幸せなひとりぼっち(スウェーデン映画・2015年) |
<シネ・リーブル梅田>
2016年12月23日鑑賞
2016年12月28日記
高負担、高福祉の国スウェーデンは、日本と違って老人が安心して暮らせる国。そう思っていたが、妻に先立たれ59歳で嫌われ者の頑固じじいになった主人公を見ると、アレレ・・・。
早く妻の元へ行くための首つり自殺もままならず、向かいの共同住宅に引っ越してきたイラン人の「大阪のおばちゃん」的個性に振り回される姿は、かわいそうでもあり、いとしくもあり・・・。
近時次々とヒットするスウェーデン映画の「くすっと笑ってほろりと泣ける」要素が本作にもぎっしり!
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監督・脚本:ハンネス・ホルム
原作:フレドリック・バックマン『幸せなひとりぼっち』(坂本あおい訳 ハヤカワ文庫刊)
オーヴェ(孤独な中年男)/ロルフ・ラスゴード
ソーニャ(オーヴェの妻)/イーダ・エングヴォル
パルヴァネ(向いに引っ越してきた一家のイラン人の主婦)/バハー・パール
青年時代のオーヴェ/フィリップ・ベリ
アニータ(ルネの妻)/カタリーナ・ラッソン
ルネ(オーヴェの友人、自治会の副会長)
2015年・スウェーデン映画・116分
配給/アンプラグド
<心温まるスウェーデン映画が次々と!>
本作はスウェーデンのアカデミー賞と言われるゴールデン・ビートル賞で主演男優賞、メイクアップ賞、観客賞の3部門を受賞し、人口990万人のスウェーデンで160万人を越える動員を記録したヒット作らしい。現在新聞紙上で大宣伝されているのは、洋画では『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(16年)、邦画では『海賊とよばれた男』(16年)等で、本作の宣伝など知れたもの。ところが、本作を上映する映画館は朝イチから満席だったし、私が鑑賞した3回目の回も満席だったからビックリ。老人ばかりの観客がすべて事前にネット情報をたんまり仕入れているはずはないだろうから、この人気はひょっとして最近心温まるスウェーデン映画が次々と日本で公開されているため?
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(09年)(『シネマルーム24』182頁参照)の大ヒットは別格としても、近時は『100歳の華麗なる冒険』(13年)(『シネマルーム33』22頁参照)、『ストックホルムでワルツを』(13年)、『フレンチアルプスで起きたこと』(14年)(『シネマルーム36』119頁参照)等の心温まるスウェーデン映画のヒットが続いている。今なぜ日本でそんな現象が?そんなことを考えながら「くすっと笑ってほろりと泣ける」、何とも言えない味の心温まる本作をじっくり鑑賞したい。
<スウェーデンでは、59歳でじじい?>
本作の主人公は妻のソーニャ(イーダ・エングヴォル)に先立たれ、今はスウェーデン特有の「ラードヒュース」と呼ばれる共同住宅で一人暮らしをしているオーヴェ(ロルフ・ラスゴード)。『シネマルーム38』では4~5階建ての「団地」をテーマとした映画として①『海よりもまだ深く』(16年)(250頁参照)、②『団地』(16年)(255頁参照)、③『アスファルト』(15年)(260頁参照)を取り上げたが、そんな「団地」と同様に、「ラードヒュース」でも共同生活のためには規律(管理規約)が大切。したがって、オーヴェが住むラードヒュース内にも駐車の仕方やゴミの出し方等々に細かい規則があるのは当然。ところが、今ドキの若いもんは・・・?
本作冒頭に登場する昔の日本の憲兵のように(?)、団地内を粗探しして回るオーヴェの姿を見ていると(?)何とイヤなオヤジだと思うのは当然。スーパーで2束70クローナ(1クローナは約15円)の花束を1つだけレジに持って行ったところ、店員から「1つなら50クローナだ」と言われ、「2つで70クローナなら、1つだと35クローナだ」と文句をつけ、「責任者を呼べ」と迫る姿を見ていると、こりゃ日本でも今ドキ増殖中のクレイマー・・・?
少子高齢化が急速に進む日本では私たち団塊世代より更に上のこんなハタ迷惑な頑固じじいがたくさんいるが、オーヴェは一体何歳?導入部ではそれがわからなかったが、本作中盤で示される機械好きの父親と過ごした少年時代や、ソーニャと恋に落ちる意外にカッコいい青年時代のストーリー展開を観ていると、実は彼が今59歳であることがわかる。つまり、16歳から鉄道局に勤めていたオーヴェは43年間ずっと現場一筋で働いていたが、体のいい「肩たたき」のため自ら退職を決意。16歳から43年間働いたから、今は59歳になるわけだ。しかし、スウェーデンでは59歳でじじい?日本と比べると、それはちょっとかわいそうだが・・・。
<孤独死は簡単だが、自殺は難しい?>
人間はいつか死ぬもの。それは当然だが、普通は老人の孤独死は寂しいもの。ところが、本作ラストに見るオーヴェの死亡は形の上では孤独死だが、真の意味での孤独死ではない。そのことは「小さなお葬式をきっちりとやってくれ」と書かれていた遺言(?)にもかかわらず、多くの人がその葬儀に参列していることから明らかだ。
他方、孤独死が寂しくてイヤなら自殺は?最愛の妻ソーニャをガンで失ったことによってオーヴェが生きる希望を失い、1日も早く妻の側に行きたいと願ったのは当然かもしれない。花束を2束も買ってきた今日は例外だと弁解(?)しながら、「近いうちにそちらに行くからな」とお墓の中のソーニャに語りかけているオーヴェの姿は真剣そのものだ。しかして、今日はやけにめかし込み、オーデコロンまでふりかけているのは一体なぜ?そう思っていると、オーヴェは靴のまま踏み台に乗り、天井からぶら下げたロープを首に巻き付けたからアレレ。何と正装は首つり自殺をするためだったらしい。ところが、心を静めて「いざ決行!」そんな時、つい最近向かいのテラスハウスに引っ越してきたパルヴァネ(バハー・パール)一家の騒がしい声が耳に飛び込んでくるとともに、窓の外では一家の車がオーヴェの家の郵便受けにぶつかってきたから「落ち着いて自殺」どころではない。どうして俺は、心穏やかなまま首つり自殺をすることができないの・・・?
<イランからの移民はスウェーデンまで?>
ヨーロッパへの難民問題、移民問題は今や最大の政治問題になっており、来年(2017年)のフランスやドイツの大統領選挙ではその対応が大きく問われることになりそうだ。しかして、本作導入部で2人の子供と人のよさそうな夫と共にオーヴェの向かいのテラスハウスに引っ越してきたお腹の大きい女性・パルヴァネの出身地はどこ?それがイランだと知って、ビックリ。ヨーロッパの最北端にあり人口990万人のスウェーデンにまで、イランの移民が押し寄せているわけだ。
と言っても本作は移民問題をテーマにした問題提起作ではなく、何かと人騒がせだが愛嬌がよく、人間同士の良き接着剤になるパルヴァネのキャラクターには、イラン人がピッタリと考えられたためらしい。もっとも、本作では人種問題への関与を可能な限り小さくするためか、最初にパルヴァネがオーヴェと接点を持つのは、オーヴェの郵便受けに車をぶつけた翌日パルヴァネがおわびとしてペルシャ料理を届けにきたため。私は頑固じじいのオーヴェは料理など全く興味がないと思っていたが、それを食べたオーヴェが洗った容器に「おいしかったよ」と書いた紙を入れて窓の外に置いておく気配りに感心。
さすがに、長年ラードヒュースの自治会長として、同じ志を持った副会長のルネと共にラードヒュース内の規律をしっかり守ってきただけのことはある。もっとも、パルヴァネの手料理はたしかにおいしかったが、その後「ハシゴを貸してくれ」「車の運転を教えてくれ」「私はアレルギーだから私のかわりに野良ネコの世話をしてくれ」等々、毎日のようにややこしいことを言ってくると、うっとうしい事この上ない。その後も何度も首つり自殺のチャンスを邪魔され、妻のもとへ行くことに失敗し続けるオーヴェの姿を見ていると、「もういい加減にしてくれ!」といつキレてしまうのか心配したが・・・。
<サーブ派?ボルボ派?それがじじいには大問題!>
日本ではスウェーデンの車・サーブに乗っている人は珍しい。しかし、「頑丈だから」という理由(だけ)でボルボに乗る日本人は多い。本作のパンフレットにある、河本佳子氏(スウェーデンの医療福祉コンサルタント)の「スウェーデンの福祉問題を涙とユーモアで描く」と題するエッセイによると、スウェーデンではサーブ派とボルボ派があり、「サーブは労働者階級、ボルボは公務員などの管理者階級とみなされている」らしい。
オーヴェは父親の代から続く頑固なサーブ派だが、自治会の同志として共に闘ってきた副会長ルネの1つだけ気に入らないところは彼がボルボ派だったこと。さらに、ルネはオーヴェと競うように新車に買い替えていたから、自治会長の「権力闘争」(?)にオーヴェが敗れた後2人は犬猿の仲に・・・?そんな姿を見ていると何と大人気ないと思わざるをえないが、サーブにこだわることはオーヴェにとってはそれほどの大問題だったわけだ。
安全で安くてかつ燃費がよければいい。そんな風に機能本位で車を選ぶ日本人の方がよほど合理的だが、あなたはそこまでサーブにこだわるオーヴェのようなスウェーデンのじじいをどう評価・・・?
<後半からは意外な好々爺に・・・>
回顧シーンに見る青年時代のオーヴェ(フィリップ・ベリ)は根っからの労働者階級らしく朴訥だが、ソーニャとの恋模様の展開を見ているとカッコいい面もたくさん持っている。すると、妻に先立たれ、自治会長選挙にも敗れ、今は孤独で嫌味な頑固じじいとなっているオーヴェにもホントはまだまだ良いところが残っているのでは・・・?
ちょっと賑やかすぎ、厚かましすぎて「大阪のオバちゃん」的な雰囲気が強いパルヴァネとの交流が深まり、かつて妻と通ったカフェに案内し、昔と同じように嬉しそうにミルフィーユを食べている姿を見ていると、オーヴェの根っからの人の良さがわかってくる。またパルヴァネの下の娘に対して絵本を読んでやったりする姿を見ていると、ソーニャとの間に子供が生まれなかったオーヴェも意外に好々爺だということがわかってくる。
そんな風にオーヴェはぶっきらぼうで憎たらしいが、ホントは人のいいおじいちゃん。そんなキャラのオーヴェ役を、本作でゴールデン・ビートル賞の最優秀主演男優賞を受賞したロルフ・ラスゴードが冒頭からラストまで見事に演じている。オーヴェが心臓発作で倒れた時は「もはやこれまで」と思われたが、医者から「少し心臓が大きいだけで、大丈夫」と太鼓判を押されると、みるみるうちに自信を回復していくことに・・・。
スウェーデンの頑固じじいオーヴェは、ますます団地内での憲兵的役割を強めていくと思われたが、実は心臓が大きいことは大問題。したがって、首つり自殺はあれほど難しかったのに、ある日ベッドの上でのポッコリ死が訪れてくるなんて、オーヴェはホントに幸せ者・・・。
2016(平成28)年12月28日記