妻への家路(帰来/COMING HOME)(中国・2014年) |
<GAGA試写室>
2015年1月20日鑑賞
2015年1月23日記
『山楂樹之戀』で原点回帰した張芸謀(チャン・イーモウ)監督が、更にホントの原点に!チャン・イーモウ監督には、やっぱり長年連れ添った恋女房のような鞏俐(コン・リー)がよく似合う。さらに、新人女優発掘の名人は、今回も張慧雯(チャン・ホエウェン)という珠玉を発掘!
前半の「逃亡」「密告」「解放」という激動を経て、後半からは写真、ピアノ、そして手紙による「デジャブ」作戦が!それによって、あれほど夫の「回来(フイライ)」を待ち望んでいた妻の記憶は回復するのだろうか?
これぞ夫婦の絆、これぞ母娘の絆。そんな心温まるストーリーを、涙とともにじっくり見守りたい。
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監督:張芸謀(チャン・イーモウ)
原作:著・厳歌苓(ゲリン・ヤン)、訳・鄭重(テイ・ジュウ)『妻への家路』(KADOKAWA刊)
陸焉識(ルー・イエンシー)(大学教授)/陳道明(チェン・ダオミン)
馮婉玉(フォン・ワンイー)(ルーの妻、学校の先生)/鞏俐(コン・リー)
丹丹(タンタン)(ルーとフォンの娘、バレエ学校の生徒)/張慧雯(チャン・ホエウェン)
鞏素珍(コン・スーチン)/陳小艺(チェン・シャオイー)
李(リ)主任/閆妮(イエン・ニー)
劉(リュウ)同志/劉佩琦(リュウ・ペイチー)
鄭(チョン)指導員/祖峰(ズー・フォン)
2014年・中国映画・110分
配給/ギャガ
<「幸せ三部作」以降の張芸謀監督作品を分類してみると>
日本では「幸せ三部作」と呼ばれる、『あの子を探して(一個都不能少/Not One Less) 』(99年)(『シネマルーム3』56頁、『シネマルーム5』188頁参照)、『初恋のきた道 (我的父親母親/The Road Home) 』(00年)(『シネマルーム3』62頁、『シネマルーム5』194頁参照)、『至福のとき(幸福時光/Happy Times) 』(02年)(『シネマルーム3』67頁、『シネマルーム5』199頁参照)を完成させた張芸謀(チャン・イーモウ)監督は、その後『HERO(英雄) 』(02年)(『シネマルーム3』29頁、『シネマルーム5』134頁参照)、『LOVERS(十面埋伏) 』(04年)(『シネマルーム5』353頁参照)という、ハリウッド向けのド派手な娯楽大作路線に走った。
しかし、その後は一方で『王妃の紋章(満城尽帯黄金甲/Curse of the Golden Flower)』(07年)(『シネマルーム19』155頁、『シネマルーム34』90頁参照)、『女と銃と荒野の麺屋(三槍拍案驚奇/A Woman, A Gun and A Noodle Shop)』(09年)(『シネマルーム27』104頁、『シネマルーム34』152頁参照)という娯楽大作を作りつつ、他方で『単騎、千里を走る。』(05年)(『シネマルーム9』312頁、『シネマルーム17』233頁参照)、『サンザシの樹の下で(山楂樹之戀)』(10年)(『シネマルーム27』108頁、『シネマルーム34』204頁参照)、『金陵十三釵(The Flowers Of War)』と、「原点」への回帰を目指した。「南京事件」を題材とした『金陵十三釵(The Flowers Of War)』(11年)は、かなりの問題提起作だが、内容的に決して日本人向けでないし、そもそも日本の映画館では公開されなかったから、これを観た日本人は少ないはずだ(『シネマルーム29』98頁、『シネマルーム34』132頁参照)。それに対して、中国系アメリカ人エイミーが発表した小説『山楂樹之戀』を原作とした『サンザシの樹の下で(山楂樹之戀)』は、「幸せ三部作」時代のチャン・イーモウへの原点回帰を目指していたが、若干やりすぎでは?マンガ的では?という面があり、「はっきり言ってその出来はイマイチ」だった(『シネマルーム34』207頁参照)。
<『山楂樹之戀』以上に、張芸謀がホントの原点に!>
しかし、厳歌苓(ゲリン・ヤン)の小説『妻への家路』を原作とした本作は、同じ文革時代を取り扱っていても、『サンザシの樹の下で(山楂樹之戀)』のような若い2人の「純愛ものから難病ものへと急転換するお涙ちょうだいもの」ではなく、スティーヴン・スピルバーグ監督が「1時間、涙が止まらなかった。パワフルで深い」と語っているように、奥の深い、重厚な人間ドラマになっている。本作で多くの日本人がハッとするのは、かつてはチャン・イーモウ監督との結婚のうわさまで流れた女優・鞏俐(コン・リー)とのタッグが、8年ぶりに復活したこと。もっとも、『紅いコーリャン(紅高粱/Red Sorghum) 』(87年)(『シネマルーム4』16頁、『シネマルーム5』72頁参照)、『秋菊の物語(秋菊打官司)』(92年)、『活きる(活着)』(94年)(『シネマルーム2』25頁参照)などにおける女優、コン・リーは、とにかく凛とした美しさが際立っていたが、さて本作では?
中国映画では1966年から77年まで続いた、毛沢東が指導し、中国全土に大混乱をもたらした文化大革命をどう描くかは大問題だが、ホントの原点回帰を目指したチャン・イーモウ監督は、コン・リーとのタッグの下でそれをどう描き、どんな感動を私たちに与えてくれるのだろうか?
<なぜ夫は批判の対象に?なぜ娘は主役の座から転落?>
本作でコン・リーと共にその夫の陸焉識(ルー・イエンシー)役として起用された陳道明(チェン・ダオミン)は、チャン・イーモウ監督が「彼らは主人公の夫婦の役に私が選んだ、最初にして唯一の俳優でした」と説明するほどの名優。もっとも、チェン・ダオミンは『HERO(英雄)』では、秦王役として堂々とした圧制者ぶりを示していたが、本作冒頭に見る「逃亡者」としての姿は、それに比べるとすごくみじめ。文化大革命が進む1970年代に「右派」として捕えられただけに、後に登場するメガネ姿やピアノを弾く姿はいかにもインテリ風だが、逃亡者となりながらも妻の馮婉玉(フォン・ワンイー)(鞏俐(コン・リー))と一目会うため家の中に忍び込もうとするルーの姿は、とてもインテリとは思えない、ひどい風体だ。
そんな暗い展開と対照的に美しいのは、バレエ学校に通い、革命歌劇「紅色娘子軍」の主役の座を狙って頑張っている一人娘・丹丹(タンタン)(張慧雯(チャン・ホエウェン))の踊り。チャン・ホエウェンは、新人女優発掘の才能で次々と「イーモウ・ガール」を発掘してきたチャン・イーモウ監督が本作で発掘した女優。本作がデビュー作だが、北京舞蹈学院を卒業したうえ、「紅色娘子軍」のバレエシーンを徹底的に練習しただけに、その舞踏は実にお見事だ。
ところで、ルーは文化大革命が展開していく中で、なぜ反革命の右派分子として批判の対象とされ、捕えられたの?また、強制労働所からの逃亡は何を意味するの?フォンの住む地区の李(リ)主任(閆妮(イエン・ニー))らが、フォンに対して「行方がわかり次第通報すること。絶対に会ってはならん」と厳命したのは当然だが、実際にルーがフォンの前に現れた場合、フォンはそんな命令に従えるの?他方、仮にタンタンの舞踏の実力が他を抜きんでていても、父親がそんなでは、主役の座を射止めるのは難しいのでは?そんな心配をしていると、案の定・・・。
<「逃亡」「密告」、そんな家族ドラマは?>
本作前半は「逃亡」「密告」「解放」という3つのストーリーから構成されるが、そこでは「明朝8時に駅の陸橋で」というメモを見て、ルーに会いに行くフォンを熱演するコン・リーの演技力が目立つ。ドア1枚を隔てることによって、人間の住む世界が全く異質なものになることはよくあるが、監視の目が光る中、フォンが住むアパートに忍び込み、そっとドアをノックするルーと、それが誰かわかりながらドアを開けることができないフォンの苦悩が、チャン・イーモウ監督の巧みな演出によって、私たちの心に伝わってくる。そんな状況下、ドアの隙間から差し入れられた「明朝8時に駅の陸橋で」のメモを見たフォンはどうするの?
他方、自分が「紅色娘子軍」の主役の座から降ろされたのが、3歳の時に別れたため顔も覚えていない父親のせいだとわかったタンタンが父親に反発したのは当然。したがって、母のアパートに忍び込んでいる怪しげな男が父親だとわかったタンタンが、素直に父の言葉を聞けなかったのは当然だ。そのうえ、母親が荷物を準備している様子を見て、フォンが党の命令を無視して父親に会いに行こうとしていることがわかると、それをやめさせようとしたのも当然だ。私があれほど止めたのに、なぜ母親は・・・?
そんな中、「君の情報が確かなら、主役に推薦する」と見張りに立っている男から言われると、ついタンタンは・・・?
<約束した陸橋での攻防戦は?3年後の「解放」は?>
『パープル・バタフライ(紫蝴蝶/PURPLE BUTTERFLY)』(03年)は、日華事変直前の上海を舞台とする、スパイの暗躍ぶりを描いた婁燁(ロウ・イエ)監督の問題作だった。その中盤では、駅に迎えに来た李冰冰(リー・ビンビン)扮する依玲(タン・イーリン)の前で、間違えて蝶のブローチの付いた上着を着てプラットホームに降りたため、 劉燁(リウ・イエ)扮する司徒(スードゥー)が逮捕されるとともに、その混乱の中で流れ弾に当たって依玲が死亡してしまうストーリーが印象的だった(『シネマルーム17』220頁参照)。それと同じように、本作前半では、約束した駅の鉄橋の下に隠れてフォンがやってくるのを待つルーの姿が描かれる。
「明朝8時に駅の陸橋で」といっても、具体的な場所が特定されているわけではないから、人ごみの中でお互いを発見し合うのは至難のワザ。ましてや、その現場にはタンタンの「密告」によって多数の公安が配置されていたから、ルーが公然と姿を見せればすぐに逮捕されてしまうのは必至。しかし、いくら捜しても自分を見つけることができないフォンの姿を見ているうちに、ついルーは隠れていた陸橋の下から飛び出し、両手を振りながら大声で妻の名を叫んだから大変。これによってフォンはルーを発見することができたが、同時に公安の男たちがルーの逮捕に向かうことに。フォンの後をつけてきたタンタンも、その逮捕劇を目の当たりにしたが、後日ルーの逮捕がタンタンの密告によるものだとわかると、フォンのタンタンに対する怒りは・・・?
これによって、3人の家族はズタズタにされてしまったが、その3年後、「右派の罪を解く」との共産党の処置によってルーは名誉を回復するとともに解放されることに。しかし、そんな1枚の紙切れで名誉が回復され、解放されても・・・。
<感動の再会!そのはずだったが・・・>
本作後半は、「消えた記憶~愛は消えていないのに」「写真やピアノ~夫婦の思い出をかき集めて」「手紙~妻の心に繋がる唯一の道」という3つのストーリーで構成される。ルーが解放されたのは1977年。文革の終了が宣言された年だ。フォンは長い間夫の帰りを待っていたから、ルーが家に戻れば、当然感動の再会が待っているはず。誰もがそう思うところだが、「消えた記憶~愛は消えていないのに」とは一体ナニ?
ルーとフォンの再会シーンにおけるトンチンカンなやりとり(?)は、チェン・ダオミンとコン・リーという2人の芸達者な俳優が演じていることもあって、涙を誘う。ちなみに、フォンのドアの前には「随手关門」と書いた紙が貼ってある。これは「鍵がかけていないので、いつでも入ってきて下さい」という意味で、夫が忍び込もうとして結局できなかったあの時の「苦い体験」から、その後ずっとフォンが実行しているものだ。フォンが留守だったため、大きな荷物を家の中に入れ、フォンの帰りを待っていると・・・。
こんな再会には抱擁と涙がつきもののはず。ところが、トンチンカンな会話の後、自分のことを「方さん」と呼ばれたり、挙句の果ては「出てって!」と怒鳴られたり・・・。こりゃ、一体どうなってるの?その後にやっと、フォンが心因性記憶障害(認知症の一種?)の病気にかかっており、夫への愛は微塵も変わらないのに、ルーの顔の記憶だけが消えていることがわかったが、それはなぜ?また、どうすればそれは治るの?
<認知症へのこの批判は?デジャブでの回復法は?>
本作については、「銀幕閑話」第506回という面白いブログがある。そこでは、「認知症の人の記憶を何とか取り戻させたいとあれこれ工夫する様子は、よくここまで調べたなと思うほどに正確、かつ感動的だ。ところがただ1点、コン・リー扮するヒロインの認知症になるスピードが早すぎる」と批判している。具体的には、「このストーリー通りだと、夫の逮捕から帰還までは数年。認知症、とくにアルツハイマーは10数年~20年のゆっくりした時間の流れで進行して行く。わずか数年で夫の顔も分からないほど記憶が失われていくと考えるのは不自然だ」「あるいは夫が駅で逮捕される際に妻が転倒したことで頭を打ち脳血管性認知症になったと考えることも可能だが、それでも顔もわからないほど進行するものだろうか」という批判だ。
医学的にはたしかにそうかもしれないが、さて本作でそれにこだわる意味はあるの?認知症にどんなパターンがあるのかについて私は全然知らないうえ、本作にみるような夫の顔だけがわからない認知症というのもよくわからないが、私はそれには何の関心もない。私が興味深かったのは、医師がルーに治療として「デジャブ」の活用を勧めることだ。
デジャブとは、フランス語で既視感のこと。医師も正確に覚えていないそんなフランス語を、ルーが知っていたのは、さすが知識階級として弾圧されただけのことはあると妙に感心!また、私の大好きだったZARDのボーカル坂井泉水は2007年に40歳の若さで死んでしまったが、『眠れない夜を抱いて』(92年)の歌詞ではデジャブがキーワードとして歌われていた。それはともかく、医師がルーに勧めたのは、フォンの記憶を呼び戻すためには、写真、音楽、手紙、その他何でもフォンのデジャブを刺激することだ。それを聞いたルーが、フォンの回復のために実施したデジャヴを活用したさまざまな回復法(治療法)とは?
<写真では?ピアノでは?>
ルーが試みた最初のデジャブを活用した記憶回復法は写真。李主任の好意と手配によって、フォンのアパートのすぐ前の建物の管理人室に住むことになったルーは、タンタンにフォンの部屋の中にあるアルバムを全部持ってこさせて、まずは自分の記憶の整理をすることに。ところが、いざアルバムを開けてみると、ルーの顔はすべてハサミで切り取られていたから、アレレ・・・。これは一体誰のせい?何と、それはタンタンがやったことだった。つまり、ルーのために主役をもらえないことに腹を立てたタンタンが、父親の顔が写っている写真をすべて切り取ってしまったわけだ。そこで、やむなくルーが友人から写真をもらってそれをフォンに見せると、フォンは明確に「これが夫だ」と反応を示したが、目の前のルーの顔を見ても何の反応も示さなかったから、アレレ・・・。結局、写真作戦は失敗に終わることに。
写真の次にルーが試みたのは、ピアノ法。これは、ルーがピアノの調律師になってフォンの部屋に置いてある古いピアノの調律をし、かつてルーがフォンによく弾いて聴かせた曲をしっとりフォンに聴かせる戦法だ。うっとりとその曲に聴き入り、ルーと抱き合うかのような姿勢になったフォンを見ていると、ひょっとしてこれは大成功!そんなところまで行ったが、残念ながらその結果は・・・?
<ならば、手紙戦法は?>
ピアノがダメなら手紙があるさ!ルーが考え出したフォンの記憶を回復させるための究極のデジャブ戦法は手紙戦法。ルーが強制労働所の中でフォン宛てに書いた手紙は山ほどあった。しかし、それらはすべてフォンには郵送されず、段ボールの中に眠ったままだった。その何百通もの手紙をフォンに読んでもらえれば、少しずつ記憶が戻ってくるのでは・・・?そう考えたルーは、フォンの部屋に運び入れた段ボールをフォンの頼みに従って荷解きし、手紙を渡したが、紙はボロボロで字は乱れているため、フォンは判読できないらしい。そこで、ルーが手紙を代読してやると、フォンは夢見心地のようにうっとりと・・・。
こりゃ、やりがいがある。そう考えたルーに対して、帰り際にフォンは「明日もまた来て手紙を読んでくれませんか?」と言われたから、手紙作戦は大成功だ。さすがにルーはインテリ!そう感心していると、「手紙を通してのみフォンと対話できる」ことに気付いたルーは、さらに新しい手紙をフォンに書き、それを読み聞かせてやることに。ここらの展開は、「セックスの前に小説の朗読を!」とねだる女性を演じたケイト・ウィンスレットが、第81回アカデミー賞主演女優賞を受賞した『愛を読むひと』(08年)の展開にそっくり・・・?(『シネマルーム22』36頁参照)
この手紙戦法によって、フォンは自分に対する夫の気持は十分理解できたようだが、残念なのは、その夫が目の前にいることを理解できないこと。しかし、少なくとも手紙を通して夫婦の会話と絆の確認はできるようになったから、さて今後の展開は・・・?
<娘の回家(フイライ)に涙>
2011年12月9日に一般財団法人日本中国語検定協会主催の中国語検定3級に合格した私には、中国語の「回家(フイライ)」という言葉はすぐに理解できる。これは日本語で「帰宅する」ことや「お帰り」という挨拶の言葉だが、ルーの手紙作戦の奏効によって実現するタンタンのフォンのアパートへの「回家」には特別の意味があった。それは母娘の理解ということだ。
あの日、ルーが逮捕されたのは、タンタンの密告のため。それを決して許さないと宣言したフォンは、以降タンタンをアパートに入れなくなり、母娘の絆は必要最低限のものになっていたらしい。自分の行動を悔いるタンタンは、バレエの道も諦め、紡績工場で働いているが、フォンの記憶では、タンタンとの時間もあの時のまま止まっていたため、タンタンは今でもバレエに励んでいると思い込んでいた。そんな母娘関係の現状に心を痛めたルーは、優しい夫からの手紙で「そんな母娘関係は良くない。娘もきっと後悔しているのだからそれを赦し、一緒に暮らすべきだ」と書いてやると、フォンはそれに同意することに。これによって、タンタンの「回家」が実現したわけだが、その結果、フォンの部屋の中でタンタンが見せる美しいバレエのシーンは必見!ラストに向けて描かれる、そんなしっとりした「回来」のストーリーに思わず涙が・・・。
<本作でも、餃子が大きな役割を!>
中国のお正月では、どこの家庭でも「餃子」を作り、みんなで食べるのが習慣。『初恋のきた道』では、章子怡(チャン・ツィイー)扮するチャオ・ディが作る「きのこ餃子」が大きな役割を持っていたし、『活きる』では、車の事故で死亡した福貴(フークイ)(葛優(グォ・ヨウ))と家珍(チァチェン)(鞏俐(コン・リー))の息子・有慶(ヨウチン)のために家珍が作る餃子が大きな役割を持っていた。このように、チャン・イーモウ作品では、よく餃子が大きな役割を持つが、それは本作でも同じだ。
本作で餃子が登場するのは、病気で寝込んでいるルーをフォンとタンタンの2人が温かい餃子を持って見舞うシーン。フォンにとってルーが誰なのかの特定はできないものの、今は少なくとも「手紙を読んでくれる親切な人」という位置付けは確定している。したがって、そのルーが病気になれば、それくらいの親切はしてあげなければ・・・。フォンにとってはそんな気持だっただろうが、それを見守るタンタンの気持は幸せ感でいっぱいに。
いかにもチャン・イーモウ監督らしい、また、いかにも本来の中国映画らしい、心が温かくなってくる名シーンをじっくりと鑑賞したい。
<フィナーレはいかように・・・?>
前述したブログ「銀幕閑話」第506回が指摘していたように、認知症は徐々に進行していくもの。現在、認知症を完治できる薬を発明すれば即ノーベル賞だが、残念ながら現在ではそんな薬はなく、せいぜい進行を遅くする薬しか存在していない。したがって、ルーの手紙作戦の成功によってフォンとタンタンの絆は回復しても、今なおフォンにとってルーは手紙を読んでくれる親切な人以上ではない。
そんなフォンだが、夫が5日に帰ってくると言っていたという記憶だけはハッキリしている。もっとも、最近は夫の名前が陸焉識だということも少し記憶が薄れているようだが、いずれにしても、毎月5日は陸焉識と書いたプラカードを持って駅まで出かけていくのがフォンの習慣だ。それが全くムダなことを1番よく知っているルーも、それにはずっと親切に付き合っているらしい。
しかして、本作のフィナーレは、母娘の絆が回復し、手紙を読んでくれる親切な人というルーの位置付けが定着してから数年後の、あるシーンとなる。さて、それはどんなシーン?それはあなた自身の目でしっかりと!そのフィナーレをあなたは、どんな思いで見るのだろうか・・・。
2015(平成27)年1月23日記