泪橋(日本映画・1983年) |
<シネ・ヌーヴォ>
2017年1月9日鑑賞
2017年1月13日記
過激派学生の10年後は、しがない英語の百科辞典のセールスマン!いかにも薄っぺらなそんな設定だが、まずは「泪橋」に注目!
鈴ヶ森の刑場、白井権八と小紫伝説の「故事」をしっかり学びながら、スクリーン上に登場する女優・佳村萠(愛川欽也の娘)の幻想的かつエキセントリックな雰囲気を堪能したい。
佐藤忠男著『黒木和雄とその時代』(06年)では、「失敗作」としての本作に黒木和雄の特質を見て取っているそうだが、さてあなたの評価は?
原田芳雄との兄妹の近親相姦まで登場すると、あまりにごった煮だが、ラストは意外とシンプルに・・・。
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監督:黒木和雄
原作:村松友視
脚本:唐十郎、村松友視
白井健一(英語の百科辞典のセールスマン、かつての過激派学生)/渡瀬恒彦
前野千鶴/佳村萠
前野修造(千鶴の兄)/原田芳雄
兵藤加吉(兵藤和装店の主人)/瀬川新蔵
田中一兵(兵藤加吉の友人)/殿山泰司
白井秋子(健一の妻)/藤真利子
高橋次郎/不破万作
兵の上の老人/藤田進
ヤマニのマスター/長門裕之
信ちゃん/伊藤克信
安さん/福地抱介
リカ/原日出子
村岡/風間杜夫
修造の女房/宮下順子
パーティーの客/清水まゆみ
質屋の主人/三谷昇
どぶさらいの男/石橋蓮司
親分風の男/金子信雄
方舟のおっちゃん・研ぎ職人/浜村純
喫茶店のマスター/成瀬正孝
聖書売りの少女/吉田麻子
1983年・日本映画・118分
配給/東映セントラルフィルム
<泪橋とは?鈴ヶ森の刑場とは?>
本作は村松友視の原作に基づく映画だが、泪橋とは一体ナニ?土佐の高知の「はりまや橋」はペギー葉山が歌った「南国土佐を後にして」の歌で有名だが、泪橋がどこにあるのかを知っている人はよほどの教養人だ。東京都品川区南大井にはかつて「鈴ヶ森の刑場」があったらしい。今でも京浜急行電鉄・大森海岸駅もしくは立会川駅から徒歩10分のところに自由に見学できる刑場跡があり、そこではかつて丸橋忠弥や八百屋お七が処刑されたそうだ。チラシによれば、土地描出に冴えをみせる黒木監督が本作で焦点を当てたのは、その鈴ヶ森界隈の下町風情。泪橋は鈴ヶ森の刑場に送られる罪人が、縁者と最期の別れを交わした橋らしい。
本作冒頭は、東京の品川駅と羽田空港を往復するモノレール周辺の風景や大井競馬場の風景を映し出しながら、立会川にかかるその泪橋を観客の目に印象づける。海や川の上空を飛ぶカモメの美しい姿を含め、そのカメラ回しは絶品だ。しかし、本作を鑑賞するについては、そんな美しい風景と下町情緒だけでなく、鈴ヶ森の刑場をめぐる昔の悲しい伝説にも思いをめぐらせなくちゃ・・・。
<主人公の10年後の姿は?千鶴との出会いは?>
続いて本作導入部では、泪橋の近くにある兵藤和装店を営む芝居好きの主人・兵藤加吉(瀬川新蔵)と、いつもそのお相手をしている田中一兵(殿山泰司)の2人が芝居調で 「白井権八と小紫(こむらさき)伝説」を語るシーンが登場する。白井権八も鈴ヶ森刑場で処刑された人物だが、残念ながら私を含む多くの観客はそのお話しを知らないだろう。
かつて過激派学生として兵藤和装店の2階でかくまってもらったことのある白井健一(渡瀬恒彦)は10年後の今、英語の百科事典のセールスマンとして働いていたが、セールスに疲れ無気力になった健一が、ある日10年ぶりにぶらりとこの家を訪れてみると・・・。
昔と変わらず2人は芝居の稽古をしており、昔と変わらず健一を暖かく迎えてくれたのは良かったが、懐かしさのあまり10年ぶりに2階を覗いてみると、そこには新しく若い女・前野千鶴(ちづ)(佳村萠)がかくまわれていたからビックリ!しかも、この女はセールスで歩き回っていた健一が少し前に出会ったばかりの魅力的で不思議な雰囲気を持った女だ。そのため以降健一は赤ちゃんができたと喜ぶ妻・ 白井秋子(藤真利子)そっちのけで、セールスのたびにこの家を訪れることになったが・・・。
<佳村萠って一体誰?本作の評価は?>
本作冒頭に登場する佳村萠の姿は幻想的な雰囲気でいっぱいだが、兵藤和装店の2階でかくまってもらっている千鶴が夜な夜な加吉と一兵の2人の老人から「変なこと」をされている姿(夢?)を見ると、この女はかなり変・・・?しかし、健一と千鶴との出会いに始まる導入部に続いて、本作中盤では千鶴が持っていた高価なルビーをめぐってクソややこしい物語が展開するし、後半からは千鶴の兄・前野修造(原田芳雄)との近親相姦を含むこれまたクソややこしい物語が展開していくから、本作はごった煮的様相を呈してくる。また、加吉と一兵は健一を過激派学生と信じているようだが、本作後半ではそれも真っ赤な嘘で、健一がヤクザの女房に手を出したことがバレて追い込まれていたところ、たまたま羽田闘争で警察から追われていた過激派学生たちと一緒に逃げていたところを加吉と一兵に助けられたらしい。
ちなみに、黒木監督と同じ1930年生まれの映画評論家・佐藤忠男は『黒木和雄とその時代』(06年)を出版しているが、同書での本作の評価は、「失敗作」としての本作に黒木和雄の特質を見て取っているらしい。また、佳村萠は愛川欣也の娘らしいが、そのネット情報には、「この映画の駄目な点の半分は、佳村の演技がど下手なことにある」と書かれている。本作に出演している俳優は、男優女優を問わずその後も長く活躍しているが、たしかに佳村萠という女優は、本作以前も以降も私は全く知らない女優だ。もっとも、彼女は本作ではそれなりの雰囲気を持った演技をしているし、脱ぎっぷりも健一との絡みぶりもそれなりのものだから、私はそんなに酷評しなくてもいいと思うのだが・・・。
<2階での絡みはいいが、鶏小屋での絡みはさすがに?>
後に大女優となった藤真利子が、本作では刺身のツマ的扱いとされているのに対し、千鶴の方はほぼ全編で健一のお相手役として登場するが、その行動は一貫して幻想的かつエキセントリックだ。本作には、方舟のおっちゃん(浜村純)も登場する。千鶴は兄・修造との近親相姦が原因で家を飛び出し、ノアの方舟にも救いを求めたらしい。また、キャバレーのホステスとして働いていた時、ボーイがアイスピックで殺されているが、その原因は千鶴が渡そうとした赤いルビーにあるらしい。千鶴との接点が増えるにつれて、少しずつそんな身の上話を聞いた健一が次第に千鶴に惹かれていったのは当然かもしれないが、その2人が、2人ともかくまってもらった(ている)兵藤和装店の2階でコトに及ぶのはいかがなもの・・・?いくら静かにしてもその物音が下に響くのは当然だから、それを聞いている2人の老人の表情は・・・?
他方、同じ日に観た『浪人街』(90年)のクライマックスでえらくカッコいい(?)大殺陣まわりを演じた原田芳雄が、本作では何とも陰気で無気力、しかし性欲だけは人一倍強い千鶴の兄・修造の役を何ともいやらしく演じている。千鶴が久しぶりに修造の家を訪れても、修造の「死んだ母ちゃんに謝れ!」との厳しい姿勢は変わらないうえ、千鶴が兵藤和装店の2階にかくまわれていることを知ると、修造はそこを探しあてたうえ加吉が飼っている鶏小屋の中で千鶴との絡みを始めたから、いやはや・・・。鶏の羽毛が舞い散る中での素っ裸になっての絡みは不衛生で見るにたえないものだ。もっとも、そこで千鶴は最大限の抵抗を示したから、遂に修造は千鶴の首に手をかけたが・・・。
<本作のラストをどう読み解く?>
本作では、後に演技派として日本を代表する俳優に成長する渡瀬恒彦の若き日のスラリとした姿が印象的だが、英語の百科辞典のセールスのために地図を片手にいつもネクタイ・スーツ姿で歩き回っている健一の姿を見ると、下っ端サラリーマンの悲哀がただよっている。そんな健一が妊娠した妻が実家に戻ったことをいいきっかけに(?)、千鶴と懇ろになったのは必然かもしれないが、それが倫理的によろしくないのは当然。本作のチラシには「ほかに老人たちの性への妄執、古典芝居『鈴ヶ森』との二重写し、千石イエス、近親相姦、オフィリア幻想など黒木好みの雑多な要素も満載される。」と書かれているが、さすが映画を知り尽くしたシネ・ヌーヴォが作ったチラシだけあって、この解説はすばらしい。
導入部では極めて無気力だった健一だが、本作ラストでは、千鶴の異変に気付いた健一は現場に駆けつけて大活躍することに・・・。もっとも時すでに遅く、修造に首を絞められた千鶴は既に死亡し、千鶴をかついでいた修造がひと休みしようとした時に川の中に転げ落ちてしまうが、そこでネクタイ・スーツ姿のまま川に飛び込んだ健一が千鶴を救い上げると・・・。
前述したように、ごった煮的雰囲気満載の本作のラストは意外にもシンプルなものになるのでそれに注目したい。しかして、さてあなたは本作のそんなラストをどう読み解く?
2017(平成29)年1月13日記