「彼女が目覚めるその日まで」(カナダ、アイルランド合作映画・2016年) |
<テアトル梅田>
2017(平成29)年12月29日鑑賞
2018(平成30)年1月5日記
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監督:ジェラルド・バレット
原作:スザンナ・キャハラン『脳に棲む魔物』
スザンナ・キャハラン(ニューヨーク・ポスト紙の新人記者)/クロエ・グレース・モレッツ
スティーヴン・グリウォルスキ(スザンナの恋人)/トーマス・マン
トム・キャハラン(スザンナの父親)/リチャード・アーミテイジ
マーゴ(スザンナの職場の先輩)/ジェニー・スレイト
ローナ・ナック(スザンナの母親)/キャリー=アン・モス
リチャード(スザンナの職場の上司)/タイラー・ペリー
アレン/アレックス・ザハラ
ジゼル/ジェン・マクリーン=アンガス
上院議員/ケン・トレンブレット
ナジャー医師/ナビド・ネガーバン
ライアン医師/ロバート・モロニー
カーン医師/アガム・ダーシ
シスキン医師/ジャネット・キダー
サムソン医師/ビンセント・ゲイル
配給:KADOKAWA/89分
■□■ショートコメント■□■
◆公式ホームページによれば、本作の「イントロダクション」は次の通りだ。
最愛の両親や大切な恋人、あるいは自分自身が、ある日突然、人格を奪われ正気と狂気の間をさまよう病にかかったとしたら──あり得ないと思うかもしれないが、その病は日本でも年間1000人ほどが発症していると推定されている。決して、遠い国の縁のない話ではないのだ。
主な症状は、感情がコントロールできなくなり、幸福と絶望を行き来し、周りの人々に人間性が崩壊したかのような毒舌を吐く。やがて昏睡に陥りそのまま死に至ることもあるという。大ヒット映画『エクソシスト』の悪魔にとりつかれた少女リーガンを思い出してほしい。彼女のモデルになった実在の少年は、実はこの病の典型的な症例だったと指摘されている。
2007年、つまりは21世紀になってようやく急性脳炎の一つと位置付けられ、正式に「抗NMDA受容体脳炎」という名前が与えられるまで、精神の病や悪魔憑きと判定され、正しい治療を受けることすら難しかったのだ。
2009年にこの病にかかった、ニューヨーク・ポスト紙の記者であるスザンナ・キャハランが、壮絶な闘病の日々を、医療記録や家族の日誌などから再現したノンフィクションを発表。彼女も医師から原因不明と見放されたが、決して諦めなかった両親と恋人の尽力で、遂には人生を取り戻す。スザンナと家族の闘いに感銘を受けたオスカー女優のシャーリーズ・セロンがプロデュースに乗り出し、『キック・アス』で大ブレイクを果たしたクロエ・グレース・モレッツを主演に迎え、全米で大ベストセラーを記録した衝撃の実話の映画化を実現させた。
憧れのニューヨーク・ポスト紙で働く21歳のスザンナ・キャハランは、1面を飾る記者になる夢へと突き進んでいた。付き合い始めたばかりのミュージシャンの恋人スティーヴンを両親に紹介し、仕事も恋も順調だ。ところが、“それ”は足音もなく突然やって来た。物忘れがひどくなり、トップ記事になるはずの大切な取材で、とんでもない失態を犯してしまう。幻覚や幻聴に悩まされて眠れず、全身が痙攣する激しい発作を起こして入院するが、検査の結果は「異常なし」。日に日に混乱し、全身が硬直して会話もできなくなってしまったスザンナを見て、精神科への転院をすすめる医師たち。だが、両親とスティーヴンは、スザンナの瞳の奥の叫びを受け止めていた──。
スザンナを演じるのは、ファッションやライフスタイルでも、全世界の女性たちから熱い注目を浴びるクロエ・グレース・モレッツ。かつてない迫真の演技で、女優としての劇的なステップアップを成し遂げた。娘への盲目的な愛情が観る者の心を揺さぶる父親には、『ホビット』シリーズのリチャード・アーミティッジ。
知的でクールだが娘のためなら何者にも屈しない信念を秘めた強い母親に、『マトリックス』シリーズのキャリー=アン・モス。一見頼りなく見えるが、深く優しい愛でひたすらスザンナに寄り添い、実際にスザンナが回復してから結婚した恋人スティーヴンには、『キングコング:髑髏島の巨神』のトーマス・マン。
監督は、シャーリーズ・セロンが過去作からその才能を見抜き、自ら原作を送った新鋭ジェラルド・バレット。「この映画が誰かの命を救いますように」と願い、事実に忠実であることを何より大切にしたと語る監督の意志をリアルな映像で支えた撮影は、『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた』のヤーロン・オーバック。
目覚めぬ娘を信じ続けた両親、絶対にあきらめないと誓った恋人、彼らに突き動かされた医師たち──愛から生まれた希望と勇気の強さと美しさを描く感動の実話。
◆公式ホームページによれば、本作のストーリーは次の通りだ。
21歳のスザンナ・キャハラン(クロエ・グレース・モレッツ)の毎日は、希望と喜びに満ちていた。憧れのニューヨーク・ポスト紙で、まだ駆け出しだが記者として働き、いつか第1面を飾る記事を書くと燃えている。プライベートでも、プロのミュージシャンを目指すスティーヴン(トーマス・マン)と付き合い始め、会うたびに互いの想いが深まっていた。
そんな中、父(リチャード・アーミティッジ)と母(キャリー=アン・モス)が、バースデイ・パーティを開いてくれる。二人は離婚していたが、娘のスザンナを通して良好な関係を築いていた。それぞれのパートナーとスティーヴンに囲まれて、ケーキのキャンドルを吹き消そうとした時、スザンナは初めて体調の異変を感じる。皆の声が遠のき、めまいを覚えたのだ。
デスクのリチャード(タイラー・ペリー)から、スキャンダルを抱えた上院議員のインタビューという大きな記事を任されるスザンナ。彼女の才能を認める先輩記者のマーゴ(ジェニー・スレイト)からの後押しもあっての大抜擢だ。
ところが、スザンナの体調は、日に日に悪化していく。視界が揺れ、会話も聞き取れず、夜も眠れなくなり、締め切りを破るだけでなく綴りや文法までミスしてしまう。やがて手足が麻痺するようになり、病院で診察を受けるが、検査結果はすべて異常なしだった。
遂にスザンナは、取り返しのつかない失敗を犯す。上院議員のインタビューの席で、スキャンダルに引っ掛けた下品なジョークで彼を侮辱したのだ。リチャードから激しく叱責されるが、なぜそんな言葉が口から出たのか、スザンナ自身にも分からなかった。
今度は突然、激しい痙攣の発作を起こすようになるスザンナ。両親に付き添われて精密検査を受けるが、やはり異常はない。そうこうするうちに、劇的な幸福感に包まれてはしゃいだかと思うと、その直後には深い絶望感と被害妄想が沸き起こって周囲の人々を罵倒するようになり、会社の上司はもちろん、両親さえも手に負えなくなってしまう。
何度検査を受けても、医師たちは「異常なし」と繰り返し、精神の病だと決めつける。必ず原因を究明すると決意した両親と、「絶対に治るから、一緒に頑張ろう」と誓ったスティーヴンが支え続けるが、次第にスザンナは手足が動かなくなり、全身が硬直し、口さえきけなくなってしまう。
あと3日間の観察で変化がなければ、精神科へ転院させると宣告する医師たち。期限が迫るなか、一人の医師がスティーヴンの“ある言葉”に突き動かされるのだが──。
◆日本でのかつての「難病もの」の代表は『愛と死をみつめて』(64年)(『シネマルーム21』86頁参照)で、原作はもとより映画も歌も大ヒットしたが、その後も「難病もの」映画は続々と続いている。『キック・アス』(10年)で大ブレークしたクロエ・グレース・モレッツといえば、健康そのもののイメージ。したがって、その女優が「抗NMDA受容体脳炎」という難病の217番目の患者になる姿は全然イメージできない。それは、『愛と死をみつめて』で、当時、健康優良児の代表格だった(?)吉永小百合が軟骨肉腫の患者、大島みち子役を演じたのと同じだ。その意外性が、本作第1のインパクトになる。
◆21歳の誕生日を迎えたスザンナ・キャハラン(クロエ・グレース・モレッツ)の、ニューヨーク・タイムズ紙での働きぶりは、いかにもアメリカ的なスタイルの実力主義だから、日本の職場との違いにビックリさせられる。まさか新人記者がニューヨーク・タイムズ紙の一面の記事を書くことはないだろうが、本作を観ていると、少なくとも新人がその夢を抱くのは当然だし、その可能性があるのも当然という描き方をしているところが素晴らしい。もっとも、それは健康があってのこと。それが大前提だから、スザンナが仕事中に時々おかしな態度を示し始めると・・。めまいやけいれん、幻覚や幻聴等の身体の異変を感じ取ったスザンナがそんな状況下病院を訪れて検査を受けたのは当然だが、色々な検査の結果は異状なし。それで一安心だが、症状が一向に収まらないから、アレレ・・。
◆本作はスザンナ・キャハラン自身が書いた闘病記「記憶から抜け落ちた謎と錯乱の一カ月」をベースに執筆した著書『脳に棲む魔物』に基づくもの。そう聞けば、スザンナ・キャハランが「抗NMDA受容体脳炎」という難病を克服したことがわかるが、私は当初、本作は『愛と死をみつめて』と同じように、難病にかかったヒロインは死んでいくものとばかり思っていた。そのため、様々な自覚症状のなかで、同じ年齢のミュージシャンの恋人であるスティーヴン(トーマス・マン)や両親の援助を受けながら懸命に病名の特定に励むストーリーがずっと続く展開に、少し導入部が長すぎるのではないかと少し心配していた。しかし本作は、実は病気の原因の特定に至るまでが99パーセントの物語になっている。その意味では、私の予想と全く違っていたし、『愛と死をみつめて』とも全然違う「難病もの」だったが、医療の現場のあり方を探る問題提起作の1つであることは間違いない。
◆『ジョンQ -最後の決断-』(02年)では、アメリカは国民皆保険制度でないため、主人公の黒人は子供の重篤な心臓病の手術代を負担することができず、やむをえず「ある強硬手段」に訴えていた(『シネマルーム2』137頁参照)。それに対して本作ではスザンナの両親は色々な病院で、これは「統合失調症だ」、「精神病だ」としか診断できない医師とかなりのバトルを展開しながら「病気の原因を特定しろ!」と迫り、ある病院の女性医師のツテによって、学者に転職していたベテラン医師にたどり着き、そのベテラン医師の、ある意味スザンナの症例に対するドクターとしての興味によって、たまたま病因が特定できることになった。これは、逆に言えばスザンナの両親が先例踏襲としか言わない(言えない)医師の診断に納得できず、ケンカしまくった結果ということになる。幸いスザンナはそれによって命を救われたばかりか、ニューヨーク・タイムズ紙の記者として復帰までできたわけだから、ありがたい限りだ。ちなみに、『エクソシスト』(73年)の主人公クリス・マクニール(エレン・バースティン)は、スザンナと同じ抗NMDA受容体脳炎の第1号患者だったのかもしれないらしい。そう考えると、クリス・マクニールは、少しかわいそうな気がするが・・。
2018(平成30年)年1月5日記