フラガール(日本映画・2006年) |
<シネ・リーブル梅田>
2006年10月7日鑑賞
2006年10月10日記
実話にもとづく感動作、というふれこみはダテではない!ワケありの元SKDダンサー松雪泰子の教師像や炭鉱夫の娘からフラガールとなる蒼井優のフラダンスにもビックリだが、何よりも感動の涙を流すのは、昭和40年、常磐炭鉱の閉鎖という最悪の時代状況に対応した人間の工夫と努力する姿のすばらしさ。社会の変化とそれに伴う構造改革の必要性は当然だが、それは言うは易く行うは難しいもの。しかし、この映画を観ていると、日本人も捨てたものではないという実感と自信がムラムラと・・・。さて、日本アカデミー賞では何を受賞するか、今から楽しみだ・・・。
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監督・脚本:李相日
平山まどか(元SKDのダンサー)/松雪泰子
谷川紀美子(炭鉱夫の娘)/蒼井優
谷川洋二朗(紀美子の兄)/豊川悦司
谷川千代(紀美子の母)/富司純子
木村早苗(炭鉱夫の娘、紀美子の親友)/徳永えり
木村清二(早苗の父)/高橋克実
熊野小百合(炭鉱夫の娘)/山崎静代
佐々木初子(会社の庶務係)/池津祥子
猪狩光夫(洋二朗の親友)/三宅弘城
吉本紀夫(常磐ハワイアンセンター部長)/岸部一徳
シネカノン配給・2006年・日本映画・120分
<すばらしい企画力に拍手!>
10月8日付産経新聞は「団塊ヒーローが帰ってくる」との見出しで、シルベスター・スタローンの『ロッキー』シリーズ、ハリソン・フォードの『インディ・ジョーンズ』シリーズ、ブルース・ウィリスの『ダイ・ハード』シリーズが米国で次々と公開されているとの記事を掲載した。私が10月17日の試写を予定している『氷の微笑2』も、言わずと知れた今や48歳となったシャロン・ストーンの代表作の続編だ。この記事で映画評論家の川本三郎氏は、「『どこか老いを感じるようになった米国のベビー・ブーマー世代が、同世代のスターがスクリーンで頑張る姿に共感を覚えていると考えるべきだ。米国人は年齢に関係なく、前向きでアクティブな生き方を好みますから』と分析」し前向きに評価しているが、他方「『知名度の高い大スターやかつての人気シリーズに頼るしかないからだ』(映画業界関係者)と、背景にハリウッドの低迷があるとする声も少なくない」との客観的かつ冷静(?)な評論も載せている。私の評価ははっきりと後者・・・。
このようなハリウッドの状況に比べると、昨年の『トンマッコルへようこそ』や今年の『グエムル 漢江の怪物』と『王の男』を筆頭とする韓国映画は、まだまだすばらしい企画力を持っている。
今年2006年は日本映画の好調さが伝えられているが、「企画力」という観点からみればこの『フラガール』はまさに最高の掘り出しモノ!パンフレットにあるプロデューサーの石原仁美氏の「映画『フラガール』誕生秘話」によれば、企画のはじまりは、あるテレビのクイズ番組で世界中のアメージングストーリーの中で常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)が取りあげられたことにあるとのこと。そこには、ヒントを得てからの取材旅行や実在のフラガール1期生との出会い等、この映画の製作に関わる刺激的で感動的な実話がテンコ盛り。こんなすばらしい映画を観た後、あらためて日本映画界のすばらしい企画力に拍手を送りたい。
<時代考証の勉強もお忘れなく!>
この映画は世代を超えた文句なしの感動作。そして、岡村孝子の名曲『夢をあきらめないで』と同じテーマであるうえ、人気女優の松雪泰子と蒼井優が共演し美しくすばらしいフラダンスシーンを見せてくれる映画だから、老若男女を問わず感動を味わうことができる仕上がりとなっている。しかし、本当にこの映画に感動するためには、「昭和40年」「炭鉱」「労働組合」という3つのキーワードと石炭から石油へのエネルギー転換という一大社会変革についての歴史的勉強が必要。詳しく述べればきりがないのでここではそれに触れないが、これは小泉構造改革そして日本国民が昨年体験した郵政民営化法案をめぐる9・11総選挙とも共通するもの・・・。あの昭和40年という時代、本州最大の炭鉱である常磐炭鉱は時代が変わっていく中、否応なくその変革を迫られ、旧態然とした昔の石炭産業は生きていくことができなくなったわけだ。そこで構造改革の1つの目玉として提案されたのが、この北国に常夏の国ハワイの楽園をつくりあげるということ。その目玉として企画されたのが、ハードとしてのハワイアンセンターの建設とソフトとしての炭鉱夫の娘たちによるフラダンスショーというユニークなもの。誰がこんなアイデアを出し、誰が本気でそれをやろうとしたのかは映画の中では具体的に紹介されていないが、これほど荒唐無稽という言葉がピッタリ当てはまるものはない珍発想であり、珍アイデア。小泉純一郎氏の「郵政民営化の夢」は、ある意味論理的帰結として当然の方向性だったが、閉鎖の運命にある北国の炭鉱をフラガールで立て直すなどという方向性はまさに奇妙奇天烈なもの。そんな起死回生のプロジェクトがホントに成功するのだろうか・・・?
<キーウーマンは平山まどか!>
この映画のキーウーマンは、何といってもSKD(松竹歌劇団)の花形スターだったダンサーの平山まどか(松雪泰子)。この平山まどかのモデルは、実際に常磐ハワイアンセンターのフラガール1期生18名をプロのエンターテイナーに育て上げるという大役を引き受けたカレイナニ早川氏。これについてのパンフレットにあるノンフィクションライター白河桃子氏の取材記事は興味深い。
2006年の今から41年も前の昭和40(1965)年といえば、私が高校2年生で大学受験に向けてイヤイヤながら受験勉強に励んでいた頃。松山の地から遠く離れた福島県の常磐炭鉱の状況などは知る由もなかったが、こんな歴史的な大変革物語がそこに存在していたわけだ。これはある意味で、松山で展開された夏目漱石の『坊っちゃん』の物語や、それ以前の司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』で描かれた松山の物語にも匹敵する感動的な物語。
<松雪泰子の怪演に拍手!>
そんな物語のキーウーマン平山まどかを松雪泰子が涙の怪演!彼女はどちらかというとテレビドラマ女優というイメージが強く、映画スターとしては小雪のような存在感にはほど遠く、『子ぎつねヘレン』(06年)等で顔を見せる程度だったが、この『フラガール』が彼女の代表作となることはまちがいなし。元SKDのスターでありながら、なぜ東京から1人こんな福島県常磐市までフラダンスの教師としてやって来たのか・・・?それは最初に彼女が登場するシーンでおおむね察しがつくというもの。誰がこんな辺鄙な地に喜んでやって来るものか!彼女がここまでやってくるについては、彼女なりの苦悩と決断があったはず。そんな平山まどかの過去と現在を松雪泰子が見事に演じているから、それに大注目を!もう1つすばらしいのが、炭鉱の芋娘たちの口をあんぐりさせた平山まどか=松雪泰子のフラダンスの実力。稽古場の中でたった1人レコードに合わせて踊る松雪泰子のフラダンスをスクリーン上で観れば、それだけで観客の口もあんぐりとなるはず・・・。そして、この映画がいかにホンモノであるかを実感し、以降あなたの集中力は次第に高まっていくはず・・・。
<バレエもいいけどフラダンスも・・・>
キレイな女優さん大好き人間の私は、『花とアリス』(04年)のラストにおける蒼井優のバレエシーンには惚れ惚れしたもの。最近の『ハチミツとクローバー』(06年)は見逃したが、彼女は『虹の女神 Rainbow Song』(06年)では脇役ながらいい演技を見せており、主役での活躍を期待していたところ、『フラガール』を観てあらためて蒼井優という女優にゾッコン惚れ直すことに・・・。今や東宝を代表する女優に成長した長澤まさみは、『タッチ』(05年)、『ラフ』(06年)、『涙そうそう』(06年)等で常に主役として活躍しており、これからも順調に成長するだろうと思っているが、どちらかというと彼女は優等生タイプ。それに対して、蒼井優は私が見る限り個性派タイプで、彼女にピッタリの役、彼女にしかできない役を与えれば大化けする可能性がある女優。蒼井優以上の個性派でむしろ天才派ともいうべき宮﨑あおいは別格として、私はこの蒼井優の将来性に大いに注目しているおじさんの1人。そんな蒼井優が、クライマックスである昭和41年1月15日の常磐ハワイアンセンターのオープン日に踊るフラダンスの見事さには大注目!
<早苗ちゃんがいなければ・・・>
この映画のキーウーマンは松雪泰子演ずる平山まどかであり、注目の女優はフラガール1期生の柱となった蒼井優演ずる谷川紀美子だが、フラガールの「先駆者」となったのは「求むハワイアンダンサー」の貼り紙を見て目を輝かせた娘、木村早苗(徳永えり)。早苗は、幼い息子や娘たちを抱えて苦しんでいた炭鉱夫の長女だが、いわば炭鉱の構造改革に真っ先に賛同した先見の明ある娘。せいぜい腰振りダンス、男たちの目にはストリップダンス同然と見られていたフラダンスの魅力に注目した早苗がいなければ、紀美子だってフラガールに応募することはなかったし、平山まどか先生の見事なフラダンスを見ることもなかったわけだ。
明治維新の時代における高野長英や吉田松陰の例をあげるまでもなく、いつの時代も先駆者には不幸がつきまとうもの・・・。いわばこの常磐炭鉱の構造改革の先駆者であった早苗は、30年間も常磐炭鉱で働いていた父親木村清二(高橋克実)の解雇と父親が夕張炭鉱へ引っ越すという決断をする中、やむなくフラガールへの道をあきらめることに・・・。母親がいればまだ紀美子が言うように早苗だけ残ることも可能だったが、不幸なことに早苗には母親不在。したがって、幼い弟や妹の面倒を見るのは母親代わりの早苗の役割だった。そんな先駆者早苗の役割をしっかり認識するとともに、早苗と仲間たちとの別れ、そして1人早苗の乗るトラックを走って追いかけていく紀美子との別れのシーンをじっくりと味わいたいものだ。
ここで私が思わず思い出したのが、私の大好きな章子怡(チャン・ツィイー)が主演した張藝謀(チャン・イーモウ)監督の映画『初恋のきた道』(00年)。チャンユー先生が帰っていくのを必死で追いかける若き日の章子怡の姿に大いに感動したものだが、この早苗と紀美子の別れもそれに近い感動的な別れ・・・。
<富司もトヨエツも岸部もいい味を・・・>
この映画には松雪泰子と蒼井優という2人の華が登場し、「フラダンス」の芸術性やその感動性を正攻法で観客の目に見せつけてくれるが、映画のストーリー性をばっちりと支えているのが、紀美子の母親の千代(冨司純子)、兄の洋二朗(豊川悦司)の2人であり、さらにフラガールたちを率いるハワイアンセンターの吉本紀夫部長(岸部一徳)の存在感。千代も炭鉱労働者であり組合の婦人部長だから、思想的には「クビ切り反対」「閉山反対」そして「ハワイアンセンター反対」の急先鋒。しかし、娘紀美子の新しい生き方を見る中で、またハワイアンセンターに設置した椰子の木が枯れるのを防ぐため、土下座して石油ストーブを集め回る洋二朗の親友の猪狩光夫(三宅弘城)の姿を見る中で、次第に現実路線に・・・。これは決して「転向」ではない。このように変わっていくことこそ、人間本来の姿なのだと私は思っている。
他方最近、『大停電の夜に』(05年)、『日本沈没』(06年)、『LOFT ロフト』(05年)など出演作が相次ぎ、来年早々には話題作『愛の流刑地』の公開を控えているトヨエツこと豊川悦司は、この『フラガール』では、無骨だがしっかりとした時代の見通しを持ち家族愛に満ちた青年の姿を好演している。さらに面白いのが、吉本部長役の岸部一徳。炭鉱労働者からハワイアンセンターの現場責任者への配置転換は、ヘタすると労働組合から「裏切り者」のレッテルを貼られる危険なバクチだが、持ち前の責任感と人間的な温かみでその役割をこなしたのは立派。こんな人たちがいたからこそ、常磐炭鉱の構造改革が何とか成功したのだということを実感!
<フラガールたちもバラエティー豊か・・・?>
ダンサーをイチから募集し、短期間でプロダンサーに育てようとすれば、厳しいオーディションを実施し少なくともダンスの基礎を積んでいる若くて美しい卵を発掘することからスタートすべき。しかし、ここ常磐ハワイアンセンターが行うフラガール募集は、いわば地元の失業対策の一環だから、その対象は炭鉱労働者の娘たち。したがって、バレエやダンスの素養のある娘などいるはずがない。早苗が言うように、自信があるのはせいぜい盆踊りだけ・・・。ちなみに、まどか先生の前で自由に踊れと言われて、早苗や紀美子が見せる盆踊り風フラダンス(?)の面白さは必見・・・?
史実によると、第1期生は18名とのことだが、この映画では最初に集まったのは早苗と紀美子の他は会社の庶務係で子持ちの佐々木初子(池津祥子)と、父親がクビになったという理由で入ってきた大型で不細工(?)、したがってとてもフラガールには無理と思われる女、熊野小百合(山崎静代)の4人。若くてきれいな早苗と紀美子は別として、こんな4人にレッスンをして何の意味があるの、とまどか先生が考え、投げやりになったのは当然。ところが最終的に大成功の舞台となるのがこの映画のミソであり、何よりも観客の感動を呼ぶところ。その後、次々と参加してきたバラエティー豊かな炭鉱夫の娘たちの努力と、「練習では泣くな、舞台ではスマイル」と厳しく芋娘たちを鍛え教育したまどか先生の姿に、是非注目したいもの。人生の感動は努力する姿にあるという単純なことが、あなたの心の中にストレートに入ってくるはずだ・・・。
<圧巻は男風呂への殴り込み!>
この映画にはダンスのシーン、別れのシーン、ケンカのシーン、和解のシーンそしてクライマックスシーンなど感動的なシーンがたくさん用意されており、そのたびにごく自然にあなたの涙を誘うはず・・・。そんな中、あえて1つの圧巻シーンを紹介しておきたい。それはまどか先生による男風呂への殴り込みシーン・・・。
その伏線は父親清二に隠れてフラダンスの練習に通っていた早苗が、自宅で弟や妹たちにそれを披露しようとしたところ、運悪くその日にクビを宣告された父親が目の前に登場したこと。あの時代の炭鉱夫の父親はやることが荒い。今と違って、子供に対する鉄拳制裁も当たり前だったから、女の子に対しても殴る蹴るの大暴れで、家の中はボロボロだし、早苗の顔はボコボコに・・・。これを見た鉄火肌(?)の、まどか先生は「許せねぇ!」と叫ぶが早いか、「おやじはどこだ!」と走り出し、単身男風呂の中へ殴り込み!
思わずフルヌード姿でこれを出迎えた(?)洋二朗もビックリしたが、浴槽の中に清二がいるのを見つけたまどか先生がその中に飛びかかってきたのには清二も驚いたはず・・・。これぞ、日本映画史上に残る殴り込みシーンになるのでは・・・?
<日本アカデミー賞へのノミネートまちがいなし!>
昨年の日本アカデミー賞は、吉永小百合が主演女優賞を受賞した他は、『ALWAYS 三丁目の夕日』が12部門を独占するという快挙を成し遂げたが、今年は日本映画界全体が元気なことを受けて、その候補作が目白押し。そんな中、この『フラガール』は作品賞、監督賞、脚本賞はもちろん、主演女優賞、助演女優賞などにノミネートされることまちがいなしの名作だと確信している。さて、そんな私の予測は・・・?
2006(平成18)年10月10日記