人生タクシー(イラン映画・2015年) |
<テアトル梅田>
2017年5月14日鑑賞
2017年5月17日記
監督自らが運転手となり、運転席に座る乗客が織りなす人生模様を映画に。これは、イラン政府によって、20年間の映画製作禁止処分を受けたパナヒ監督の窮余の一策だが、それでもベルリンでは見事に金熊賞を!
わずか82分の上映時間内には、赤の他人の乗客以外に、将来の映画監督を目指す姪っ子や友人の人権派弁護士も乗ってくる(?)ので、そこで交わされる数々の際どい会話(?)にも注目!
5月7日のフランス、5月9日の韓国に続いて、5月19日に行われるイランの大統領選挙は、直前に保守強硬派の候補が前検事総長のライシ氏に一本化されたため、穏健派のロウハニ氏との一騎打ちとなったが、その結果は?北朝鮮と並んでヤバイ国とされているイランの動静と、そんな国で命懸けで映画製作に邁進する巨匠パナヒ監督の本作は必見!
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監督・出演:ジャファル・パナヒ
2015年・イラン映画・82分
配給/シンカ
<イランの名匠パナヒ監督をインプット!>
本作の話題は、内容もさることながら、イラン人の監督ジャファル・パナヒが、自らタクシーの運転手に扮してドキュメンタリーと劇映画との境目がはっきりしない82分の本作を監督し、見事に2015年の第65回ベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を受賞したこと。既に、パナヒ監督はアッパス・キアロスタミ監督の愛弟子として、①『白い風船』(95年)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを、②『チャドルと生きる』(00年)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を、③『オフサイド・ガールズ』(06年)でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員特別賞)を受賞した経歴を持ちながら、イラン政府への反体制的な活動を支持したとして、2010年から20年間の映画監督禁止令を受けていいるらしい。私はパナヒ監督の過去の作品を一度も観たことがないが、中国と同じようにイランでも、映画監督(映画作家)は映画製作における「表現の自由」が国家権力によって大きく制約されているわけだ。
そんな状況下で、あえて自ら主演して監督した本作は、ハリウッド映画のようなド派手な仕掛けもアクションもないが、タクシーに乗ってくる乗客や運転中にたまたま出会う(?)姪っ子や旧友の女性弁護士との対話の中で、まさにイランの今を生きる人たちの人生模様が語られていく。
タクシーの運転席の上部に備え付けられたカメラで撮ったそんな会話をそのまま映画に使っていいの?本作では、そんな会話が次々飛びだしてくるので、それに注目!また、パナヒ監督の運転するタクシー内ではわずか82分の間に様々なことが起きるが、ラストにはあっと驚く出来事が・・・。イランの名匠ジャファル・パナヒの名前を、しっかりインプットしておかなくっちゃ!
<国によるタクシーの規制はどの程度がベスト?>
日本ではタチの悪い業者を排除するため、タクシー業には免許が不可欠で白タクは禁止。また、料金は国が決め(認可制)、相乗りも禁止だ。もっとも、スマホが普及している今、それを活用して「相乗り」を認めようとする動きにあるし、料金や台数を国が規制することに反対し、規制緩和を求める動きもあるが、さて、タクシーの規制はどの程度がベスト??
中国旅行に20回近く行った私は、2001年の西安・敦煌旅行ではタクシー料金を自由な交渉で決めていることにビックリしたが、その後の北京、上海旅行ではさすがにそれはなくなっていた。また、日本に比べてのタクシー料金の安さにビックリしたし、当初は車の古さや汚さ、冷暖房のないこと、運転の荒っぽさ等々にも驚いたが、それらは時代が進むにつれて改善された。また、上海では雨の日でタクシーがなかなか拾えない中、タクシーの相乗りを強要(?)されたことにもビックリ!しかして、本作冒頭のパナヒ監督が運転するタクシーの客席同士で展開する、教師の女性と自称フリーランス(路上強盗?)の男とのイランの死刑制度をめぐる「議論」を聞いていると、議論の内容への興味もさることながら、イランのタクシーの客の乗せ方が日本とは全然違っていることがわかるので、それに注目!
ジェイソン・ステイサム主演の『トランスポーター』(02年)(『シネマルーム2』188頁参照)、『トランスポーター2』(05年)(『シネマルーム11』316頁参照)、『トランスポーター3 アンリミテッド』(08年)(『シネマルーム23』未掲載)は、「運び屋」を主人公にした面白い映画だったが、タクシーをテーマにした映画はあまりないので、この際、日本、中国、そしてイランにおけるタクシー制度の国による規制について、しっかり勉強しておきたい。
<原題より邦題の方がグッド!>
本作の原題はシンプルな『TAXI』だが、邦題はいかにも本作にふさわしい『人生タクシー』としており、グッド!
本作で最初に語られる「人生」は、前述した女性教師とフリーランスの男との死刑をめぐる抽象的な議論だが、その後は、①映画のDVD(海賊版)の密売人、②交通事故で血まみれになった男とその妻、③金魚鉢を抱えて乗り込んできた2人の老婦人、④映画監督を目指す青年等が客となり、彼らの人生模様をドキュメント風に示してくれる。DVDの密売人は、前述した女性教師とフリーランスの男との会話を黙って聞いていたが、その間にこのタクシー運転手は帽子を被っているが、イランで有名なあのパナヒ監督だとわかったらしい。そのため、女性教師とフリーランスの男が下車した後、わざわざ助手席への乗り換えを希望し、パナヒ監督に対して自分のDVDを売り込んだり、販売先への販売についてパナヒ監督の名前を利用したりするシーンが展開していくのが何とも微笑ましい。
それに対して、金魚鉢に入った金魚を所定の時間に所定の場所に何が何でも持って行かなければ命に影響する、と言い張る2人の老婦人は少し異常気味だから、途中でこの客を別のタクシーに移したのは適切かも・・・。もっとも、タクシーを急停車させた時のどさくさの中で金魚をビニール袋に移し替えた際、老女の財布が車内に落ちていたらしいことがわかると、運転手のパナヒ監督はそれをちゃんと届けに行こうとするから立派なものだ。また、交通事故のため血まみれになっているケガ人とその妻から頼まれれば車に乗せないわけにはいかないのは当然だが、今にも死ぬかもしれないと考え、大声でわめきながら遺言書づくりに必死になる男の様子が面白い。その他、本作はたかが82分の映画だが、タクシーの中では様々な人間の様々な人生がいっぱい!
<小学生の姪っ子も将来は映画監督に!>
パナヒ監督はドキュメンタリーと劇映画の境目のない作品を創り出す才能に長けているそうだが、本作ではまさにそれが顕著だ。日本では運転中の携帯電話の使用は禁止だが、イランではそんな規制はないようで、パナヒ監督は客を乗せての運転中しょっちゅう携帯電話で会話をしている。もっとも、金魚を持った2人の老婦人を送っている途中、彼が何度電話しても電話に出てこなかったことがわかるのは、2人の老婦人を降ろした後に向かった姪っ子とのご対面のシーン。姪っ子がむくれていたのは、パナヒ監督の到着が1時間以上遅れたためらしい。そのためにパナヒ監督は何度も電話をしていたわけだが、「どうして電話に出なかったの?」との質問に対する姪っ子の答えは、「遅れることの弁解だろうから、それを聞きたくなかった」というものだから、かなり生意気だ。
この姪っ子は小学生だが、学校で映画製作の課題があるらしい。したがって、姪っ子は有名な映画監督パナヒを叔父に持っていることをクラスメイトに自慢したかったらしい。そんな自慢ができなくなったこともあってむくれていたわけだが、車に乗り込んでから、カメラ撮影をする様子や小学生ながらメチャしっかりした議論のやり方をみていると、「この叔父にして、この姪っ子あり」と実感。この小学生の姪っ子も、将来はきっと映画監督に!
<日本、韓国、中国の人権派弁護士の実態は?>
日本では人権派弁護士の活動に何の制約もなく、4月初旬の産経新聞は、「戦後72年弁護士会 政治闘争に走る『法曹』」を特集し、①政治集団化する日弁連 「安倍政権打倒」公然と、②現実離れの反安保決議 「尖閣」「有事」直視せず、③日本貶める声明 訂正せず 証拠ないまま「慰安婦 強行連行」、④「脱原発」先鋭化 「科学」「国益」考慮せず等の見出しで報じた。
他方、去る5月9日の大統領選挙で当選した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、かつての盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権での秘書室長だったが、彼は盧武鉉と共に闘った有名な人権派弁護士だ。人権派弁護士盧武鉉の姿は、『弁護人』(13年)(『シネマルーム39』75頁参照)に詳しい。韓国では、人権派弁護士の多くが韓国の財閥政治に反対し「親北朝鮮」の考え方が強いが、文在寅はまさにその代表。したがって、保守派であった朴槿恵(パク・クネ)政治の否定と弾劾裁判によって始まった今回の選挙で、野党の文在寅候補が勝利したのはよくわかる。しかし、さて、文在寅大統領による現実の政治は?5年の任期が正常に全うできるのかどうか、それ自体に大いに不安がある。
それに対して、中国の人権派弁護士の状況は極端にひどい。習近平政権下では「法治主義」を掲げて国家政権転覆罪等で起訴された人権派弁護士の公判や判決の様子を「公開」しているが、そこでは政治犯たちがカメラの前で懺悔する姿が日常的になってきた。たとえば、①周世鋒弁護士(懲役7年)の「自らの行為が党や政府に危害をもたらしたことを深くざんげする」、②王宇弁護士(保釈)の「海外組織は我々に西側の価値観を植え付け、中国政府を批判した。これらは過ちだった」等の発言だが、これが拷問、弾圧の結果であることは明らかだ。
<イランの大統領選挙は?人権派弁護士の実態は?>
あなたはイランで、来たる5月19日に大統領選挙が実施されることを知ってる?その有力候補は、①現大統領のロウハニ氏、②現テヘラン市長のガリバフ氏、③前検事総長のライシ氏の3人だが、5月16日の新聞各紙は、テヘラン市長のガリバフ氏が選挙戦から撤退することを報じた。これは、穏健派のロウハニ氏の再選を拒むため、前検事総長ライシ氏より少し支持率の高かったテヘラン市長のガリバフ氏が、同じ保守強硬派のライシ氏に自分の票をまとめる、というすごい決心をしたためだ。こうなるとロウハニ氏の支持率とガリバフ氏+ライシ氏の支持率が拮抗してくるから、さあその選挙結果は?
イランで保守強硬派の大統領が就任すれば、アメリカVSイランの対立がより一段と強まることは必至だから、北朝鮮の核・ミサイル開発問題と併せてイランの大統領選挙を注視する必要がある。しかして、そんなイランという国における人権派弁護士の実態は?本作で姪っ子を乗せて運転中のパナヒ監督がたまたま出会うイランの人権派女性弁護士は、今どこでどんな活動をしているの?
真っ赤なバラの花束を抱えてパナヒ監督のタクシーに乗り込んできた女性弁護士はパナヒ監督との偶然の再会を喜んだが、彼女はこれから人権活動によって拘束され、ハンストを決行している友人に面会に行くらしい。この女性弁護士の語り方や表情に何の暗さも悲壮感もないのが幸いだが、タクシーの中でパナヒ監督との間で交わされるさまざまな政府批判は痛烈。モロに政府の弾圧を受けている当事者による生の会話だから、そうなるのは仕方ない。しかして、本作がすごいのはそんな会話をすべてそのままドキュメント風にタクシー内のカメラで撮影している点だ。そして、この内容なら、イラン政府が即上映禁止にするのは仕方なし。私は人権派弁護士ではないが、中国はもちろんイランでも人権派弁護士を貫くのはホントに大変だと痛感!
<テヘランの治安状況は?この結末にビックリ!>
北朝鮮は日本にとって恐ろしい国であり「近くて遠い国」だが、北朝鮮と国交を保っているイランも日本人にとって「遠くて遠い国」。したがって、私はあえてそんな国の観光に出かけようという気はないが、本作で見る限り、パナヒ監督が運転する車もきれいだし、道路事情も、そこを走っている車も全然悪くない。もっとも、冒頭で信号待ちをする間、パナヒ監督の車から映し出される前方の交差点の風景を見ていると、車もバイクも自転車も歩行者もきちんと分離されないまま動いているようだから、日本ほど厳しい交通規制はないようだ。しかし、中国旅行のたびに驚いたような、大きな道路での車とバイクと自転車と人のハチャメチャな流れとは全然違う、かなりまともなものだった。また、パナヒ監督のタクシー運転手としての運転技術や乗客への接客マナーがどのレベルなのかはわからないが、見ている限り全然違和感がないから、イランの交通事情はまずまずで、大きな不安はないものと本作鑑賞中はずっと思っていた。
しかし、パナヒ監督が後部座席に落ちていた財布を届けるべく2人の老婦人のもとへ行き、姪っ子と一緒に車から出ていくと・・・?このラストシーンの展開が「やらせ」なのか、それとも現実ににパナヒ監督の車が「車上荒らし」の被害にあったのかはわからないが、本作は車内に設置されていたカメラが大変な状況を映し出す中で終了するので、それに注目!
2017(平成29)年5月17日記