オン・ザ・ミルキー・ロード(セルビア、イギリス、アメリカ合作映画・2016年) |
<梅田ブルグ7>
2017(平成29)年10月1日鑑賞
2017(平成29)年10月13日記
世界は広い。こんな楽しい寓話をつくり出す、旧ユーゴスラビア生まれの大監督がいたとは。『ウェディング・ベルを鳴らせ!』(09年)の評論で書いた、そんな絶賛の言葉を、本作ではもう一度掲げたい。監督・脚本・制作の他、韓国のキム・ギドク監督ばり(?)に、エミール監督自身が主演した本作では、傘を差し、両側にミルク缶を積んだロバにまたがる奇妙な姿に注目!彼は一体何をしているの?本作のテーマは一体何?
「3つの寓話とたくさんのファンタジーに基づく物語」たる本作は、日本では絶対に作れない奇想天外なものだが、かつての「イタリアの名花」モニカ・ベルッチの快演と、ミルク運びの男にホレた村娘の深情けぶりに注目。今ドキの東宝の若者向けラブストーリーとはまったく異質の愛の物語を堪能したい。
また、忘れてはならないのが、エミール監督特有の動物たちの登場。ハヤブサと蛇は主役並みだし、大量のガチョウと羊の群れもストーリー形成に大きく寄与。一瞬見る熊のシーンにもビックリだ。エミール監督、こんな素晴らしい映画をありがとう。
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:エミール・クストリッツァ
コスタ(ミルクの配達係)/エミール・クストリッツァ
花嫁(ローマからセルビア人の父を捜しにきた絶世の美女)/モニカ・ベルッチ
ジャガ(ミレナの兄)/プレグラグ・ミキ・マノイロヴィッチ
ミレナ(ミルク売りの娘)/スロボダ・ミチャロヴィッチ
2016年・セルビア、イギリス、アメリカ合作映画・125分
配給/ファントム・フィルム
■□■思い出したこの監督!こりゃ必見!■□■
世界は広い。こんな楽しい寓話をつくり出す、旧ユーゴスラビア生まれの大監督がいたとは!そんな書き出しで紹介し、星5つをつけて私が絶賛したのは、エミール・クストリッツァが監督・共同脚本・制作した『ウェディング・ベルを鳴らせ!』(07年)(『シネマルーム22』162頁参照)だ。
その紹介では続けて「花嫁を探せ!そんな約束を果たすため、少年はどんな冒険旅行を?個性豊かな登場人物たち、何とも面白い発明品の数々、そして波乱万丈、奇想天外、ハチャメチャなストーリー展開。そのすべてに、きっとあなたも大満足!さあ、どんな結末の中、ウェディング・ベルが鳴るのだろうか」と書いたが、その後、私は同監督の名前自体を忘れてしまっていた。そのため、本作の監督名を聞いても何も反応しなかったが、かつて「イタリアの名花」と呼ばれた美人女優モニカ・ベルッチが出演すると知って俄然注目!そして、資料を調べてみると、こりゃかなり面白そうだ。さらに、公開日直前の新聞紙評を読むと、絶賛するものばかりだった。その中で、本作の監督・脚本があの『ウェディング・ベルを鳴らせ!』のエミール監督だったことを知って、「なるほど」と納得!
本作はカンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドールを2回、ベルリン国際映画祭・銀熊賞、ベネチア国際映画祭・銀獅子賞を受賞と、世界三大映画祭を制覇した同監督の『マラドーナ』(08年)以来9年ぶりの監督作になるらしい。しかも、本作では何とエミールが監督・脚本だけでなく主演も務めると知ってビックリ!『オン・ザ・ミルキー・ロード』という邦題を見ても何の映画かさっぱりわからないが、本作導入部では、傘をさしてロバにまたがり、その両側にミルク缶をぶら下げて、ある村からある戦場(前線)にミルクを運んでいくコスタ(エミール・クストリッツァ)の姿が登場する。これを見れば、そのタイトルにも「なるほど」と納得だが、コスタはなぜそんな危険な商売をしているの?
安保法制の制定にすら拒否反応を示した旧民主党の国会議員たちは今、突然の衆議院解散に伴う総選挙を前に希望の党と立憲民主党に分離したが、事ほど左様にわが日本国は戦争とは程遠く、平和を享受している国だ。しかし、エミール監督が生まれた旧ユーゴスラビアは?そして、コスタが住んでいる某国は・・・?
■□■実話に基づく物語?いやいや、さにあらず!■□■
冒頭に「実話に基づく物語」と表示される映画は多いが、エミールが監督・脚本した本作は、さにあらず。3つの寓話と多くのファンタジーに基づく物語らしい。また、エミール監督の映画には、たくさんの動物が重要なキャラとして登場するのが特徴で、『ウェディング・ベルを鳴らせ!』では、それは牛・豚・七面鳥等々だった。
しかして本作では、冒頭からスクリーンいっぱいにハヤブサ・リュビツァの姿が登場し、空中高く飛ぶ「生態」を見せつけてくれる。これを見ただけで観客は「一体どうやって撮影したのだろうか」と唖然とするはずだが、このリュビツァはその後コスタの相棒としていつも彼の肩に乗って一緒に戦線を渡っていくので、それに注目。驚くべきことは、かつてミュージシャンとして活動していたというコスタが巧みに弾くツィンバロムに合わせてこのリュビツァがリズムを取り、肩を揺らしてダンスを踊る(?)こと。さらに、コスタは体重300kgの熊・メドとも心を通わせ合っているそうで、中盤にはコスタが口移しでこの熊にオレンジを食べさせるシーンまで登場するからビックリ!合成写真やCGならそんなシーンも簡単だが、これらはすべてホンモノのカメラで撮影しているそうだからすごい。
他方、本作の舞台は特定されず、日本の昔話のように「隣国と戦争中のとある国」とされている。そのためか、冒頭から銃弾が飛び交っているものの、現在の北朝鮮のような現実的な危機感は薄く、どこか牧歌的だ。それを助長させるのは、村の中を走り回るガチョウの群れや飼い犬、そして人間の餌となるべく屠殺場に引かれていく豚たちの姿だ。豚を屠殺するシーンは登場しないが、豚の血の海の中にガチョウたちが飛び込み、白い羽が真っ赤に染まっていくシーンは少し不気味だ。しかし、そんなシーンを見ていても、また隣国と戦争中とはいえ、この「とある国」の「とある村」はまだまだのどかだ。
そんな導入部から始まる本作は、「3つの寓話とたくさんのファンタジーに基づく物語」だが、その3つの寓話とは・・・?そしてまた、たくさんのファンタジーとは・・・?
■□■コスタの恋人は?新たに村にやってきた美女は?■□■
『ウェディング・ベルを鳴らせ!』では寓話的な物語が展開していく中で、多くの動物たちと共に主人公となる美女が登場したが、本作もそれと同じように、美しく活発な村娘・ミレナ(スロボダ・ミチャロヴィッチ)が登場する。導入部のストーリー展開を見ていると、ミレナが秘かに想いを寄せているのが、ミレナの母親がミルクの配達員として雇っているコスタであることがわかる。ところがコスタは、ミレナの気持ちが分かっているにも関わらず、率直にそれを受け入れず、かなり邪険にしている。しかし、それは一体ナゼ?ストーリーの中では解説されないが、それはどうも、コスタが戦争にまつわる壮絶な過去を持っているためらしい。私ならこんな美女からこんなに言い寄られたらイチコロだが、コスタはいつもミレナの気持ちをそらしていたから、ミレナはイライラ・・・。
他方、ミレナの兄・ジャガ(プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ)はアフガニスタンで武功を上げた村の英雄で、近々村に帰り、ローマから花嫁を迎えるらしい。ここらあたりのストーリー展開の現実性はかなりいい加減(?)だが、3つの寓話とたくさんのファンタジーからなる本作では、それはどうでもいいこと。そして、本作のヒロインとなるこの花嫁の「セルビア人の父とイタリア人の母を持ち、ローマから父を探しに来た時に戦争に巻き込まれ難民キャンプにいたところをジャガの結婚相手として見出される」という設定と、その絶世の美女振りに注目!ジャガが戦場から戻ってくる前に、一足早く村に入った花嫁は、ミレナの母親指導の下、早速花嫁修業(?)を開始。その働きぶりにミレナも母親も大満足だったが、コスタとこの花嫁は互いに戦争にまつわる壮絶な過去を持つこともあって一目会った瞬間から惹かれあったらしい。そして、そこから本作の本格的ストーリーが展開していくことに・・・。
■□■休戦協定、どんちゃん騒ぎ、2組の結婚。しかし・・・■□■
第一次世界大戦の塹壕戦の悲惨さは『西部戦線異状なし』(29年)を始めとする多くの映画で描かれている。本作の隣国と戦争中の「とある国」でも、規模は小さいながら、その悲惨さは同じだ。そんな状況下でコスタは何の不平不満も言わずに毎日前線にミルクを運んでいたが、もちろん内心では強く和平を望んでいたはずだ。そんなコスタの願いや、村人たち、さらにはガチョウたちの願い(?)が通じたのか、ある日突然敵国と休戦協定が結ばれたという、奇跡のような報せがもたらされたから、村人たちは大喜び。本作中盤は、そんな喜びを爆発させた村人たちが狂喜して酒を飲み、楽器を弾き、歌を歌い、踊る、どんちゃん騒ぎの様子が描かれる。そこで注目されるのが、コスタの巧妙なツィンバロムの演奏と、ミレナのお色気たっぷりのド派手なダンスのパフォーマンスだ。もちろん、そこでは花嫁も一緒に踊るのだが、私の目にはミレナの踊りと歌の方が一枚上手に見えてくるが、さてあなたは?
休戦協定が結ばれ、兄のジャガが村に戻ってくるとわかった時点でのミレナの目論見は、兄と花嫁との結婚式の日に、自分とコスタも合わせて結婚式を挙げること。もちろん、ミレナの母親もそれを承知したから、村はダブル結婚式に向けての準備を着々と整えていた。そしてコスタもあえてそれに異を唱えなかったから、このままいけば、コスタと花嫁との互いを思い合う淡い気持ちはおじゃんになるかも・・・?しかし、そんなことは村の平和という「大事」に比べれば小さな問題だし、2組の夫婦の同時誕生となれば、喜ばしい限りだ。
本作は戦争映画ではないから休戦協定の様子は全く描かれないが、ある日突然その休戦協定が一方的に破棄されたから、さあ大変。さらに、過去に花嫁を狂おしく愛した多国籍軍の英国将校が、彼女を自分のもとに連れ去ろうと特殊部隊を村に送り込んできたから、さらに大変。この多国籍軍の英国将校はスクリーン上には全く登場しないが、とにかく残忍非道で執念深い男らしく、彼が差し向けた兵士たちは村を全て焼き払い、ジャガもミレナも、そして母親も、村人たちを全員殺してしまったから大事件だ。コスタと花嫁も、村人たちと一緒に殺されてしまったの?いやいや、それでは本作は成立しない。本作はそこから後半の本格的なラブストーリーに突入していくことに・・・。
■□■蛇は邪悪な動物?聖書ではそうだが本作では?■□■
旧約聖書の「失楽園の物語」では、蛇は人間を誘惑し、騙す、邪悪な存在として描かれている。チャールトン・ヘストンが主演した『十戒』(56年)では、神様から直接使命を授けられたモーゼがエジプト王のもとに乗り込み、杖を蛇に変えるシーンが印象的だったが、本作では道中でコスタが道にこぼしたミルクを飲みに来る蛇の姿が印象的。ホントに蛇がミルクを飲むのかどうかは知らないが、その後の熊がコスタから口移しでオレンジを食べるシーンは本物らしいから、きっとこの蛇もホントにミルクを飲んだのだろう。また、2度あることは3度あるもの。さらに、毎日繰り返しているとそれが習慣になり、人間と蛇の間にも友情が芽生えるらしい。そんなバカなことは本来ありえないはずだが、3つの寓話の中の1つはそんな話らしい。
パンフレットの中にあるインタビューでエミール監督は、アフガニスタン紛争中に現実にあった「ミルクの好きな蛇の話」を解説している。それによると、ロシアの基地に戻る途中で、ミルク配達の男が蛇に襲われている間に、基地が攻撃されて全滅し、生き残った兵士は誰ひとりいなかったのに、このミルク配達の男だけは助かった、という話が含まれているらしい。誰でも蛇に巻きつかれ、今にも噛みつかれそうになるのはイヤだが、本作ではそんなリアルなシーンも、どことなく寓話的な色彩で登場するのでそれに注目!
ちなみに、この話も3つの寓話の中の1つであるうえ、ここでも花嫁の身体に巻きつく蛇が登場するので、それに注目!
それにしても、「寛永三馬術」の講談における曲垣平九郎、向井蔵人、筑紫市兵衛らの「人馬一体」となった姿や、一ノ谷の裏手の断崖絶壁を70騎の精兵を率いて一気に駆け降りた源義経の「人馬一体」の姿は有名だが、蛇に巻きつかれることによって命を助けられる「人蛇一体」の寓話の何とも珍しく、本作だけのもの・・・?
■□■2人の逃避行はどこまで・・・?■□■
村を襲った兵士たちは残忍そのもので、無表情なまま焼き尽くし、殺し尽くす行動に徹していたから、その中で花嫁だけが生き残れたのはまさに奇跡。他方、蛇に巻きつかれて時間をロスしたことによって村に帰るのが遅れたため、一命を取り留めたのがコスタ。そして、井戸の中に身を隠していた花嫁を発見したコスタが、井戸の中に忍び込み、共に息を潜めあって兵士たちの追及を免れたのは超ラッキーだったが、村から逃走する際に発見されてしまったため、本作後半からクライマックスにかけては2人の逃避行が本作の見所となる。武器を持った優秀かつ残忍な3人の兵士の追跡に対して、花嫁の腕を引いてのコスタの逃避行は大変。2人の逮捕と銃殺は時間の問題かと思われたが、ウェディングドレスを脱ぎ捨てた花嫁は意外に勇敢。水中で兵士の1人を襲うコスタの格闘能力もなかなかのものだ。『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)のラストに見る、トラップ大佐一家のアルプス超えによるナチスからの逃避行は、そこはかとないのどかさが漂っていた(?)が、本作に見る2人の逃避行は「3つの寓話とたくさんのファンタジー」にしてはかなりリアルだからそれに注目。
某地にたどり着いた二人は、羊飼いが見守る羊(ローガン)たちを前にくつろいでいたが、そこに当てられてきた反射鏡の光の先を見ると・・・。
■□■羊の群れはいかにも寓話的。羊と地雷との相性は?■□■
日本では羊はあまり馴染みのない動物だが、ヨーロッパでは昔から羊は人間と相性のよい動物。それは、エジプト王から難を逃れてきたモーゼが、一時羊飼いの生活をしていたことからもわかる。しかして、本作のクライマックスには、追跡する兵士に発見されたコスタと花嫁が、羊飼いの老人に率いられた大量の羊(ローガン)の群れの中に隠れることによって難を逃れようとするシーンが登場する。もっとも、いくら羊の群れの中に隠れても、それは一時的なもので、2人の発見と射殺は時間の問題だが、そこで突然登場するのが地雷原。『ヒトラーの忘れもの』(15年)では、デンマークで地雷除去作業に従事させられるドイツの少年兵の姿が描かれ、地雷で吹っ飛ばされるシーンが続出していた(『シネマルーム39』88頁参照)が、さて本作では・・・?2人の兵士の追跡から逃れるために羊の群れを地雷原に誘導し、地雷を爆発させる作戦はいかがなもの?そう思う面もあるが、コスタと花嫁が最終的に生き残るには、それもやむなし?
ちなみに、前述したエミール監督のインタビューによれば、本作を構成する「3つの寓話」の3つ目が、地雷原で羊の群れを飼うことで自由を得たボスニアの男の話らしい。ラストに至ってそんな寓話がいきなり登場することに多少違和感があるが、そこでは羊の群れの中に隠れている中で地雷原を発見したコスタの機転と行動力に注目したい。さらに、この3つ目の寓話が展開する中、走り出す花嫁の身体に巻きついて彼女の行動を止める蛇の姿も登場するので、それにも注目。もちろん花嫁は突然の蛇の「攻撃」から逃れようと必死だが、それに対しコスタは「その蛇は守ってくれているんだ」と声をかけたが、さてその結末は・・・?
■□■舞台は15年後に。この結末の是非は?■□■
『オン・ザ・ミルキーロード』という奇妙な邦題の意味に気づき、停戦協定の成立を喜んだのも束の間、本作後半からは一転してコスタと花嫁のスリリングな逃避行となる。「3つの寓話とたくさんのファンタジー」を楽しみつつ鑑賞する中、この地雷原での結末は少し意外なことになるので、それはあなた自身の目でしっかりと。
しかして、本作の結末はそれから15年後となり、今はすっかりロシア正教風の神父様となっているコスタの姿が登場する。すると、彼はあの後ミルク配達の仕事を辞めて神父様になる勉強を・・・?いやいや、そんなことはどうでもいいこと。ここで観客が見るべきことは、彼が袋に入れた瓦礫を運び、何らかの作業をしていることだ。重機がある今の日本なら簡単だが、「とある国」にはそんな気の利いた重機はないらしい。すると1人の人間の力によるそんな作業は大変だが、彼は一体何をしているの・・・?
私が生涯のベストワンに挙げる『サウンド・オブ・ミュージック』では冒頭、アルプスの山に登って歌うジュリー・アンドリュース扮するマリアを、空中から次第にアップでとらえていく映像が印象的だったが、本作のラストはそれとは全く逆。コスタがひとつひとつ敷き詰めていた白い瓦礫は、一体何を目指していたの?そして完成まで残り僅かとなった今、その全貌は?
そんな『サウンド・オブ・ミュージック』の冒頭とは全く逆に、上空からズームアウトしていく映像によってその全貌がはっきりわかるから、それもあなた自身の目でしっかりと。なるほど、なるほど・・・。しかして、コスタが15年前の、あの戦争当時、毎日通っていたあのミルキーロードは今・・・?
2017(平成29)年10月13日記