戦場のアリア(フランス、ドイツ、イギリス合作映画・2005年) |
<シネ・ヌーヴォ>
2014年5月31日鑑賞
2014年6月4日記
今から100年前、第一次世界大戦が始まった時、スコットランド+フランス連合軍vsドイツ軍が対峙する「塹壕戦」の中で起きた、クリスマス・イブの奇跡とは?
歌手や芸人が戦場を慰問するのは自国軍の将兵を鼓舞激励し、戦いのための勇気を湧き立たせるため。ところが、ここに響き渡った讃美歌に、両軍の兵士たちは次々と塹壕の外へ。ホントに、こんなことってあり・・・?
その姿には大いに感激だが、同時にその後訪れる、悲しい結末もしっかりと・・・。
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監督・脚本:クリスチャン・カリオン
アナ・ソレンセン(ソプラノ歌手)/ダイアン・クルーガー
オードベール中尉(フランス軍の現地指揮官)/ギヨーム・カネ
ホルストマイヤー中尉(ドイツ軍の現地指揮官)/ダニエル・ブリュール
ニコラウス・シュプリンク(ドイツ軍兵士、テノール歌手)/ベンノ・フユルマン
パーマー司祭(スコットランド軍、衛生兵)/ゲイリー・ルイス
ポンシェル(フランス軍、オードベール中尉の当番兵)/ダニー・ブーン
ビショップ(=司教)/イアン・リチャードソン
ウィリアム(スコットランド軍兵士の兄)/ロビン・レイン
ジョナサン(スコットランド軍兵士の弟)/スティーヴン・ロバートソン
ゴードン(スコットランド軍現地指揮官)/アレックス・ファーンズ
地主/ミシェル・セロー
看護士/クリスチャン・カリオン
地主/シュザンヌ・フロン
アナの歌声/ナタリー・デッセー
シュプリンクの歌声/ロランド・ヴィラゾン
角川ヘラルド・ピクチャーズ配給・2005年・フランス、ドイツ、イギリス合作映画・117分
<第1次世界大戦100周年の今、この名作を>
今年2014年は、1914年に始まった第1次世界大戦から100周年という記念の年にあたるため、新聞ではさまざまな特集が組まれている。ウクライナ危機、南沙、西沙諸島での中国vs日本、ベトナム、フィリピンとの争いの激化、中露の長期にわたる天然ガス供給契約の締結等の現象から、近い将来の第3次世界大戦の勃発を予測する意見もある。しかし、地球上の人間は、第1次世界大戦の勃発から100年間もいろいろと経験してきたのだから、それを避けるくらいの学習効果はあるのでは・・・?
そんな「第1次世界大戦から百年」を記念して、シネ・ヌーヴォでは「“戦争の世紀”戦争映画特集―第一次世界大戦から100年―」が組まれたため、私は見逃していた名作、『戦場のアリア』(05年)を鑑賞することに。ちなみに、私は同じ日に本作の他『明治天皇と日露大戦争』(57年)、『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(60年)と合計3本を続けて鑑賞した。
『戦場のアリア』は1914年のクリスマス・イブの日に起きた「ある奇跡」を映画化したもの。エーリッヒ・マリア・レマルクの小説『西部戦線異状なし』(29年)と映画『西部戦線異状なし』(30年)の大ヒットによって、第1次世界大戦では「塹壕戦」が代名詞になったが、本作が描く「奇跡」はドイツ占領下にあったフランス北部の最前線デルソーの、わずか数十メートルしか離れていない塹壕戦の中で起きたものだ。さて、その奇跡とは?
<3つの国で、それぞれの営みが・・・>
日本とアメリカがつい70年ほど前に戦争をしたことすら知らない今の日本の若者(バカ者?)には、ヨーロッパで起きた第1次世界大戦で、どの国とどの国が戦ったのかも知らない可能性がある。そんな人には、本作冒頭に提示されるスコットランド、ドイツ、フランスという3つの国に住む本作の主人公たちが、戦争開始が告げられる中でどんな営みをしていたかを見せられても、わかりにくいかもしれないので、少し解説しておきたい。
フランス北部の最前線デルソーで、互いに塹壕の中にこもって対峙しているのは、スコットランド+フランス連合軍vsドイツ軍だ。冒頭、「いよいよドイツに宣戦布告だ」と快哉を叫んで戦争に志願していくスコットランド兵士がウィリアム(ロビン・レイン)とジョナサン(スティーヴン・ロバートソン)の兄弟。そして、この2人を不安な目で見送ったパーマー司祭(ゲイリー・ルイス)も兄弟の後を追うかのように今は塹壕の中にいた。他方、「戦争と芸術は別」とばかりに、オペラの舞台に立っていたテノール歌手ニコラウス・シュプリンク(ベンノ・フユルマン)も、舞台を中止する皇帝ウィルヘルムの勅使が読み上げられると、ソプラノ歌手の妻アナ・ソレンセン(ダイアン・クルーガー)に別れを告げて戦場へ。
本作のもう一人の主人公、フランス軍中尉オードベール(ギヨーム・カネ)は、もうすぐ子供が生まれるはずの愛しい妻の写真を見ながら、スコットランド軍と組んで塹壕戦の指揮を執っていた。しかし、塹壕戦は膠着状態が続いていたから、今年のクリスマスを家で過ごせるかどうかは不明。また、ドイツ軍優勢の戦況下、妻から何の連絡もないから、不安でいっぱいだ。
まずは、そんな3つの国から、否応なく塹壕戦に参加した登場人物たちのキャラクターをしっかり確認したい。
<この無茶な提案は一体誰が?>
戦争映画では男が主役になるから、女は「添え物」としての役割しか与えられないのが普通。しかし本作では、夫ニコラウスを前線に送った妻のアナが夫に会いたい一心から提案した、戦地にある皇太子の司令部でのクリスマス・コンサートの提案が通ったところから、何とも不思議なストーリー展開になっていく。有名な歌手が戦場にある兵士を慰問するため最前線を訪れるシーンは映画にはよく登場するし、日本でも、中国大陸に進攻した将兵たちを慰問するため柳家金語楼や花菱アチャコ、横山エンタツ、ミスワカナ等が「わらわし隊」と称する慰問団が派遣されたことは有名だ。しかし、ソプラノ歌手のアナが女一人だけで、最前線へ行くのは異例だ。これは皇太子がよほどアナのファンだったために実現した企画だろう。
もっとも、最前線の劣悪な状況下で既に数カ月、命がけの任務で過ごしていたニコラウスが、いきなりアナと一緒に歌えといわれても戸惑ったのは当然。また、いくらプロでも、いやプロなればこそ、ぶっつけ本番というのは、いかがなもの・・・。したがって、当初こそニコラウスの発声に問題が起きたものの、アナの協力よろしきを得て2人の歌声が大いに皇太子を満足させたのはラッキーだった。しかし、アナの真の狙いは皇太子を満足させることではなく、少しでも長くニコラウスと2人で貴重な時間を共有したいということだった。そこで私が思い出したのは、五味川純平の『人間の條件』(59年)で新珠三千代扮する新妻・美千子が仲代達矢扮する梶二等兵に会いに行き、梶の「君の裸を見せてほしい」との要望に応えて、月明かりの中でオールヌードになるシーン(『シネマルーム8』313頁参照)。たった一晩だけでも、2人にとってはそれが何よりも貴重な時間になったわけだ。
皇太子の司令部でのコンサートを終えた日は、2人には暖かい部屋とベッドが与えられたが、さてアナが前線に赴くと・・・?
<塹壕を越えたクリスマスの奇跡はこんなきっかけから>
第1次世界大戦も第2次世界大戦と同じように当初はドイツが優勢だったから、ドイツ軍の最前線の塹壕には1914年12月24日のクリスマス・イブを祝うべく、クリスマスツリーが届けられた。しかも、それは5メートルおきに設置するというから、すごい本数だ。そればかりか、ニコラウスも驚いたように、アナが最前線の塹壕の中に登場し、クリスマス・イブの歌を歌うと言い始めたから、ホントにそんなのあり・・・?
アナがここまで来れたのは、皇帝陛下からレッキとした通行証をもらったためだから、現地指揮官のホルストマイヤー中尉(ダニエル・ブリュール)もしぶしぶこれを認めざるをえなかった。ところが、ニコラウスが美しいテノールで賛美歌を歌い始めると、バグパイプを得意とするスコットランド兵は、その歌声に合わせて伴奏を。すると、それに調子を得たニコラウスは、何と1本のクリスマスツリーを手に堂々と塹壕の外に出て行ったから、これにはドイツ兵はもとより、フランス兵もスコットランド兵もびっくり。誰かが一発銃をぶっ放せば、ニコラウスはたちまちアウトだ。
ところが、人間とは不思議なもの。雰囲気とは不思議なものだ。ニコラウスの美しいテノールにつられて、つい声を出して歌っていた両軍の兵士たちは以降、我も我もと次々に塹壕の外に出ていくことに。しかして、実現したのは、両軍兵士が酒を酌み交わし、家族の写真を見せ合う姿だが、100年前のクリスマス・イブの日に、塹壕を越えたこんな奇跡が実現したのは、そんなきっかけからだ。
<始まりは容易。でも、終わり方は難しい>
2011年3月11日に発生した東日本大震災における地震・津波・原発事故は偶然ではなく、すべてが絡み合って発生した大災害。しかし、本作に見る、塹壕の上での3カ国の将兵たちによる交流は、クリスマスの賛美歌が流れる中、ホントに偶然が重なり合って生まれたものだ。それまで互いの顔すら知らなかった①フランス軍の現地指揮官オードベール中尉、②ドイツ軍の現地指揮官ホルストマイヤー中尉、③スコットランド軍の現地指揮官ゴードン(アレックス・ファーンズ)らが束の間のクリスマス休戦とはいえ、互いに酒を酌み交わしながらしっかり交流することができたのは奇跡としか言いようがない。ニコラウスのテノール独唱に続いて、アナのアリアが始まると、将兵たちはさらに盛り上がり、クリスマスを祝う気分は最高潮に。そして、パーマー司祭のミサが始まると、敵味方に分かれているとはいえ、両軍の将兵は基本的にみんなキリスト教徒だから、それに従ったのは当然だ。
このような偶然による奇跡はホンの一瞬で終わるはずだが、翌朝、塹壕の間に横たわっている兄ウィリアムの死体を土の中に埋めようとしている弟ジョナサンの姿が発見されたから両軍はビックリ。こんな「不規則行動」からヤバイ事態に発展することもあるが、本作を見ていると、これが更に両軍の兵士の死体を埋葬する行動に発展していったからビックリ!このまま現地の指揮官に委ねていたら、塹壕戦は事実上休戦状態がキープできるのでは・・・?そんな淡い期待さえ生まれそうだ。そして、現実にも、後方から敵の塹壕を破壊する砲弾が飛び始めると、何と両軍の指揮官たちは・・・?
しかし考えてみれば、始まりは容易だが、終わり方は難しい。さて、このクリスマス休戦のケリのつけ方は?
<失敗は隠したい!あの情報の隠蔽は?>
戦争は軍事力の衝突であると同時に、情報戦であることは古今東西の常識だが、近代戦になればなるほどそのウエイトが大きくなってくる。第3次世界大戦は起きていないが、既に「サイバー戦」においては第3次世界大戦が進行中・・・?本作の中盤から後半にかけて見る風景は、まさにクリスマス・イブの夜に起きた奇跡としか言いようがないが、この現状を各国の上層部が把握すれば、さてその対応は?
6月4日は、1989年に起きた天安門事件から25周年にあたるから、北京では厳戒態勢が敷かれている。中国共産党は、あの事件を国民にひた隠しにしようとしているが、さて「微博」(ウェイボー)等での情報の広がりを権力によってどこまで阻止することができるの?日本でも『八甲田山』(77年)における「雪中行軍」の失敗は軍の機密とされたから、それに参加し、生き残った将兵は辛い立場に置かれた。5月31日に観た『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(60年)でも、「ミッドウェイ作戦」の失敗のため、それに従事し生き残った空母「飛竜」の飛行士は、その後冷たい扱いを余儀なくされた。すると、本作に見るクリスマス・イブの奇跡に参加した3カ国の将兵たちは?
<美談の後には、悲惨な結末が・・・>
パーマー司祭はあの場でのミサの主催は最高に神の意志に従ったものだという確信を持っていたが、彼に対するビショップ(=司教)(イアン・リチャードソン)の処分は?フランス軍の現地指揮官オードベール中尉はドイツ軍との交流の中で、愛妻が無事男の子を産んだことを知らされたが、全体の司令官になっている彼の父親の対応は?最も厳しい状況に置かれたのは、ドイツ陣営の将兵たちだ。ドイツは第1次世界大戦において、東部戦線と西部戦線の二方面での戦いを余儀なくされていたが、1914年12月24日のクリスマス・イブでの「失態」を聞いた軍上層部は、ホルストマイヤー中尉たちをただちに東部戦線へ移動。「それなら途中、故郷へ」というのが普通だが、今回は懲罰的な意味での移動だからそれはまかりならず、将兵たちは荷物同然の状態で東部戦線へ。
あのクリスマス・イブの奇跡の後は、それぞれこのような厳しい現実が待ち受けていたことを合わせて理解しなければ、本作は空想的な美談に終わってしまうから、くれぐれもその点はしっかりと・・・。
2014(平成26)年6月4日記