなかったとすれば、「飛行船」はその後もっと巨大化し、もっと安全化し、もっと大規模活用されていた可能性が高い。「面白い」と言っては語弊があるが、歴史的に見て興味深いのは、1912年に起きたイギリスのタイタニック号沈没の大惨事、1986年に起きたアメリカのスペースシャトル、チャレンジャー号の爆発と並ぶ、「20世紀に起きた世界的な大事故」の一つとして語り継がれているヒンデンブルグ号の事故原因については諸説が飛び交い、今なお特定されていないこと。そのため、逆に「自由な解釈」が可能となり、本作に見るような「陰謀説」まで登場するわけだ。すると「歴史上のイフ」として、もしヒンデンブルグ号の爆発炎上事故が巨大な陰謀によるものだったとしたら?そんな面白い発想のもとに、「あの時代」を、この「物体」からしっかりと!
<陰謀の基本構造をしっかりと!>
本作の原題は『Hindenburg』だが、邦題には「第三帝国の陰謀」というサブタイトルが付いている。「第三帝国」とはヒトラー率いるナチス・ドイツを指す言葉で、そこには去る2月12日に世界の抗議を無視して核実験を強行した北朝鮮と同じような「悪の権化」というイメージがある。しかし、核開発にウランやプルトニウムが必要なのと同じように、飛行船のためには空気より軽く、水素の93パーセント近い浮揚力を持つ不燃性のヘリウムが必要だ。アメリカでは1920年代から水素に代わる最も安全な浮揚ガスとしてヘリウムが飛行船に使用されていたが、当時は生産量が少なく非常に高価だったらしい。また、アメリカは当初ヘリウムをドイツに売ろうとしていたが、軍事利用を警戒して輸出禁止にしたため、ヘリウム用に設計されていたヒンデンブルグ号は水素用に変更を余儀なくされたそうだ。すると、現在やむなく水素を利用しているツェッペリン飛行船会社会長フーゴ・エッケナー(ハイナー・ラウターバッハ)にとってヘリウムの購入は悲願であり、ヘリウムを入手するためには、何としてもヘリウムの輸出禁止を解禁してもらう必要がある。他方、倒産寸前にあるアメリカの石油会社社長エドワード・ヴァンザント(ステイシー・キーチ)としても、現在の苦境を乗り切るためには何としてもヘリウムの輸出禁止を解禁してもらう必要がある。つまり、両者はその点において完全に利害が一致したわけだ。
その時代は1937年5月だから、1939年9月1日のナチス・ドイツによるポーランド侵攻の2年4カ月前。ドイツの隣国たるオーストリア、フランス、オランダ、そして敵対しているイギリスではナチス・ドイツへの警戒心が旺盛だが、海を隔て、長い間「モンロー主義」にもとづいてヨーロッパでの国際紛争には関与しない「孤立主義」の立場をとり、第1次世界大戦への参戦も遅れたアメリカのナチス・ドイツに対する警戒心は?北朝鮮の核開発をめぐってはウランやプルトニウムの輸出入の他、北朝鮮とイランとの技術供与という問題があったが、当時のドイツはUボートの技術、航空機の技術を含めて世界最高水準にあったから、アメリカの技術供与はノーサンキュー。アメリカがヘリウムの輸出禁止を解禁さえしてくれればOKというわけだ。したがって、ホントは「第三帝国の陰謀」という本作のサブタイトルは不正確で、ヘリウム輸出禁止の解禁をめぐる陰謀は、「第三帝国とエドワード・ヴァンザントの陰謀」と言うべきかも・・・?まずは、このように本作の陰謀の基本構造をしっかりと!
<スタートは、まるでロミオとジュリエット・・・?>
モンタギュー家のロミオは気晴らしのため友人たちと忍び込んだパーティーで偶然キャピレット家のジュリエットに出会い一目ボレしたが、本作冒頭に描かれるツェッペリン飛行船会社の設計技師マーテン・クルーガー(マクシミリアン・ジモニシェック)とエドワードの娘ジェニファー・ヴァンザント(ローレン・リー・スミス)との出会いとマーテンのジェニファーへの一目ボレはそれ以上の偶然。
本作は「歴史上のイフ」をテーマとした作品だから、自由な発想で脚本を書くことができる。そこで、本作はマーテンとジェニファーの出会いの場を、マーテンがはじめて乗ったグライダーの事故によって湖に転落したところに設定したわけだが、これはたしかに面白い。そして、マーテンも出席したその夜のアメリカ領事館のパーティーで、はじめてジェニファーがエドワードの娘であることが判明。そして、母親のヘレン・ヴァンザント(グレタ・スカッキ)はこのパーティーの席で、夫がヘリウムの輸出禁止解禁のため奔走中だとスピーチ。これなら、たとえジェニファーにフリッツ・リッテンベルク(アンドレアス・ピーチュマン)というドイツ貴族の婚約者がいたとしても、マーテンは積極的にジェニファーにアタックできそうだ・・・?「第三帝国の陰謀」というテーマに徹すれば、ロミオとジュリエットばりのマーテンとジェニファーの恋愛劇は不要だが、映画は娯楽だからそんな要素もしっかり盛り込まなくちゃ。
<ナチス・ドイツの問題点もさりげなく指摘!>
さらに、本作はさり気なくナチス・ドイツの「問題点」を2つ指摘している。それはきっとフィリップ・カーデルバッハ監督がドイツ生まれとはいえ、米国ピッツバーグの映画学校で学びながら映画監督になったという経歴の持ち主で、もともとナチス・ドイツに批判的な目を持っているからだろう。
問題点その1はユダヤ人問題。本作には、映画中盤で実はユダヤ人であることが判明するゴットフリート・ケルナー(ピエール・ベッソン)が妻アンナ・ケルナー(クリスティアーネ・パウル)、長女ギゼラ・ケルナー(アリツィア・フォン・リットベルク)、長男エリック・ケルナー(マーヴィン・ボッカース)を連れ一家でヒンデンブルグ号に乗り込んでいるが、それは一体何のため?ユダヤ人は大金持ちのイメージが強いが、大金を国外に持ち出されたのではナチス・ドイツは損害を受けるうえ、それはれっきとした犯罪?
問題点その2は、愛犬と共にヒンデンブルグ号に乗り込んだ皮肉屋の芸人ブローカ(ハンネス・イェーニッケ)の言動に見るナチス・ドイツ観。ブローカの皮肉は実に辛辣だから、それを聞かされる人間はきっと頭にくるだろうが、彼はなぜヒンデンブルグ号に乗ってアメリカへ?その想いもしっかり確認する必要がある。自由な発想にもとづく脚本なればこそ本作にさりげなく盛り込むことができた、この2つの問題点を、本筋の陰謀問題とは別にしっかり押さえておきたい。
<なぜドイツ語でやらないの?>
クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09年)はメチャ面白い映画だった(『シネマルーム23』17頁参照)が、私はそのセリフが全部英語だったのが不満。ドイツ映画『ヒトラー~最期の12日間~』(04年)は「私はドイツ語を使い、ドイツ人俳優とドイツ人監督でこの映画を撮影したかった」というオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の悲願が「実現」されていた(『シネマルーム8』292頁参照)が、『イングロリアス・バスターズ』ではナチス将校たちが英語でしゃべっている風景にどうしても違和感があった。本作もそれと同じで、冒頭のグライダーのシーンからして、なぜマーテンは親友のアルフレート(ヒンネルク・シェーネマン)らと英語でしゃべっているの?2人ともドイツ人なんだからドイツ語でしゃべればいいのでは?そうすると、マーテンとジェニファーとの「出会い」も、片言の英語と片言のドイツ語でのやりとりになるから、その会話の不便さがかえって2人の仲を近づけることになるのでは?
本作に登場するアメリカ人はヴァンザント一家だけで、前述したツェッペリン飛行船会社の会長フーゴ・エッケナー、同社長レーマン(ウルリッヒ・ネーテン)、ヒンデンブルグ号の船長プルス(ユルゲン・ショルナーゲル)をはじめ、ヒンデンブルグ号の乗組員たちは当然ドイツ人ばかり。また、ヒンデンブルグ号の乗組員でありながら実はゲシュタボに所属しているバスチャン(ミヒャエル・シェンク)、ドイツ国内にいるナチスのユルゲンス親衛隊少佐(シュテファン・ヴァイナート)、さらに皮肉屋の芸人ブローカもみんなドイツ人だ。シンガー駐米ドイツ総領事館員(ロベルト・ゼーリガー)だけはエドワードの側でアメリカにいるから、ドイツ人であっても英語をしゃべらせればいいが、なぜフィリップ・カーデルバッハ監督はこれらの登場人物にドイツ語をしゃべらせなかったの?
LZ129がヒンデンブルグ号と命名されたのは、軍人・政治家としてドイツで名をなし、ナチの権威を保証する「国家の父」として神格化されたパウル・フォン・ヒンデンブルグを忘れないためらしい。そのことは、パンフレットを読んではじめて知ったが、ヒンデンブルグ号の中で船長以下の乗組員たちがみんなして英語をしゃべっているのを見れば、「国家の父」たるヒンデンブルグ氏は一体どう思うだろうか?
<爆弾はどこに?陰謀を知っているのは?機密文書とは?>
マーテンがヒンデンブルグ号爆破をめぐる陰謀の存在を知ったのは、いきなりマーテンを襲ってきたフリッツから自分の身を守っている最中、逆に死亡寸前となったフリッツの口からそれを聞かされたためだ。『007』シリーズのジェームス・ボンドなら事前に上司から情報を与えられ、必要な武器や補助者など万全の態勢の下で任務に臨めるが、マーテンがそんな驚くべき情報を得たのは全くの偶然であるうえ、まさにヒンデンブルグ号が離陸する直前のこと。エドワードが病気で倒れたというニュースを聞いたジェニファーとヘレンが急いでヒンデンブルグ号に乗り込みアメリカに帰ろうとしたのは当然だが、それを聞いたエドワードはなぜ血相を変えてそれを中止させようとしたの?それはアメリカに向かうヒンデンブルグ号に爆弾が仕掛けられていることをエドワードが知っていたためだが、その陰謀は一体何のため?また、その陰謀を知っているのは一体誰?さらに、マーテンはなぜフリッツから襲われたの?
ここからはじまる本作のメインとなる中盤の「大活劇」のシナリオは若干甘い。フリッツが死亡している現場を第三者が見れば、これを殺人事件と判断するのは当然。したがって、殺人犯として指名手配される中でマーテンは、何とかヒンデンブルグ号に乗り込んだが、さてどうやってヒンデンブルグ号を爆発の危機から救うの?また、ヒンデンブルグ号内でも「指名手配」されてしまった以上、マーテンが発見され、逮捕されるのは時間の問題だ。そんな状況下でフリッツの「遺言」を聞いたマーテンは、どうやって自分がフリッツを殺した犯人ではないこと、そしてヒンデンブルグ号に爆弾が仕掛けられていること、それを早急に発見し、除去する必要があることをプルス船長らに説明するの?そこらあたりのマーテンの戦略戦術が少し甘いのが本作の欠点だ。
本作ではたまたまジェニファーが母親のヘレン以上にマーテンの言葉を信じてくれたこと、また、たまたまマーテンの親友であるアルフレートがジェニファーに協力してフリッツの荷物を調べる中で、葉巻の中に空のダイナマイトのケースを発見したことによって事態は急転換していくことになる。つまり、マーテンはそれまで何の知恵も発揮できないまま、ゲシュタボのボス・バスチャンに逮捕され、拷問を受けていたが、これによってやっとマーテンは釈放され以降、爆弾捜しに専念できることになったわけだ。しかして、さて爆弾のありかを知っているのは一体誰?さらに通信係のシュミット(アントワン・モノー・Jr)がマーテンに託した機密文書には一体何が書かれているの?限られた時間、限られた空間で、今、マーテンがやるべきことは多いはずだが、そんな最中、ジェニファーからのモーションがあったとはいえ、情熱的に愛し合うヒマなんてあるの・・・?
<クライマックスに向けての意外な展開その1>
本作は「第三帝国の陰謀」をメインとしてさまざまな要素を盛り込みながら、1時間50分という適切な時間内に収めている。その上で、歴史上の事実としてはっきりしている着陸寸前でのヒンデンブルグ号の爆発・炎上というクライマックスに向けて、2つの点で意外な展開を見せるので、それに注目!
その1は、悪天候のためレークハーストへの到着が大幅に遅れることになったため爆発物のタイマー設定を直さなければならないというきわめて「アナログ的な展開」を受けて、マーテンが爆発物に近づき、何とか爆発物の除去に成功すること。すると、本来なら「これにて一件落着」となるところだが、さてクライマックスに向けて見せる本作の意外な展開その1とは?それはあなた自身の目でしっかり確認してもらいたいが、要はタイタニック号の沈没事故と同じように、自然の摂理は人間の知恵や思惑を超えるということだ。
<クライマックスに向けての意外な展開その2>
意外な展開その2は、共通の利害関係によってツェッペリン社と手を結んでいたはずのエドワードの微妙な動き。ヒンデンブルグ号の爆発事故は危険な水素で飛行していたためで、ヘリウムを使用すれば安全。ヒンデンブルグ号の爆発事故を目の前で見た今、今後の飛行船活用のためにはヘリウムの輸出禁止の解禁を!エドワードはマスコミに対してそのように訴える予定だったが、目の前の惨状を見たうえ、そこで妻のヘレンを失ってしまったエドワードは?
なるほど、そういうことならやっぱり「第三帝国の陰謀」というサブタイトルは正しかったのかも・・・?そんな意外な展開もあなた自身の目でしっかりと。
2013(平成25)年2月18日記