日本以外全部沈没(2006年・日本映画) |
<東映試写室>
2006年8月10日鑑賞
2006年8月11日記
産経新聞大阪府下版(平成18年9月1日)「That´sなにわのエンタメ」掲載
ただいま大ヒット中の草彅版(?)『日本沈没』の向こうを張って、『日本以外全部沈没』が登場!パロディ版とバカにすることなかれ。その中にこめられた数々のメッセージは、ギャグ映画(?)がお得意の河崎実監督に似合わず真剣そのもの・・・?異例の長期政権となった某首相の下での日米関係と日中韓関係のあり方をはじめ、外国人受け入れで溢れかえったニッポン国の中で見せる日本民族の寛容性や民主主義の成熟度が大きな注目点。これは、「ポスト小泉」後のニッポンを考える上で絶好の教材だと私は確信したが・・・?
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監督:河崎実
原作:筒井康隆『日本以外全部沈没』(角川文庫刊)
原典:小松左京
おれ(新聞記者)/小橋賢児
古賀(テレビ局のプロデューサー)/柏原収史
後藤(報道関係者)/松尾政寿
キャサリン(「おれ」の妻)/ガブリエラ
明子(古賀の妻)/土肥美緒
安泉純二郎首相/村野武範
石山新三郎防衛庁長官/藤岡弘、
田所博士/寺田農
クロックワークス、トルネード・フィルム配給・2006年・日本映画・98分
<『日本以外全部沈没』誕生秘話>
1973年から33年ぶりのリメイクとなる映画『日本沈没』(06年)が公開されたのが7月15日だが、そのほぼ一カ月遅れで『日本以外全部沈没』が公開される。もちろん、『日本以外全部沈没』は「原典 小松左京」とされているように、小松左京の小説『日本沈没』にヒントを受けたもの。
その「誕生秘話」は、パンフレットによると、SF作家仲間が集まって『日本沈没』のベストセラー祝いで一杯やっていた時、たまたま星新一氏が「日本以外全部沈没」という言葉を発したところ、筒井康隆氏がそれを聞くなりストーリーが全部頭の中でぱーっとひらめき、「私がそれを書く」と名乗りをあげ、その結果30枚の短編を一週間で書き上げたとのこと。それを2006年の今の国際情勢下で映画化するについては、パンフレットにある河崎実監督の解説によると、小松左京氏の了解はすぐにとれたものの、いろいろとすったもんだがあり、一時は製作不可能か?という局面もあったらしい。河崎監督は「二つの見えない力」が働いたことによってこの映画が完成したと述べているが、さてその「二つの見えない力」とは・・・?
<『日本沈没』を凌ぐ大ヒットは・・・?>
『日本沈没』はそれなりによくできた映画だが、①草彅クンの自己犠牲の姿があまりにも美しく描かれすぎの感があること、②日本の危機管理体制の描き方が不十分であることは私が指摘したとおり。それでも、前作の40億円を上回る60億円の興行収入をあげるのがかたいことは、『キネマ旬報』8月下旬号記載(172頁)のとおり。
私としては、この『日本以外全部沈没』は是非大ヒットしてもらいたいと願っており、その理由は後述のとおり。しかし、この『日本以外全部沈没』は『日本沈没』とは製作費などの規模が全然違う映画だから、『日本沈没』を凌ぐ興行収入をあげることはありえない・・・?
<日米同盟・東アジア外交を語るうえで、絶好の教材・・・?>
私が『日本以外全部沈没』の大ヒットを願っているのは、何よりもこの映画が日米関係についてはアメリカ大統領や数々のハリウッドスターを通じて、また国際問題全般については、クラブ「ミルト」に集まるアメリカ大統領、中国国家主席、韓国大統領、そして国連事務総長などの各国首脳を通じて、面白く描写することによって、観客に対して考えるネタをうまく提供してくれているから・・・。
もっとも、中国と韓国のウエイトが大きくなりすぎて、最近日本が重視しているインドやモンゴルの首脳が登場しないのは少し残念だったが・・・。ちなみに、すぐ近くにある危険な国が登場していないナと思って見ていると、数年前からミサイル発射に固執していた某国がラスト近くになって登場し、しっかりと大きな役割を・・・。
試写終了後、私はこのビデオを貸してもらう約束をとりつけたが、それは来る8月12日、26日に実施する3、4回目の関西学院大学法科大学院での「都市法政策」の集中講義や、小泉外交・東アジア外交について語る講演のネタとして最適だと判断したため。『日本沈没』とあわせて学生たちに興味をもたせるためには、少なくとも『日本以外全部沈没』というタイトルが広く日本国に浸透してもらいたいものだが・・・。
<クラブ「ミルト」が重要な舞台に・・・>
この映画は製作費を安上がりにする意味もあって、クラブ「ミルト」でのシーンが頻繁に登場するが、これは原作も同じらしい・・・?映画の冒頭は、おれ(小橋賢児)と古賀(柏原収史)がクラブ「ミルト」のカウンターに並んで、水割りをチビチビやりながら語り合うシーン。時は2011年。原因不明の大規模な天変地異によってアメリカ大陸のすべてが一週間で沈没した直後。アメリカ大統領ペピトーンは、米英同盟よりも米日同盟を重視した、あるいは英国よりも日本の方が居心地がいいと判断したとみえて(?)、政府首脳とともに「エア・フォースワン」に乗って沖縄の米軍基地に脱出。さらに、ハリウッドのアカデミー賞俳優ジェリー・クルージングはタップリとドルを抱えて、妻のエリザベスとともに自家用ジェットで日本に脱出。このように、自由競争の国アメリカでは金持ちは自由に脱出できるから、東京都内のクラブ「ミルト」には各国の首脳だけではなく、映画後半にはブルース・ウィリスやアーノルド・シュワルツェネッガーなどさまざまなハリウッドスターも顔を出すことに・・・。このクラブ「ミルト」におけるさまざまな物語の展開と人間模様の有り様が、この映画の持つパロディ性の真骨頂・・・。
<沈没の順序は・・・?>
映画冒頭のシーンを見ていると悲劇はアメリカ大陸だけかと思ってしまうが、それではこの映画は「タイトルに偽りあり!」となってしまう。原作者の筒井康隆氏としては次々と「日本以外」も「全部」沈没させなければならないが、さてその順序は・・・?
それは、アメリカ大陸の一週間後に①中国大陸、その一週間後に②ユーラシア大陸、その2日後に③アフリカ大陸、その翌日に④オーストラリア大陸だが、これって何か意味があるの・・・?多分、何の根拠もなく筒井氏が思いつくままに設定したのだろうが、やはりストーリーに科学的根拠をもたせるためには、「もっともらしい学説」が必要。そこで登場するのが、ちょっと変わった田所博士だが、さて、彼の学説と人生観は・・・?
<田所某博士VS田所雄介博士>
リメイク版『日本沈没』の田所雄介博士は個性派俳優の豊川悦司が演じていたが、『日本以外全部沈没』で田所某博士を演ずるのは、ベテラン俳優の寺田農。そして、『日本沈没』の田所雄介博士はあくまで真面目一辺倒の学者だったが、『日本以外全部沈没』の田所某博士はかなりの変わりモノ。本来なら、『日本沈没』の方に寺田農を、『日本以外全部沈没』の方にトヨエツを起用した方が似合っているのではと思ってしまったが、さすがに名俳優はどんな役柄でも演じられるもの・・・。
田所某博士は今、記者からの取材を受けているが、その研究室内には3人の金髪美女を侍らせてマッサージをさせており、ご満悦の様子。ひょっとして、日本中に外国人が溢れかえり、次第に日本人が増長していく中、彼も多くの日本人と同じように感覚がマヒしてしまったのかも・・・?それとも何か、博士一流の人生観にもとづく最後のあがき・・・?
<あなたはどう見る、安泉首相と石山防衛庁長官・・・?>
『キネマ旬報』7月下旬号は、巻頭特集として『日本沈没』を大きく取りあげたうえ、「キネマ旬報1973年12月下旬号掲載1973年版『日本沈没』特集記事再録」という何とも異例の取扱いをしている。それもこれも、1973年の映画『日本沈没』が日本に大きな社会現象を与えたことの現れ。旧『日本沈没』で深海潜水艇の操艇者となる小野寺俊夫を演じた藤岡弘、が、『日本以外全部沈没』では石山新三郎防衛庁長官を演じているが、これはちょっと扱いが小さすぎてかわいそう・・・?
これに対して、山本尚之総理大臣を、旧『日本沈没』では丹波哲郎が、新『日本沈没』では石坂浩二が演じたが、『日本以外全部沈没』において安泉純二郎総理を演ずるのは村野武範。そして、これがこの映画では実に大きなウエイトを持っている。その名前のつけ方は、異例の長期政権となった某総理を想像してしまうためチト失礼だが、この安泉総理を核とした日米関係と日中韓関係の描き方は、ある意味実に痛快・・・?また、互いにジュンちゃん、シンちゃんと呼ぶ2人の電話での会話は、一方的にシンちゃんからジュンちゃんへのアドバイスだったが、その内容はかなり過激・・・?
もっとも、映画の後半以降、溢れかえる外国人による犯罪に業を煮やした日本政府が、次々と外国人抑圧政策を打ち出していくシーンを見ていると、少し気恥ずかしくなってくるのは私だけではないはず・・・。それは、「おれ」とその愛するアメリカ人妻キャサリンとの間に生ずる争いの姿や、その中でキャサリンが語る「アメリカ的正論」を聞いていると、とりわけ顕著に・・・。日本中が外国人で溢れかえり、食も職もなくホームレスが増える中でこそ、日本民族の美徳である寛容さや民主主義の成熟度が試されることになるのだが・・・?
<「GAT」の結成は不可避か・・・?>
ドイツやフランスが移民問題に手を焼いていることは新聞紙上でも明らかだが、先日観たドイツ映画の『愛より強く』(04年)を観ると、その深刻性が一層くっきりと・・・。また『ギャング・オブ・ニューヨーク』(01年)を観れば、アメリカが建国以来、移民対策に頭を痛めながらそれを受け入れてきた状況がよくわかる。しかし、島国ニッポンでは・・・?
日本しかまともな陸地が地球上に存在しなくなった今、その国土が外国人で溢れかえったのは当然。そこで問われるのは、それまで誰も予想できなかったそんな事態への対応能力。しかし、この映画を観る限り、そこで示された日本人の対応能力は残念ながらやはりダメ・・・。最初の間こそ、受け入れた外国人をそれなりに処遇していたが、食も職もなく家もなくなった外国人たちが、次々と犯罪に走り暴徒化していく中、強権によってそれを取り締まる方向に走ったのがニッポン人・・・?そして、政府が超法規的措置として組織したのがGAT(GAIJIN ATTACK TEAM=外人攻撃部隊)だが、こりゃ戦前の「特高警察」であり、ナチスの「ゲシュタポ」のようなもの・・・?GATに逮捕され、国外追放された外国人の行きつく先はわずかに海の上に浮いた島ばかりだから、その後の運命は明らか・・・。ホントにGATの結成を阻止する日本人は誰もいなかったの・・・?
<そこまでやるかニッポン人・・・?>
1931年9月18日の「柳条湖事件」以降始まった中国侵略の歴史にまでさかのぼらなくとも、1960~70年代の高度経済成長時代にエコノミックアニマルやノーキョーさんと呼ばれた日本人たちが外国ツアーで示した数々の恥知らずの行動や、1980年代の土地バブルの時代に、全世界の土地を買い漁り一億総不動産屋と化した日本人の姿を思いおこせば、いい加減日本人もきちんと反省しなければならないはず・・・。
しかし、日本以外全部沈没後3年経った2014年の今、日本国の有り様が大きく変わっただけでなく、ニッポン人の心の持ちようも大きく変質してしまった。食と職そして住居があるのは日本人だけ。そんな日本人は今や特権的な立場にあぐらをかき、日毎貧困化していく外国人に対しては取り締まりを強化していくだけの民族に成り下がってしまっていた。
そのため、かつてのオスカー俳優ジェリー・クルージングも今はホームレスとなり、「おれ」が大ファンだったその妻エリザベスも今や売春婦・・・?そして、ブルース・ウィリスやアーノルド・シュワルツェネッガーは5円10円のお金のために媚びと芸を売り、外国人売春婦の値段もバカ安値。そして、金髪メイドに「ご主人様」と呼ばせて仕えさせるのが普通の日本人男性となっている今、「おれ」も当然のようにそれを望んだが、そのため愛妻キャサリンとは価値観の対立が表面化することに・・・。
そのうえ、安泉総理は次第に増長の度が強まり、今や中国や韓国はもとより、アメリカ大統領すらも安泉総理のご機嫌取りの毎日。こんなシーンを連続して見ていると、「そこまでやるかニッポン人!」と思わず顔を赤らめてしまったが・・・。
<「ニッポン音頭」のアイロニーとは・・・?>
増長したニッポン人と安泉総理の姿を象徴するのが、「ニッポン音頭」の大合唱・・・?もちろん、その主役は安泉総理だが、彼を主役に祭り上げ、手拍子をとるのはアメリカ大統領をはじめとする各国の首脳たち。「ニッポン、チャチャチャ」から始まるその歌詞と、得意気に舞う(?)日本国総理大臣の姿は圧巻!さて、あなたはこの「ニッポン音頭」のアイロニーをどのように見る・・・?
<『日本沈没』とは正反対の結末も・・・?>
小松左京原作の『日本沈没』は、タイトルとは裏腹に日本は沈没から救われるのがミソ・・・?この小説や映画が大ヒットした1973年当時、もしホントに日本を沈没させるストーリーにしていたら、バカな日本人(?)はひょっとしてパニックになっていたかも・・・?そんな日本人の集団心理を見透かしたかのように、小松左京が2006年7月に発表したのが『日本沈没』第2部。これはホントに日本が沈没し、世界各地に散っていった日本人たちが、その後どのように生きていったのかを描く壮大な物語だが、さてその行き着くところは・・・?
ところが、あくまで『日本沈没』のパロディとしてつくった『日本以外全部沈没』では、既に日本以外のすべての大陸を沈没させているのだから、日本列島なんかいつ沈没させても作家の自由・・・。
時あたかも、石山防衛庁長官は某国武装ゲリラ襲撃の中、国会議事堂もろとも自爆を遂げ、クラブ「ミルト」の中では、同国の独裁者率いる武装ゲリラによって、安泉総理をはじめ全世界の首脳たちが人質とされていた。そんな中、突如乱入してきた田所博士が説く地球の滅亡とは・・・?その時田所博士の予測どおりに発生した大地震によって、クラブ「ミルト」の中は真っ暗となったが、そこで美しい光を放ったのが1本のローソク。これが、地球上で最後の見納めとなる明かりだと悟った各国の首脳たちは、ここではじめて心安らかにローソクの炎のまわりに・・・。そしてその後・・・?これって最高のパロディでは・・・?
2006(平成18)年8月11日記