サイド・エフェクト(アメリカ映画・2013年) |
<TOHOシネマズ梅田>
2013年9月16日鑑賞
2013年9月20日記
降圧剤「ディオバン」問題一つをみても、新薬開発をめぐる医師と製薬会社との結託は大問題。本作でジュード・ロウ演じる精神科医が処方した、新しい抗うつ剤の「サイド・エフェクト」(副作用)とは?夫を殺しても、それが薬の副作用のせいで心神喪失状態であれば無罪。それが法律上の大原則だが、もしそこに恐るべき陰謀が仕組まれていたら・・・。スティーブン・ソダーバーグ監督最後の劇場映画となった本作の問題提起は鋭くかつ深い。こんな映画は医学部の学生のみならず、法学部生も必見!
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!ご注意ください!!
↓↓↓
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
脚本:スコット・Z・バーンズ
ジョナサン・バンクス(精神科医)/ジュード・ロウ
エミリー・テイラー(バンクスの患者、マーティンの妻)/ルーニー・マーラ
ヴィクトリア・シーバート(エミリーの前主治医の精神科女医)/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
マーティン・テイラー(エミリーの夫、ウォール街のエリート金融マン)/チャニング・テイタム
ディアドラ・バンクス(バンクスの妻)/ヴィネッサ・ショウ
エミリーの弁護士/シーラ・タピア
副地方検事/マイケル・ネイサンソン
プレシディア配給・2013年・アメリカ映画・106分
<ソダーバーグ監督最後の劇場映画は、医療の世界へ!>
私も朝夕1錠ずつ、2種類の降圧剤を飲んでいるが、幸いなことにそれは「ディオバン」ではなかった。製薬会社のノバルティスファーマが販売する高血圧治療の降圧剤「ディオバン」(一般名・バルサルタン)は約100カ国で承認され、ピーク時には世界で6千億円以上の売り上げを記録するなど、世界でも一般的な降圧剤。これまで多くの医師がこれを処方し、多くの患者が服用してきた。ところが、降圧効果のみならず脳卒中や狭心症などの発生も抑えるとしてきたこの薬の「効用」に科学的根拠が不十分だったことが発表されたから、こりゃ大ゴト!ノバルティスファーマ社が臨床研究で不正なデータ操作をしていたことが明らかになれば、それは刑事処分ものだろう。
このディオバン問題はほんの「氷山の一角」で、新薬をめぐっては日常的にさまざまな問題が提起されている。本作で取り上げたテーマは、『サイド・エフェクト』というタイトルどおり、「薬の副作用」。さすが、ソダーバーグ監督!本作を観れば、新薬開発の裏に潜む、医師と新薬会社との結託、新薬開発をめぐる株価操作等々、新薬の「サイド・エフェクト」は単なる肉体上の「副作用」だけにとどまらないことがよくわかる。複雑な人間関係と複雑な背景事情があるにもかかわらず、例によって(?)、ソダーバーグ監督のストーリー展開はスピーディーだから、ついていくのは大変。そんなスティーヴン・ソダーバーグ監督最後の劇場映画が放つ問題提起を、しっかり受けとめたい。
<精神科医が下す決断の重みは?その責任は?>
今、ジュード・ロウ演じる精神科医ジョナサン・バンクスは、元ヴィクトリア・シーバート博士という女医(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)の患者であった美しい女性エミリー・テイラー(ルーニー・マーラ)の診察にあたっていたが、この患者はどうも変・・・。エミリーは、地下駐車場で、自らの車を壁に激突させたため、何らかの精神疾患があるのではないかと疑われたわけだ。しかしエミリーが取り乱していたという駐車場係の証言や、事故現場にブレーキ痕が無かったことから、バンクスはエミリーが自殺を図ったのではないかと推測。すると、この患者は強制的に入院させること不可欠だ。
ところが、幸せいっぱいの中で結婚しながら、ウォール街で働いていた夫のマーティン・テイラー(チャニング・テイタム)がインサイダー取引で有罪の判決を受け、収監されたため、かつて患ったことのあるうつ病が再発しているだけだ、というエミリーの言葉にバンクスは深く同情。そこで、彼はある抗うつ剤を処方するとともに、カウンセリングを受けることを条件にエミリーに対し退院許可をあたえたが、果たして、その当否は?依頼者の法律相談を聞いた弁護士が下すべき判断も難しいが、うつ病の患者の相談を聞いた精神科医が下す診断がいかに難しいかはその後の本作の展開をみればよくわかる。もっとも、その診断が多少まちがっていても、患者から「薬が合わないので変えてくれ」とか、「別の医者にかかった方がいいと思うので、そちらに移ることにする」等の「微修正」でケリがつけばいいが、バンクスが処方した抗うつ剤アブリクサのせいでエミリーが夫を殺してしまうという事態になればそりゃ大変。犯行時におけるエミリーの精神状態を鑑定するのは精神科医としての一つの職責だが、ヘタすると自分も殺人教唆の責任を問われる可能性もある。
さて、本作におけるバンクスの診断の重みは?そして、その責任は?
<医者と製薬会社との悪しき結託は?その広がりは?>
弁護士増員時代を迎えた今、弁護士も食っていくのにしんどい時代になったが、それ以上に大量に作り出されたお医者さんは弁護士以上に競争が激しいらしい。妻のディアドラ・バンクス(ヴィネッサ・ショウ)が目下就職活動中であるうえ、大きな家を購入したため、かなりの収入が必要なバンクスは、クリニックでの診察の他、製薬会社から新研究に参加し、新薬の処方をしてくれればバックペイするとの話に乗っかかったが、そりゃ仕方なし。
他方、バンクスに新型の抗うつ剤アブリクサを紹介したのはシーバート博士だが、本作後半にはこのシーバート博士とアブリクサの製薬会社との結びつき(結託ぶり)が徐々に明らかにされていく。そればかりか、アブリクサを利用したあくどい株価操作や、さらには、それによる同性愛の絡み(?)や殺人事件にまで波及していくから、本作の問題提起はすごい。日本では今、美白化粧品で肌がまだらに白くなる白斑の被害を広範に発生させたカネボウ化粧品の責任問題が大きな社会問題になっている。エミリーが抗うつ剤として飲んでいたアブリクサの「サイド・エフェクト(副作用)」として、無意識のうちに夫のマーティンを刺し殺してしまったとしたら、その製造元はカネボウ化粧品以上に大変だ。もっとも、その前にエミリーの殺人罪が成立するか否かが大問題だが、弁護士の目で観ていると、エミリーの刑事事件は日本とは大きく違う展開に・・・。
<エミリーの刑事処分は?心神喪失の成否は?>
日本ではこんな場合、検察の捜査段階で被疑者エミリーが犯行当時に心神喪失だったかどうかの精神鑑定を実施し、そこで責任能力ありと判断されると起訴されて、法廷で有罪、無罪が争われることになる。しかし、本作を観ていると、アメリカにおける捜査段階での「司法取引」の実態がよくわかる。すなわち、副地方検事(マイケル・ネイサンソン)と、エミリーの女性弁護士(シーラ・タピア)のやりとりを聞いていた裁判長は、エミリーの心神喪失を認める代わりに、精神科医のOKがでるまで精神病院に収監することで双方どうかと提案。エミリーは「私は精神異常ではない」と反発したが、結局はこの「司法取引」の有利さを説く弁護士の説得にしたがってエミリーは無罪ながら、精神病院に収容されることになる。そうなると、必然的に「生殺与奪」の権限を持つのはエミリーの担当医であるバンクスになるが、さてバンクスは・・・?
私はアシュレイ・ジャッドという美人女優が主演した『ダブル・ジョパディー』(99年)(『シネマルームⅠ』38項参照)を映画ネタの講演でよく使っている。これは、アメリカにも日本にも共通する「一事不再理」という憲法と刑事訴訟法の大原則をスリリングに描いた名作だ。前述のように、エミリーは犯行当時に心神喪失状態にあったため無罪、という結論になったが、もしその心神喪失がインチキで、偽装されたものだったら・・・?しかも、そこにアブリクサとその製造元に深く関与しているシーバート博士が絡まっているとしたら・・・?
本作後半はそんな予想もつかない刑事裁判モノとしての面白い要素がいっぱい詰まっているから、私のような弁護士的視点からも本作後半の展開をしっかり楽しみたい。
<ひょっとしてエミリーの自殺未遂はインチキ・・・?>
他方、エミリーに対してそんなひどい副作用をもつアブリクサを投与していたのはバンクスだから、その製造元の責任問題が浮上してくると、バンクスも医者としてかなりヤバイ立場に。製薬会社との提携話が打ち切られたばかりか、クリニックからも出て行ってくれと要求される始末だ。しかし、もともとアブリクサをバンクスに勧めたのはシーバート博士だから、もし彼女がアブリクサの副作用を知ってバンクスに勧めたのなら彼女にも責任の一端があるはずだ。
さらに、バンクスがエミリーの職場である広告会社で偶然目にしたのが、エミリーが乗っていた車のエアバックの性能についてのコマーシャル。何と、この車のエアバックは高速で壁に激突しても絶対に命に影響しないほどの能力を持っているらしい。あの時エミリーがシートベルトをしていたことは駐車場係がしっかり目撃していたから、エミリーがそこまで安全だとわかった上で車を壁に激突させたとしたら、あれは自殺未遂でないことは明らかだ。すると、アブリクサのサイド・エフェクト(副作用)によって無意識のうちにナイフを持ち、それを夫の胸に突き刺し、ベッドの上で目覚めてみると夫が大量の血の中で倒れていたというエミリーの証言の信憑性は・・・?
<バンクスの(再)調査で驚愕の事実が次々と!>
ここからの(再)調査は、刑事や弁護士あるいは探偵たちの調査とは違って、精神科医バンクスの問題意識にもとづく調査になるから、弁護士の私にはわかりづらい。とりわけ、エミリーの担当医だという特権を利用して(?)エミリーに「自白剤」だとウソをついて食塩水を注射し、それによってエミリーの「自白」を引き出していくというやり方は、かなり邪道。もし現職の検事がこんな嘘つき捜査をしていたことがバレたら、たちまち懲戒ものだ。しかし、法的な知識はもとより、デュープロセスの感覚すら知らないであろうバンクス医師の調査は、側から見ている限りすごく合理的なもので、これによってエミリーはちゃんとした意識のある中で夫殺しを断行したことが明らかになっていくから、すごい。しかして、本作ラスト直前にはエミリーの口からバンクスに対して驚愕の事実が次々と語られていくからそれに注目!
もちろん、そのネタばらしをここでするわけにはいかないので、そのスリリングな展開はあなた自身の目で確認してほしい。それにしても、ルーニー・マーラーという美人女優が演じている精神病ぶりには真実味があったが、まさかそれが全部インチキでお芝居だったとは!やっぱり女は恐い。ちょっとかわいい女性患者だからといって、バンクスのように優しく接していると、いつしか身の危険が・・・。
2013(平成25)年9月20日記