女神の見えざる手(フランス・アメリカ合作映画・2016年) |
<TOHOシネマズ西宮OS>
2017(平成29)年10月21日鑑賞
2017(平成29)年10月27日記
去る10月22日に投開票された衆議院議員選挙はメチャ面白い政治ドラマになったが、これを演出し主演女優を演じたのは小池百合子。助演男優が前原誠司と枝野幸男で、3分の2獲得賞が安倍晋三。そこにロビイストはいなかったが、アメリカ議会で新たな銃規制法案を成立させるには、凄腕のロビイストが不可欠。
「キューティ・ブロンド」もブルーザー法の成立に頑張ったが、完璧なファッションに身を包み、眠る時間も惜しんで仕事に励む「ミス・スローン」の戦略戦術は・・・?
都知事を投げ打って国政へ!総理の座へ!なぜ「緑のタヌキ」はそんな「肉を切らせて骨を断つ」戦略を立てられなかったの?それと対比すれば、本作はすごい。その、あっと驚く結末に私は唖然。本作もロースクールの学生は必見!
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監督:ジョン・マッデン
脚本:ジョナサン・ペレラ
エリザベス・スローン(大手ロビー会社の凄腕ロビイスト)/ジェシカ・チャステイン
ロドルフォ・シュミット(小さいロビー会社ピーターソン=ワイアットのCEO)/マーク・ストロング
ジョージ・デュポン(エリザベスの上司)/サム・ウォーターストン
ジェーン・モロイ(エリザベスの部下)/アリソン・ピル
エズメ・マヌチャリアン(エリザベスの新しい部下)/ググ・バサ=ロー
スパーリング上院議員(聴聞会議長)/ジョン・リスゴー
パット・コナーズ(エルザベスの同僚)/マイケル・スタールバーグ
ビル・サンフォード(銃擁護団体代表)/チャック・シャマタ
ダニエル・ポズナー(ピーターソン=ワイアットの社内弁護士)/デヴィット・ウィルソン・バーンズ
ダットン(エリザベスのチームの一員)/ラウール・バネジャ
フランクリン(エリザベスのチームの一員)/ノア・ロビンズ
ロス(エリザベスのチームの一員)/アル・ムカダム
ローレン(エリザベスのチームの一員)/グレース・リン・カン
アレックス(エリザベスのチームの一員)/ダグラス・スミス
ロバート・フォード(高級エスコートサービスの男)/ジェイク・レイシー
2016年・フランス・アメリカ合作・132分
配給/キノフィルムズ、木下グループ
■□■キューティ・ブロンド VS ミス・スローン■□■
本作は、近年のアメリカ社会、とりわけ議会や議員への「ロビー活動」を通じて、さまざまな重要法案の成否に大きな影響力を持つ「ロビイスト」という職業にはじめて焦点を当てた映画。そんな企画の映画を作る場合、れっきとした社会問題提起作として作るやり方と、娯楽作として作るやり方の2つがあるが、本作は後者だ。そのため、本作の主人公となるミス・スローンと呼ばれる凄腕のロビイストであるエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)は完璧なファッションを身にまとい、女性としての魅力を周りに見せつけながらも、決して男に媚びず、眠る間も惜しんで仕事に精を出すキャラクターに設定された。本作で彼女がロビイストとして勝負をかけるのは、新たな銃規制法案の成立だ。
そんな本作の設定を見て思い出したのは、『キューティ・ブロンド ハッピーMAX』(03年)(『シネマルーム3』287頁参照)。それについて、私が2003年10月18日付産経新聞に掲載した評論は次の通りだ。
同作の主人公となったブロンド娘は、愛犬チワワの母犬が大手化粧品会社の動物実験に使われていることを知って、その救出のため新しい法律、すなわち動物実験禁止法案成立のためアメリカ連邦議会で奮闘する。彼女の役割は女性下院議員のスタッフの一員として働くことだったが、ハーバード・ロー・スクールを卒業した有能な弁護士でもある彼女の能力は凄かった。このブロンド娘はブロンドの髪とピンクのファッションがトレードマークだったが、ミス・スローンは彼女より少し年上であることもあって、濃い化粧と完璧なファッションがトレードマーク。このように両者は化粧やファッションが異なるうえ、時代と働き場所、そしてその役割と目指す法案こそ違うが、ブロンド娘は動物実験禁止法の成立に、ミス・スローンは銃規制法の成立に奮闘するストーリーは同じだ。もっとも、ブロンド娘はまっすぐでひたむきな姿が目立っていたが、凄腕ロビイストとしてのミス・スローンの働きぶりとその性格は・・・?
■□■陪審コンサルタント VS ロビイスト■□■
他方、ジョン・グリシャム原作の『ニューオーリンズ・トライアル』(03年)(『シネマルーム4』226頁参照)では、12人の陪審員に働きかける「陪審コンサルタント」という職業が焦点だった。それについて①朝日新聞平成16年2月13日、②産経新聞・平成16年2月13日に掲載した評論は次の通りだ。
ジョン・グリシャムの原作ではたばこ訴訟がテーマだったが、映画では銃の乱射事件によって夫を殺された未亡人が銃器メーカーを被告とする損害賠償訴訟がテーマにされていた。しかして、本作では、当初は銃擁護派団体から新たな銃規制法案を廃案にするためのロビー活動を依頼されたエリザベスがそれを断り、逆の立場からの依頼を引き受けて銃規制法の成立に奮闘するのがストーリーの骨格になる。
折りしも、ラスベガスでは10月1日に史上最悪の銃乱射事件が起きたから、本作のテーマはまさにタイムリーだ。『ニューオーリンズ・トライアル』では陪審コンサルタントの汚い手口が目立っていたが、さて本作に見る凄腕ロビイストのやり口は・・・?
■□■言論の国では、しゃべり(プレゼンテーション)が命!■□■
アメリカでは昨今「フェイクニュース」が飛び交っているそうだから、今でもアメリカが「言論の国」かどうかは微妙なところ。しかし、少なくとも政治や立法の世界における言論の重要性は、日本よりも高いはず。日本における言論の重要性の低下ぶりは、去る10月22日に投開票された衆議院議員総選挙における野党の離合集散ぶりをみても明らかだ。日本の漫才では機関銃のようにしゃべり続ける「しゃべくり漫才」の面白さが目立っているが、近時は日本のビジネス界でも「プレゼンテーション」という言葉に代表される、しゃべりとその説得力の大切さが強調されている。近時、中国人との接点が増えている私は、日本人の内向き志向=しゃべりの少なさと、中国人の外向き志向=しゃべりの多さ、を痛感しているが、言論の国アメリカでは、トランプ大統領に代表される、政治家のしゃべり=プレゼンテーションだけではなく、若者のしゃべり=プレゼンテーションの重要性は高い。
その典型が、ハーバード大学内でfacebookを立ち上げた若者、マーク・ザッカーバーグを主人公にした映画『ソーシャル・ネットワーク』(10年)(『シネマルーム26』18頁参照)だった。同作ではジェシー・アイゼンバーグ演じるマーク・ザッカーバーグが機関銃のようにしゃべりまくるシーンが目立っており、そのセリフ量は膨大だった。現在の日本の若者言葉は曖昧語に満ち溢れているが、同作に見たマークたち若者のしゃべりは真剣そのもの。頭の回転の速い若者が論点を整理して自分の主張を述べ、相手もそれに対してすぐに反論を述べるから、その会話を聞いていると「さすがアメリカは言論の国!」と感心させられたものだ。それと同じように、有能なロビイストも対外的にはしゃべり=プレゼンテーションが生命線だ。
本作のヒロインとなるエリザベス・スローンは小池百合子氏と同じような「独裁者」タイプで、自分の考え方を全てチームのメンバーに説明することはないが、それでも本作に見るエリザベスのセリフは『ソーシャル・ネットワーク』のマークと同じように早口だし、その量も膨大だ。そのため、その会話についていくのはかなりしんどい。しかし、エリザベスが考えている戦略、戦術を理解するためにはその大量のセリフを理解する必要があるので、本作ではとにかく、エリザベスの機関銃のような早口のしゃべり(プレゼンテーション)に注目!
■□■ロビイストもサラリーマン!ところがこのヒロインは?■□■
本作のパンフレットには①コラムニスト、山崎まどか氏のコラム「ジェシカ・チャステインが体現するモダンなヒーロー像」、②映画評論家、町山智浩氏のコラム「アメリカの銃規制を実現するには、ミス・スローンが何人いても足りない」、③映画ジャーナリスト、斉藤博昭氏のコラム「上質なサスペンスが突きつけてくる、武装した主人公の誰にも見せない素顔」があり、これらを読めば、現在アメリカのロビイストが果たしている役割がよくわかる。
エリザベスは一匹狼のロビイストではなく、コール=クラヴィッツ&ウォーターマンという大手のロビー会社の一社員。しかし、凄腕ロビイストとして、クライアントの要望を実現するべく最適な戦略を立て、しかも一切の妥協を許さず完璧を求めるエリザベスの仕事ぶりは政府やメディアからも一目置かれており、社内でも「ミス・スローン」と呼ばれ畏れられる存在だった。ところが、そのエリザベスが銃擁護派団体の代表であるビル・サンフォード(チャック・シャマタ)から受けた新たな銃規制法案廃止のためのロビー活動の依頼を自分の独断と偏見で断ってしまったから、エリザベスの上司であるジョージ・デュポン(サム・ウォーターストーン)は怒り心頭。その結果、「サンフォードの要求に応じる気がないなら、君にいてもらう必要はない」とまで宣言して、サンフォードからの儲け仕事をエリザベスのチームが受任するよう圧力をかけたが、さてエリザベスは・・・?「寄らば大樹の陰」のサラリーマンなら、会社をクビにされることは大変な危機だが、エリザベスほどの凄腕ロビイストになると、一匹狼でもやっていけるはず。しかして、エリザベスの決断は・・・?
■□■どちらの依頼を受けるのも自由?競業避止義務は?■□■
そんな状況下のある日、新たな銃規制法案に賛成する小さなロビー会社ピーターソン=ワイアットのCEOであるロドルフォ・シュミット(マーク・ストロング)から銃規制強化のためのロビー活動への協力を要請されたエリザベスは、あっさりコール=クラヴィッツ&ウォーターマンを辞め、ピーターソン=ワイアットに移籍する決心を固めたが、さあ、そこに見るエリザベスの価値観は・・・?
弁護士の私も時には全く違う立場の双方から依頼を受けることがあるが、双方代理を禁じられている弁護士はどちらの依頼者にするかを選ばなければならない。そんな時にいつも私が従うのは自分の信念や思想信条で、決して金のために動くことはない。本作導入部の展開を見ているとそれはエリザベスも同じだが、エリザベスが本当に銃規制強化に賛成という信念を持っているのかどうかはまったくわからない。特に新たな銃規制法案への賛成・反対の信念がないのなら、どちらの依頼を受けてもいいはずだが、なぜエリザベスはあえて成功の見込みが薄く、かつ報酬も少なそうなロドルフォの依頼を受けたの?それが本作最初の論点だから、その後のストーリー展開の中でそれをしっかり見極めたい。
また、ビジネスの世界には「競業避止義務」があり、これに違反するとそれなりの処罰があるが、本作にみるエリザベスの行動はそれに違反していないの?さらに、後述のようにエリザベスは自分のスタッフたちにも移籍するか否かの選択を迫ったから、その違法性はさらに強いのでは・・・?本作では、その点もしっかり見極めたい。
他方、弁護士だって、自分の信念のための活動もあるが、それとは無関係なビジネスのためだけの仕事も多い。そんな時でも、「意地でも負けたくない」、「必ず勝たなければ」と思う案件があるものだが、どうもエリザベスの場合は、どんな案件でもそんな気持ちになるらしい。しかし、それは一体なぜ?単に負けず嫌いの性格のため?それとも・・・?「希望の党」を立ち上げ、当初は政権選択選挙の一方の旗頭、ひょっとして次期総理総裁とまで考えられながら、10月22日の投開票では大敗してしまった小池百合子氏の性格と対比しながら、本作にみる凄腕ロビイスト、エリザベスのそんな性格のあり方を考えてみるのも一興だ。
■□■スタッフ1人1人の選択は?■□■
10月22日に投開票された衆議院議員選挙では、当初は民進党の国会議員全員がそのまま新たに小池百合子氏が立ち上げた新党である「希望の党」に合流すると報道された。ところが、その後それは小池百合子氏と前原誠司民進党代表との意思疎通不足によるものだったことが明らかになった。そして、小池氏が述べた「排除」の2文字が大問題となり、結局民進党の衆議院議員は①希望の党、②新たに枝野幸男氏が立ち上げた立憲民主党、③無所属、という3つのグループに分かれることになった。
それと同じように、本作でも、コール=クラヴィッツ&ウォーターマンからピーターソン=ワイアットへの移籍を決めたエリザベスは、自らのチームのスタッフに対して自分と一緒に移籍するか否かの選択を迫ったが、さてスタッフ1人1人の決断は?結果的に、エリザベスの同僚であるパット・コナーズ(マイケル・スタールバーグ)やダットン(ラウール・バネジャ)は残り、若手のフランクリン(ノア・ロビンズ)、ロス(アル・ムカダム)、ローレン(グレース・リン・カン)、アレックス(ダグラス・スミス)の4人は移籍を決断したが、これはきっとエリザベスの読み通り。ところが、エリザベスを理想の女性上司と慕っていた若い女性、ジェーン・モロイ(アリソン・ピル)はエリザベスに反旗を翻し、残留することになったから、正直これはエリザベスにとって誤算であり、大ショック!ちなみに、日本では毎年、理想の上司像が発表されている。そこでは、男性では野球のイチローや、女性では女優の天海祐希や篠原涼子らが常連だ。すると、本作のミス・スローンも理想の女性上司像・・・?いやいや、彼女の仕事上の能力は抜群だが、その点では実は正反対。エリザベスはジェーンにとって必ずしも理想の女性上司ではなかったわけだ。以降、エリザベスはピーターソン=ワイアットのロビイストとして、議員の数でも、資金の面でも、圧倒的に不利な状況下で銃規制法案を成立させるためのロビー活動をしていくことになる。
もっとも、本作冒頭では、なぜかエリザベスはスパーリング上院議員(ジョン・リスゴー)による聴聞会への出頭を余儀なくされていた。エリザベスは聴聞会で証言をするためピーターソン=ワイアットの社内弁護士であるダニエル・ポズナー(デヴィット・ウィルソン・バーンズ)の指導下で証言の仕方を伝授されていたから、これを見ると、やっぱりエリザベスは『ニューオーリンズ・トライアル』の陪審コンサルタントと同じように汚い手口を使っていたの・・・?
■□■高級エスコートサービスの活用は如何なもの?■□■
本作導入部では、エリザベスがしきりにある錠剤を服用しているのが目につくが、これは強力な眠気止めの薬。仕事がすべてのエリザベスにとっては、眠る時間ももったいないわけだ。パーティーに顔を出すのも、料理や酒はどうでもよく、ただ戦略の根回しや裏情報を掴むのが目的だ。そんなエリザベスだから、私生活での交友はゼロに等しく、もちろん恋人もいない。そのため、「その方面の欲望」は高級エスコートサービスを活用していたらしい。とはいっても、男の私には日本的な風俗店や援助交際のシステムは知っていても、米国における女性用の高級エスコートサービスの実態は全く知らなかったから、本作のそれを見ていると、まさに目から鱗!
ある日、そんな気分になったエリザベスは、お馴染みのエスコートサービスを呼んでいたが、当日ホテルのベッドの上で待っていたのは別の男。こりゃヤバイと思っていったんは「取り替え」を要求しようとしたエリザベスだったが、アレレ、その後の展開は・・・?この自信満々のエスコートサービスの男ロバート・フォード(ジェイク・レイシー)が本作後半からクライマックスにかけて大変なキーマンになってくるので、この男に注目!
もっとも、アメリカがいくら個人情報の保護に熱心だといっても、政敵が相手のボロ探しをすれば、この手の情報はすぐに漏れてしまうもの。日本でもこの手のスキャンダルで政治生命を失った政治家や有名人は多いから、ロバートの存在が聴聞会でここまでスキャンダル風に追及されれば、エリザベスのロビイスト生命もアウトに!聴聞会の証言台に立ったロバートが核心に迫る質問をされた時、私はそう観念したし、エリザベスもいったんは観念したと思われたが・・・。
■□■「肉を切らせて骨を断つ」の神髄がここに!■□■
「法廷モノ」の名作では証人尋問が華だが、本作は「ある疑惑」のためにスパーリング上院議員の聴聞会で証言することを余儀なくされたエリザベスが、上院議員の質問にいかに答えるかが大きなポイントになってくる。それは、本作のメインストーリーが聴聞会での証言に向けた回想的な作りとして構成されているためだ。政治をめぐるパワーゲームはいかに展開されるの?そこにおける人間同士の駆け引きはいかに?「希望の党」への民進党議員の合流が小池=前原間の話し合いでいかに合意されていたのかは闇の中だが、今やその失敗ぶりは大きく露呈してしまった。その結果、民進党の多くの議員は、安保法制や憲法改正に賛成するのか否かの踏み絵を強要されることになったが、さて、その真相は・・・?
それと同じように(?)、新たな銃規制法案に対してアメリカの議員たちは、それぞれいかなる距離感を持って賛否の姿勢を示していたの?それを見ていると、2年前には激しく安保法制に反対しながら、今回はあっさりそれを認めて「希望の党」への合流を認めた1部の民進党議員たちと同じように、いかにいい加減な議員が多いかがわかる。しかして、実は聴聞会の議長を務めているスパーリング上院議員の立場は・・・?
日本には「肉を切らせて骨を断つ」ということわざがあるが、聴聞会の席で様々な「証拠」を突きつけられ、トコトン苦境に追い込まれていくエリザベスの姿を見ていると、彼女の肉はボロボロになるまで切り取られており、これには弁護士もお手上げだ。しかし、エリザベスにとっては、この「追い込まれた方」もすべて想定内で計算ずく・・・?本作中盤に登場する、実は銃乱射事件の被害者だったという部下の女性エズメ・マヌチャリアン(ググ・バサ=ロー)の「残酷な活用ぶり」を含めて、エリザベスが本作で見せる「肉を切らせて骨を断つ」戦法に注目!もちろん、その展開はネタバレ厳禁だから、あなた自身の目でしっかりと。
2017(平成29)年10月27日記