フライト(アメリカ映画・2012年) |
<TOHOシネマズ梅田>
2013年3月3日鑑賞
2013年3月12日記
神ワザ的操縦で多くの人命を救ったこの機長はヒーロー(英雄)?それとも犯罪者?アカデミー賞主演男優賞の受賞は逃したものの、アル中機長の光と陰を巧みに演じ分けたデンゼル・ワシントンはさすが。弁護士倫理どこ吹く風の悪徳弁護士(?)の協力を得て、運輸安全委員会の調査も無事パス。そう思った途端、良くも悪くも人間の本性が・・・。ところで、あなたは性善説?それとも性悪説?
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監督:ロバート・ゼメキス
ウィップ・ウィトカー(旅客機の機長)/デンゼル・ワシントン
ヒュー・ラング(ウィップの弁護士)/ドン・チードル
ニコール・マッゲン(ウィップと同棲中の薬物依存症の女性)/ケリー・ライリー
ハーリン・メイズ(ウィップの友人)/ジョン・グッドマン
チャーリー・アンダーソン(パイロット組合の代表)/ブルース・グリーンウッド
エレン・ブロック(運輸安全委員会調査班リーダー)/メリッサ・レオ
ケン・エヴァンス(副操縦士)/ブライアン・ジェラティ
マーガレット・トマソン(ベテラン客室乗務員)/タマラ・チュニー
カテリーナ・マルケス(ウィップの恋人、客室乗務員)/ナディーン・ヴェラスケス
末期ガンの男性患者/ジェームズ・バッジ・デール
ディアナ(ウィップの別れた妻)/ガーセル・ボヴェイ
ウィル(ウィップの息子)/ジャスティン・マーティン
2012年・アメリカ映画・138分
配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン
<本来、こんな機長は願い下げだが・・・>
冒頭に目覚まし時計が鳴るシーンから始まる映画は多いが、本作はその直後に美女のヌード姿を見せてもらうことができるから、こりゃラッキー。そう思っていると、デンゼル・ワシントン扮するベテラン機長ウィップ・ウィトカーの「お相手」が同僚の客室乗務員だとわかるうえ、この男が前夜のアルコールを残したまま元気を出すためにコカインを吸い込むシーンを見ていると、誰もがこんな機長は願い下げ!と思うのは当然だ。
ウィップが機長として乗り込むのはサウスジェット航空227便で、その空港はフロリダ州のオーランド空港。ギリギリの時間に到着し、機長席に座るや否や客室乗務員のマーガレット・トマソン(タマラ・チュニー)に対して「疲れ気味だからコーヒーをくれ」と注文している姿や、隣りに座る副操縦士のケン・エヴァンス(ブライアン・ジェラティ)とはじめて自己紹介を交わす姿を見ていると、ホントにこの会社はこんな機長に給料を払っているの?とコンプライアンスのあり方に疑問を持ってしまう。もっとも、台風並みの悪天候にもかかわらず、飛行機を離陸させた責任は機長ではなく管制塔にあるはずだが、乱気流の中でのウィップ機長の操縦はお見事!とはいっても、飛行機の揺れは相当なものだから、ホントはこんな天候状態では離陸を見送るべきが当然だ。もちろん、こんな設定が許されるのはあくまで作りゴトの映画なればこそだが、こんなハチャメチャなシークエンスを冒頭に持ってきた本作の意図は一体どこに?
<こんな操縦も、映画なればこそ・・・>
冒頭のシークエンスによる問題提起(?)の後、本作はいきなり前半のハイライトシーンを見せてくれる。それは、激しい乱気流の中を「マニュアル操縦」によって見事に切り抜け、ひと安心した直後に機体に起きた墜落の危機だ。そんな緊急事態の中で見せるウィップ機長の冷静さと、「背面飛行」という独創的な操縦テクニックはまさに特筆モノだ。よくも瞬時に、「あの決断」「この決断」を下せるものだと感心するが、この機長の操縦のお陰で本来なら墜落し全員が死亡してもおかしくない状況下で、アトランタ郊外の人気のない畑の中に胴体着陸できたのだから、ウィップのテクニックはすごい。もちろん胴体着陸によって機体は大破し、ウィップ自身も意識不明となったうえ数名の死者も出たが、結果的に最小限の被害にとどまったのはまさに冷静沈着な機長の対応と類いまれな操縦テクニックによることは明らかだ。もっとも、パンフレットではこの操縦テクニックについて詳しく解説されているが、一人乗りの空中ショーではないのだから、こんなド派手な操縦は映画なればこそ、と考えるべきは当然だ。
病院のベットの上で意識を回復したウィップは、昔のパイロット仲間で、今はパイロット組合の代表となっているチャーリー・アンダーソン(ブルース・グリーンウッド)から事故の一部始終を聞かされてひと安心したが、さてここから始まる運輸安全委員会調査班の事情聴取は?
<「もみ消し」まで請け負うこの弁護士倫理は?>
ウィップの操縦テクニックの神ワザ的な見事さによって、結果的に最小限の被害にとどまることができたため、ウィップは一躍ヒーローに。ところが、意識が回復しない中で実施された体内検査の結果、血液中から高濃度のアルコールが検出されたことを聞かされたウィップは?デンゼル・ワシントンは本作の演技で第85回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたが、それはチャーリーに紹介された弁護士のヒュー・ラング(ドン・チードル)からそんな事実を聞かされても少なくとも表面上は全く動じない演技をはじめ、ラストに設定されているあっと驚くクライマックスまで、本作全編で見せる堂々たる演技が評価されたためだ。
弁護士は依頼者の利益を守るのが本来の仕事だが、本作でウィップの体内から高濃度のアルコールが検出されたという報告書の「もみ消し」を請け負うヒュー・ラング弁護士のスタンスは、弁護士倫理の観点から大いに疑義がある。日本では、塩屋俊監督の『0(ゼロ)からの風』(07年)で描かれたように、2001年の刑法改正による危険運転致死傷罪の新設によって飲酒運転に対する厳罰化の流れが進んだ(『シネマルーム15』214頁参照)。これと対比しても、多くの人命を一手に預かる大型ジェット機の機長による飲酒操縦は大問題だから、その報告書のもみ消しを請け負うのは、いくら依頼者の利益のための弁護活動とはいえ、もっての外だ。私がはじめてDVDの解説を書いた『リンカーン弁護士』(11年)におけるミック・ハラー弁護士は一見チョイ悪で金の亡者のような雰囲気の弁護士だったが、実はかなりの「正義派」だった(『シネマルーム29』178頁参照)。それに比べると、本作に見るヒュー・ラング弁護士の弁護士倫理は?
<機長には本来縁のない、この女性の役割は?>
マスコミにとって、今やヒーローとして「時の人」になったウィップの取材、インタビューは喉から手が出るほどやりたいのは当然。しかし、マスコミの取材を受ければ、さまざまな「突っこみ質問」や「いじわる質問」によって困惑させられ、挙げ句の果てに何らかのボロを出してしまう危険があるから、ヒュー・ラング弁護士がそれを避けようとしたのは当然だし、その危険は誰よりもウィップ自身がよく知っていた。したがって、本作中盤はマスコミを避けてウィップが病院内に閉じこもる姿や、退院後もうまくその目をスリ抜ける姿が描かれる。しかし、実はこれも映画なればこその描き方で、今時のマスコミ攻撃のすごさはこんなものではないはずだ。
それはともかく、ロバート・ゼメキス監督は本作中盤に大型ジェット機のエリート機長には本来縁のない女性ニコール・マッゲン(ケリー・ライリー)を登場させて、ウィップとの接点をつくり出し、その交流と某所での同居の様子を描いていくが、さてその狙いは?それは、ニコールがそれなりの美女にもかかわらず薬物依存症に苦しんでいる姿を見れば、すぐにわかるはずだ。病院から退院した日ウィップは別居中の妻ディアナ(ガーセル・ボヴェイ)と一人息子ウィル(ジャスティン・マーティン)のいる家に向かわず、今は売りに出している父親が残した田舎の家に向かったが、それが現実からの逃避であることは明らかだ。
ウィップが偶然ニコールと病院の階段の踊り場で知り合ったのは、タバコを吸うため夜中にベットを抜け出したため。そこでは、明日死ぬかもしれないという末期ガンの男性患者(ジェームズ・バッジ・デール)を含めた、三者三様の「落ちこぼれ談義」が面白いので、それに注目しながら、本来エリートであるはずのウィップ機長の人間的弱さに注目したい。するとなるほど、お金せびりだけはしっかりしている離婚した妻より、こんな弱さだけの女ニコールに今のウィップが惹かれていったのはある意味当然。そして、そうなるとニコールの再生がそのままウィップの再生に結びつくことになるのも当然だが、さてそんな2人の恋愛模様と再生模様の展開は・・・?
<さすが名優!後半はアル中(?)の演技をバッチリと!>
私は昔『マルコムX』(92年)を観た時、そこでのデンゼル・ワシントンの演技に衝撃を受けたが、テレビで観た『グローリー』(89年)での演技もカッコ良かった。彼の出演作は必ずしも多くはないが、『トレーニングデイ』(01年)(『シネマルーム1』14頁参照)でアカデミー賞主演男優賞を、『グローリー』でアカデミー賞助演男優賞を受賞しているだけあって、彼が本作後半で見せるアルコール依存症(=アル中)の演技はバッチリ!
もっとも、運輸安全委員会の公聴会を控える今、彼がコカインはもちろんアルコールも厳禁であることはヒュー・ラング弁護士やチャーリー以上にウィップ自身が身にしみてわかっているから、彼が父親の残した田舎の家に入った時に何よりも先にやったのはアルコール類の一掃。その手際良い処置はお見事だったが、弁護方針の食い違いやニコールとのすれ違い、さらには離婚した妻や息子との対立が顕著化すると、そのたびにウィップの心と身体はアルコールに依存しようとする方向に・・・。
そんな紆余曲折を経ながらも、いよいよ明日は運輸安全委員会の公聴会の日。ヒュー・ラング弁護士とチャーリーから明日のための資料を渡されたうえでウィップはホテルの部屋の中に缶詰にされたが、もちろん冷蔵庫の中にはアルコール類はゼロ。これなら安心、さあ後は資料に目を通しベットに入って眠るだけ。ところが・・・?映画としてはちょっと小細工をしすぎた感はあるものの、ここに見るアルコール依存症の人間の弱さと、翌朝コーヒーを持ってドアをノックしたヒュー・ラング弁護士とチャーリーが部屋の中で見た「あっと驚く光景」に注目!なるほど、こんな演出も・・・。
<あなたは性善説?それとも性悪説?>
本作における何ともユニークな登場人物ハーリン・メイズ(ジョン・グッドマン)による「コカイン療法」(?)のおかげで、酔いつぶれて風呂場で転倒していたウィップもわずか1時間で覚醒し、今はしっかり公聴会の証言台に。運輸安全委員会の委員長エレン・ブロック(メリッサ・レオ)の追及は一見厳しそうだが、意外に出来レースの感もある。本作のチラシには「彼は英雄(ヒーロー)か、犯罪者か」の大きな文字が踊っているが、このまますんなりいけばウィップは犯罪者ではなくヒーローになれること確実だ。
ところが、委員長から最後に出された質問は、ウィップには何とも意外なものだった。飛行当日は乱気流のため乗客への飲み物サービスが中止になったにもかかわらず、機内のごみ入れからウォッカの空瓶2本が発見されていた。この問題への対応についてはウィップは既にクリアしていたが、委員長の口から客室乗務員の中でただ一人カテリーナ(ナディーン・ヴェラスケス)だけに陽性反応が出たことを告げられ、「あなたは、ウォッカを飲んだのがカテリーナだと思いますか?」と質問されたわけだ。これに対してウィップが「YES」と答えればそれですべて終わりだが、さてウィップは?
カテリーナの葬儀に出席した際、ウィップは既に同じ客室乗務員で互いに生存できたことを喜び合ったマーガレットに対して、「あの日は普通だった」と証言してくれるよう偽装工作をしていたから、ウィップがここで「YES」と答えるには何の躊躇もないはずだ。しかし、今スクリーンに写るカテリーナの顔は、本作の冒頭互いに素っ裸でベットを共にし、再婚しようとまで考えていた女性の顔。さあ、ウィップの答えは?ところで、あなたは性善説?それとも性悪説?それによって、本作ラストのクライマックスの見方と評価は大きく異なるはずだ。
2013(平成25)年3月12日記