ブロークバック・マウンテン(アメリカ映画・2005年) |
<シネ・リーブル>
2006年5月1日鑑賞
2006年5月2日記
アカデミー賞作品賞こそ『クラッシュ』(05年)に譲ったものの、ベネチア国際映画祭「金獅子賞」など各種の映画賞を総ナメにした注目作。ところが、そのテーマは、何とカウボーイ同士の同性愛・・・!世間からの冷やかな視線、家族の崩壊などさまざまな問題を引き起しながらも、20年にも及ぶ2人の男の「心揺さぶられる愛の物語」は、多少異和感はあるが、やはり前宣伝のとおり美しいもの・・・。大作志向が続くハリウッドでもこんな映画が認められたことに驚くとともに、台湾出身のアン・リー監督に、心からの大きな拍手を!
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監督:アン・リー
脚本・製作総指揮:ラリー・マクマートリー
脚本・プロデューサー:ダイアナ・オサナ
原作:アニー・プルー 『ブロークバック・マウンテン』(集英社文庫刊)
イニス・デルマー/ヒース・レジャー
ジャック・ツイスト/ジェイク・ギレンホール
アルマ(イニスの妻)/ミシェル・ウィリアムズ
ラリーン・ニューサム(ジャックの妻)/アン・ハサウェイ
ジョー・アギーレ(牧場主)/ランディ・クエイド
キャシー(ウェイトレス、後のイニスの恋人)/リンダ・カーデリーニ
ラショーン・マローン(パーティーでしゃべりまくる美女)/アンナ・ファリス
アルマJr.(19歳、イニスの長女)/ケイト・マーラ
ワイズポリシー配給・2005年・アメリカ映画・134分
<アカデミー賞最多8部門にノミネートだが・・・?>
今年3月末発表の第78回のアカデミー賞最大の注目作『ブロークバック・マウンテン』は、3月18日に公開されていたが、それを今日やっと観ることができた。この映画は、2005年度ベネチア国際映画祭グランプリ「金獅子賞」を受賞したうえ、第63回ゴールデングローブ賞で作品賞、監督賞など主要4部門を受賞した。そして、第78回アカデミー賞でも、作品賞、監督賞など最多8部門にノミネート。しかし、結果的に受賞したのは、監督賞、脚色賞、オリジナル音楽賞の3つのみ・・・。
作品賞が『クラッシュ』(05年)に奪われた(?)ことについて、多くの映画関係者は「サプライズ」と評している。この『ブロークバック・マウンテン』の方が作品としては圧倒的に優れているにもかかわらず、作品賞を取れなかったのは、「カウボーイ同士の同性愛」というテーマが、『クラッシュ』における人種偏見以上に、アメリカでは受け入れにくかったのかも・・・?
<原作は?監督は?>
この映画の原作は、『シッピング・ニュース』(01年)(『シネマルーム2』229頁参照)の原作を書いた女性作家、アニー・プルーが1997年に発表した短編とのこと。台湾生まれのアン・リー監督が『グリーン・デスティニー』(00年)の次回作の準備をしている時に、この原作の短編を読んで涙を流し、その物語が心の奥深くに刻まれたことが、この映画誕生のきっかけになったとのこと。いろいろな解説本を読んでいると、この原作は本当に短いものらしいが、なぜ女性作家が、カウボーイ同士の同性愛などというテーマを思いついたのだろうか・・・?
<舞台は?時代は?>
この映画の舞台はアメリカ中西部のワイオミング州。この州の俗称は「カウボーイ州」とのこと。また、その州旗はそのものズバリの牛を描いている。そして、そこにある「ブロークバック・マウンテン」とは、直訳すれば「破損された背中の山」という意味だが、現実にはそんな名前の山は存在しない・・・?そして、映画がスタートする時代は1963年。今でこそアメリカは進歩的で、何でもありの国のように言われている(?)が、西部劇映画を観ていればよくわかるとおり、もともとアメリカは保守的な国であり、とりわけ西部はその色が強いもの。西部開拓史の時代においては、男に対して女の数の比率が圧倒的に少なかったから、「女に当たらなかった男」がたくさんいたことは、客観的な事実。しかし、そうかと言って、男同士の同性愛が認められるはずはなく、あの時代、それは御法度!
<やはり異和感が・・・?>
アカデミー賞発表の時点で既にこの映画は大評判になっていたし、『キネマ旬報』3月下旬号でも巻頭特集が組まれていたため、私は映画を観る前からこの映画についてはかなり「耳年増」になっていた状態。したがって、映画の冒頭、何となく怪しげな雰囲気の中、イニス・デルマー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)の2人が登場すると、さて、これからどんなプロセスを経て2人は・・・と、つい先々に身構えてしまうことに・・・。
そして「ブロークバック・マウンテン」の美しい自然の中、2人が羊の放牧の管理の仕事を続けている間も、ずっと「いつ、どんなタイミングで・・・」とそんなことばかりを・・・。そして、いざそのシーンが訪れると、「ああ、なるほど」と思う反面、やはり男2人の愛の営み(?)にはやはり異和感が・・・?
<「心揺さぶられる愛の物語」は・・・?>
2人の「関係」がはじめて成立したのは1963年。最初は、「あれは1回限りのことだ」(イニス)、「俺たちだけの秘密だ」(ジャック)、「俺はオカマじゃない」(イニス)、「俺も違う」(ジャック)という会話のとおり、「1度限りの過ち」で終わってしまうかのように見えた。しかし、やはりその時点から、精神的にも肉体的にもお互いを求め合っていたらしい・・・。
したがって、1度、「禁断の実」を食べてしまった後は、山の中での2人の仕事と生活は大きく意味の異なるものに・・・。男同士が無邪気に戯れる様子(?)を目撃したのは、2人の仕事ぶりを監視するため(?)山に入ってきたジョー・アギーレ(ランディ・クエイド)。ジョーはコトを大層にしなかったものの、仕事を予定より早く終了させてしまったため、2人はごく自然に別れていくことに・・・。
これでおしまいとなれば、ちょっとしたハプニングの物語で終わってしまうわけだが、この映画はこれがスタート地点。ここから、以降20年間にわたる、2人の「心揺さぶられる愛の物語」が・・・。
<2人のキャラは・・・?>
この映画が高い評価を受けたのは、カウボーイ同士の同性愛を中心とした「愛の物語」の切なさというテーマによるものが大だが、その評価が定着したのは、2人の主人公を演じた2人の俳優の演技力があってのもの。2人とも、イニスもジャックも口数が少ないという点は共通しているが、その性格は大きく違うもの。まずイニスは、どちらかというと陰気な性格で内気。そして、同性愛について基本的には嫌悪感を持っているため、自分がそれに溺れることに対する強い罪悪感を持っている。これは、彼が子供の時、同性愛の男がリンチを受けて殺された姿を目撃していることも1つの原因・・・?
他方、ジャックは、その当時ゲイ、オカマが市民権を得ていないことは十分承知しているものの、同性愛についてはかなり積極的かつ情熱的・・・。したがって、20年間にわたる2人の関係においても、常にジャックがリードしながら、イニスを求めている。このように、2人のキャラはまるで陰と陽・・・。
<ふつうの結婚生活・家庭生活も・・・?>
このように大きくキャラの異なる2人だが、結婚生活や家庭生活は普通にできるから不思議なもの・・・?イニスは許嫁のアルマ(ミシェル・ウィリアムズ)と結婚し、すぐに2人の娘が誕生。他方、ジャックもテキサスでロデオの真似事をやっているうちに、なぜか地元の大金持ちの娘で、ロデオ・クィーンのラリーン(アン・ハサウェイ)と結婚し、こちらにも息子が・・・。
このように、そのまま平穏な家庭生活を続けることも不可能ではないと思える状況だったが、それが一変したのは、「近日中に訪問する」と書かれたジャックからの1枚のハガキがイニスに届いたこと。それを見て、急にソワソワしはじめたイニス。窓の外にジャックの車が見えた途端に玄関を飛び出したイニスは、喜びを抑えきれないまま、物陰でジャックと抱擁を交わし、熱いキスを交わしたが、たまたまそれを目撃したのがアルマ。こりゃ最悪・・・。これでは、その後2人で酒を飲みに行くという話も、古い釣り友達と釣りに行くという口実もすべてインチキであることがバレバレに・・・。
<家庭の崩壊は必然・・・?>
イニスとジャックの人目をはばかる「密会」は、テキサスに住むジャックがわざわざイニスの家を訪れるというパターンだったが、そんな「密会」がくり返されることは、2人の「関係」を知っているアルマには到底耐えられないことだった。そのため、何年間かは我慢していたものの、遂にイニスとアルマとの夫婦関係は冷えきり、離婚することに。
他方ジャックは、娘と孫はかわいがるものの、ジャックのことを小バカにしているラリーンの父親との関係に苦慮していたが、そこは根が陽気なジャックのこと・・・?ラリーンとの仲はホドホドに保ちつつ、マメにイニスの元を訪れていた。
しかし、本来情熱的なジャックは、年に数回だけの逢瀬では不満が溜まっていた様子。そんな中、イニスが離婚したというニュースは、ジャックにとってラッキーなもので、「これなら2人で牧場を経営できる」と単純に考えたジャックは、その旨をイニスに提案したが・・・。しかし、アメリカ社会におけるゲイに対する目は、1970年代、そんな甘いものではなかったし、イニスの子供時代のトラウマも深く、重いものだったから、これに対するイニスの答えは・・・?
<こんなに長く続くの・・・?>
イニスとジャックが年に数回、2人だけで過ごすのは、1963年にともに過ごしたワイオミング州のブロークバック・マウンテンの山の中。そのキャンプで過ごす2人は、1980年に入ってもホントに楽しそう。男同士の同性愛ってこんなに長く続くもの・・・?
もっとも、さすがにこの時期になると、次第に2人の関係におけるさまざまな矛盾や不平不満も・・・。そのポイントは、年に数回しか会えないということだったが、それを強く不満に感じていたのはジャックの方。そのため、1981年の春の「密会」において、イニスから次に会えるのは夏ではなく秋になると言われたジャックは、不満を募らせて言い争うことに・・・。
この時既に2人は30代後半。ここらあたりから、2人の関係についてのイニスの悩み、ジャックの悩みが次第にクローズアップされ、エンディングに向かっていることが暗示されてくる。そしてここで思いもかけない出来事は、イニスがジャックに宛てて送ったハガキが「死亡」とスタンプが押されて返送されてきたこと。さて、これは・・・?
<あなたはジャックの死をどう理解する・・・?>
この映画は、さすがアカデミー賞のオリジナル音楽賞を受賞しただけに、バックに流れる音楽はギターの音色を中心とした、静かながらも印象に残るもの。また、作品賞こそ逃したものの、監督賞と脚色賞を受賞しただけに、2人の男たちの「愛の物語」が、年とともに矛盾を抱え、切なさを増していく様子が実にうまく描かれている。しかし、私はここで突然ジャックが死亡するなどという物語になると予想していなかっただけに、そんなハガキにビックリ・・・。
もちろん、イニスは慌ててジャックの妻のラリーンに電話すると、それに対するラリーンの説明は、「ジャックが車の修理をしていたところ、突然タイヤが破裂したため、飛び散った破片で傷を負い死亡した」というもの。しかし、これってホント・・・?ひょっとして、ジャックを嫌っていたラリーンの親父や同性愛を忌み嫌う勢力によってリンチを受けたせい・・・?
<ジーンズとハット、そしてダンガリーシャツとデニムシャツ>
この映画の1つの大きな特徴は、『ブロークバック・マウンテン』というタイトルどおりの美しい山、雪、自然の風景。とりわけ、セリフがほとんどないまま淡々と描かれる導入部分の風景の美しさは絶品。それとともに、この映画で強く印象に残るのは、2人のカウボーイが身につけるジーンズとカウボーイハット、そしてダンガリーシャツとデニムシャツ。
「ブロークバック・マウンテン」の自然の中で、羊の管理をしながら暮らす2人の生活に不可欠なこれらの衣服は、時にケンカした時には血に染まったり、雪の場面では毛布に包まれることになるが、いかにもアメリカのカウボーイの雰囲気を象徴させるもの。ちなみに、その観点からは、真っ赤なベストで、真っ赤なカウボーイハットを被ったロデオの女王ラリーンに扮するアン・ハサウェイは、見方によれば『プリティ・プリンセス2~ロイヤル・ウェディング~』(04年)におけるプリンセス役よりもずっとカッコいいもの・・・?(『シネマルーム7』118頁参照)
それはともかく、「ブロークバック・マウンテン」で2人が過ごした時に、イニスが着ていたダンガリーシャツと、死亡したジャックが着ていたデニムシャツが、映画のエンディングを迎えるについて大きな役割を果たすことになるから、これに要注目!
<エンディングはさすが・・・>
この映画では、イニスの家庭状況とジャックの家庭状況が、ほぼ平等にスクリーン上に登場するとともに、2人の密会の場においても、お互いの近況報告がなされる。したがって、20年という歳月の中で、2人の立場がそれぞれどのように変化していくのかが観客にもよくわかる。エンディングに向けて注目すべきは次の2つ。すなわち、
その1は、イニスがジャックの生家を訪れ、ジャックの年老いた両親と語り合うシーン。かつて、1963年の「ブロークバック・マウンテン」では、ジャックは親の元では働きたくないと言っていたが、ジャック死亡後の父親、母親の反応は・・・?
その2は、ジャック死亡後、エンディングに向けて登場する、19歳になったイニスの長女のアルマJr.(ケイト・マーラ)とイニスとの語らいのシーン。彼女が、今はトレーラーハウスに1人で住んでいるイニスを訪ねたのは、自分の結婚式への出席を父親に要請するため。こんな娘の要請に対して、イニスはどのように答えるのだろうか・・・?そして、遂に迎えるこの映画のエンディングは・・・?さらに、そこでイニスが語るジャックへの想いとは・・・?
さすがアン・リー監督、実に味わい深い終わり方をするもの。これぞ、映画賞総ナメ映画のつくり方だと大いに感心・・・。
2006(平成18)年5月2日記