小さな園の大きな奇跡(香港、中国映画・2015年) |
<テアトル梅田>
2016年11月20日鑑賞
2016年11月22日記
少子高齢化が進む今、都心部では幼稚園、保育園の拡充が求められているが、それは香港でも同じ!そう思っていたが、エリート幼稚園と地方の幼稚園の格差の広がりはひどいらしい。そんな実態を、本作でしっかり確認!
とはいえ、本作の鑑賞には政治、経済、社会への批判的な視点は不要。ただただ、園児たちの純真な気持ちに共感し、4500香港ドル(約6万円)の月給を了解して園長になったヒロインの善意に寄り添いたい。
善戦及ばず、結果は閉園。誰もがそう思うはずだが、思わぬ結末に涙、涙また涙。香港発の大催涙映画の登場に拍手!
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監督・脚本:エイドリアン・クワン
脚本:ハンナ・チャン
ルイ・ウェホン(ユンティエン幼稚園の園長)/ミリアム・ヨン
ドン(ルイの夫、博物館勤務)/ルイス・クー
ホ・シュシェ(園児)/ホ・ユエンイン
ロ・カカ(園児、年長組)/フー・シュンイン
タン・メイチュ(チュチュ)(園児)/ケイラ・ワン
キティ・ファティマ(パキスタン系の香港市民の園児、姉)/ザハ・ファティマ
ジェニー・ファティマ(パキスタン系の香港市民の園児、妹)/カン・ナヤブ
ホ(シュシェの父)/リチャード・ン
ハン(チュチュのおばさん)/アンナ・ン
カカの父/フィリップ・キョン
カカの母/レイン・ラウ
ユンティエン幼稚園の理事長/スタンリー・フォン
チン・ボウイ(宝思教育センターの経営者)/サミー・リョン
2015年・香港、中国映画・112分
配給/武蔵野エンタテイメント
<大催涙映画の系譜が香港映画にも!>
日本では都心部における保育所、幼稚園不足が深刻になっている。用地不足という物理的な問題はカネさえ突っこめば解決できるが、教師の養成という人間的な問題の解決は一朝一夕には到底無理。中国映画『小さな赤い花(看上去很美)』(06年)(『シネマルーム21』242頁参照)を観た時は中国の全寮制の幼稚園のあり方にビックリしたが、本作導入部に見る有名幼稚園の園長ルイ・ウェホン(ミリアム・ヨン)が「なぜ我が子を特別クラスから普通クラスに落とすのか?」と文句をつけてきた両親に応対しているシーンを見ると、幼稚園でのエリート教育のあり方という問題は中国(本土)も香港も同じだということがよくわかる。もっとも、本作のメインストーリーはそれとは正反対のものだから、誤解のないように。
他方、中国映画には「大催涙映画」という特別な範疇(?)がある。『幸せの絆(暖春/Warm Spring)』(03年)(『シネマルーム17』180頁参照)と『さくらんぼ 母ときた道(桜桃/CHERRIES)』(07年)(『シネマルーム22』201頁参照)がその双璧だが、本作もそうらしい。それは新年度に園児5名を確保できなければ閉園されるというユンティエン幼稚園に現在在籍している5人の園児たちと、月給わずか4500香港ドル(約6万円)という条件を了解したうえで、その園長に就任したルイ・ウェホンとの心温まる交流が観客の心を打つためだ。このように、大催涙映画の系譜が中国大陸から香港にも!
<導入部はありきたりだが・・・>
日本でも急速に少子高齢化が進んでいるが、それは香港でも同じであることは、結婚10周年を迎えるドン(ルイス・クー)、ルイ夫妻に子供がいないことからも明らかだ。ルイは都会の有名幼稚園の園長として働いているし、ドンは博物館の展示デザイナーとして働いているが、ルイは幼稚園でのエリート教育のあり方に疑問を持ち、ドンはリアルな模型よりヴァーチャルを重要視する博物館の方針に疑問を持ち、両者とも悩んでいることが導入部で明らかにされる。その結果、期せずして2人とも「今日仕事を辞めることにした」となるが、そりゃちょっと安易すぎるのでは・・・。
もっとも、導入部のストーリーテイキングはすべてテレビから流れてくる次のニュースを見てルイが募集の決心を固めるための状況づくりのためだから、この程度のありきたりのもので十分・・・。
出生率が下がり続け、幼稚園の廃園が相次いでいます。教育局は対応を検討していますが、状況は深刻です。大勢の保護者が名門校に殺到する一方で地方の幼稚園は見向きもされません。ユンティエン(元田)幼稚園もその1つ。園児も資金も足りず、園長や教員が辞職しました。残されたのは代理教員1名と園児5名。経済的理由で転園できない子です。幼稚園は月給4500香港ドルで園長兼教員を募集しています。
<2人ともどこかで見た顔だが・・・>
ルイを演じるミリアム・ヨンは『美しい夜、残酷な朝(スリーモンスター/THREE EXTREMES)』(04年)(『シネマルーム8』105頁参照)にリー夫人役で登場していたそうだが、私は全然覚えていない。他方、ドンを演じるルイス・クーは香港のトップ男優で、『忘れえぬ想い(忘不了/Lost in Time)』(03年)(『シネマルーム10』183頁参照)、『柔道龍虎房(柔道龍虎榜/Throw Down)』(04年)(『シネマルーム10』395頁参照)、『エレクション(黒社會/ELECTION)』(05年)(『シネマルーム14』158頁参照)、『エレクション2』(06年)、『レクイエム 最後の銃弾』(13年)等に出演しているから、私は何度も観ているはず。しかし警官ものや黒社会ものの映画出演が多いから、本作で私が気付かないのも仕方ない。
本作導入部ではドンの博物館での仕事ぶりや、ルイが腫瘍の手術をしたばかりであることなどのサブストーリーを少しずつチラつかせながら、ルイのユンティエン幼稚園の下見と、理事長(スタンリー・フォン)との面接のシークエンスを経て、一気にメインストーリーに!
<ホントに必要なのは構造改革!しかし、映画では?>
ユンティエン幼稚園の園長の月給をわずか4500香港ドルしか払えないのは政府の財政難のためだが、本作ではその構造的な問題点を追及し、構造改革をしていく必要性については一切触れられない。要するに、ユンティエン幼稚園の問題解決にホントに必要なのは構造改革だが、本作はそういう政治的な問題点は一切無視し、人間の善意によって財政難と園児不足に悩む某幼稚園の問題を解決したという実話(部分のみ)を映画化したもの。したがって、香港政府にとってはある意味きわめて都合の良い映画だ。そのうえ、理事長はルイに対して清掃や雑用も一人でやらなければならないことを告げたが、ルイはそれでも「やる!」と言ってくれたから、理事長としてもこんな都合の良い話はなかったはずだ。
しかして、ドンの協力を得て園の内外の清掃を終え、今日は園児の最初の登園日。ところがその日、それぞれいわくあり気な保護者たち(?)に連れられて登園してきた5人の園児たちは、いずれも大きなマスクをつけたままで全く覇気がない。それは一体なぜ?そんな園児たちに対するルイの授業は5人の自己紹介から始まったが、園の雰囲気は暗いままだ。ところがある日のある宿題から、それが一気に急転換!その宿題とは一体ナニ?
<5人の園児たちのキャラは?彼女たちの夢は?>
ルイが教える5人の園児たちのキャラは、次のとおりだ。すなわち①クズ鉄を売って生活している父親ホ(リチャード・ン)と2人で暮らし、空き缶のサンダルを履いて背を高くして台所に立ち、身体の具合の悪い父親に料理も作っているホ・シュシェ(ホ・ユエンイン)、②雷が鳴る日に両親を交通事故で失い、今はハンおばさん(アンナ・ン)と暮らしているタン・メイチュ(チュチュ)(ケイラ・ワン)、③パキスタン系の香港市民で両親とも食堂で働いている、姉のキティ・ファティマ(ザハ・ファティマ)と妹のジェニー・ファティマ(カン・ナヤブ)、④一人だけ年長さんで、仕事で怪我をして義足になった父親(フィリップ・キョン)と母親(レイン・ラウ)がいつも喧嘩していることを心配しているロ・カカ(フー・シュンイン)。
この5人の園児たちは想像力が豊かだから、ルイが「あなたの夢はなんですか?」と質問すると、すぐにそれぞれ自分の夢を語ってくれた。彼女たちが語る夢はそれぞれ毎日の生活に密着したもので、およそ夢というに値しないものかもしれないが、それを聞いているだけで、ルイはもちろん私たちも一瞬心が洗われてくる。それは一体なぜ?そして、思わず頬に涙も・・・。
<あなたの夢は何ですか?そこから一気に転換!
続いてルイが園児たちに与えた宿題は、自分の保護者たちに「あなたの夢は何ですか?」と聞いてくること。毎日忙しく働いているハンおばさんはチュチュからの質問に対して当初、私の夢は「早く仕事を終えて早く寝ることだ」と無愛想に答えていたが、本気になって語り始めると、彼女の夢は消防士になることだったらしい。また、今は義足をつけているカカの父親はアスリートになることだったし、シュシェの父親ホの夢はパイロットになることだった。さらに、カカの母親の夢はミス香港になることだったというからビックリだ。なるほど、今は毎日の生活に追われていても、かつてはそれぞれそんな夢をもっていたわけだ。スクリーン上だけとはいえそんな夢が次々と花開き始めると、たちまち5人の園児たちはもちろん、夢を語る保護者たちの表情も生き生きと!
<「寄り添う」とは一緒に雨に濡れること!>
本作では予告編でもチュチュが「雷おばけ!」と言って恐がるシーンが印象的だったが、そう聞いてもルイが何のことかわからなかったのは当然。そこでハンおばさんに「雷おばけとは何ですか?」と聞くと、雷の鳴る日に両親が交通事故で死んでしまったため、以降チュチュは雷は人を吸い込むお化けだと信じ込んでいるらしい。いったんそう信じ込んでしまうと、雨が降り雷が鳴れば、チュチュの目には稲光りが雷おばけの顔に見えるわけだ。
ある日、5人の園児を傘と大きなビニール合羽の中に包んで雨の中を歩いていたルイは、雷が鳴り始めた途端にそこから逃げ出したチュチュにビックリ。しかし、頭を押さえて雷を恐がっているチュチュを、どうやって元気づけたらいいの?
今ドキは耳障りの良い言葉として「寄り添う」という言葉が大流行りだが、カッコだけでなくホントにその人の気持ちに寄り添うのは簡単なことではない。そこでルイがチュチュに寄り添うために見せた行動は、一気に傘とビニール合羽を外し、全身を雨に委ねること。雨に濡れながら、ルイが「あの雷の音は天国にいるお父さんとお母さんがチュチュに話しかけている声だ」「今、両親はチュチュに会いたいと言っているよ」と励ますと、チュチュは恐る恐る顔をあげ、手を雨の中に差し出す勇気を見せることに。なるほど「寄り添う」とは、たったそれだけのこと。それで十分なことが、このシークエンスを見ているとよくわかる。そんなシーンにも、思わず涙が・・・。
<感動的な名言の数々をしっかり胸に!>
本作を観ていると、月給4500香港ドルの園長に応募したルイを人気取りのパフォーマンスと批判する人もいたことがわかる。また、ルイがそんな風にマスコミに取り上げられると、ルイの能力をよく知っているうえ、その容姿もしっかり評価している宝思教育センターのチン・ボウイ(サミー・リョン)はルイを呼び出し、滔々とすばらしい条件でのヘッドハンティングを切り出したから、それに注目!なるほど、幼稚園児を対象とした教育ビジネスの展開はよくわかるし、そのためにルイの能力を活用しようと目をつけたのはチン・ボウイの慧眼!こういう風にビジネスチャンスをタイムリーに活かして大金持ちになるのも、1つの男の生き方だ。多分それはかつてのホリエモンこと堀江貴文の生き方と共通点があるのだろう。
しかし、本作で注目すべきはルイの生き方はそれとは正反対だったということだ。そんな展開の中で、本作では「最高の教育で必要なのは教師の心」、「教えることは命がけで他人の人生に影響を与えること」という感動的な名言が登場するので、それに注目!キレイゴトでこんな言葉を聞くのではなく、月給4500香港ドルの現場でその言葉を実践しているルイの姿を見ていると、思わず涙がポロポロと・・・。
<善戦及ばずついに閉園!そう思ったが・・・>
当初ルイがユンティエン幼稚園の園長に応募したのは、実は退職を決めた夫と共に博物館巡りの世界旅行に出かけるまでの4カ月間だけのつもりだった。つまり、「今は3月だから4カ月教えれば夏休み。新学期までにあの子たちの転園を助けてあげるだけ。7月になったら約束通り、2人で世界旅行よ」と夫に言っていたのは、ルイの正直な気持ちだった。ところが、現場で毎日5人の園児たちと接して、家庭訪問の中でその保護者たちと触れ合ってみると、何としても閉園を阻止したいという強い思いが・・・。そのためには新園児を入園させなければならないが、そこでルイが編み出した戦略と戦術は①園の一般開放日を設けること、②援助金を求めること、③園児募集の直接行動に出ること、等々だ。本作後半ではルイのそんな八面六臂の活躍が描かれるので、それに注目!
ルイのそんな熱意に保護者たちはもとより理事長も全面的に協力したが、さて新学期までに新園児の応募はあるの?ないの?しかして、学期末ラストの日。今日はただ一人、年長さんのカカが卒園する日。そして、明日からはユンティエン幼稚園が閉園される運命の日だ。卒園式におけるルイのあいさつはもちろん、カカのあいさつも立派なもの。そして、今日はルイ先生への感謝をこめて5人の園児たちが一世一代の晴れのお遊戯を披露してくれるらしい。ルイとドンそして5人の園児の保護者たちはそれを楽しそうにまた涙ぐみながら見ていたが、そんな中、教室の外には少しずつ人だかりが・・・。こりゃひょっとして新園児が現れるのでは・・・。
スクリーン上に広がるそんな感動的なクライマックスを、いっぱいいっぱい涙を流しながら堪能したい。いやー、映画っていいですね。それにしても、こんな単純な映画でなぜ涙が出てくるのだろう・・・?
2016(平成28)年11月22日記