セレブの種(アメリカ映画・2004年) |
<ソニー・ピクチャーズ試写室>
2006年10月3日鑑賞
2006年10月4日記
問題作を連発する黒人ニューウェーブの雄スパイク・リー監督の今回のテーマは、種付け(=生殖)ビジネスの可否・・・。精子バンクを使ったのでは優秀な種にありつけるかどうかわからない、そう考えたレズビアン女たちの行動は・・・?優秀な種をナマで提供するお仕事も大変だが、それ以上にそれは道徳上、倫理上許されるのだろうか・・・?何ゴトも進歩的なアメリカ社会を前提とした(?)実に面白い問題提起作だが、結末となる大円団の姿はあまりにも進みすぎ・・・?
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監督・脚本・製作:スパイク・リー
ジョン・ヘンリー“ジャック”アームストロング(企業戦士)/アンソニー・マッキー
ファティマ・グッドリッチ(ジャックの元彼女)/ケリー・ワシントン
アレックス(ファティマのレズビアンの新恋人)/ダニア・ラミレス
マーゴ・チャドウィック(ジャックの上司の女性)/エレン・バーキン
リランド・パウエル(社長)/ウディ・ハレルソン
シモーナ・ボナセラ(種付けにくるイタリア女)/モニカ・ベルッチ
ドン・アンジェロ・ボナセラ(シモーナの父親)/ジョン・タトゥーロ
エイベックス・エンタテインメント、トルネード・フィルム配給・2004年・アメリカ映画・140分
<テーマは種付けビジネス・・・>
この映画の原題は『SHE HATE ME』だが、邦題『セレブの種』は何とも思わせぶりなタイトル。そしてこの邦題のとおり、この映画のテーマは優秀な種を求める女たちのために展開される種付け(=生殖)ビジネスの是非・・・?人工授精や精子バンクに頼ったのでは、どんなドナーに当たるのかわからないから、サラブレッドの種馬と同じく、優秀な精子を獲得するためには優秀な「種男」を、と願う気持もわからないではない。しかし、果たしてそんなことが医学上、法律上そして道徳上、倫理上許されるのだろうか・・・?
一方では、かつてナチスドイツがゲルマン民族の優秀性を遺伝学的に主張したこと、他方では現在さかんに議論されている人工授精や代理母(代理出産)のあり方などの問題を考えながら、この映画のテーマをきちんと検討していけば相当面白いのでは・・・?そんな期待の中、映画がスタートしたが・・・。
<悲劇の発端は博士の飛び降り自殺から・・・>
ジョン・ヘンリー“ジャック”アームストロング(アンソニー・マッキー)は黒人ながら、ハーバード大学でMBA(経済学士号)を取得し、リランド・パウエル社長(ウディ・ハレルソン)をトップとするバイオテクノロジーの会社で働くエリート社員。そして、彼は何ゴトにも熱心に取り組むサラリーマンの鏡のような男。
ところが今日は、コーヒーを届けたばかりの友人の博士が謎めいた言葉をジャックにかけた後、40階の部屋から飛び下り自殺をしてしまったから大変。これによって、HIV治療の新薬開発が遅れるとのうわさが流された会社の株が暴落したのは、パソコンの電池が発熱・発火する問題や次世代DVD録画再生機の開発遅れで10月4日の株価が年初来最安値を記録した日本のソニーのようなもの・・・?
そんな会社内部のイザコザに伴う不正を確信したジャックは、当然のようにこれを報告したが、それが実は運のツキ・・・。いくら内部告発者を気取ってみても、企業のトップにコンプライアンス遵守の精神が乏しければ、内部告発者のジャックは女性上司マーゴ・チャドウィック(エレン・バーキン)に逆に冷遇され、ついにクビを宣告される羽目に・・・。しかして、昨日までのエリートサラリーマンは今は失職したうえ、銀行口座まで凍結される始末。堕ちるところまで堕ちたジャックは、さてこれからどう生きていくのだろうか・・・?
<かつての恋人の訪問目的は・・・?>
ジャックは現在1人暮らしだが、それはかつての恋人ファティマ・グッドリッチ(ケリー・ワシントン)と別れたため。2人が別れた原因は、ファティマがジャックとの愛よりもレズビアンの愛を選択したため・・・?
そんなジャックのもとにファティマがレズビアンの新恋人アレックス(ダニア・ラミレス)と共に訪れたのは、ジャックの種の優秀さを認めた上でファティマとアレックスが同時にジャックの種で妊娠したいという申し入れのため。「そんなバカな」と一笑に付したジャックだったが、会社をクビになり無収入になった今、1人5000ドルの魅力に負けて(?)、これをオーケー。アレックスは精子をスポイトで注入するという方式だが、昔なじみの(?)ファティマはナマを所望・・・?そんなファティマの選択によってファティマとアレックスの間に少し火花が散ったが、種付けは無事終了。さて、その成果は・・・?また、このファティマとアレックスの仲は夫婦同然で、毎日一緒に暮らしている様子だが、種付け終了後の2人の仲は・・・?
<2人の仲が壊れた原因は・・・?その再建は・・・?>
ファティマへの種付けが無事成功した後、優秀な種付けのうわさを聞きつけたレズビアン仲間(?)たちからの注文が殺到したから大変。ファティマが種付けビジネスの窓口となり、そのビジネスは順調に成長していったが、そんな中、ジャックとファティマの仲も微妙なことに・・・。つまり、ジャックは再度、まじめにファティマとの結婚を考えるようになったため、スクリーン上では、2人の男女観・結婚観・レズビアン観等を巡る議論が白熱。そして、時々アレックスがそれに絡んでくるから、その議論はなおさら面白いものに・・・。そんな議論を聞きながら、ジャックとファティマの仲が壊れた原因についてじっくりと考えてみよう。そして、そんな2人の仲の再建はあり得るのだろうか・・・?
<おりしも「代理母」判決が・・・>
この映画が描くのは、あくまで妊娠したいという願望を持つ女性からの申し出による性行為による妊娠だが、おりしも日本では9月29日東京高裁がタレントの向井亜紀さんと元プロレスラーの高田延彦夫妻が、アメリカの女性に代理出産を依頼して産まれた双子について親子関係を認め、東京品川区長に出産届けを受理する旨の決定を下したことが報道された。ちなみに2006年10月4日付読売新聞によれば、代理出産とは「手術で子宮を失うなどした妻に代わり、第三者の女性に依頼して妊娠・出産してもらうこと。体外受精で作った夫妻の受精卵を別の女性の子宮で育ててもらう『借り腹』と、卵巣摘出で妻の卵子も使えず、第三者から卵子の提供も受ける『代理母』の2通りがある。向井さん夫婦は前者のケース」と解説されている。
そして「米国では州によって異なるが、向井さんが米国人女性に依頼したネバダ州などは、代理出産の依頼者を母親と認めている。一方、日本では最高裁の判例をもとに『出産した女性が母親』としている。東京高裁は今回、向井さんの卵子と高田さんの精子を元にした受精卵を、別の女性の子宮に移植して双子が誕生したとして、向井さん夫妻が双子に血縁関係があると認定」したわけだ。なおこの判断には、「向井さん夫妻が双子を実子として養育したいと求める一方、出産した女性は養育を望んでいないことも考慮された」ようだ。代理出産そのものについての意見は割れており、必ずしもこの決定でケリがついたわけではないので、引き続いて注意していくことが必要だ。
<父子関係は?父親の義務は?>
この映画では、物語中さかんに出てくる「養育の義務」など本来父親が負担すべき法的義務については、契約によって母親が放棄するので問題ないとされているが、私の弁護士としての感覚では事前に(子供が産まれる前に)母親がそれを放棄できるのかどうかについても問題があると思っている。またこの契約では、父親には認知する義務があるのか否かについて何も語っていないが、私の弁護士としての感覚では、多分その義務ありとされているのだろうと思う。そしてそれは非常に大事なポイントだから、是非映画上でも明確にしてほしかったと考えているが・・・。
<1日1万ドルは高い?安い?>
この映画では、ジャックの1回の種付け報酬は1万ドル。そして4回チャレンジしてもダメな場合は全額返金という契約だが、それでもレズビアンの女たちが続々と訪れてきた。それは、彼女たちは「精子バンク」の精子では満足できず、あくまで優秀な精子を求めたため。そしてその「相場」をつくったのはファティマ。その根拠となったのは、ファティマ自身が妊娠するためジャックに「種付け」を依頼するについて、その精子に「優秀さ」を求め、ジャックの種なら優秀と認めたため。
ジャックが知能優秀で高学歴・高収入である(あった)ことは事実だが、それだけでその種が優秀と判断できるわけではなく、ホントに優秀か否かの判定には、かつてナチスドイツがやったような(?)科学的なチェックが必要なはず。その意味において、ファティマたちが男の見かけだけで優秀な種だと判断するやり方にはかなり問題がある。しかし、所詮「買い相場」の値付けなんてそんな程度のもの・・・?
ちなみにジャックの後を追って種付けビジネスの世界にうって出ようとした男性は、最初の精子数などのチェックで、3ランクのうちの最下位以下と判定され、「種付け」男の資格なしとされてしまったのだから、やはりジャックは優秀・・・?
<理科の授業のような映像だが・・・?>
スパイク・リー監督が『マルコムX』(92年)や『インサイド・マン』(06年)等で、いかにその黒人ニューウェーブとしての才能を発揮していても、この映画のテーマである「種付け作業」をスクリーン上に表現するのは難しい。ヘタすれば安っぽいポルノ映画になってしまうし、真面目に描きすぎるとクソ面白くもない映像になってしまうだろう・・・?そこで彼が考えたのは、アニメ風にCGを駆使して生命の神秘=精子と卵子の結合を描くことだが、これがまるで理科の授業のよう・・・?
いくら肉体的にタフで精力絶倫のジャックといえども、排卵日に合わせてやってくる5人の女性を一気にお相手するのはかなりの重労働・・・?青い色をしたバイアグラを飲みつつ、1人ずつ順番に励むわけだが、放出された大量の精子の1コ1コは最初は元気そうな顔だが、次第にお疲れ顔に・・・。激しいあえぎ声とマンガのようなCG画面の対比にはかなり異和感が・・・?
<イタリア女とその父親にも注目・・・>
この映画にはモニカ・ベルッチが登場するとあって注目していたが、彼女の登場はかなり後になってから。すなわち、モニカ・ベルッチ扮するシモーナ・ボナセラも、ジャックによる種付けを希望して訪れてきた客の1人。彼女がここへ来たのは、父親ドン・アンジェロ・ボナセラ(ジョン・タトゥーロ)の早く孫がほしいという願望を満たすため・・・?
もちろん、父親は種付けビジネスによる子供がほしいわけではなく、かわいい娘が幸せな結婚をして早く子供に恵まれることを希望しているわけだが、どうも娘はそんな父親の気持を理解していないようで、ちょっと変わった父と娘・・・?そして驚くなかれ、その父親は何とマフィアのボスだった。種付け男がジャックだと知った父親は、子分にジャックを拉致させて2人のご対面となるのだが、そこでの男同士の対話はかなりユニーク。『ゴッドファーザー』(72年)のセリフを駆使した面白い父親と、美しいがちょっと変わったイタリア女にも注目を・・・。
<道徳上、倫理上の評価は・・・?>
ジャックは生活費を稼ぐためにやむなく優秀な精子を売るという種付け稼業を始めたわけだが、ジャック自身にもさまざまな抵抗感があったのは当然。そして、レズビアンの女たちへの種付けのうわさが広まってくると、当然起きてくるのが道徳上、倫理上のブーイングで、ジャックの両親はもとより弟からも非難ごうごうの有り様。もっとも、いったん始まった種付けビジネスは順調で、既にその数は20名近くになっていたが、遂にある日ジャックはその中止を宣言。ファティマは「男の生理よ」などとタカをくくっていた(?)が、実はこれは一時的な感情ではなく、ジャックが熟慮に熟慮を重ねたうえで下した結論。
さて、あなたはジャックの種付けビジネスの開始と自らの意思によるその中止を、道徳上、倫理上どのように評価する・・・?
<遂に刑事裁判に・・・>
映画の後半はジャックの刑事裁判の様子が描かれる。その1つは、会社の株価操作の首謀者としての証券詐欺の罪。これは社長たちがその罪をジャックになすりつけようとしたもの。そしてもう1つは、種付けビジネスの違法性を追及する裁判だが、スクリーン上からは、弁護士の私もその正確な罪名と起訴事実がわからない・・・?ジャックが依頼した弁護士はかなり有能でよく頑張ってくれているようだが・・・?
<ジャックの釈放の理由はムチャクチャ・・・?>
産まれたばかりの子供を抱いた多くの母親たちに見守られながら、ジャックの裁判が進んでいくが、この裁判の様子ははっきり言ってかなりデタラメ・・・?そして注目すべき判決は、ジャックは有罪だが10数名の子供たちや母親のことを考えると釈放するのが妥当という訳のわからないムチャクチャなもの。いくらつくりものの映画であっても、種付けビジネスという社会問題に斬り込む以上、お笑い的な結末とするのではなく、もう少し真剣な結末にしてほしかったと思うのだが・・・。
<最後の大円団は・・・?>
いったんは、再度ファティマに対して結婚の申込みをしようとしたジャックだったが、ベッドの上で激しく愛し合うファティマとアレックスの姿を見て、やはりその意志がくじけてしまったのは当然。しかし、種付けビジネスが倫理上、道徳上糾弾されたことと相まって、ジャック自身の気持としてもそのビジネスからの撤退を決意。そして、種付けをした女たちの子供が次々と生まれてくる中、ジャックの心の中にはある種の父性本能が・・・?
そんな中、ついにジャックはファティマのすべてを受け入れることを決意。そんなファティマは今もアレックスと共に、そしてファティマとアレックスがそれぞれ産んだ子供と共に暮していたが、そこに飛び込んでいったのがジャック。すなわち、この映画の大円団は、2台の幼児用ベッドに寝ている2人の子供を横に、ジャックとファティマとアレックスの3人が互いに抱き合い、キスを交わすというシーン。しかし、スパイク・リー監督はホントにこんな大円団を現実的な姿として考えているのだろうか・・・?
2006(平成18)年10月4日記