リリーのすべて(イギリス・2015年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2016年4月16日鑑賞
2016年4月22日記
「LGBTQ」という言葉は今やすっかり社会に定着し、同性婚の例も次々と。さすがに、カルーセル麻紀やはるな愛のような「性別適合手術」の例は少ないが、その第1号が本作が描くリリー・エルベ。今から約90年前の実話だ。
正常な夫婦の営みをもつ夫が、自分の女性性に気付いたのは、面白半分のある偶然から。それにのめり込んでいくにつれて、夫婦間に亀裂が生じ、夫が身心共に病的になっていったのは仕方ない。それを性別適合手術によって乗り越えようとする決断はすごいが、その成否は?また、夫婦間の危機の解消は・・・?
夫婦役を演じる2人の俳優の熱演に注目しながら、そんな「事実にもとづく物語」の重みをじっくりと考えたい。
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監督・製作:トム・フーパー
アイナー・ヴェイナー、リリー・エルベ/エディ・レッドメイン
ゲルダ(アイナーの妻)/アリシア・ヴィキャンデル
ヘンリク(リリーと舞踏会で出会う男性)/ベン・ウィショー
ヴァルネクロス(ドレスデンの婦人科医)/セバスチャン・コッホ
ウラ(バレエダンサー)/アンバー・ハード
ハンス(アイナーの幼馴染み、パリの画商)/マティアス・スーナールツ
2015年・イギリス映画・120分
配給/東宝東和
<LGBTQとは?性別適合手術とは?>
今やすっかり社会に定着した感があるLGBTQとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダ、クィア/クエスチョニングな人々のコミュニティーのことで、LGBTの形でも使われている。法制度としては、オランダー、ベルギー等の国々や、アメリカのニューヨーク州やカリフォルニア州など34州では既に同性婚が認められているうえ、2015年6月26日にアメリカの連邦最高裁判所が同性婚を認める判断を示したことが大きな注目を集めた。日本では未だ同性婚は認められていないが、東京都渋谷区は2015年3月、同性カップルに対して、「パートナー」=「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行する条例を成立させた。
他方、男から女への「性転換手術」については、日本では古くはカルーセル麻紀、新しくははるな愛が有名。大阪の北新地にもいわゆる「おかまバー」があり、バブルの時代には私も何度か通ったが、そこでの華やかなおかまちゃんたち(?)のサービス精神は並みのホステスに比べればよほど旺盛だったから、男好きではない私も大いに満足させてもらったものだ。ちなみに、パンフレットにある「知っておきたい用語」では、「「性転換」という時代遅れの用語よりも、今ドキは「性別適合手術」という言葉の方が好ましい」と書かれている。
しかして、本作は性別適合手術第1号の実話にもとづく物語だ。本作の鑑賞を契機に、トランスジェンダー、シスジェンダー、性別移行、性別適合手術、LGBTQ等々の用語をしっかり確認したい。そして、それらを前提として(?)、世界ではじめて性別適合手術を受けたデンマーク人アイナー・ヴェイナーの実話にもとづく、勇気と愛の物語をじっくりと楽しみたい。
<画家夫婦を演じる2人の俳優の演技力に注目!>
本作の主人公アイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)は、たしかに少しなよなよした感はあるが、常にパリっとしたスーツ姿と丁寧にセットされた髪形をキメた紳士。そして、風景画家として第一線で活躍していた。本作では、「あるきっかけ」によって自分の内側に潜んでいる女性の存在に気付いたアイナーが、少しずつリリー・エルベという名の女性に移行していく中で、精神のバランスを崩していく姿が描かれていく。したがって、本作ではアイナーを演じるエディ・レッドメインのそんな「熱演」が最大の注目点になるのは当然だ。『博士と彼女のセオリー』(14年)では、スティーヴン・ホーキング博士役を熱演し(『シネマルーム35』35頁参照)、『レ・ミゼラブル』(12年)ではマリウス役を熱演した(『シネマルーム30』48頁参照)エディ・レッドメインの本作における何とも異様な色っぽい演技には恐れ入るばかりだ。
もっとも、本作ではアイナーの妻として、導入部ではアイナーとの激しいベットシーンに奔放な姿をさらしながら、中盤以降アイナーの女性性が顕著になっていく中で、それまで男だったアイナーから今後はリリー・エルベという女性として向かい合っていくことを余儀なくされたゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)の苦悩ぶりが、エディ・レッドメインの演技以上に注目される。このゲルダを演じるアリシア・ヴィキャンデルは、『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(12年)(『シネマルーム30』110頁参照)や『アンナ・カレーリナ』(12年)(『シネマルーム30』105頁参照)に出演したスウェーデン出身の若手美人女優で、本作の熱演によって第88回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされているので、この女優の演技力にも注目!
<女に目覚めた後の、この夫婦の葛藤は・・・?>
潜在的な「女装願望」が何パーセントの男にあるのかは知らないが、ゲルダの友人でバレエダンサーのウラ(アンバー・ハード)がリリーと名づけた女性性にアイナーが気付いたのは、ゲルダの頼みによってバレリーナの足の部分だけのちょっとしたモデルをやった時。その時のストッキングの感触、ハイヒールの感触、ドレスの感触からアイナーは自らの女性性に目覚めたわけだが、ちょっとした冗談のつもりでウラが名づけたリリーが、これほど一人歩きしていくとは・・・。
ゲルダにとっても、アイナーにドレスを着せ、化粧をし、髪形を整えたのはパーティー嫌いのアイナーを「リリー」としてパーティーに連れ出すための一種の「お遊び」だったが、それによってアイナーがこれほどリリーにのめり込んでしまうとゲルダは・・・。しかも、あろうことかパーティーの席を抜け出したリリーが、パーティーの席でリリーに一目惚れした(?)男ヘンリク(ベン・ウィショー)からキスされるシーンまで目撃したからゲルダは唖然。
それまでゲルダはアイナーの妻として、アイナーはゲルダの夫として夫婦間のセックスも十分楽しんでいたが、そのアイナーがリリーになってしまうと、毎夜の2人のセックスは・・・?本作中盤は、それまで男と女として普通に愛し合っていたアイナーとゲルダの2人が、女性性に目覚めたアイナーの劇的な変貌によって必然的に生まれてくる葛藤の姿を見事に表現していくので、それに注目!
<こっちの男女関係は?あっちの男女関係は?>
ゲルダがリリーをモデルとして描いた肖像画の価値が認められ、大ヒットしたことによってパリで個展を開くことになったところから、本作の舞台はコペンハーゲンからパリに移っていく。また、そこにアイナーの幼なじみで今はパリで画商をしているハンス(マティアス・スーナールツ)が登場し、ゲルダに対して好意を抱いたところから、「こっちはこっち」「あっちはあっち」の2組の男女の物語が展開していくことになる。
もちろん、「こっち」のハンス(男)とゲルダ(女)、「あっち」のヘンリク(男)とリリー(女)という2組の男女関係は、アイナー(男)とゲルダ(女)の夫婦関係を前提としたものだから、そうそうスンナリと進むわけではない。しかし、アイナーとゲルダの性生活も消滅し(?)、アイナーの中でリリーの存在が次第に大きくなっていくと、「あっちの関係」と「こっちの関係」における男女関係が徐々に進展していくことに・・・。
するとそれは、同時にアイナーとゲルダ2人の離別=離婚を意味するの?弁護士の私にはそんな展開が想像されたが、いやいや、真実の物語は・・・。
<2段階の性別適合手術とは?その危険性は?>
昨年8月に直腸ガンが判明した私は、①昨年9月の直腸ガン摘出手術、②今年2月の肛門拡張手術、③3月の人工肛門閉鎖手術という三度の手術を受けた。それについては主治医だけではなく、複数の医師からセカンドオピニオン、サードオピニオンを求めたが、そのおかげで何とか今の順調な回復に至っている。
しかして、自分の中の男と女の存在によって肉体的にも精神的にも病んできたアイナーは、一方で①放射線治療を、他方で②ノイローゼ、精神疾患の治療を受けざるをえないことに。しかし、そんな病院通いの成果は全くなかったばかりか、あわや強制的に精神病院に収容されかねない事態に。さらに、某ヤブ医者の手にかかると、アイナーはあわや命を落とすかもしれない手術を受けさせられたうえで放置されてしまうことに・・・。
そんな中、今やリリーとして生きることがベストだと確信したアイナーとゲルダは、ウラから聞いたドレスデンの婦人科医ヴァルネクロス(セバスチャン・コッホ)に最後の望みを託することに。アイナーのような患者を診た経験があるというヴァルネクロスは、2段階の外科手術によってアイナーを女性の肉体にすることが可能だと語った。すなわち、一度目は男性器切除手術、二度目は膣形成手術だ。その詳細はここでは書かないが、それはカルーセル麻紀やはるな愛が受けた手術と同じ。この2人はそんな手術で性別適合手術に成功しているが、今から約90年前の医療水準でホントに性別適合手術が可能なの?
ヴァルネクロス医師自身も、「それはまだ誰も受けたことのない危険な手術」と説明していたから、私ならとてもそんな手術を受ける勇気はないが、何としてもリリーになりたいと願うアイナーは敢然とその手術に臨むことに。さあ、その手術の成否は?
<「男女の愛」から「女同士の愛」への移行は?>
中国では昔から「宦官」の制度があったから、第1段階の男性器切除手術はそれほど難しい手術ではない。一方ではそんな風にも思えるが、いざ具体的にその手術内容をイメージしてみると、またスクリーン上でアイナーがその手術に苦しむ姿を見ていると、その危険性の高さがよくわかる。
ちなみに、本作後半では、ドイツのドレスデンでアイナーがヴァルネクロス医師の執刀によって受けるその手術に誰が付き添うのかが一つのテーマになるので、それにも注目!本来ならアイナーの妻たるゲルダが手術に付き添うのが当然だが、今やリリーの恋人はヘンリク、ゲルダの恋人はハンスと「あっちの関係」「こっちの関係」が確立しつつあったから、誰が付き添うかは微妙なことになっていた。そのため、一度目の手術に際しては、ドレスデンに向かうアイナーをゲルダはハンスと共に見送り、励ましの言葉を送っただけだった。ところが、アイナーが無事手術に成功し、病院の近くを流れるエルベ川の名を取って、リリー・エルベとして生まれ変わると、リリーは駆けつけてきたゲルダと共にデンマークに帰国し、それまでの「男女の愛」から「女同士の愛」へと見事に変えていったからリリーもゲルダもすごい。ゲルダが女性画家として描くリリーの肖像画は飛ぶように売れていたし、百貨店の香水売り場で女性販売員として働くリリーも幸せ感に満ち溢れていた。
2人がこんな良好な状態のまま二度目の手術に臨み、それも成功すれば、まさに「女同士の理想的なカップル」の誕生になるわけだが、それには何よりもアイナーの体力の回復が不可欠だった。ヴァルネクロス医師からそのことを明言されていたにもかかわらず、女性として更に叶えたい夢を持つリリーはその夢を実現するため、より命の危険が強い二度目の手術を急いだが、さてその結果は?本作に見る、「事実にもとづく物語」の結末は、あなた自身の目でしっかりと・・・。
2016(平成28)年4月22日記