悪魔は誰だ(MONTAGE)(韓国・2013年) |
<シネ・リーブル梅田>
2014年10月19日鑑賞
2014年10月24日記
「華城連続殺人事件」を題材とした『殺人の追憶』(03年)では、公訴時効の完成に涙をのんだが、さて本作では?本作は残念なことに、ソジン誘拐事件の公訴時効の完成が物語のスタート。そこで発生した、全く同じ手口によるポミ誘拐事件の犯人は誰だ!
いくつかのアラもあり、弁護士の目から見ればアレレ・・・の面もあるが、よく練られた脚本による韓国の刑事モノ・犯罪モノは面白い。原題の『MONTAGE』と邦題の『悪魔は誰だ』、さて、あなたはどっちが好き?
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監督・脚本:チョン・グンソプ
ユン・ハギョン(幼い娘ソジンを失った母親)/オム・ジョンファ
オ・チョンホ(ソジン誘拐事件の担当刑事)/キム・サンギョン
ハンチョル(ポミ誘拐事件におけるポミの祖父)/ソン・ヨンチャン
カン・チャンシク(ポミ誘拐事件の担当刑事)/チョ・ヒボン
カク隊長(ポミ誘拐事件の隊長)/ユ・スンモク
ポミ(ハンチョルの孫)/ホ・ジョンウン
ハン・ジョンヨン(ポミの母)/ソン・ミンジ
キム・ヒョンス(ポミの父、銀行員)/キム・ソンピョ
ハン博士(国際音響、元科学捜査研究所)/キ・ジュボン
2013年・韓国映画・120分
配給/アルバトロス・フィルム、ミッドシップ
<韓国映画特有の重厚な刑事モノ・犯罪モノの傑作が登場!>
韓国映画の刑事モノ・犯罪モノの名作は、何といっても『殺人の追憶』(03年)。これは、韓国で1986年から91年にかけて現実に起こった「華城(ファソン)連続殺人事件」を題材として、捜査に執念を燃やす対照的な個性の2人の刑事と、次々に容疑者とされていく男たちの姿をリアルかつ骨太に描いた見事な作品だった(『シネマルーム4』240頁参照)。その後も、『チェイサー』(08年)(『シネマルーム22』242頁参照)、『息もできない』(08年)(『シネマルーム24』157頁参照)、『母なる証明』(09年)(『シネマルーム23』131頁参照)、『殺人の告白』(12年)(『シネマルーム31』205頁参照)等、次々と重厚な刑事モノ・犯罪モノの名作が生まれた。ちなみに、現在、「容赦なき韓国映画2014」と題してシネ・リーブル梅田とテアトル梅田で韓国映画12作品が次々上映されている。そこでも、既に観た『ソウォン/願い』(13年)、『野良犬たち』(14年)、『さまよう刃』(14年)はその範疇の映画だったし、今後鑑賞予定の『共犯(原題)』(13年)、『標的(原題)』(14年)もその範疇の映画だ。
日本ではかつて「吉展ちゃん誘拐殺人事件」という戦後最大の誘拐殺人事件があったが、韓国では「華城連続殺人事件」、「イ・ヒョンホ誘拐殺人事件」、「カエル少年事件」という「韓国三大未解決事件」があり、そのそれぞれが映画化されている。チョン・グンソプの初監督作品となる本作の重厚さと、あっと驚くストーリー展開はすばらしい。なぜ韓国映画には次々と刑事モノ・犯罪モノの名作が生まれるのか不思議だが、『殺人の追憶』、『チェイサー』、『息もできない』、『母なる証明』、『殺人の告白』に連なる、刑事モノ・犯罪モノの傑作の誕生に注目!
<考えてみれば、あの名作もこの名作も「誘拐」がテーマ!>
略取・誘拐罪は刑法224条から229条に規定されているが、1964年の刑法改正で新設されたのが225条の2の「身の代金目的略取等罪」。これは、1963年3月31日に発生した「吉展ちゃん誘拐殺人事件」が契機になったものだ。「吉展ちゃん誘拐殺人事件」で有罪とされ、死刑判決の執行を受けた小原保は、映画『天国と地獄』(63年)の予告編を観たことで犯行を計画した、と述べている。たしかに、よく考えてみれば、黒澤明監督の名作『天国と地獄』は、子供の誘拐をめぐる緊迫した人間ドラマだった。
そんな風に「誘拐」をテーマにした映画を追ってみると、あるわ、あるわ。幼児の誘拐に限定しなければ、あの名作もこの名作も「誘拐」がテーマだ。韓国映画特有の刑事モノ・犯罪モノとは全く違うアプローチだが、ハリウッドには『コレクター』(65年)、『コレクター』(97年)、『プルーフ・オブ・ライフ』(00年)(『シネマルーム1』6頁参照)、『セルラー』(04年)、『マイティ・ハート/愛と絆』(07年)(『シネマルーム18』66頁参照)、『チェンジリング』(08年)(『シネマルーム22』51頁参照)、『96時間』(08年)(『シネマルーム23』未掲載)等々の名作がある。
中国映画だって、范冰冰(ファン・ビンビン)が大胆なセックス・シーンを見せてくれた『ロスト・イン・北京(苹果/Lost in Beijing)』(07年)(『シネマルーム30』136頁参照)や、『ビースト・ストーカー/証人』(08年)(『シネマルーム28』81頁参照)、『コネクテッド (保持通話/CONNECTED) 』(08年)(『シネマルーム23』142頁参照)等々がある。
<『八日目の蟬』のテーマも「誘拐」!>
さらに、日本では成島出監督の近時の最高傑作『八日目の蟬』(11年)がそうだ。「幼児の誘拐事件」と聞くと、つい「吉展ちゃん誘拐殺人事件」のような凶悪犯罪を想像してしまうが、考えてみれば、永作博美と井上真央をヒロインとした名作『八日目の蟬』は、まさに母性を売りものにした、母親による未成年者略取誘拐がテーマだった(『シネマルーム26』195頁参照)。しかして、その動機は?
「邦画にもこんな名作あり」と誇れる女たちの物語だった『八日目の蟬』における未成年者略取誘拐事件のあり方をみれば、ひょっとして本作にみるソジン誘拐事件から15年後に起きた全く同じ手口によるポミ誘拐事件がよく理解できるかも・・・?
<『殺人の追憶』にみる、熱血刑事のタイプは?>
本作に見る、15年間もソジン誘拐事件を担当してきたチョンホ刑事役を演じたキム・サンギョンは、『殺人の追憶』でソン・ガンホ演じるパク刑事とコンビを組んで大活躍したインテリ派のソ刑事役を演じた俳優だ。『殺人の追憶』では、そのソ刑事は「華城連続殺人事件」を解決することができなかったが、キム・サンギョンはその演技が認められ、その後次々と刑事役のオファーが舞い込んできたらしい。それを意図的に避けてきた彼が、本作のチョンホ刑事役を喜んで引き受けたそうだが、それは一体なぜ?
『殺人の追憶』では、「俺は人を見る目がある」と自信たっぷりのパク刑事は「叩き上げタイプ」で、「捜査は足でするもの」と信じ込んでいた。また、当初その相棒だったチョ刑事はかなり強暴型(?)で、殴り、蹴りによる「自白獲得」は当然のこと(?)と思っていた。さらに、インテリ派のソ刑事も捜査方法が混乱してきた後半では、自らの手で容疑者を殴り倒し、挙句の果ては拳銃まで抜くという無茶ブリが目立っていた。そのため、私は「弁護士としての目で見ると・・・・・・」という小見出しで、「弁護士としての目で憲法や刑事訴訟法に定められた適正手続や被疑者の権利の保護の視点からいうと、この映画の捜査方法には大いに問題がある。まず、強暴派(?)のチョ刑事は論外。また、パク刑事の自白獲得手段や現場検証での指示説明の「演技指導」も無茶苦茶。ソ刑事はさすがインテリだけに合法的だが、第3の容疑者について、DNA鑑定が思惑どおりの結果が出なかったときの暴力沙汰は、他の刑事と同様に無茶苦茶。」と書いたが、さて、本作では?
<本作にみる、熱血刑事のタイプは?>
本作でもチョンホ刑事はハン博士(キ・ジュボン)にへばりついて容疑者の声紋鑑定に固執する等、「科学捜査」に徹している(?)が、ソジン誘拐事件の公訴時効完成と同時に、全く同じ手口で起きたハンチョル(ソン・ヨンチャン)の孫娘であるポミ誘拐事件を担当するカン・チャンシク刑事(チョ・ヒボン)やカク隊長(ユ・スンモク)たちの捜査方法は?
韓国の刑事モノ・犯罪モノ映画にみる、刑事の熱血ぶりはよくわかるが、弁護士の目でみるとかなり問題が多いと言わざるをえない。また、『殺人の追憶』では殺人罪の公訴時効を迎えたため事件を解決することができなかったが、さて、ソジン誘拐事件の公訴時効完成まであと5日と迫った本作では?
<MONTAGE(モンタージュ)とは?>
本作の原題はハングル文字ではなく、英語の『MONTAGE』。モンタージュは、日本では外来語として定着しているが、実は語尾に「-age」がつく「montage」は、英語ではなくフランス語読みのままの単語だ。
パンフレットによれば、その意味は「捜査のため合成で作りあげた犯人の顔写真」。そしてもう1つは「時間や事件の経過を表すときに使う、映像編集方法」を意味する。ちなみに、映画検定3級の私が「映画検定 公式テキストブック」(キネマ旬報映画総合研究所編)で勉強したところによると、後者の「モンタージュ理論」については「ショットをつなげて、1つの意味のある映像になるという理論。例えば、何かをじっと見つめる男の映像に林檎の映像が続けば観客は男が飢えているように思えるし、赤ちゃんにつなげば男の愛情を感じさせる。」と解説している。
前者の意味では、チョンホ刑事が大切に活用してきた容疑者のモンタージュ写真が本作の要所要所で登場するから、なるほど、その原題にも納得。しかし、結論から言ってしまうと、このモンタージュ写真はホンモノの犯人と全然似ていなかったから、何の意味もなかったばかりか、かえって捜査の妨げになったのでは・・・?すると、本作の原題はむしろ後者の意味の方がウエイトが大きいようだ。
<2つの追跡シーンに注目!邦題とどちらがgood?>
韓国の刑事モノ・犯罪モノでは必ず(?)犯人の追跡シーンが登場する。本作の第1の追跡シーンは、時効完成の数時間前だから、チョンホ刑事はそりゃ必死。そんな「チャンス」が訪れたのは、時効まで残り5日と迫った日に何者かが事件現場に花を手向ける姿が監視カメラに映っていたためだ。導入部のそんな設定を見て、こりゃちょっと脚本作りが荒すぎるのでは?と思ったが、雨や傘を最大限利用した仁川ソンウォル市場を舞台とした追跡劇は緊迫感がある。
第2の追跡シーンは、誘拐事件では犯人逮捕の決定的瞬間となるはずの金の受け渡しのシーン。これは回想シーンだが、ソジン誘拐事件の犯人から指定されたのは釜山駅のプラットホームだ。金を入れたバッグを持って指定場所に置くのはソジンの母ユン・ハギョン(オム・ジョンファ)1人だが、周りは刑事たちでいっぱい。駅の柱の側にポツンと置かれたカバンを、犯人はどうやって手に入れるの?そこで起きる「ハプニング」とその後の追跡シーンも迫真モノだが、ちょっと意地悪く言うと、なぜ警察は各列車の到着時刻くらいしっかり把握しておかないの?ということになる。そう考えると、頭脳戦では警察より犯人の方が一枚上。すると、犯人はよほど頭のキレる奴!私はそうにらんだが、実は意外にも・・・?さらに、意外にも・・・?
こういう導入部から中盤そして後半にかけてのストーリー展開を見ていると、まさに後者の意味での『MONTAGE』がピッタリのタイトルだが、なぜ邦題はそれを採用せず『悪魔は誰だ』としたの?その意味がストーリー展開中にわかれば大したものだが、多分それはムリ。やっと最後になって、なるほどそういうことか、とわかるはずだ。そして、それを前提にすれば、この邦題もかなりグッド!
<主役はチョンホ刑事?それとも・・・?>
韓国の刑事モノ・犯罪モノの主役は、よくも悪くも個性豊かな刑事たち。それが相場だし、本作でもハンチョルの孫娘のポミ(ホ・ジョンウン)が誘拐されると、主役は担当刑事のチャンシク刑事やカク隊長たちに・・・。そう思うのが普通だが、ソジン誘拐事件と全く同じ手口で犯人の要求が伝えられ、金の受け渡し場所まで同じ手口で指定されると、ソジン誘拐事件が公訴時効を迎えたことの責任を感じ一度は刑事を辞めるとまで宣言したチョンホ刑事が俄然口出ししてくることに。
これにチャンシク刑事たちが頭に来たのは当然だ。チャンシク刑事たちが捜査を進める中で容疑者として浮かび上がったのが、何とポミの祖父たるハンチョル。なぜ、おじいちゃんが愛する孫娘を誘拐して、身代金を要求するの?そんな推理はバカげている、とチョンホ刑事は反論。ところが、チャンシク刑事たちは、自分たちの手柄にチョンホ刑事がケチをつけているとみなしたから、警察内部の内輪揉めも深刻だ。こんな風に刑事モノ・犯罪モノでは捜査の進展状況がストーリーの主軸になっていくから、その主役は当然そこで生き生きと活躍を続ける刑事たちだ。
ところが本作では、ソジン誘拐事件は公訴時効を迎えたから諦めてくれと言われたソジンの母親ハギョンが、なおしぶとく犯人捜しに執念を燃やしていくからそれに注目!
<この母親の執念に注目!主役は断然この母親!>
ハギョンが注目したのは、雨の日のチョンホ刑事による容疑者追跡劇の際、容疑者が店に残した傘。ここでも、チョンホ刑事がその大切な物証を取り残したのは大チョンボと言わざるをえないが、そこに素人のハギョンが目をつけ、傘の持ち主をしらみつぶしに調べていったからえらいものだ。
私は全然知らなかったが、本作でハギョンを演じた1971年生まれのオム・ジョンファは、90年代に歌手として全盛期を迎えるとともにファッションリーダーとしての地位も確立し、その後「韓国歌謡界の女王」として君臨した。その後、女優としての活躍を始め、ついに本作では大鐘賞最優秀主演女優賞を受賞したそうだ。このようにオム・ジョンファは韓国のアラフォーのトップ女優だから、日本で言えばさしずめ小泉今日子や中山美穂のようなもの・・・?
そのオム・ジョンファが本作でみせる母親としての迫真の演技は、明らかに歌手上がりの女優の域を超えている。もっとも、根が美人過ぎるためか、回想シーンで登場する15年前と現在がほとんど変わっていないのが玉にキズだし、泣き叫ぶわりには化粧の濃さが気にかかる。それはともかく、ハンチョルの逮捕によって、ポミ誘拐事件は無事解決。そんな結末を迎えようとする中、さて、ハギョンの動きは?
それを見ているとわかるとおり、本作の主役はチョンホ刑事ではなく、明らかにソジンの母親ハギョンだ。そして、それがわかれば、何と何と!ポミ誘拐事件の犯人は・・・?
<冤罪はダメ!それは絶対的要請のはずだが・・・>
冤罪をテーマにした近時の映画は、邦画では周防正行監督の問題作『それでもボクはやってない』(06年)(『シネマルーム14』74頁参照)、高橋伴明監督の最新作『BOX 袴田事件 命とは』(10年)(『シネマルーム25』40頁参照)、そして洋画では『ザ・ハリケーン』(99年)(『シネマルーム1』41頁参照)、『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』(03年)(『シネマルーム3』169頁参照)等たくさんある。「無罪の推定」や「百人の有罪を無罪にしても、一人の無罪を有罪にしてはならない」の格言は絶対に冤罪を生んではダメということを肝に銘じるための原理原則だ。
そんな目で本作の「結末」を見ると、脚本としては面白いが、弁護士としてはいかがなもの?そう思ってしまう面も・・・。本作のこの結末のつけ方を見ていると、韓国は「情の国」そして「怨の国」ということがよくわかる。
<ネタバレ厳禁の中、書けるのはこれが限度・・・>
と言っても、思いっきりネタバレさせた評論を書かなければ読者にはわかりにくだろうが、本作の結末にはアメリカの「司法取引」ならぬ、1人の刑事にすぎないチョンホ刑事とポミ誘拐事件で冤罪の濡れ衣を着せられたハンチョルとの間である「取り引き」が行われるから、それに注目!もちろん、そこにはハギョンも絡んでくるが、それはあなた自身の目でしっかりと。
ポミ誘拐事件の犯人をハンチョルと特定し、逮捕したチャンシク刑事やカク隊長は今、得意の絶頂だが、さて、ハギョンの「独自捜査」の実態とその結果は?『八日目の蟬』では、「生みの母」と「育ての母」が登場する中、とっさに(?)赤ん坊を抱いて逃げ去った永作博美演ずるヒロインの4年間にわたる逃避行が1つのストーリーの軸だったが、なぜヒロインはそんな大それた犯罪を?そして、そのストーリーと同時並行的に描かれたのが、大学生になった娘の母親探しの旅だった。
それと同じように本作では、公訴時効を迎えたソジン誘拐事件と、それと全く同じ手口で実行されていくポミ誘拐事件が同時並行的に描かれる。そこでたびたび登場するのが、犯人の指示をハギョンが録音していた、15年前の録音テープだ。そこで、その「声紋」の科学的な分析が大きなポイントになるが、その結果、明らかになっていくポミ誘拐事件の真犯人は一体ダレ?そして、チョンホ刑事、さらにハギョンは、ハンチョルといかなる司法取引を?それは、前述したことと逆に弁護士の目で見れば大いに問題ありだが、映画の脚本としては最高に面白い。ここまでが、私が書けるギリギリの評論だ。その詳細はあなた自身の目でしっかりと!
2014(平成26)年10月24日記