「希望のかなた」(フィンランド映画・2017年) |
洋18-4 ★★★★★
<シネ・リーブル梅田>
2018(平成30)年1月9日鑑賞
2018(平成30)年1月15日記
前から気になっていたフィンランド人監督、アキ・カウリスマキの名作をはじめて鑑賞。「港町3部作」から「難民3部作」と名前を変えた本作は、ヨーロッパの難民問題がテーマだが、社会問題提起作というよりも、シリアからの難民とフィンランド人の老紳士との心温まる物語。
それにしても、難民を従業員として雇い入れたばかりでなく、身分証明書の偽造から妹の受け入れまで、この老齢の男はトコトン性善説!さらに、中国のことわざである“上有政策 下有対策”を地でいく鮮やかなお手並みにも感心!
もっとも、極右政党やネオナチの台頭は北欧の小国であるフィンランドでも同じ。したがって、あっと驚く本作ラストの展開はハッピーエンド?それとも・・・?本文はネタバレを含みます!!それでも読む方は下の「More」をクリック!!↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!読まれる方はご注意ください!!↓↓↓
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
カーリド(シリア人の難民)/シェルワン・ハジ
ヴィクストロム(フィンランド人の老人、レストランの店主)/サカリ・クオスマネン
カラムニウス(レストランの従業員・案内係)/イルッカ・コイヴラ
ニュルヒネン(レストランの従業員・コック)/ヤンネ・ヒューティアイネン
ミルヤ(レストランの従業員・ウエイトレス)/ヌップ・コイブ
ヴィクストロムの妻/カイヤ・パカリネン
ミリアム(カーリドの妹)/ニロズ・ハジ
マズダック(カーリドの友人・イラク人の難民)/サイモン・フセイン・アルバズーン
洋品店の女店主/カティ・オウティネン
収容施設の女性/マリヤ・ヤルヴェンヘルミ
配給:ユーロスペース/98分
■□■近時の北欧映画の名作の数々に注目!■□■
スウェーデン、ノルウエー、フィンランド等の北欧諸国は日本にほとんど縁のない遠い国だが、近時その北欧諸国の映画の名作が次々に登場しているのでそれに注目!
本作のアキ・カウリスマキ監督は近時人気急上昇のフィンランド人監督で、本作の舞台はフィンランドの首都ヘルシンキ。他方、近々鑑賞予定の『ヒトラーに屈しなかった国王』(16年)はノルウェー映画で、まさにタイトル通りの感動作らしい。また、近時観た『幸せなひとりぼっち』(15年)はスウェーデン映画で、日本人の多くが日本と違って安心して暮らせる「高負担、高福祉の国」と思っているスウェーデンで、妻に先立たれた59歳の頑固じじい(?)が織りなす面白い映画だった(『シネマルーム39』243頁参照)。
さらに、デンマーク・ドイツ映画の『ヒトラーの忘れもの』(15年)は、ナチスドイツ敗戦後のデンマーク国内でドイツ人の少年兵が地雷除去作業に従事させられるストーリーの中で、ギリギリの人間性を問いかける問題提起作だった(『シネマルーム39』88頁参照)。また、フィンランド・エストニア・ドイツ映画の『こころに剣士を』(15年)は、ドイツとソ連に挟まれたエストニアという小国を舞台とし、フェンシングをテーマにしたもので、矢口史靖監督の『スウィングガールズ』(04年)(『シネマルーム4』320頁参照)のような面白い映画だった(『シネマルーム39』239頁参照)。
このように、近時スウェーデン、ノルウェー、フィンランド等の北欧映画の名作が次々と公開されているのでそれに注目!
■□■アキ・カウリスマキ監督の魅力に一目惚れ!■□■
作家の村上春樹氏がフィンランドと聞いて真っ先に思い浮かぶのはアキ・カウリスマキ監督の映画、というように、アキ、そして兄のミカのカウリスマキ兄弟の名前は日本でもよく知られているらしい。フィンランドは2017年12月6日に独立100年を迎えたそうだし、近年では毎年恒例のフィンランド映画祭で最新のフィンランド映画が紹介されているらしい。そんな記念すべき年に、私ははじめてフィンランドのアキ・カウリスマキ監督の名作を鑑賞し、その魅力に一目惚れしてしまうことに。
私は、2011年カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞・パルムドッグ賞を受賞したアキ・カウリスマキ監督の『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)を見たいと思いながら見逃していたが、アキ・カウリスマキ監督は同作を「港町三部作」の1つとしていたらしい。ところが、彼は本作を発表するについて、それを「難民三部作」に変え、今や全世界で火急の課題となっている難民問題に再び向かい合ったそうだ。
本作はフィンランドに難民申請してきたシリア人の青年カーリド(シェルワン・ハジ)を主人公にした物語。当初は何の接点もなかったフィンランド人の老人ヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)が、自分の生き方を模索する中で始めたレストラン“ゴールデン・パイント”に、たまたまカーリドを従業員として雇い入れる中から、アキ・カウリスマキ監督流の温かい人間模様が広がっていく。スウェーデン映画『サーミの血』(15年)は、真正面から人種差別問題を問うすごい問題提起作だった(『シネマルーム40』93頁参照)が、本作は難民という目下ヨーロッパ最大の政治問題をテーマとしながらも問題提起作ばかりとはせず、温かい人間讃歌のドラマになっているので、それに注目!
さらに、パンフレットの中で映画評論家の宇田川幸洋氏が「ぶっきらぼうなスタイル」と題して評論している通り、本作の登場人物は皆、押しなべてぶっきらぼう。近時の、わかりやすさと馬鹿みたいにセリフに頼る安物の邦画とは大違いだ。2017年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した、そんなフィンランド発の名作をしっかり味わいたい。
■□■カーリドはなぜフィンランドに?2人の接点は?■□■
本作では冒頭、石炭の山の中に隠れてフィンランドに入国してきた煤まみれの青年・カーリドの姿にびっくりさせられる。そして、ストーリーの進行につれて、彼はシリアのアレッポという町から、たまたまフィンランド行きの船に乗ったためフィンランドで難民になったことがわかる。その旅路は、難民申請をした彼らが入れられる収容施設の中でお友達になったイラク人青年・マズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)らに語るところによれば、かなりかなりの道のりだ。それはパンフレットにある「カーリドがたどった旅路」や「『希望のかなた』にみる難民問題にまつわるキーワード」から学ぶしかないが、平和で安全かつ豊かな日本ではとても想像できないものすごい行程だ。
日本人には中東のイラク、シリア、トルコ等の知識もなければ、東欧のギリシャ、マケドニア、セルビア、スロヴェニア、ハンガリー等の知識もない。また、フィンランドのヘルシンキに至るポーランドのグダンスクについても何も知らないから、カーリドが語る旅路のほとんどは理解できないはずだ。しかして、今彼の願いは自分の難民申請が認められることと、途中で離ればなれになった妹のミリアム(ニロズ・ハジ)の居所を探すことだが、カーリドにとってこれは両方とも難問。さて、物語はいかなる進行を・・・?
他方、そんなカーリドの物語とは別に、ヴィクストロムは今はカッコ良く(?)妻(カイヤ・パカリネン)に結婚指輪と家のキーを残し、愛車のクラシックカーに乗り家を出て行ったが、このおっさん、いい年をしてこれから一体何を・・・?そしてまた、何の縁もゆかりもないこのシリア難民のカーリドとフィンランド人のヴィクストロムとの接点は・・・?
■□■フィンランド人は楽天的?シリア難民も笑いが大事?■□■
クラシックカーに身の周りの物だけを乗せ、家を出て行ったヴィクストロムは、衣類の販売業を営んでいたが、この際心機一転レストランの経営をしようと考えたらしい。もっとも、本作ではそんなヴィクストロムの心理状態は全く説明されず、ほとんどセリフのないまま、①在庫商品の処分、②レストラン“ゴールデン・パイント”購入の交渉、③不足資金調達のためカジノに臨むヴィクストロムの姿、をカメラが淡々と(?)追っていく形となる。三船敏郎や高倉健がカッコいいのは、その風貌やスタイルの良さとは別に、「男は黙って・・・」というところにあるが、フィンランド人の初老の紳士ヴィクストロムにもそれと同じような風格があるのでビックリ!妻への離婚の切り出し方といい、ポーカーの最後の勝負での全額つぎ込みの決断といい、この男を見ていると、フィンランド人は日本人と比べて楽天的・・・?そう思わざるを得ないが、ストーリーの進行につれて、この初老のオヤジの魅力がどんどん大きくなっていくので、それに注目!
他方、難民申請をしたカーリドは収容施設の中でマズダックと仲良くなり、以降「先輩格」で何かと器用な彼のアドバイスを受けることになる。カーリドは意志の強そうなところは認められるものの、言葉はたどたどしくいかにも不器用そうだから、さて難民申請の行方は・・・?そう心配していると、案の定、カーリドが出廷した法廷であっさり難民申請は却下されたうえ、その決定には不服申し立てできないと宣言されたから、さあカーリドはどうするの?そんなカーリドに対するマズダックのアドバイスは、「難民が異国で受け入れられる秘訣は、楽しそうに装いながら、決して笑いすぎない事」だが、さて不器用なカーリドにそんなことができるの・・・?
■□■やっぱり性善説がベスト!どこまでも暖かく・・・■□■
日本では、2018年の年明け早々、はれのひ社による成人式での晴れ着詐欺(?)やカヌーの鈴木康大選手による小松正治選手への薬物混入の自白など、人間不信を助長させる事件が世間を賑わせている。戦後73年もの間、安全と平和を享受し、豊かな国となった日本で、なぜこんな現象が・・・?それに比べると、本作中盤でヴィクストロムが見せる、トコトン性善説の行動にビックリさせられると共に、大いなる清涼感を感じ取ることができる。
その第1は、レストラン買収に伴う虚々実々の取引(?)の中で、ヴィクストロムが従業員である①案内係のカラムニウス(イルッカ・コイヴラ)、②コックのニュルヒネン(ヤンネ・ヒューティアイネン)、③ウエイトレスのミルヤ(ヌップ・コイブ)に見せる温かい人間味。第2は、レストラン経営には素人だったらしいヴィクストロムが、そこでも見せるお客さんを信じて(?)の思い切りの良さ。第3は、ゴミ捨て場を「俺の寝所だ」と主張するカーリドと互いに一発のパンチを交わし合いながらも、「ここで働いてみるか?」と声をかけるヴィクストロムの度量の広さだ。本作では、これらがすべて「結果オーライ」となり、温かくほのぼのとした物語になっているが、一歩間違えば、ヴィクストロムは倒産し、寒空の中で自殺に追い込まれる可能性も・・・。
もちろんすべては結果論だと言ってしまえば身もふたもないが、そんな人間ドラマを、ぶっきらぼうながらとことん性善説の立場で描く本作のどこまでも暖かい視点に思わず目がうるうる状態に・・・。中国の馮小剛(フォン・シャオガン)監督や日本の山田洋次監督とも共通する、そんなアキ・カウリスマキ監督の映画と人間に対するあくまで暖かい視点に注目したい。
■□■フィンランドにも“上有政策 下有対策”?■□■
今や難民問題はヨーロッパ最大の政治外交問題になっているが、東洋の島国ニッポン国ではまだまだ問題意識は薄い。昨年末から日本海の荒波の中で命懸けで漁業に従事する北朝鮮の漁民(?)たちの船が多数日本に漂着しているが、それに対する日本国の対策はいつもながらの「後追い、後追い」になっている。日本でも近時外国人観光客の増大を受けてビザや入管手続きの簡素化等の努力を続けているが、いざ「朝鮮半島有事」となり、多数の難民が押し寄せてきた場合には、十分に対応できないことは明らかだ。
さらに、法治国家たる日本では難民申請の手続は厳格だし、違法滞在の処罰もハッキリしている。そのうえ、日本人の遵法精神は少なくとも中国人よりはマシだから、中国で“上有政策 下有対策”と言われているようなことはあり得ないのが常識だ。しかし、いくら性善説の立場からとはいえ、難民申請を却下されたため違法滞在状態になっているカーリドを従業員として雇ったり、身分証明書の偽造まで平気でしてやるヴィクストロムの遵法精神は如何に・・・?
中国の“上有政策 下有対策”(上に政策あれば、下に対策あり)は積極的に違法状態を容認することわざではなく、昨年の流行語大賞の候補の1つとされた“忖度”を含む味わい深いことわざだ。レストランの定期検査にやって来たフィンランドのお役所の監督官たちをうまく煙に巻くヴィクストロムのしたたかさを見ていると、まさにこれぞ中国流の“上有政策 下有対策”を地でいくものと感心させられたが、さてあなたはヴィクストロムが見せるフィンランド流の“上有政策 下有対策”をどう見る・・・?
■□■ここまでやるか!ここまでできるの?■□■
昨今のSNSや情報社会の進展のスピードはものすごいものがあり、これからはAI(人工知能)の時代とされている。しかし、難民のカーリドは携帯すら持っておらず、マズダックのそれを借りる始末だが、それでもマズダックの協力によって妹のミリアムに関する情報が集まってくるからすごい。ミリアムの安全と所在が確認できたのは喜ばしいが、そうかといって、いきなり“妹を探しにいくため、仕事を辞めます。”と言われると、ヴィクストロムは困るはず。しかし本作では、ヴィクストロムはすんなりカーリドの申し出を認めたばかりか、ここでこそ長年の知恵と人脈の使いどころ、とばかりにすごい作戦をひねり出し、それを実行に移すから偉い。ここでもまた中国流の“上有政策 下有対策”がフィンランド流に生かされているので、その鮮やかさに注目!
しかし、たまたま出会った難民を違法滞在だと知りつつ従業員として雇ったばかりか、国外にいる妹のフィンランドへの受け入れにも協力するヴィクストロムの姿を見ていると、ここまでやるか!の思いが強い。さらに、これはあくまでアキ・カウリスマキ監督の演出によるものだが、ここまでできるの?との思いも・・・。まあ、たしかに「現実離れ」の感もあるが、そこは映画だから・・・。
■□■ハッピーエンド?それとも・・・?■□■
難民問題が深刻化する中、ヨーロッパの優等生国であるドイツでもその受け入れに寛容だったメルケル首相への風当たりが強くなっている。そのため、ヨーロッパ各国で極右政党が力を伸ばし、アメリカのトランプ大統領ばりの「排外主義」と「自国第一主義」が強まっている。北欧の小国の一つであるフィンランドでもそれは同じで、本作には“フィンランド解放軍”を名乗る、スキンヘッドの男ヴィクトリーが登場するので、それに注目!
彼らの攻撃目標は違法滞在状態にある難民だから、カーリドがある日ヴィクトリーに襲われたのはある意味仕方なし。しかし、ヴィクトリーの警告を無視して、ヴィクストロムのレストランで引き続き働いていたり、妹までフィンランドに入国させてくるとヴィクトリーは・・・?難民の一人をこっそりナイフで刺すくらいは朝飯前。ヴィクトリーのその行為は鮮やかの一言だが、ナイフの一刺しで人間は死んでしまうの・・・?翌日はミリアムが警察に出頭して難民申請をする日。その時刻まで約束しているカーリドは必ず妹と会わなければならないが、さてカーリド(の命)は・・・?
本作は全編を通じてアキ・カウリスマキ監督の暖かさに満ち溢れているが、このラストはさてハッピーエンド?それとも・・・?
2018(平成30)年1月15日記