ロスト・イン・パリ(フランス、ベルギー映画・20116年9 |
「ロスト・イン・パリ」
<シネ・ヌーヴォX試写会>
2017(平成29)年7月3日鑑賞
2017(平成29)年7月7日記
パリの観光名所を巡る恋愛映画や失恋映画は多いが、パリの現役の道化師夫妻が監督・主演した“飛び出す絵本”“21世紀のサイレント映画”はチョー異色。しかも、単純なおとぎ話ではなく、カナダからパリにやってきたヒロインがおばさん探しをする捜索劇は、誤った葬式シーンの登場などかなりミステリアス・・・?
クライマックスはエッフェル塔上での「涙の再会」だが、そこでは盗人でストーカー的存在だったホームレスの男が、すっかり自己の存在感を獲得することに・・・。
アホバカバラエティー色が強い邦画とは全く異質の、これこそ若き日のビートたけしが目指していたのでは?と思える道化師の本物のパフォーマンスに注目!たまには、こんな上質の芸とお笑いをたっぷりと。
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監督・脚本・製作:ドミニク・アベル、フィオナ・ゴードン
フィオナ(カナダに住む図書館司書)/フィオナ・ゴードン
ドム(パリのホームレス)/ドミニク・アベル
マーサ(パリに住むフィオナの叔母さん)/エマニュエル・リヴァ
/ピエール・リシャール
/フィリップ・マルツ
2016年・フランス、ベルギー映画・83分
配給/サンリス
■□■現役の道化師カップルが製作、監督、脚本、主演を!■□■
「ロスト・イン・パリ」と題された本作は、フランスの現役の道化師のカップルであるアベル&ゴードンが贈るサプライズとユーモアが詰まった“飛び出す絵本”。また、プレスシートにある「DIRECTORS’ Note」よれば、
私たちの他の作品のように、『ロスト・イン・パリ』はバーレスクコメディ(踊りを主にしたおどけ芝居)である。
とされている。そして、そこには続いて次のように書かれている。すなわち、
なるほど、なるほど・・・。
■□■こりゃ“飛び出す絵本”“21世紀のサイレント映画”■□■
プレスシートには、①小柳帝(ライター・編集者)の「「詩的バーレスク」から「リアリズム」へ 映画史の川を上り始めたアベル&ゴードン」と、②伊藤聡(海外文学批評家)の「21世紀のサイレント映画」と題する、2つのコラムがある。
本作は、カナダの雪深い村で図書館司書のフィオナ(フィオナ・ゴードン)のもとに、パリのマーサ叔母さん(エマニュエル・リヴァ)から、「老人ホームに入れられる!助けて!」と書かれた手紙が届くところからストーリーが始まる。その導入部の、吹雪の中で家のドアが開くシーンを見れば、誰でも本作が“飛び出す絵本”であること、そして、“21世紀のサイレント映画”であることがよくわかり、私たち観客は一斉に笑い出すことになる。続く舞台は、パリのシテ駅。そこでは大きなバックパックを背負ったフィオナが1人でマーサのアパルトマンに向かう姿が映し出されるが、そこからはいかにもパリの道化師らしいフィオナを演じるフィオナ・ゴードンの演技に注目!
他方、写真を撮ってもらおうとしたフィオナが絶妙のタイミングでセーヌ川に転落してしまうシーンの後、シーニュ島(白鳥の島)でホームレスをしている男ドム(ドミニク・アベル)がフィオナのバックパックを川の中から拾い上げ、その中にあったハンドバッグをさぐって金目のものを抜き出したところから、何とも不思議な本作のストーリーが展開していくことに・・・。
■□■三者が絡む前半のストーリーに見るパリの名所は?■□■
本作が「素人の捜索劇」になったのは、せっかくフィオナがカナダからパリまでマーサを救うためにやってきたのに、老人ホームの職員から追われているマーサがひとりでアパルトマンから脱出したため。そのうえ、マーサを捜索するフィオナには、けったいなホームレスの男・ドムが様々な形で絡んでくるため、本作の物語は私の中高生時代のテレビの人気番組『てなもんや三度笠』のような(?)予想もつかないハチャメチャな展開に・・・。
パリの観光地巡りを兼ねた面白い映画は、ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』(11年)(『シネマルーム28』25頁参照)をはじめたくさんある。本作前半のストーリーで、フィオナ、ドム、マーサの3人が絡むストーリーに見るパリの名所は、①ドゥビリ橋、②シーニュ島、③船上レストラン マキシム等だ。バックパックごとセーヌ川に転落し、命だけは助かったものの、バックパックごと大切なものをすべて失ってしまったフィオナが泣きついたのはカナダ大使館。途方に暮れてすすり泣くフィオナに対して職員がレストランの無料券をくれたため、フィオナは船上レストランでの食事にありつけたわけだ。そこでドムと出会い、ダンスを楽しんでいるうちに、フィオナはこの男が自分のバックパックから金目のものをすべて盗んだ泥棒だということに気付いたが、その後この2人の腐れ縁は・・・?
■□■後半には墓地も!そのミステリー性と3人の絡みは?■□■
日本では2012年2月に完成した東京都墨田区のスカイツリーが同年の5月以降観光名所になっているが、フランス最大の観光名所は昔も今もエッフェル塔。本作ではそれはラストに登場し、エッフェル塔を巡って三人三様のパフォーマンス(?)を見せてくれるので、それに注目!しかし本作では、そのラストに至る後半の素人捜索劇の中に、パリの名所の1つとして(?)ペール・ラシェーズ墓地が登場し、否応なくストーリーのミステリー性を増大する物語が展開していく(?)ので、それにも注目したい。
船上レストランの中で一緒にダンスをしたドムがバックパックの盗人だったと知ったフィオナが、警察の協力によってそれを取り戻すことができたのはラッキーだった。その後、なぜかフィオナに恋したドムにつきまとわれることになったのはフィオナにとって迷惑千万だったが、それでも方向音痴のフィオナ、フランス語を少ししかしゃべれないフィオナにとっては、ドムの存在はマーサの捜索において大いに役立つことに。もっとも、やっとマーサの所在を確認できた時点では、マーサは2日前に亡くなり、これから葬儀が行われるらしい。方向音痴のフィオナはドムの助けを借りて何とか葬儀の場に滑り込み、そこでドムは即席の挨拶まで行ったが、よくよく確認すると、この遺影の主は本当にマーサ・・・?そこから展開される奇想天外なストーリーと、フィオナ・ゴードンとドミニク・アベルの2人が見せる大道芸人らしいパフォーマンスの数々をタップリ楽しみたい。
■□■彼らのパフォーマンスはどの先達を参考に?■□■
道化師であるフィオナ・ゴードンとドミニク・アベルが本作を監督し主演するについて、「喜劇王」と呼ばれたチャールズ・チャプリンたちの演技をどこまで参考にしたのかはわからないが、プレスシートにあるINTERVIEWでの質問に対し、次のように答えている。すなわち、
映画の喜劇王たち(タチ、キートン、チャップリン)のクラシックな伝統芸と自分たちを重ね合わせていますか?
もしくは、この伝統を意図的に打破しようとしているのですか?
ドム:彼らにはとてもインスピレーションを与えられました。なぜなら私たちを笑わせてくれる真のクラウンですから。でも私たちの作品には先入観や形式はありません。絶えず模索しています。ですからノスタルジーはありません。
フィオナ:私たちは彼らと同じカテゴリに属していることを自覚しています。しかし意図的に彼らの伝統の一部になろうとはしていません。最初のうちは、皆さんが予想できるようなタイプの映画を作るため参考にしていました。今は本当の意味で伝統を壊しているのではなく、私たちの創造力によって新しい何かを提案したいのです。「新しい」と言っても、それは大きな新しさではなく、小さな新しさなのですがね。
なるほど、本作で見せる彼らのパフォーマンスの先達はそこにいたわけだ。
■□■マーサとの涙の再会と永遠の別れは?■□■
本作は中盤では、カナダからパリに乗り込んだフィオナがマーサのアパルトマンの前までたどりつきながら、なかなかマーサに会うことができない捜索劇が続き、挙句の果てに、フィオナはドムとともにマーサのお葬式から焼き場までつき合わされる羽目になるから、結局フィオナはマーサに会えずじまい・・・?いやいや、そんなことはない。本作ラストでは、老人ホームの追っ手(?)からの追及を逃れてついにエッフェル塔の上まで逃げてきたマーサに、フィオナとドムが追いつくところで「涙の再会」を果たすことになる。もちろん、それはストーリー構成における想定の範囲内だが、そこで注目すべきは、フィオナとドムが見せる道化師らしいパフォーマンスだ。
エッフェル塔の上まで観光客は普通エレベーターで昇るはずだが、夜中(夜明け?)にエッフェル塔が開放されているはずはないから、エッフェル塔の上へ上へと徘徊する(?)マーサとそれを追うフィオナとドムのエッフェル塔上部での追いかけっこは、必然的に階段を使ったものにならざるを得ない。しかして、その設定は道化師のパフォーマンスの舞台として絶好のものだ。高い高いエッフェル塔上部での鉄骨を使ったパフォーマンスは、「さすが、これがパリの道化師!」と思える見事なもの。そんな苦労を積み重ねての「涙の再会」となるため、エッフェル塔上でのフィオナとマーサの「涙の再会」の感動は大きい。したがって、そんな「涙の再会」の後、あっけなくマーサがフィオナと永遠の別れを告げるのは、ある意味神の思し召しとして観客も納得できるし、フィオナ自身も納得できるものだろう。
そんな風に誰もが胸にストンと落ちる結末の中で、今やほとんど恋人同士となったドムと別れ、晴れやかな顔でカナダの村に戻ったフィオナを迎えるのは、またあの雪景色・・・?
2017(平成29)年7月7日記