上海の伯爵夫人(イギリス、アメリカ、ドイツ、中国合作映画・2005年) |
<東宝東和試写室>
2006年9月5日鑑賞
2006年9月6日記
タイトルを見ただけで激動の時代背景の下、燃え上がる大人の恋愛ドラマと直感し、第2の『イングリッシュ・ペイシェント』と期待したが・・・。外国人租界のクラブで働くロシアの伯爵夫人と、今は失意の毎日を送る盲目の外交官、そして謎めいた日本人という3人のキャラは、1936年の上海を舞台にしているだけに面白いものの、主人公たちの奥底にある感情をずっと押し殺しているため、スクリーン上では静かな流れが続きすぎ・・・?1937年8月13日、第二次上海事変が勃発する中やっとその心情が吐露されスリリングな展開となるが、さて大きな歴史の流れに翻弄される中、2人の恋の物語の結末は・・・?
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監督:ジェイムズ・アイヴォリー
ジャクソン(元外交官)/レイフ・ファインズ
ソフィア・ベリンスカヤ(伯爵夫人、未亡人)/ナターシャ・リチャードソン
マツダ/真田広之
サラ(ソフィアの叔母)/ヴァネッサ・レッドグレイヴ
オルガ(ソフィアの義母)/リン・レッドグレイヴ
カティア(ソフィアの娘)/マデリーン・ダリー
グルーシェンカ(ソフィアの義妹)/マデリーン・ポッター
サミュエル(階下の住人、ユダヤ人)/アラン・コーデュナー
ワイズポリシー、東宝東和配給・2005年・イギリス、アメリカ、ドイツ、中国合作映画・136分
<第2の『イングリッシュ・ペイシェント』と期待したが・・・>
この『上海の伯爵夫人』で「伯爵夫人」と共演しているのは、『イングリッシュ・ペイシェント』(96年)、『ナイロビの蜂』(05年)等を代表作とする名優レイフ・ファインズ。『イングリッシュ・ペイシェント』は私が映画評論を書こうと思い立つきっかけとなったすばらしい作品だったが、『上海の伯爵夫人』ではその『イングリッシュ・ペイシェント』のスチール写真とよく似た2人の激しいキスシーンの写真が使われている・・・。
舞台は1936~37年の上海。日本軍による1937年7月7日の盧溝橋事件そして8月13日の第二次上海事変が始まる直前の激動期だ。上海には日本だけではなく、イギリス、フランス、ドイツそしてアメリカなど西欧列強の租界があった。したがって、国際都市上海の華やかさの裏には、各国のどす黒い陰謀が渦巻いていたのは当然・・・。
そんな激動の時代における国際都市上海を舞台としたこの映画は、そのタイトルとスチール写真を見ただけで期待感がいっぱい。私は第2の『イングリッシュ・ペイシェント』と期待したが・・・?
<「伯爵夫人」はロシア貴族・・・>
この映画のタイトルになっているヒロインの「伯爵夫人」はロシア貴族の未亡人で、今は上海の外国人租界にある狭いアパートの2階に、娘のカティア(マデリーン・ダリー)、義母のオルガ(リン・レッドグレイヴ)、義妹のグルーシェンカ(マデリーン・ポッター)、そしてオルガの姉で叔母のサラ(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)、叔父のピーター(ジョン・ウッド)と共にひっそりと暮していた。それは、詳しい事情はわからないものの、20世紀初頭におきた「ロシア革命」によって、ロシアから中国への亡命を余儀なくされたため。「伯爵夫人」を演ずるナターシャ・リチャードソンは、ロンドン生まれのイギリス人だが、そのナターシャという名前は、トルストイの『戦争と平和』のヒロインと同じ名前・・・。
また、ソフィアの叔母のサラを演ずるヴァネッサ・レッドグレイヴは、ソフィア役ナターシャの実母であり、また、サラの妹でソフィアの義母となるオルガは、ナターシャの実妹のリン・レッドグレイヴが演ずるというように、ロシア貴族ベリンスカヤ家の3人の女性を、レッドグレイヴ家の3女優が演じていることもこの映画の話題の1つだが、日本人にはどうもそこまでは・・・?ちなみに、アイヴォリー監督は、これによって絶妙な感情のリアリティが生まれ、「明らかな磁力が生じる」と絶賛しているが、・・・。
<ヒロイン像はかなり異色の設定・・・?>
帝政ロシア時代のロシア貴族といえば、誇り高いことだけが取り柄の搾取階級だから、自ら働いたことなどないのが普通。しかし、命からがら中国へ亡命してきて何の援護者もいない状態では、いくら安アパートとはいえ、これだけの家族が生きていけないのは当然。そこで仕方なく、ソフィアが租界にあるクラブの「ホステス」として働いていたのだが、これがサラたちにとっては何とも我慢のならないところらしい・・・?もちろん、ソフィアだって好きでそんな仕事をやっているわけではないのだが、お勤め前に化粧をしていると、サラたちは「一家の恥さらし」などと娘のカティアの前で罵っている始末・・・。
これでは、将来身の内で何らかのトラブルが起こりそうと予想していると、案の定、上海に激動が走る状況の中でサラたちがとった行動は・・・?こんな、ロシア貴族でありながら、クラブのホステスとして働く美しい未亡人という設定は異色で、それだけでワクワク・・・?
<盲目の元外交官という設定も・・・?>
そんなソフィアの役柄設定と同じように、レイフ・ファインズ扮するジャクソンの盲目の元外交官という設定もかなり異色・・・。彼はかつて国際連盟で中国の窮地を救った英雄であり、「国連の最後の希望」と言われていた外交官だったが、そのような華やかな活動は危険と裏合わせ・・・。
彼は容易に自らの口からその過去を語らないが、ストーリーの展開につれて徐々にその重い口を開き、スクリーン上にはフラッシュバックされたそのシーンが・・・。それによると、彼が妻と息子を亡くしたのは、反欧米主義者に自宅を焼かれたため。また、残された愛娘を失うとともに自らも失明したのは、路面電車の爆破事件に巻き込まれたため。これらの事件によって、彼は外交官の無力さを思い知らされるとともに、世界の平和という理想にも失望し、今は、上海の外国人租界で失意の日々を送っていたのだった。そんな彼が、今たった1つ夢に描いていたものは・・・?
<国際スター真田広之の役柄は・・・?>
真田広之は陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『PROMISE』(05年)で、韓国のチャン・ドンゴン、香港の美人女優セシリア・チャンと共演し、渡辺謙とともに今や国際派スターの雰囲気がいっぱい・・・。その真田広之が、この映画では上海を舞台に英語を駆使して活躍(暗躍?)するナゾの男マツダを演じている。マツダがジャクソンと知り合ったのは、ジャクソンが毎晩のようにクラブに通っていたため。「こういう場所にいると、外の世界の煩わしさから逃れられる」と言うマツダは、「バーの女性には、色気と悲劇性のバランスが重要」と言うジャクソンとウマが合ったらしく、2人は奇妙な友情で結ばれていくことに・・・。そして、自分のバーをつくりたいという夢を、全財産をつぎ込んだ競馬の勝負によって実現させたジャクソンは、1年間上海を離れることになったマツダに対して、「自分の理想とする夢のバー」の実現を約束することに・・・。ところで、いつも背広・ネクタイ姿で正装していながらそんな怪しげな行動をとっているマツダは、一体何者・・・?
<「白い伯爵夫人」の役割は・・・?>
それから1年後、ジャクソンが開いたクラブ「白い伯爵夫人(ホワイト・カウンテス)」は、上海のナイトクラブの中でも国際的な社交場として大きな注目を集める店に・・・。このクラブの特徴の第1は、ジャクソンが「店の華」として招いた伯爵夫人ソフィアの存在。そして第2は、「この店には政治的緊張が欠けている」「“白い伯爵夫人”に共産党、国民党、そして日本軍の正面衝突による政治的陰謀を持ち込むべきだ」と言うマツダの指摘を受け入れたこと。元外交官として失意の毎日を送っていたジャクソンが、こういうクラブをつくることに新たな夢を見い出したという筋書きには多少違和感はあるが、租界地のクラブにこういう特徴を持たせたのは面白い発想・・・。
<ジャクソンVSソフィア、そしてジャクソンVSマツダの人間関係は・・・?>
こんな特徴の店にしたことに伴い、当然ジャクソンとソフィア、そしてジャクソンとマツダとの個人的人間関係については濃密になっていった。まず、ジャクソンはソフィアとの関係については、「私たちの友情は店の中だけにしよう」という姿勢をとった。しかし、それが心の奥底に秘めた感情を押し殺したものであることは、誰の目にも明らか・・・?ソフィアからは、「重いドアで世界を遮断するつもり?」と皮肉られるジャクソンだったが、そんなカラが破られる日は遠くはなかった。ある日、娘のカティアと共に楽しく語り合ったジャクソンとソフィアは、互いに失ったものの大きさや悲しみについて全く同じ気持を共有していることを知ることに。そして、それは何らかのきっかけさえあれば愛情に変わっていくことも誰の目にも明らか・・・。
第2に、ジャクソンとマツダとの関係については、1年前のようにクラブの中でのみ続ける親密な関係でいられるはずはなかった。マツダの口から「日本が真に偉大な国になる」との野心を聞かされるまでもなく、迫り来る戦火の中、いずれ近いうちに2人の関係が遮断され、遠く離れていくことが暗示されていくことに・・・。
<ロシア貴族の見栄っ張りはここまで・・・?>
この映画における、ロシア革命のためにやむなく中国に亡命してきたロシア貴族という設定は、私がこれまで1度も見たことがないもの。一家の生活のためにやむなくクラブで働くソフィアを、サラたちはまるで売春婦であるかのように罵っており、それを擁護するのは娘のカティアだけ。現在の不満をソフィアにぶつけ、ソフィアへの「口撃」を欲求不満のはけ口にするだけならまだ仕方ないが、ひどいのは香港脱出が決まった時のやり方・・・。
香港へ脱出するための300ドルという費用も、ソフィアがジャクソンに頼んで工面してもらったもの。ところが、サラたちはそのソフィアを香港に連れて行かないと「決定」したとのこと。その理由は、サラを香港に連れて行くと、上海での悪しき行いがバレてうわさになるからということ。ちなみに、娘のカティアには、母親は少し遅れて後から合流すると言いくるめているらしい・・・。そりゃないだろうと思うものの、香港行きのチケットも取れていないとなるとどうしようもない。そこで、上海のまちが日中両軍の戦火の真っただ中に置かれていく中、ソフィアはただ1人アパートに残って泣いていたが・・・。
<ユダヤ人の役割は・・・?>
脇役ながらこの映画の中で重要な役割を果たすのが、アパートの1階に住むユダヤ人のサミュエル(アラン・コーデュナー)。2階に住む亡命したロシア貴族たちが迫害を受けたのは今回がはじめてだが、ヨーロッパ系ユダヤ人のサミュエルは理不尽な差別や迫害を受け続けている立場。そんなサミュエルの目には、ひとり健気に働いているソフィアの姿がきっちりと見えていたため、ソフィアの苦しい気持を唯一人理解できる人物だった。
そんなサミュエルが、上海に戦火が迫ってくる中、荷物をまとめマカオへの脱出を図っていたのは当然。しかし、迫害を受け続けてきたサミュエルには、そんな混乱の中でもひとりアパートの2階で泣き崩れるソフィアを救わなければという使命感が・・・。「娘を香港に連れて行かれたら一生会えなくなる」「早く娘をサラの手から取り戻して、私たちと一緒にマカオへ行こう」と、はじめて聞く強い口調で迫られたソフィアは、遂に動き始めたが・・・。
<戦火の中ジャクソンは・・・?>
他方、ジャクソンは戦火が迫り来る中、1人店を守っていく決意だったが、そこへ訪れてきたのがマツダ。マツダはジャクソンに対して「安全なところに移すので車に乗ってくれ」と勧めたが、ジャクソンは日本軍の進出にマツダが強く関与していることを理解する中、もはや自分とマツダの友情もこれまでと明確に立場の違いを理解していた。ジャクソンからそんな明確な意思を聞いたマツダも、それは同じ認識だったが、ここでマツダがジャクソンに対して投げかけたアドバイスが、ミステリアスな男マツダを象徴するもの・・・。それは、「あなたはソフィアと新しい生活を始めるべきだ」というものだった。そのうえで、マツダがジャクソンに告げたのは、「群衆の中、港へ向かうソフィアを見かけた」というもの。
さて、これを聞いたジャクソンの決断は・・・?そして、仮にソフィアを探そうとしても、今はお抱え運転手も去り、誰一人案内人もいないジャクソンは、一体どうやってそれを・・・?さあ、ここからがこの映画のクライマックスだ。混乱して逃げまどう群衆たち、カティアを連れ戻すために港へ向かうソフィアとサミュエルの2人、そしてひとり店を出て港へソフィアを探しに向かうジャクソン・・・。第二次上海事変という時代の嵐の中に巻き込まれてしまったジャクソンとソフィアは、2人の愛を確かめ合うことができるのだろうか・・・?
2006(平成18)年9月6日記