ビッグ・アイズ(アメリカ・2014年) |
<GAGA試写室>
2015年1月7日鑑賞
2015年1月9日記
佐村河内事件は21世紀最大(?)のゴーストライター事件だが、東京オリンピックが開催された1964年には、ニューヨークで20世紀最大(?)のビッグ・アイズをめぐるゴーストライター事件が!
これくらいのウソはOK!そこからの出発は同じだが、居直りぶりは大違い!ラストに見る法廷闘争はマンガ的ながら実に面白い。
絵画の鑑賞眼と共に、夫婦の財産のあり方やウソのつき方の許容範囲についてしっかり勉強したい。
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監督:ティム・バートン
マーガレット・キーン(画家、口下手で内気な女性)/エイミー・アダムス
ウォルター・キーン(天才的な嘘つき、マーガレットの夫)/クリストフ・ヴァルツ
ディーアン(マーガレットの女友達)/クリステン・リッター
ルーベン(画廊経営者)/ジェイソン・シュワルツマン
ディック・ノーラン(新聞社の編集者)/ダニー・ヒューストン
ジョン・キャナディ(新聞「タイムズ」の評論家)/テレンス・スタンプ
エンリコ・バンドゥッチ/ジョン・ポリト
マルタ/エリザベッタ・ファントン
判事/ジェームズ・サイトウ
2014年・アメリカ映画・106分
配給/ギャガ
<何ともタイムリー!あの時代にも「佐村河内」事件が>
今から約1年前の2014年2月6日に開かれた、新垣隆氏(当時桐朋学園大学非常勤講師)の記者会見は日本国中に大きな衝撃を与えた。それは、彼の「告白」によって、それまで『交響曲第1番≪HIROSHIMA≫』等の作曲家として日本国中の絶賛を浴びていた佐村河内守(さむらごうちまもる)氏には、新垣氏というゴーストライターがいたという、いわゆる佐村河内事件(ゴーストライター事件)がはじめて露見したためだ。続いて、日本国中が驚いたのは、それから1か月後の3月7日に行われた、それまでのトレードマークであった長髪・サングラス姿から一変してスッキリした(?)姿での、佐村河内氏の記者会見。そこで手話通訳を伴った佐村河内氏は、さまざまな弁明をしながらも、①自分は全聾ではなく、中度の感音性難聴であること、②新垣氏に代作を頼んでいたこと等を告白した。
さらに、3度目に日本国中がビックリした(ひょっとして私だけ?)のは、2014年の年末年始のテレビ番組における新垣氏の露出ぶりだ。新垣氏の作曲家・ピアニストとしての能力は折り紙つきらしいが、あそこまでやるのはあまりにバカげているのでは・・・。それはともかく、佐村河内事件が21世紀における世紀のゴーストライター事件なら、本作にみるビッグ・アイズ事件は、20世紀のアメリカにおける世紀のゴーストライター事件だ。
聾者の作曲家を演じた(偽装した?)佐村河内氏の演技ぶり(偽装ぶり?)もなかなかのものだったが、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09年)(『シネマルーム23』17頁参照)で、残忍なナチス将校を演じて見事第82回アカデミー賞助演男優賞を受賞したクリストフ・ヴァルツの演技ぶり(偽装ぶり?)もすごかった。
<ヒットラーは売れない画家だったが、マーガレットも>
ヒットラーがもともと画家を目指していたことは有名な話。それをテーマにした珍しい映画が『アドルフの画集』(02年)(『シネマルーム4』276頁参照)だった。同作では、反ユダヤ主義を訴えて政治家の途に進むのか?それとも、自己を失っているヒットラーに対して、画家の創作活動を続けるよう働きかける、親友のユダヤ人の画商の説得に従うのか?その2つの途に悩む若き日のヒットラーの姿が描かれていた。
それに対して本作冒頭では、将来の巨匠を夢見るアーティストが集まるサンフランシスコのノースビーチの一角で、ビッグ・アイズの絵をたくさん並べ、格安の料金でお客さんの似顔絵を描いているマーガレット・キーン(エイミー・アダムス)の姿が登場する。ビッグ・アイズの絵のモデルはマーガレットの娘だが、どうもマーガレットは夫に見切りをつけ、美大で学んだ絵心だけで生計を立てていこうとしているらしい。しかし、1枚の似顔絵を描いて2ドル、3ドルをもらっているようでは、娘と2人生きていくのが容易でないことは明らかだ。
<ウォルターも売れない画家だが、彼の戦略は?>
そんなマーガレットに興味を示し、話しかけてきたのが、隣のブースで自分の描いた風景画を高く売りつけようと、言葉巧みな「営業」をしていたウォルター・キーン(クリストフ・ヴァルツ)だ。パリの美術学校に通っていたというウォルターの作品はパリの風景を描いたものばかりで「静的」だったが、ウォルターのしゃべりは実に「動的」。マーガレットは内向的で口下手だったから、社交的で自信家のウォルターの魅力にハマっていったのは仕方ない。
とは言っても、この2人の出会いは1958年だから、いくらアメリカが民主主義の国でウォルターが女に手が早いといっても、2度目、3度目のデートで即結婚という展開は意外だ。ウォルターが最初に出会った時からビッグ・アイズの絵ばかり描くマーガレットの才能に興味を示したことはまちがいないが、その時点ではその後に展開していく壮大なゴーストライター事件など、思いもよらなかったはずだ。
<夫婦の財産は?ウォルターの提案マンぶりは?>
中国は、夫婦でも姓は別だし、財産も別。しかし、日本では結婚すれば、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」(民法第750条)と定めている。また、財産も「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中の自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする」(同法第762条1項)ものの、「夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する」(同法第762条2項)と定めている。しかして、知り合ってから結婚するまでの期間があまりにも短かったため、互いの「身上調査」が不十分、かつ、その裏付けもないまま結婚してしまったウォルターとマーガレットの財産は・・・?
他方、ウォルターが画廊を経営しているルーベン(ジェイソン・シュワルツマン)に対して、自分の描いた風景画や、マーガレットの描いたビッグ・アイズの絵を懸命に売り込もうとしている姿を見ると、ウォルターは決して佐村河内氏のようなインチキ男ではなく、優秀な営業マンだ。そのことは、有名なナイトクラブで2人で飲んでいた時も、店のオーナーに対して「壁が空いているから、そこに絵を掛けてはどうか」と提案する姿を見てもよくわかる。現在、日本のテレビでは、片岡愛之助の「ご提案します」のコマーシャルがヒットしているが、スクリーン上にみるウォルターのこのような努力こそ、その提案力であり、日毎それに邁進しているウォルターこそ「提案マン」と呼ぶにふさわしい男だ。
<これくらいのウソはOK!誰だってそう思うのでは?>
そんなウォルターの努力の甲斐あって、トイレへの通路に飾られたウォルターの風景画は全くダメでも、マーガレットのビッグ・アイズの絵には何人かの客の関心が・・・。さらに「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったもの。絵の飾り方をめぐって、ウォルターとナイトクラブのオーナーが掴み合いのケンカになったことが新聞のゴシップ記事として大きく報道されたのは、ウォルターにとって泣きっ面に蜂だったが、そこに写っていたビッグ・アイズの絵に人々の関心が集まって来たのは、怪我の功名だ。
その数日後、店にやってきたイタリアの大富豪はビッグ・アイズの絵に目を留め、「この作者は誰?」と聞いてきたからすごい。その雰囲気はいかにも高額で買ってくれそうなものだったから、マーガレットがすぐに「私です」と言えばよかったのに、内気なマーガレットが1呼吸置いたところで、ウォルターが「その絵を描いたのは私です!」と名乗り出たから、マーガレットはビックリ!しかし、「結婚したら夫婦の財布は1つ」「君がビッグ・アイズを描き、僕がそれを売る」「だから、サインはキーンで」そう言われると、「絵は私の分身よ」と1度は抗議してみたものの結局・・・。しかして、これくらいのウソはOK!誰だってそう思うはずだが・・・。
<ウソは悪いが、ウォルターの才覚は佐村河内並み!>
それまでの絵は1枚1枚が貴重なものとして取引され、飾られていたが、安価な複製版で売ることができればボロ儲け。それはコピー技術が発達した1958年当時だから言えることだが、最初にそこに目をつけたウォルターの才覚はすごい、これによってルーベンの店の向かい側にオープンしたウォルターの画廊は大はやりに・・・。今やウォルターは「アート界の寵児」ともてはやされ、次々とテレビや新聞に登場していたが、各種インタビューでユーモアいっぱいに答えることができるウォルターは、まさに水を得た魚のよう。それに対して、1日中秘密のアトリエに籠ってビッグ・アイズの絵を描き続けるマーガレットは、かわいそうといえばかわいそうだが、夫婦は一体、夫婦のサイフは1つだから、マーガレットもプール付きの豪邸の恩恵は受けているのかも・・・。
2013年3月31日に放送された、佐村河内氏を特集したNHKスペシャル『魂の旋律 ~音を失った作曲家~』を観た時に私が佐村河内氏のインチキを見抜けなかったのと同様、1960年代のアメリカ国民や、「キーン」とサインされたビッグ・アイズの絵に夢中になったと言われているナタリー・ウッド、ジョン・クロフォード、ジェリー・ルイス、キム・ノヴァクらの著名人がウォルターのインチキを見抜けなかったのは当然だ。もっとも、佐村河内氏とは2008年以来の仲だというNHKのディレクター古賀淳也氏や、佐村河内氏に直接インタビューしたNHKの記者、そして、ウォルターと直接接触していた新聞社の編集者のディック・ノーラン(ダニー・ヒューストン)等は、もう少し注意深く観察し、かつ物的証拠をきちんと集めていれば、そのインチキ性を見抜けたのでは・・・?そんな言い方も、できないわけではないはずだ。
しかし、本作を観て痛感するのは、ウソは悪いが、ウォルターの才覚は佐村河内氏並みにすごいということだ。
<NY万博を契機に、夫婦間に決定的なミゾが!>
現在、東京では2020年に開催される2度目のオリンピックに向けて各種の整備が進められているが、今から50年前の1964年の東京オリンピックの盛り上がりぶりは、今でも鮮明に覚えている。しかし、それと同じ1964年にニューヨークで万国博覧会が開催されたことを、私は全く知らなかった。しかして、本作後半のストーリーは、このNY万博にビッグ・アイズの絵を展示することを目論んでウォルターがユニセフに贈ったビッグ・アイズの絵が、新聞「タイムズ」で評論家ジョン・キャナディ(テレンス・スタンプ)から酷評されたことによって生じるトラブルがメインとなる。
この絵は、数百名の世界中の子供たちがすべてビッグ・アイズで描かれた大作だから少し不気味な感もあるが、マーガレットが精魂傾けて描いたもの。それを酷評されたことで、ウォルターはジョンに対してだけではなく、マーガレットに対しても気が狂ったように怒りをぶちまけたから、マーガレットはたまったものではない。恐怖まで感じたマーガレットは、着の身着のまま子供だけを連れてウォルターの屋敷を脱出し、結婚式の時に「これぞ楽園!」と実感したハワイで暮らすことに。マーガレットからのビッグ・アイズの「支給」が途絶えれば、ウォルターの画家としての名声にも影を落とすのではないかと心配していたが、ウォルターは妻がいなくなったのは幸いとばかりに、日夜プール付きの豪邸に美女をはべらせて遊んでいた。しかし、そんな優雅な生活はいつまで続くの・・・?
<この裁判に注目!これも法科大学院の教材に!>
2014年2月6日の記者会見における新垣氏の告白は衝撃的だったが、別居から1年後のマーガレットの告白も衝撃的だった。新垣氏の告白によって、これ以上インチキ芝居を続けることは不可能と悟った佐村河内氏も、その1か月後の3月7日には観念して記者会見を開いたが、ウォルターはマーガレットの告白を全否定し、なお居直り続けたからすごい。その結果、マーガレットはついにウォルターを被告とする裁判を提起したため、本作ラストのハイライトはその法廷シーンとなる。
アメリカの法廷モノ映画の面白さは『名作映画から学ぶ裁判員制度』(河出書房新社刊)で書いているので、同書を参照してもらいたい。また、近時も①『コネクション マフィアたちの法廷』(06年)(『シネマルーム29』172頁参照)、②『リンカーン弁護士』(11年)(『シネマルーム29』178頁参照)、③『依頼人』(11年)(『シネマルーム29』184頁参照)等の興味深い法廷モノがたくさんある。それに比べると、本作にみるマーガレットとウォルターの法廷闘争は、素人目にもその勝敗は最初から明らかだ。
アメリカでは、『HERO』(07年)(『シネマルーム16』151頁参照)や『それでもボクはやってない』(06年)(『シネマルーム14』74頁参照)等に見る日本の法廷モノとは、法廷のルールそのものが全く違うので、それはしっかり確認してもらいたいが、法廷でみせる夫婦ゲンカのサマに飽き飽きした裁判官が命じたのは、その場でビッグ・アイズの絵を描かせること。そう、これこそ誰が考えてもコトの白黒、裁判の勝敗をハッキリさせる決め手となるものだ。日本では、それを実施する手法が何かとややこしいが、さて、アメリカの法廷では・・・?この裁判は極めてわかりやすいものだが、私としては是非これも法科大学院の教材に!
2015(平成27)年1月9日記