STOP(韓国・日本映画・2017年) |
<DVD鑑賞>
2017(平成29)年7月13日鑑賞
2017(平成29)年7月21日記
小型で高性能のデジカメが普及した今、監督が脚本はもちろん、撮影、編集、録音から配給まで1人でやることも可能。
園子温監督の『希望の国』(12年)をはじめ、日本の映画監督は何人も福島第一原発事故の直後からそのテーマに挑戦してきたが、韓国のキム・ギドク監督も彼なりの問題意識と使命感を持って本作に挑戦!その公開規模と興行収入にも注目だが、最大の焦点はその内容だ。
原発事故の5km圏内にいた妊娠中の妻は人工妊娠中絶が必要なの・・・?放射能汚染による奇形の心配は避けられないが、それをこの若夫婦はどう考えるの?なんとも悲惨な現実を目の当たりにすれば、それまでの綺麗ごとは吹っ飛んでしまうの・・・?
小泉純一郎元総理が「反原発路線」へ180度方向転換したことも考えながら、キム・ギドク監督の本作の問題提起をしっかり受け止めたい。しかして、現在続々と再開中の原発の可否は・・・?
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監督・脚本・撮影・録音・編集・配給:キム・ギドク
サブ/中江翼
ミキ/堀夏子
ナオ/武田裕光
/田代大悟
/藤野大輝
/合アレン
2017年・韓国、日本映画・82分
配給/Kim Kiduk Film、Allen Ai Film
■□■キム・ギドク監督が来日し、1人で執念の作品を!■□■
2011年3月11日に発生した東日本大震災から既に6年余りが経った。1995年1月17日の阪神淡路大震災からは既に22年半が経過した。阪神淡路大震災は地震だけの被害だったが、東日本大震災は福島第一原発の爆発事故が併せて発生したため、チェルノブイリ原発事故と並んで原子力発電所の是非と、それに必然的に伴うライフスタイルのあり方という問題が急浮上した。
しかし、他方で人間は忘れっぽい動物。また、悲惨な過去を忘れることによって新たな未来に進むことができる動物であることも確かだ。したがって、いつまでも福島原発の被害を考えていても仕方がない、大切なのは未来だ。そんな発想で、日本人があの悲惨だった太平洋戦争の戦災被害を乗り越えてきたのも間違いない。
そんな中、私の大好きな韓国の鬼才キム・ギドク監督が、なんと1人で来日し、1人で監督、脚本、撮影、録音、編集、配給までの役割を務めた、執念の本作が完成!
■□■徹底的に経費節減!その功罪は?日本公開は?■□■
本作は、2015年に発表された映画だが、2017年5月以降東京、名古屋、横浜、愛媛での上映後、2017年7月20日から大阪の第七芸術劇場で上演されるが、大阪での試写会はなし。サンプルのDVDを借りられるだけだ。もちろん、日本で上映する映画館もごく一部の劇場だけで、作品の収益の一部は、福島と昨年地震で被害に遭った行定監督の故郷・熊本に寄付されるらしい。
本作のプレスシートで、キム・ギドク監督は9つの質問に答えているが、質問7、8、9では次の3つの質問に対して、いかにも彼らしい回答をしているので、それに注目!
■□■キム・ギドク監督の原発問題についての問題意識は?■□■
小泉純一郎元総理は福島第一原発事故を見たことによってそれまでの価値観を180度転換し、「原発反対」陣営に加わったが、キム・キドク監督は従前から反原発派だった。それが、福島原発事故以降はより強まったようだ。その結果、どうしても福島に入り、原発問題を映画にすることによって問題提起をしたいという思いを映画人として強めたらしい。それが本作として結実したわけだが、その点に関しても、質問1から5に対して次のとおり答えているので、それにも注目!
■□■こんなのあり?絶対ありえない!いやいや・・・?■□■
本作の主人公は福島第一原子力発電所の爆発事故を、マンションの窓から身近に見た写真家のサブ(中江翼)と現在妊娠中の妻ミキ(堀夏子)。マンションが福島第一原発から5km圏内だったため直ちに立退きを命じられた彼らは東京に移住したが、そこで謎の政府の役人から電話が・・・。彼の話は「ミキは奇形児を産む危険が高いので、直ちに中絶を勧める」という親切(?)なものだが、政府の役人がホントにそんなことをするの・・・?さらに、半信半疑のままミキがその話を詳しく聞きに行くと「あくまで判断は自由意志です。」と言いながら、その役人は親切心をカタに、かなり強制的な行動に出たから、アレレ・・・。
これを見たサブが怒り狂い、大論争をし、ミキを連れ戻したのは当然だが、その後ミキの精神状態は大きく変調を来したから、さあ大変。また、こんな大変な事態になった後のサブの行動は・・・?しかし、民主主義とマスコミがここまで発展している日本でホントにこんなのあり・・・?絶対ありえない!いやいや・・・?
■□■いくらキム・ギドク監督でもこの設定はちょっと?■□■
本作でミキ役を演じたのはキム・ギドク監督を慕って韓国に渡り、その後監督、女優、プロデューサーとして大成長した杉野希妃の『3泊4日、5時の鐘』(14年)に出演した女優・堀夏子(『シネマルーム37』144頁参照)。堀夏子は杉野希妃監督の下で続々と育っている若手俳優の一人で、同作では脇役だったが、本作では見事に主役をゲット!生まれてくる子供が原発事故の影響のために奇形になるのではないかという心配と恐怖で身も心もズタズタにされ、精神に変調を来していくミキ役を見事に演じている。
もっとも、本作の製作に杉野希妃は全く関与しておらず、韓国日本合作映画である本作をキム・ギドクとともにプロデュースしたのは合アレン。配給もKim Kiduk FilmとAllen Ai Filmだ。しかして、この合アレンは原発事故後も5km圏内にある自分の廃屋に残り、1人で赤ちゃんを産む女性の役を演じているので、それに注目!
政府関係者からの人工妊娠中絶の勧め(強制?)を断固拒否し、「俺たちの子は大丈夫だと信じるんだ」とカッコいい原則論を唱えていたサブも、現地に入り、廃屋に1人残った女(合アレン)が1人で子供(奇形児)を産む姿を目撃すると、その地獄のサマに唖然!これによって、サブのそれまでの主義主張は小泉元総理と同じように180度転換してしまったが、私がビックリしたのはここまですごい設定をしたうえ、その映像まで見せたこと。本作が「R15指定」とされたのは、きっとこのせいだろう。また、プレスシートには「世界各国の映画祭で物議を醸し、あまりの衝撃に上映困難とされた問題作が遂にベールを脱ぐ。」と書かれているが、そもそもの問題設定がすごいうえ、このシークエンスに私は思わずゾー・・・。いくらキム・ギドク監督でもこの設定はちょっと・・・?
■□■こんなゲリラ的抵抗は全く無意味!■□■
本作中盤では、ミキの精神が異常を来していく姿と、奇形児を産む女の姿を目の当たりにしたサブがあまりの絶望感の中で、赤々と電燈が灯る大都会・東京で1人ゲリラ的抵抗を示す姿が登場する。しかし、東京の繁華街でイルミネーションを輝かせながら営業するパチンコ店に対して文句をつけて一体何の意味があるの?俺の金で、俺がネオンを点けて、俺が営業しているのに何が悪い!そう切り返されたことに対するサブの反論は、明らかに支離滅裂だ。そんなサブを見て、1度はサブから因縁をつけられた、福島の汚染された肉(?)を秘密のルートで売っていた男ナオ(武田裕光)が、急遽サブに興味を示し接触してきたところから、大手の電力会社を相手にした2人の新たな大冒険=ゲリラ闘争(?)が始まることになる。
昭和40年代に発生した石油ショックの時も節電が叫ばれたし、近時は地球温暖化対策のためにエネルギーの転換が不可欠なことが長期的な国際課題になっている。そして、日本では災害のたびにそれが強調され、一部実行されているが、「喉元すぎれば熱さを忘れる」のことわざ通りで、なかなか結果が出ていない。大震災の後しばらくは灯っていなかったネオンもすぐに復活。あの災害もこの災害も、他人事のように忘れてしまうのが人間の習性だ。したがって、本作中盤にみる2人の男の行動は、風車に向かって1人突進していくドン・キホーテと同じように、かなり滑稽で馬鹿げたものと言わざるをえない。もっとも、こんなゲリラ的抵抗が全く無意味なことは明らかだが、そうかといって何もやらなくていいの・・・?
■□■それから数年後、この夫婦は?家族は?■□■
ミキが精神に変調を来したことによって、出産を控えたミキと、ミキの出産への賛否を180度転換させたサブとの夫婦仲はかなりおかしくなっていたが、さてその展開は・・・?キム・ギドク監督はそれを詳しく描かず、82分とコンパクトな本作では、それから数年後のこの夫婦の実態を見せてくれる。それを見る限り、2人の夫婦仲は復活し、円満そうだ。生まれてきた1人息子も今は小学生になっていたから一安心。もっとも、この男の子には、音が異常に大きく聞こえるという耳の病があるらしい。すると、それはいかなる原因に基づくもの・・・?ひょっとして、あの原発事故による放射能のせい・・・?すると、政府の役人が言っていた通りの結果に・・・?それは誰にもわからないが、スクリーン上にはハッキリとそんな厳しい現実が示されるので、それに注目!
ちなみに、私が近々鑑賞する予定の廣木龍一郎監督の『彼女の人生は間違いじゃない』(17年)は、東日本大震災から5年後の福島県いわき市に住み、市役所に勤務している瀧内公美扮するヒロインが、週末になると東京の英会話教室に通っていると父親に嘘をついて、毎週末毎に高速バスに乗って渋谷に行き、そこでデリヘル嬢をしている物語だ。これがお金のためでないことは明らかだが、さあそれは一体何のため?
人間は誰でもいつでも何らかの心の病を持つ動物だから、東日本大震災や福島原発事故に直面した人たちが、大なり小なり心に病を持つのは当然。しかし、それを韓国のキム・ギドク監督が映画化すれば本作のようになり、廣木隆一郎監督が映画化すれば、『彼女の人生は間違いじゃない』のようになるわけだ。もちろん、好き嫌いは人それぞれだが、本作のように1人で現地に入り、1人で撮影、録音、編集から配給までをこなして小規模な公開にこぎつけるという行動力を持った監督は、キム・ギドク監督だけだろうし、これほどハードな内容を詰め込んだ問題作を発表するのもキム・ギドク監督だけだろう。しかして、私の大好きな韓国の鬼才キム。ギドク監督の前作『The NET 網に囚われた男』(16年)(『シネマルーム39』145頁参照)に続いて本作に注目!
2017(平成29)年7月21日記