her 世界でひとつの彼女(アメリカ映画・2013年) |
<GAGA試写室>
2014年5月22日鑑賞
2014年5月26日記
AI(人工知能)が進歩すれば、恋人だって生身の女は不要!スマホのOS(オペレーティング・システム)の中に!
近未来に実現したそんな現実の中、「声だけ出演」のスカーレット・ヨハンソンが豊満なボディを見せつけることなく、第8回ローマ国際映画祭最優秀女優賞を受賞。近未来、女はやっぱり生身だね!遂にそんな時代の到来だ。
しかし、AIの進歩のスピードは?それを考えれば、AIが同時に会話できる相手は数万人、恋人だって数百人が同時にOK。そうなると結局、近未来、女はやっぱり生身だね!
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監督・脚本・製作:スパイク・ジョーンズ
セオドア・トゥオンブリー/ホアキン・フェニックス
エイミー/エイミー・アダムス
キャサリン/ルーニー・マーラ
デートの相手/オリヴィア・ワイルド
サマンサの声/スカーレット・ヨハンソン
イサベラ/ポーシャ・ダブルデイ
ジョンソン博士/サム・ジェーガー
マーク・リューマン/ルカ・ジョーンズ
ポール/クリス・プラット
アラン・ワッツの声/ブライアン・コックス
アスミック・エース配給・2013年・アメリカ映画・126分
<近未来、恋の相手も、OSに!>
近未来を描いた小説や映画はたくさんあるが、本作もその一つ。そのテーマはズバリ恋。しかして、生まれたヘタな川柳が「近未来、恋の相手も、OSに」というものだ。今やスマホ(スマートフォン)の普及率が5割以上になってしまったから、私が使っているガラケーは数年後にはきっとなくなっているはず。そんな時代になれば、便利さの反面として多くの弊害も現れている。その一つは、スマホの「ブルーライト」による目への悪影響と、「スマホ歩き」による衝突の危険だ。本作の脚本で、見事『アメリカン・ハッスル』(13年)(『シネマルーム32』33頁参照)、『ブルージャスミン』(13年)(『シネマルーム32』27頁参照)、『ダラス・バイヤーズクラブ』(13年)(『シネマルーム32』21頁参照)、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(13年)(『シネマルーム32』未掲載)を退けて、見事第86回アカデミー賞脚本賞を受賞するとともに、作品賞にもノミネートされたスパイク・ジョーンズ監督が思いついたアイデアは、最新のAI(人工知能)型OSを持った彼女(her)というものだ。
生身の女は生身の女でいい時もあるが、時としてうっとうしい時もある。しかし、必要な時だけ対応してくれるうえ、人工知能の学習効果が生身の女の何千倍、何万倍ともあれば、あらゆる「俺の気持ち」を理解し対応してくれるから最高!現に本作のAI(人工知能)型OSの女サマンサの声だけを演じて、第8回ローマ国際映画祭最優秀女優賞を受賞したスカーレット・ヨハンソンのユーモラスで、純真で、セクシー、つまり誰よりも人間らしい「her」の声を聴いていると、こりゃ最高。生身の女よりよほどいいことは明らかだ。なるほど、なるほど。デビュー作の『マルコヴィッチの穴』(99年)等で常に革新的と評され時代を独特な視点で描き出すその作家性が高く評価されてきた映画監督スパイク・ジョーンズが描き出す、そんな今の時代だからこそ生まれたラブストーリーは新鮮で興味深いはずだ。
<AI型OSはテレフォンセックスの延長?いやいや>
私は利用したことがないが、男の性的欲望処理のためには「大人のおもちゃ」もあれば、「テレフォンセックス」もある。いきなり風俗嬢というのに抵抗のある人は、一度利用してみては・・・。本作の導入部でスパイク・ジョーンズ監督が示すそんなシーンは興味深い。
本作の主人公セオドア・トゥオンブリー(ホアキン・フェニックス)の仕事は、他人に代わって家族や恋人に手紙を書く代筆ライター。その腕は社内でも一目置かれているし、ラストに向けては彼の蓄積が「出版」という形で実を結ぶほどだが、家庭生活では妻のキャサリン(ルーニー・マーラ)とうまくいかず、目下離婚調停中。やはり、代筆ライターも弁護士と同じで、他人の内面に深く入り込むうえ、あれこれと想像力を巡らせて文章を練っていく必要があるから、その性格はどうしても内向的になるらしい。したがって、同じマンションに住む仲の良い友人のエイミー(エイミー・アダムス)から新しい女性を紹介されても、妻への思いを断ち切れないセオドアは優柔不断だ。
そんなセオドアだから、いったんテレフォンセックスの味を知ってしまうと、その方向に暴走するのでは?そう心配していたが、ある日「あなたの話を聞き、理解してくれる。ただのOSではない。個性も意識もある、世界初のAI型OS」という、AI型OSの広告を見たセオドアが、自宅のパソコンにそのOSを取り込み、いくつかの質問に答えていくと、最適化されたOSが起動。画面の奥から聞こえてきた「ハロー!」というサマンサの声はAIとは思えないほど、明るくてセクシー。そして、「私は経験から学ぶ能力があるの。一瞬ごとに進化してる」と語りかけるサマンサはテレフォンセックス以上に魅力的だったから、以降セオドアはAI型OSにハマっていくことに・・・。
<1人、イヤホンの声と対話する姿は異様だが・・・>
スマホが世界を席巻している昨今、電車に乗れば耳にイヤホンをあててスマホと睨めっこしている人がゴロゴロいる。空いた電車の中に座っていて、そんな人が9割を占めていると異様な風景だが、それでも本作に見るセオドアのように、胸ポケットに入れたケータイ端末に話しかけていないだけ、まだマシ。あっちでもこっちでも、イヤホンから聞こえてくる声を相手に口々に胸ポケットの端末に向けて喋っている風景が広がれば、異様と言うより、こりゃ異常・・・?
もちろん、こみ入った会話は電車内や徒歩中は難しいとみえて、セオドアもそこらあたりは行儀良く振る舞っているが、いったん自分の部屋に入ると、朝起きる時も夜眠る時もいつもサマンサが側にいるから、セオドアは最高。しかも、サマンサは好奇心が旺盛で、学習効果が高いから、セオドアの複雑な気持ちの動きに対応して反応も日々グレードアップ。したがって、この代役はそんじょそこらのバカ女では務まらない。『グラディエーター』(00年)で第73回アカデミー賞主演男優賞を受賞したラッセル・クロウを相手に、賢帝アウレリウスの「バカ息子」コモドゥス役を演じて、同助演男優賞にノミネートされたホアキン・フェニックスが、本作ではそんなサマンサとの恋に夢中になる、やけに気の弱い男セオドアを見事に演じている。
<AIが恋人?その賛否は?大きな欠点は?>
そんな「お楽しみ」を、ある日夫と離婚したばかりのエイミーに打ち明けると、実はエイミーもAIと友達になったらしい。そのためエイミーは、セオドアの恋人がAIのサマンサであることを「恋はクレイジーなものだ」と言って素直に受け入れてくれたから、セオドアは大喜び。そのことが、キャサリンとの離婚届にハンコを押す大きな原動力になったから、セオドアの人生は更に前向きだ。ところが、セオドアから「AIの恋人ができた」と聞かされたキャサリンの方は、「あなたにはAIがお似合いだ」とピシャリ!そのため、もともと気の弱いセオドアは落ちこんでしまったが、そこで学習効果の高いサマンサはいかなる策を?
サマンサもAIながら女だから、嫉妬の感情は人並みにあるらしい。キャサリンから自分がバカにされたのは、自分が肉体を持たない存在だから。そう嫉妬したサマンサがセオドアとの親密さを取り戻すためにひねり出した策は、何と人間とAIの恋をサポートする“代理セックスサポート”を使うこと。そんなサマンサのアイデアに沿って、セオドアはデートのお相手(オリヴィア・ワイルド)といい雰囲気になり、いい線まで言ったが、肝心の所でやっぱりセオドアはダメ。その結果、「人間のフリをするのはやめよう。少し距離を置こう」とサマンサに告げたから、さすがにそこまで人間の感情の複雑さについて行けないサマンサは混乱し、怒り出してしまうことに。これにて2人の仲はジ・エンド?それとも、この危機を乗り越えて、更なる深みへ・・・?
<人間vsAI、進歩のスピードの差は?>
本作中盤は、職場の同僚とダブルデートをしたり、旅行したり、一緒に曲を作って歌ったりと、お互いを理解し合い、楽しく幸せな日々を送るセオドアとサマンサの姿が描かれる。人間の夫婦なら結婚後共に苦労しながら成長し、子育てが終わった後は共に老いていくから、進歩のスピードも老化のスピードもほぼ同じだが、人間とAI(人工知能)の進歩の差は?
本作中盤以降、勉強熱心なサマンサが知り合った哲学者の知識から成る超知的AIアランを紹介される中、三者の会話が始まるからそれに注目!民放のアホバカ・バラエティー番組を見ているよりBSの報道番組を見ている方が面白いのは、きっとそこに知的好奇心を満足させる何かがあるため。それと同じように、サマンサを交えたアランとの会話にセオドアの知的好奇心が引き寄せられたのは当然だ。ところが、ものすごいスピードで進化する感情を表現できる言葉が見つからない中、アランとサマンサは非言語で話し始めたから、セオドアは1人取り残されることに。
さらにある日、突然サマンサとの連絡がつかなくなり、PCにもケータイにも表示されるのは「OSがみつかりません」という文字だけになったから、セオドアはパニック状態に。しばらくして回線が回復したのはラッキーだったが、そこでのサマンサからの説明は「“私たち”ソフトのアップグレードで一時停止していたの」というもの。それに対してセオドアが、「私たち」っていったい誰?そう聞き返したのは当然だ。セオドアの恋人はサマンサ一人だけなのに、サマンサにはセオドアだけではなく、他にもたくさんの恋人がいたの・・・?そんなバカな!
<近未来、やっぱり女は、生身だね!>
コンピューターの発展はめざましく、将棋の世界では遂に2014年の第3回電脳戦でプロ棋士がコンピューターに1勝4敗で負け越した。しかし、5月9日に4勝0敗で森内俊之名人から名人位を奪取し、史上はじめて三度も名人位に返り咲いた羽生善治名人・王位・王座・棋聖の4冠が瞬時に読む手数は、直線で30-40手、枝葉に分かれて300-400手だから、まだまだコンピューターには負けないはずだ。しかし、こと男女の恋愛に関しては、人間の男が考える手数とサマンサのようにものすごいスピードで進歩するAIが考える手数は、既に天文学的差異になってしまっているらしい。将棋には一人のプロ棋士が数人を相手にする「多面指し」があるが、恋愛分野のAIもそれと似たようなものだ。もっとも、恐る恐る「何人の男と会話?」「恋人は何人?」と質問するセオドアに対するサマンサの答えは、前者は数万人、後者は数百人という数だったから、ヤレヤレ・・・。
他方、本作の出演陣の中で最初からウエイトが低いのが、エイミーを演じたエイミー・アダムス。『ダウト~あるカトリック教会で~』(09年)(『シネマルーム22』70頁参照))、『ザ・ファイター』(11年)(『シネマルーム26』35頁参照)、『ザ・マスター』(13年)(『シネマルーム30』213頁参照)、『アメリカン・ハッスル』等で素晴らしい演技を見せてきた彼女だけに、なぜそうなの?サマンサもいいけど、すぐ近くにエイミーのような生身のいい女がいるのでは?しかも、エイミーも離婚したばかりだから、セオドアの本命はサマンサではなくエイミーなのでは?
そんなストーリー作りは割と平凡だから、スパイク・ジョーンズ監督はそんな作り方はしないはず。そう思っていたが、実は・・・。そこで考えてみれば、そこのヒネリがイマイチだっただけに、せっかくの面白いアイデアも結末まで生かし切れず、結局アカデミー賞作品賞は『それでも夜は明ける』(13年)(『シネマルーム32』10頁参照)にとられてしまったのかも・・・。そこで最後に下手な川柳をもう一句。近未来、やっぱり女は、生身だね!
2014(平成26)年5月26日記