ケンとカズ(日本映画・2016年) |
<おおさかシネマフェスティバル2017>
2017年3月5日鑑賞
2017年3月8日記
韓国映画『息もできない』(08年)の若き債権取り立て屋もかなりのワルだったが、本作で覚醒剤の密売をしているチンピラ「ケンとカズ」の暴力性とワルぶりも相当なもの・・・。
韓国にはキム・ギドクやパク・チャヌクら、あっと驚くインパクトの強い映画を作る巨匠がいるが、日本ではせいぜい北野武監督くらい・・・?そう思っていたが、何の何の!30歳の小路紘史監督に注目!そして、ホンモノはイケメンだが、本作でカズを演じた毎熊克哉のワル顔と凶暴性に注目!
製作費は300~350万円。それでもキャラクターを徹底的に掘り下げれば、近時の邦画界にはめずらしいこんな問題提起も可能!本作を見れば、絶望気味だった邦画界にも少し希望が・・・。
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監督・脚本・編集:小路紘史
ケン(自動車修理工場で働く覚醒剤密売のチンピラ、早紀の恋人)/カトウシンスケ
カズ(自動車修理工場で働く覚醒剤密売のチンピラ)/毎熊克哉
早紀(ケンの恋人)/飯島珠奈
テル(覚醒剤密売の新入り)/藤原季節
藤堂(覚醒剤密売の元締め)/髙野春樹
田上/江原大介
国広/杉山拓也
安部(覚醒剤密売の敵対グループ)/岡慶悟
2016年・日本映画・96分
配給/太秦
<見逃していた「快作」を映画祭で鑑賞!>
2017年3月5日に開催された「おおさかシネマフェスティバル2017」で、ワイルドバンチ賞に輝いたのが本作。私は数年前から「ベストテン投票メンバー」をしているが、長い間おおさかシネマフェスティバルの事務局機能を担ってきた喫茶店「ワイルドバンチ」の名前を記念して、昨年から新たに設けられたワイルドバンチ賞は、インパクトのある話題作に対して贈られるもの。今回私は、そのワイルドバンチ賞と新人男女優賞において「これだ!」と推す作品や俳優がなかったため記入しなかったが、映画祭当日に記念作品として上映された本作を見て、それは自分の怠慢だったことを痛感し反省。
韓国映画にはキム・ギドク監督やパク・チャヌク監督作品をはじめ、あっと驚くインパクトの強い映画が多いが、近時の邦画はそれが少なくなり、甘っちょろく単純な純愛ものが席巻している。しかし、本作はまさにその逆で、冒頭に見る凶暴なシークエンスからして、たちまち観客は緊張を強いられるはずだ。かつての『その男、凶暴につき』(89年)や『HANA-BI』(98年)や『アウトレイジ』(10年)(『シネマルーム24』88頁参照)のような北野武監督作品や、韓国映画では『息もできない』(08年)(『シネマルーム24』157頁参照)、近時の邦画では『ディストラクション・ベイビーズ』(16年)(『シネマルーム38』未掲載)がそんなテイストの映画だったが、本作はその点でまさにピカイチ!おおさかシネマフェスティバルの「ベストテン投票メンバー」をしていることによって、こんなインパクトのある映画に出会えたことに感謝!今回のワイルドバンチ賞に本作はピッタリだ。
<冒頭に見る縄張り争いの演出とその映像にビックリ!>
ヤクザにとって覚醒剤の密売は貴重な収入源だが、それが摘発されれば犯罪。また、末端で働いている密売担当者にはチンピラが多いから、彼らが逮捕されるだけならさほど大きな影響を受けないが、それによって覚醒剤の仕入れルートまで摘発されるとヤクザ組織は大変。したがって、「ヤクザ」が「チンピラ」を末端の「営業」に使うについては、慎重の上にも慎重を期する必要があるのは当然だ。
しかし、覚醒剤密売の元締めである零細ヤクザ(?)の藤堂(髙野春樹)の下で覚醒剤の密売をしているチンピラのケン(カトウシンスケ)とカズ(毎熊克哉)、さらに新米のテル(藤原季節)が本作冒頭で見せる、いわゆる「縄張り争い」のケンカぶりを見ていると、その荒っぽさがいささか心配になってくる。去る1月21日に74歳で死亡した俳優・松方弘樹が、若かりし頃にいわゆる「実録もの」で菅原文太らと共に活躍していた当時のヤクザは強暴だったが、その後のヤクザはとりわけ覚醒剤密売等の「経済取引」においては紳士的になってきたのでは・・・?
それはともかく、タイトルの字幕が表示される前のこの導入部の演出と、ケンとカズを中心とした俳優陣の顔のアップが強調された映像を見ていると、そのド迫力にビックリ!ええっ、最近の邦画にもこんなカメラワークがあったの!そしてまた、イケメンが増えてきた今ドキの日本にも、とりわけカズのような根っからのワル顔(?)の若者がいたの!
<まずは短編版の『ケンとカズ』に注目!>
本作は1986年生まれの小路紘史監督の長編デビュー作だが、彼は東京フィルムセンター映画・俳優専門学校を卒業後、10作品以上の短編映画を制作し、4年連続でショートショートフィルムフェスティバル&アジアで入選を果たすなど、日本・海外の映画祭で上映してきたらしい。そして、2011年に制作した短編版の『ケンとカズ』は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2011で奨励賞を受賞し、ロッテルダム国際映画祭2012をはじめ、リスボン国際インディペンデント映画祭2012などで上映されるなど、海外からも注目されたらしい。そして本作は、その短編版『ケンとカズ』のキャラクターのバックグラウンドを掘り下げていくことによって、長編作品として完成させたものだ。
ケンもカズもぶっきらぼうで口数は極端に少ないから、一見、仲の良さそうなケンとカズが互いのコミュニケーションをどのようにとっているのか自体がハッキリしない。2人の下で更にこき使われている新米のテルは、かなり軽いキャラだから扱いやすいだろうが、ケンもカズも単なるワルというキャラでなく、どこか秘密めいたものを抱えていることは本作導入部の展開から明らかだ。しかして、ストーリー展開の中で少しずつケンとカズの秘密が明らかになっていくのでそれに注目!
<なぜ裏切りを?信頼とカネを秤にかけると?>
本作冒頭の、ケンとカズが小さいながらも覚醒剤密売の元締めである藤堂の手下として、縄張り争いのために暴力を振るうシークエンスを見ていると、ケンとカズの信頼関係はもとより、中学・高校と先輩・後輩の関係だったという藤堂とカズの信頼関係もそれなりのものがあることがよくわかる。また、ケンとカズの自動車修理工場での働きぶりを見ていると、2人はそれなりに真面目そうで、覚醒剤で稼いだ金で遊びまくっているバカなチンピラとは大違い。いや、そればかりか、前述したようにケンは妊娠した恋人・早紀のために「今後どうすればまっとうなパパになれるか」と考えているようだし、カズの方も実の母親に対して「クソババア!」と言葉はボロクソだが、施設に入れるためのカネを必死で工面しようとしていることは明らかだ。
もっとも、ケンとカズはそんな悩みを互いに打ち明け合うことはなく、あくまで自分流の「抜け道」を模索していたが、ヤクザから堅気へ戻ることが至難のワザであることは明らかだ。しかし、カネの方は工夫次第で何とかなるはず。しかして、カズが考え出した案は、覚醒剤の横流しと独立したシマを持つことだが、そんなことが鉄の規律を持つヤクザ組織の中で可能なの?ある日、カズからそれとなくそんな話を聞かされたケンはビックリ!しかし、よくよく考えてみると、既にカズは覚醒剤の横流しをやっており、その利益を自分だけでピンハネしていたようだからヤバイ。もしそれがバレたら、藤堂やその上部組織からカズは半殺しにされてしまうのでは・・・。
私が高校時代によく見た吉永小百合、浜田光夫のゴールデンコンビの映画に、藤原審爾の原作を映画化した『泥だらけの純情』(63年)があり、そこでは吉永扮する深窓の令嬢に恋してしまった浜田扮するチンピラヤクザの悲恋が描かれていた。それと同じように(?)カズがクソババアのために金をつくるべく「裏切り」というヤバイ道に走れば、その先は・・・?カズはあくまで口数が少なく無表情なままでいろいろな決断を下しているのでその行動パターンは読みづらいが、後半からクライマックスにかけては「ああやっぱり・・・」という困った展開に・・・。
<小路紘史監督の徹底したキャラの掘り下げに拍手!>
まず、ケンは恋人の早紀(飯島珠奈)が妊娠したため、早紀から父親らしい生き方をすることを求められる中、どうしようかともがいていることが少しずつ観客に見えてくる。他方、カズの方は、認知症の母親がいることを秘密にしていたが、今はこの母親を施設に入れる必要に迫られているもののカネがなく、大いに困り、イライラしていることが観客に見えてくる。私たち団塊世代が高校生の頃に歌っていた舟木一夫の『高校三年生』や『君たちがいて僕がいた』の世界なら、心の悩みを打ち明け合って仲間と共に生きていくことを互いに求めればよかった(?)が、平成20年代の格差社会の中でその底辺を生きているケンとカズにはそんな仲間はどこにもいないことが明らかだ。
本作はわずか300~350万円の製作費で完成させたそうだが、それは映画の質(レベル)に全く影響を及ぼしていない。つまり、登場人物のキャラの掘り下げにはカネはかからないということだ。本作は2015年の第28回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュで作品賞を受賞した他、『太陽を盗んだ男』(79年)などで邦画界のレジェンド的存在である長谷川和彦監督から「観る者を《未知なる映画の世界》に引っぱり込んでくれる。『必見の新作!!』だろう。」と絶賛のコメントを寄せられたそうだが、それは小路紘史監督が短編版『ケンとカズ』を長編化する作業の中でケンとカズのキャラクターを徹底して掘り下げたことによるものだ。したがって、本作ではその徹底したキャラの掘り下げに注目するとともにその出来栄えに拍手!
<ホンモノは実にイケメン!映像との落差にビックリ!>
「おおさかシネマフェスティバル2017」の授賞式には、小路紘史監督と共にカズを演じて新人男優賞を受賞した毎熊克哉が登壇し受賞の喜びを語った。そして、その後の懇親パーティーに2人とも参加してくれたため、私も親しく話をすることができた。その雰囲気は、杉野希妃が2012年のおおさかシネマフェスティバルで新人女優賞を、2015年のおおさかシネマフェスティバルで新人監督賞を受賞した時と同じようなものだった。
今回そこでビックリしたのは、30歳になったばかりの若い2人が実にしっかりした考え方を持ち、自分のこれから目指す方向性をしっかり語ってくれたこと。授賞式に登壇した毎熊克哉を見て観客席が一斉に「オオー」とどよめいたのは、そのイケメンぶりと爽やかさに驚かされたため。午前中にスクリーン上で見た、あのすごい目つきのワル(=カズ)との落差にみんながビックリしたわけだ。彼も小路紘史監督と同じく東京フィルムセンター映画・俳優専門学校の映画監督科コースを卒業したが、自分には俳優の方が向いていると考えて、現在はその途に邁進しているそうだが、このイケメンぶりを最大限活用すべきが当然だ。
<若い毎熊克哉と小路紘史の今後の方向性は?>
もっとも、本作が俳優としての長編デビュー作となり世間の注目を集めたことによって、毎熊克哉=目つきの悪いチンピラが似合う俳優、というイメージが定着してしまうのはやむをえない。したがって、第2作、第3作でそれを脱却する別の役柄を再評価してもらえるかどうかが彼の次の勝負になるはずだ。毎熊克哉という俳優は『理由なき反抗』(55年)で彗星の如く現れたジェームズ・ディーンと同じような繊細で傷つきやすい若者役だってやれそうだが、幸か不幸か本作のカズ役はそれとは正反対のワル役になっているから、それを払拭するのは大変だ。他方、小路紘史監督は次回作、次々回作には毎熊克哉と組むつもりはなく、数年後にまた企画があえばぜひ毎熊克哉を起用したいと語っていたが、小路紘史監督の世界観を広げていくうえでも、いったんは毎熊克哉との縁を切った方がベターだろう。
日本には中国の北京電影学院や韓国の韓国映画アカデミーのような国立や公立の映画大学がないのが大きな弱点だが、東京フィルムセンター映画・俳優専門学校のような映画学校から小路紘史や毎熊克哉のような若く優秀な人材が育っていることを知り、私もひと安心!
2017(平成29)年3月8日記